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聖バレンチヌスの祝福

全体公開 127 8626文字
2025-02-02 00:00:14

【必読】五夏/if
ショコラフェスに参加する野薔薇と、めんどくさいおじさん二人の話

今夜帳の中で【7】、開催おめでとうございます&ありがとうございます!

Posted by @itou_888

 その誘いがかけられたのは突然だった。
 普段から、特級術師だの御三家当主だの呪術高専非常勤講師だのと忙しいはずの男が、気づけば釘崎の後ろに立っていたのだ。
「野薔薇ってチョコレート好き?」
「なに、突然。嫌いじゃないわよ」
「流行りものは?」
「好きね。まあ、流行を追ってるってよりも、流行が私を追ってるって言った方が正しいかしら」
「ふーん」
 釘崎の返答に目の周りを包帯でぐるぐる巻きにした男、五条は、大きな片手で自身の両頬を挟みながら思案顔をしてみせた。
「じゃあ、野薔薇でいっか。明日の十八時から予定空けといて。スマートカジュアルでいいらしいから、準備もよろしくね」
「はあっ? ちょっと待ちなさいよ! なに勝手に予定決めてんの。大体、何の話よ、これ。任務?」
「いや、任務じゃない」
 ふいに声を落として、真剣な雰囲気をまとい始めた五条にたじろぐ。いつも飄々としている人間が、突然、真面目に振る舞うとかなりの迫力がある。それでなくとも二メートル近い身長を有する五条は、釘崎にとって威圧感がある存在だった。
 任務でないなら何なのか。数々の肩書きを持つ男から語られるであろう内容を、緊張しながら続く言葉を待つ釘崎の耳に、低く重みのある声が届いた。
「ショコラフェスだよ。年に一度のね」



 奮発して買った薄手のセーターに、艶のある生地でできた膝下までのフレアスカート。おろしたてのパンプスは、見た目だけでなく履き心地にもこだわって吟味した。小ぶりのイヤリングを耳に着けた姿は、どこからどう見ても世界一の美少女である。
 流石に寒かったのでダウンジャケットを着込んでいるものの、釘崎は自分の格好に大変満足していた。手鏡を見て前髪を整え、顔を左右に動かす。
「たまには気が利くじゃない」
 パタン、と鏡を閉じて釘崎が口角をあげる。視線の先には大型のレストランシップが停泊していた。

「ショコラフェスぅ?」
 どんな重大事項を聞かされるのかと思いきや、気の抜ける名前を告げられて、釘崎は思わずひっくり返った声で聞き返した。
「そう。ショコラフェス。船の上で毎年やってるイベントなんだけど年々規模が大きくなって、去年からは海外のショコラティエも集まるようになったんだ。今どき、こういうの好きな子って多いんでしょ? 去年は真希を連れていったんだけど二年連続っていうのも芸がないし、野薔薇はチョコ好きらしいからね」
「真希さんが?」
 釘崎にとって、先輩である禪院真希は尊敬できる人物だ。その先輩も参加したイベントとなれば、俄然興味がわくというものだった。それに、船の上で行われる、という部分も気になる。百貨店の催事場では似たようなイベントが行われていることを知っていたが、皆と同じではつまらない。なかなか珍しいであろう、海上のショコラフェスに参加してみたくなったのだ。
「ふーん。でも、ただ参加するだけじゃないんでしょ。わざわざ学生を連れて行くくらいなんだから」
「まあね。殆ど無いとは思うけど、そこそこの人数が集まるから警備要員って意味もある。でも、基本的には好きなように動いてもらって構わないから」
「こんなこと言いたくないけど、警備要員なのに私一人でいいわけ」
「え、問題ないよ。だって僕が居るんだもん」
 釘崎は半目で目の前の男を見た。ああ、そうだった。五条は現代最強の無下限呪術使いとして名を馳せているのだった。つまり、誰が居ようと、居まいと関係ないのだ。
「じゃあ尚更、どうして学生なんか連れていくのよ」
「ほらこれ」
 ぺら、と見せられたのは招待状と思しき二つ折りのカードだった。参加要件にペアであることが書かれている。
「そういうことだから。明日はよろしくね」

 昨日のことを思い出していた釘崎は、船の周囲に人が集まりだしたことに気づいた。そろそろ、乗船開始時刻だ。タラップに向かう二人組の人々は、思い思いの装いをしている。スマートカジュアルで良いと言われていたものの、中にはフォーマル寄りの格好をした姿もちらほらと見える。釘崎は、ちら、と自らの服装を確認してから、一部の隙もなく可愛くて問題ないと判断し、頷いた。
「メンゴメンゴ、待った?」
「待ったわよ。港なんてくっそ寒いんだから早く来な、さ……誰?」
 釘崎の知る五条は、顔の上半分程を包帯でぐるぐる巻きにした、体長二メートル近い黒ずくめの怪しげな男だ。
 けれど、今振り向いた先に居る男はどうだろう。明るいグレーのタートルネック、濃いグレーのジャケット。すらりと長い脚を強調するボトムスは、ジャケットに合わせた色合いだ。黒い革靴は、あえて艶を抑えているらしく華美すぎない美しさだった。そして、余程見上げなければいけない位置にある、ひと口で青と言ってしまうには惜しい絶妙な瞳が惜しげもなく晒されている。端正な顔立ちが強調されるようなシンプルな装いだが、その全ての質がいいことは異性の格好に詳しくない釘崎にも分かる。
 そんな中で、海風に吹かれて柔らかく揺れる色のない髪だけが、見覚えのある形をしていた。
「昨日の今日で僕を忘れるってある?」
「包帯の下を見たの、初めてだから」
「そうだっけ。まあいいや。寒いし、中に入ろう」
 案の定、五条の見た目に乗客や通りかかった人々がざわついていた。この男の隣を歩きたくないな、と釘崎は顔を顰める。
「どうかした?」
「なんでもないわよ。早く船に乗りましょ」
「はいはい」
 喋り方も態度も普段通りだ。ようやくいつもの調子に戻った釘崎は招待状を持つ五条の背をつつき、乗下船口まで進ませた。けれど、入口に立っていたスタッフと思しき人物が五条の手元を見るやいなや、困ったような表情を見せる。ちら、と覗くと五条は腕にコートと大きな紙袋を下げていた。どうやら、手荷物の方が問題のようで、安全のために大きな荷物は持ち込めないようになっているらしかった。
「あー、これ」
 五条は心得ているとばかりに頷くと招待状をスタッフに見せる。すると、途端に頭を下げてどこかに連絡をとり始めた。待つこと数分、現れたのは髪を綺麗に巻いた女。釘崎はこの人物に見覚えがあった。
「やっぱり来たんですね、五条悟」
「そっちが招待状送ってくるんだろ」
 はた、と思い出す。この人物は、特級術師であり呪術高専とは距離を置いて啓蒙を目的とした非術師向けの非営利組織を運営する夏油傑の秘書だ。確か名前を菅田といったはず。では、このショコラフェスは、と招待状をしっかり見れば、夏油の名前と彼が運営する非営利組織の名前、そしてこれが懇親会である旨が書かれていた。
「こんばんは。貴方が五条悟の同席者ですね」
「釘崎野薔薇です」
「どうぞ、入ってください。懇親会という名目ですが、実際は夏油様の誕生日会兼バレンタイン会場です。気兼ねなくお過ごしください」
 菅田に促され、二人は船内へと足を踏み入れた。ちらりと見上げた顔は、何故かツンと唇を尖らせている。
「その袋、もしかしなくても夏油さんへの誕生日プレゼントね? わざわざこんな場所で渡さなくたっていいじゃない」
「違いますー。これは、僕がショコラフェスで買ったチョコを入れるための袋ですー」
 じゃ、そういうことで、とさっさと行ってしまった五条の背中を唖然と見つめる。その様子に菅田がため息をついていた。
「私が代わりに説明します。本日は夏油様の誕生日会兼バレンタイン会場だというのは先ほどお伝えした通りです。参加者は手荷物を持って入れない代わりに、会場で買ったチョコレートだけを渡せる仕様になっています」
「警備のため?」
「ええ、まあ。前にとんでもないものをプレゼントした人間がいましたので、その対策も兼ねています」
 いくら非術師を対象とした懇親会といえども、どこから呪術師や呪詛師の手が忍び寄るかは分からない、というわけか。嫌になるわね、と釘崎は肩を竦めた。
 菅田の隣を歩きながら船を進む。オープンデッキを含め、七つの会場から構成されるらしく、かなり広い造りをしていた。もちろん、このような船に乗るのは初めてだ。簡単な案内の後に、好きに会場をまわっていいと告げられた。
「どの会場でもチョコや、それを使ったスイーツを食べることができます。二階と四階の会場では販売を行っていますが、参加者のほぼ全員が夏油様にチョコレートを渡したい方々なので、お目当ての物があるなら早めに購入した方がいいかと」
 もらったパンフレットには、チョコレートを提供する企業から個人店まで相当の数が載っていた。参加者は金を惜しまない層のようで、店側も気合十分といった様子だ。
「分かりました。ありがとうございます。でも、どうしてペアでの参加が必須なんですか」
「その方が邪な考えで夏油様に近づく人間を弾きやすいからです」
「なるほど」
 学生時代から優等生だったという夏油の話をする呪術師や補助監督は大勢いる。彼らの誰もが夏油に好意的な発言をしているのだ。彼がモテると言われても全く不思議じゃない。釘崎の担任である灰原は夏油の後輩だったらしく、彼を慕うような態度をみせるのだ。陰気臭い呪術師の中では珍しく明るい担任のことを釘崎は悪く思っていないし、灰原がそう言うのならそうなのだろう、とも考えているのだ。
 えー、野薔薇から見てもそんな感じなの、とは、夏油がモテる話をしていた際に聞いた五条の言葉だが、彼がモテることはそんなにも気にくわないのだろうか。自分だってチヤホヤされているくせに。
「では、お好きなように過ごしてください。当懇親会は二時間ほどで終了しますので」
 軽く微笑んだ菅田が去っていく。一人になった釘崎は、改めて船内を見てまわることにした。もちろん、夏油にチョコレートを贈るつもりなどない。世話になっているのは確かだが、それならば担任や、先輩たちに渡すだろう。きらきらとしたチョコレート菓子が並ぶケースを眺めている釘崎の脳内に、二人の同級生が思い浮かぶ。
……しゃーなし」
 慈悲深い釘崎野薔薇様が哀れな男どもに高級チョコレートを恵んでやろう。そう考えて、先ほどよりもしっかりとケースの中身を確かめ始めた。

 同級生二人に渡すもの、先輩たちに渡すもの、そして自分が食べるもの。それぞれを購入した釘崎は、人の流れが変わり始めているのに気づいた。どの会場からも少しずつ人がはけていき、どうやら下の階を目指しているらしい。スタッフに聞いてみると、いわゆるお渡し会が始まったようだった。
「はあ、すごい熱気ね」
 さながらアイドルの握手会だ。行ったことはないけれど。皆が皆、会場で手に入れた飛び切りのチョコレートを持って並んでいる。彼らが待つ先に居るのは、もちろん夏油だ。
 遠くからなので何を話しているのかは分からないものの、一人一人に言葉を返しているように見える。夏油が運営する非営利組織は、本人の求心力で成り立っていると聞いたことがあるが、その通りなのだろう。呪いに関する相談ができ、大抵の呪いは祓ってしまえる人物が代表になっているものだから、やや宗教じみた熱心さがあるのは仕方がないのかもしれない。
 そしてその人混みから離れたところに、釘崎は真白の頭を見た。
「何してるのよ。並ばないわけ」
「なんで並ぶの」
「その手に持ってるものを渡すんじゃないの」
「だから」
「喜久福でもなんでも甘いものなら大量に買うのに、その袋がいっぱいになるほど買うものを見つけられなかったなんて言い訳はダサいから」
……言うねえ」
 五条が持つ紙袋には、釘崎も知っているブランドのロゴが描かれている。中に入っているのは、きっとチョコレートじゃない。普段ならば隠されている瞳はむき出しのまま、ずっと夏油を見つめている。こんなに分かりやすいのに、どうして動けないのだろう。
「大人になると色々あるんだよ」
「おじさんがうじうじしてるのって格好悪いわよ」
「ねえ、辛辣じゃない? 野薔薇くらいの歳の女の子って結構厳しいこと言うよね」
 ぶつくさと言いながらも結局並ばないままの五条に呆れ、釘崎は甘いものでも食べに行くかと会場を移動した。

 船の三階に位置する会場で、イタリアから来たショコラティエが手がけたドルチェを楽しんでいると、菅田とスタッフが話し込んでいるところを見つけた。そっと耳を傾けると、何やら困り事が起きたようだった。呪い関係だろうか。ここは特級術師が二人も居るという特殊環境であり、そんじょそこらの呪いなんてあってないようなものだが、場合によっては釘崎の出番もあるかもしれない。
 ドルチェを味わうのも程々に菅田の元へ向かうと、向こうも釘崎に気づいたようだった。
「ちょうどよかった。もしよければ聞きたいことがあるのですが」
「どうかしたんですか」
「五条悟がどのチョコレートを食べていたかご存知ですか」
……ねえ、もしかして」
 釘崎は思い至ってしまった。女の勘、とやらなのかもしれないし、釘崎でなくとも彼らに関わる人間は皆が思い至るものなのかもしれない。眉を下げて頷く菅田に、釘崎は大きなため息をもらした。
「こっちがこっちなら、あっちもあっちね。そのチョコを知りたがってんのは夏油さんってわけ」
「はい。明言されたことはありませんが、甘いものを特別好むわけではない夏油様が懇親会の度にショコラフェスを開くのは、その」
「二月のバレンタインにチョコを渡したい相手がいるけど、素直に渡せないから、懇親会に便乗してってことでしょ。なに? 呪術師って強さと比例して面倒くささが増すの」
「夏油様の奥ゆかしいところも素敵なのですが、問題は五条悟がこれといったチョコレートを選ばないところにあります」
「どっちもどっちよ。この懇親会っていつから開かれてるんですか」
「今年で十一年目になりますね。ショコラフェスは十年目です」
「十年もずっとこんなことしてるの!? あれ、でも一年目は」
「ただの懇親会でした。参加者が思い思いのものを夏油様にプレゼントして、そして、最後に五条悟が現れるまでは」
「あ、うそ。前にとんでもないものをプレゼントしたのって」
「五条悟です」
 あちゃー、と額に手をあてた釘崎を見て、菅田もまた困り顔で肩を落としてしまう。
「今年も夏油様に芳しい報告ができませんでした」
 スタッフも悲しげな表情だ。そうこうしている間に船は再び港に戻ってきてしまった。

 船からほくほくとした表情の参加者たちが降りてくる。それぞれ、夏油に渡したいチョコレートを選び、そして受け取ってもらえたのだろう。ペアでの参加が義務付けられているからか、目論見通り、度を越して夏油に執着している人間は殆どいないようだ。誰もが感謝の気持ちと、誕生日を祝いたい気持ちで集まっているらしい。
 その中で、と釘崎は隣に立つ男を見上げる。五条の出で立ちは船に乗る前から変わっていない。何も。その腕にかかる紙袋でさえも。
 釘崎から物言いたげな視線を送られていることに気づいているはずだが、五条はすました表情で船のタラップを見つめている。正確には、そこから降りてきた夏油を見つめていた。
「あ」
 参加者たちを見送っていた夏油がこちらに気づく。じり、と五条の足が後退しかけたのを感じたが、学生の前だからか、格好悪いと言われたことが響いていたのか、それ以上動くことはなかった。
「来てくれていたんだね」
「はい。どのチョコレートも美味しかったです」
「本当かい? 毎年、皆、気合いを入れたチョコレートを持って集まってくれるからね。それにしても、今日の格好は似合っている。いつにも増して素敵だよ」
「ありがとうございます」
 さらりと褒められて悪い気はしない。釘崎に微笑みかけた夏油は、その視線を隣に移した。
「悟も来てくれてありがとう」
「別に。招待状が来たから」
「気に入ったチョコレートは、なかったみたいだな」
 五条が持つ荷物の中にチョコレートが含まれていないと気づいたのだろう。夏油は少し残念そうな様子を見せたが、すぐに笑顔を作ると二人に挨拶をして離れていこうとした。
 あと一秒。あと一秒でも動きが遅ければ、釘崎はその背中をぶっ叩いていたかもしれない。けれど、現代最強の無下限呪術使いは、御三家である五条家当主は、呪術高専の非常勤講師は、夏油の友人であるところの五条悟は、一歩踏み出して去ろうとする男の腕を掴んでいた。
「なあ。もう、俺からのプレゼントは欲しくないのかもしれないけどさ」
 掴んだ手とは反対の手にあるのは、船に乗る前からずっと握っている紙袋だ。
「誕生日おめでとう。これ、傑に渡したくて」
「悟……
 腕を掴まれた夏油が体ごと振り向き、紙袋を受け取る。開けてもよいかと聞いて取り出した中身は腕時計だった。
「すごく素敵な時計だ。こんなに立派なものをもらっていいのかな」
「やっぱり迷惑?」
 夏油よりも背が高いのに上目づかいをするという高度なテクニックに釘崎は驚いた。それよりもなによりも、他人に気づかう五条の態度に驚いた。この人、そんなことできるんだ。
「迷惑じゃない。嬉しいよ。前だって、悟の気持ちは嬉しかった」
「でも困らせたんだろ」
「困っ……まあ、そうだね。島をもらった時はどうしたらいいのか分からなかったし。それに見合う何かを返せるとも思えなかった」
 夏油に贈られたとんでもないものとは島だったらしい。規模の意味が分からず、釘崎は早々に考えることを放棄した。そりゃ、貰っても困るだろう。
「あの時は見返りが欲しかったわけじゃない。でも、もう俺からプレゼントを貰いたくないからショコラフェスになったんだって思うと、もう何も渡さない方がいいのかって悩んだよ」
「違うんだ、悟。その、ショコラフェスになったのは」
 ちら、と夏油の視線が釘崎に向く。きっと恥ずかしいのだろう。しかし、五条はそんなよそ見を許すつもりはないようで、夏油の頬に手をあてると自らの方を向くよう固定した。
「ショコラフェスになったのは?」
……はあ、私が悟にチョコレートを渡したかったからだよ」
「へ」
 上擦ったような声をあげた五条の手に夏油が手を添える。そしてそれに体重を預けるように擦り寄ると、五条の目が丸く開かれた。
「美々子や菜々子ならともかく、私のようなおじさんがチョコレートを渡すのはちょっとハードルが高くて。それに、悟は甘いものが好きだろう。なおさら生半可な物は渡せないから、せめて気に入ったものがあればそれを贈ろうと思っていたんだ。結果は十年惨敗。いい区切りだから諦めるつもりだったけれど、そうしなくてもいい?」
「いいに決まってる。一生諦めないで」
「ははっ、一生か。相変わらずスケールの大きなことだ」
「冗談でもなんでもないから。もう絶対、ずっと、一緒にいるから!」
 ひし、と夏油を抱きしめて大きな声で宣言した五条に拍手をしてやる。やるじゃん、の意味を込めたのだが、照れくさそうな夏油と目が合ってしまった。
「お見苦しいところを見せてしまったね」
「割れ鍋に綴じ蓋ってやつ?」
「フフッ、反面教師にしてくれ」
 夏油の肩口に頭を擦りつけて離れない五条を置いて、ひと仕事終えた釘崎はいつの間にか迎えに来ていた補助監督の運転する車に乗り、一足早く呪術高専に戻ったのだった。



「喜べ男子ども」
 どん、とチョコレートの入った紙袋を机の上に置く。一説によると、聖バレンチヌスを祭る日に由来するらしいが、ことこの国においては商業イベントの一つになっている。
 だから、これは友チョコだ。普段からチョコレートを貰う機会の無いだろう同級生たちへの慈悲なのだ。そうして渡されたチョコレートはそれぞれの顔に嬉しそうな照れくさそうな表情を浮かばせた。
「実はさ、俺もちょっと買ってきたんだ」
「俺も、津美紀に持たされたから」
 ぱち、と目を瞬かせる釘崎の手に、コロコロと四角い小さなチョコレートの詰め合わせと、綺麗な箱に入ったチョコレートが乗せられた。
「なによ。センスあるじゃない」
 素直に喜ぶ釘崎の姿に、同級生二人も顔を見合せて笑う。
「はーい、青春中に悪いけど授業の時間だよ」
「え、今日は五条先生なんだ。珍しい」
「まあね、ほら、三十分座学した後は実践だから、席に着いた着いた」
 非常勤講師である五条が教室に入ってきたことで多少は落ち着いたが、まだ僅かに浮ついた雰囲気が残っている。いや、と釘崎は顔を上げた。浮ついているのは釘崎たちだけじゃない。
「灰原が前に配った資料があるでしょ。あれ使うから、板書もしてね」
 カツカツと音を鳴らし、チョークで文字を書く腕にはあの日見たものと色違いの時計がはめられている。もしかして、という釘崎の視線に気づいた五条は振り向き、包帯が巻かれているにも関わらず満面の笑みを浮かべていると分かるほど幸せそうに笑ってみせた。

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