X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

キリシタンすり抜け主⑦まだ未完のもの※極から初に戻る呪いの話

2025-02-04 19:47:30

1p 呪詛で暴走させられる鶴丸国永の話
2p 菊咲かせの死神(一文字則宗)
3p 古き神の再来
4p エピローグ(サーバー長と長義)
5p 国広と後日談
6〜7p 後始末と取引(一文字則宗と山姥切長義)
8p 後日談〜のりちゃんと主のお年玉〜

⓪始まり(大和守安定編)→https://privatter.net/p/11218082
①https://privatter.net/p/11213162
②続編(鶴丸国永と祈りの旅路)→ https://privatter.net/p/11346386
③続編(大倶利伽羅と主の願い)→ https://privatter.net/p/11275650
④続編(長義と国広〜感動が繋ぐものたち〜)→https://privatter.net/p/11378888
⑤過去編 → https://privatter.net/p/11330710
⑧山姥切と禺に伝わりし逸話付与(若き日のサーバー長と長義)→https://privatter.net/p/11389581

※呪詛で暴走させられた鶴丸国永の話

「よく聞くんだ、レディ」
低い声で平静を装った長義の顎を、一筋の汗が伝う。
「政府の規約に則り、俺はここできみに手を貸すことができない。事前申請の無い抜刀が封じられている」
長義の帯びた刀に、バツの印の封じが、縄の巻き付くように宙に浮かぶ。

「政府の部隊がここに到着すれば」

あれを
折らねばならない

「猶予は一刻しかあげられない。その前に彼を取り戻したいなら」

長義が美しい唇を、薄く開いた。

願え。


力を纏った言霊が、彼女の耳でこだまする。
それは、神託だった。山姥切長義という、神座に連なる付喪神かみさまの。


「やり方は教えたはずだ。────きみが、俺を信じられるのなら」

片時も彼女は迷わなかった。

柏手を三回。深く低頭すること二回。
彼女の周囲に、黄金に煌めく霊力が、ぶわりとあふれだす。
御座おわす神、尊き御名を呼ぶことを許し賜え。銘、本作長義、号は山姥切に宿りし美しき付喪の神霊よ、我が祈りを対価に願いを聞き届けよ」
「応じよう、人の子よ、願え」
「私の鶴丸国永を、無事に私の手に返して!」

────しかと聞き届けた

りんと契約の鈴の音が鳴る。

「契約は成った」
山姥切長義は、封じを粉々に砕き、抜刀した。
銀に煌めく凄まじい力の奔流が周囲に溢れ出す。

「俺こそが長義の打った本歌、山姥切」

その切れ味を見せてやる




《菊咲かせの死神》

高級酒の注がれたグラスが、バキッと踏み潰された。

「なんだ、騒がしいな。ここには誰も通すなと──……
「おおい、邪魔するぞぉ」

そこに悠々と差し込まれたのは、まるで天女のような美しさでさえずる、白銀プラチナと黄金を纏う死神の最終宣告だった。

薄金色の柔らかな猫っけに、美しく光を弾く白銀の礼服。真紅のストールを凪かせながら、颯爽と現れた一文字則宗が、単騎でそこへ乗り込んだ。

自爆して死んだ面布の術者。あれは所詮、使い捨ての駒だ。
あれを背後で操って派遣していた連中を、逃さず一網打尽に捕らえなければ終わりは無い。長義が本丸に向かって暴れている間、別働隊として押さえにきたのだ。則宗たった独りでだった。

「まったく、隠居のじじいをこき使ってくれるもんだ」
こきん、と肩を鳴らしながら、則宗はのっそりとした口調でそうぼやいた。

本来、今ここへ乗り込むはずだったのは、サーバー長から全てを任された、現場監督責任者の山姥切長義の役割だった。
だが、その長義が押さえるべき現場を全て放り出して勝手に離れてしまったために、急遽こうして則宗が腰を上げること相成ったわけだった。

則宗が一人でこいつらを捕まえにきたのは、そう。
完全な独断で今から現場を離れる長義が、下げたくない頭を下げて則宗へ依頼したからだった。
パチン、と軽やかに扇子を閉じて、則宗はどこか面白げに笑った。

「まあおかげで、どっかの誰かさんの珍しい顔が見れた。それで良しとしようじゃないか」

何重にも秘匿されていたはずの違法地下ラウンジへと単騎で乗り込まれ、腹の黒い政治家連中はざわりといきり立つ。

「どこから入った!」
「誰に許可されなくとも、僕は好きなところへ行き好きなことをするさ」

警備員らしき屈強な男が則宗にたちまち殴りかかったが、赤子の手でも捻るようにボキッと片手間に腕を折られた。雑巾のように二重三重にぐるりと捻じられた腕が、奇妙な彫刻のようにあらぬ方向を向いている。
「あがあ! 腕が、腕がぁ!」
「あーやかましい。じじいだからって耳元でそう叫ばずとも良いだろうに。本当に耳が遠くなったらどうしてくれるんだ」

閉じた扇子でひょい、と顎を跳ねた瞬間、顎が砕けた轟音と共に真上へ吹っ飛んだ男の首が天井に刺さる。
ぷらん、とまるで首を吊った死体のようにだらりと宙吊りになった男に、ゾッとその場の人間は皆青くなった。

「僕が来た時点で詰みなんだ。命が惜しけりゃ、ぜんぶ終わるまで大人しく黙っていてくれないか」

荒れ野の枯れ枝を折っていくみたいに。
一歩、また一歩と則宗が歩くごとに、できあがっていく、倒れた男どもの汚い悲鳴と、おかしな方向に折られ、時には捩じ切られた手足。
阿鼻叫喚の中で、恐怖の視線が次第に、敵意から化け物を見る目へと変化していく。

「うむ、残念なお知らせだ。お前たちは今日ここで『不慮の事故』に遭う。僕が来た時点でそう決まっているんだ」

黒い鉄扇で容易く眉間をかち割られた男が、血みどろで素早く黙らされて床に崩れ落ちた。
その後頭部をぐりっと踵で踏んだまま、悲鳴と共に振りかざされたナイフが素手の指先でひょいと摘み取られる。

追加の警備をさらに呼ぼうとしたらしき政治家の手の中で、端末が木っ端微塵に弾けた。
飄々と笑う則宗が、無駄な抵抗をスパン、と斬り伏せたからだった。斬られたはずなのに抜き手も見えない。
ひょい、と素手で拾ったダガーナイフが、目にも止まらぬ速さでダーツのように飛んでいく。
黒と赤で色分けされた丸い遊技場の的に、一番奥でこっそりと逃げようとしていた男の手のひらが磔となった。

「ぎ、ゃあああああ痛い痛い痛い」
「た、助けてくれぇ!」
「死にたくない、死にたくない!」
「どの坊主も元気であるように。それが僕の願いだが」

飄々と笑っていた則宗の双眸が、一瞬の後に、じろりと鋭く見下ろした。
表情が抜け落ちた則宗の面差しは、美しくも冷え冷えとしている。

「生憎、お前は坊主どもの敵らしいからな。ここで全員物言わぬ錆になって貰おうか」

則宗はあの凄惨な現場で、何振りもの。
歪な異形と化した加州清光を斬り伏せている。

「歪なものをこそ美しいが、そいつは歪を通り越して醜悪だ。仕える者の命により、ここで断ち切らせてもらおう」
「ひ、ひぃっ! ば、化けも、」

首を刎ねる。
血が天井まで噴き出す。まるで、赤い菊が咲いたが如く、見事に。

春雨のように生温かい雨が室内に降り注ぐ。

「いろんなものを見てきた。美しいものも、そうでないものも。こんな御役目をしてるとなあ、後者の方がずっと多いもんだ」

美しい白の礼服へ降り注ぐ血の雨を噛み締めるように全身に浴び、則宗はゆったりと独白した。
斬り伏せた男どもの血を裾の拭い取り、凄惨な赤い雨の中で則宗はひたりと刃先を定めた。

「だからこそ、得難い。若いのが暴れてる間、露払いくらいは務めてやるさ」



《古き神の再来》

胸の中心で、どっと心臓が派手に跳ねた。
中から熱い何かが、あふれ出すように。
「う、あっ!?」
「主!?」

長義との契約が成った途端、たちまち膝から地面へ崩れ落ちた主人の両肩を慌てて支えた山姥切国広は、驚愕に目を見開いた。

見れば、主の全身から、熱い蒸気が噴き出すように、とてつもない量の霊力が大気へあふれ出している。
黄金の霊力が、金砂の水蒸気の如く燦然と輝いていてまばゆいほどだった。
「は、はぁっ、はあッ!」
まるで誰かに強制的に引き摺り出されているような、目を疑うほど激しい霊力の奔流。
その行方は。

「これは!? 霊力が、本科へ雪崩れ込んでいるのか!?」
「契約の対価だ」

声が、落ちた。国広と彼女のすぐ隣で。

まるで常世に雷が落ちたような。
巨龍が鎌首をもたげたかの如き強大な気配が、古き眠りから目を覚ました。

国広は反射的に顔を上げた瞬間、極限まで目を見開き、絶句し言葉を失った。

まるで雷鳴を纏ったように、迸るような激しい光が。
長義の全身を包み込み、天へ掲げた剣の先に、形のない巨大な刃を形成している。

絶大なエネルギーの塊がそこにあった。

「な、ん、」
「今は昔、由緒ある大太刀は古来よりこの国で、力ある神の依代となり、時に魔を断ち、妖を断ち、鬼を断ち、幽霊を断ち、病を断ち、目で見えぬものを数多あまた切り裂いてきた」

長義による言霊を纏った天への宣誓と共に、場の重力が、どっと重くなる。
押し潰されそうになった国広は、ガッと足を前に出し、辛うじて踏み留まった。
あまりに絶大な存在感に、目を離すことができない。あれは。

「時は天正、時の権力者もちぬしの求めに応じ、擦り上げられて打刀となった、元は豪壮な大太刀こそがこの俺、山姥切長義」

「擦り上げ前の姿はとうに刻の記録からこぼれ落ち、後世で俺という名刀に魅入られし数多の人の子は、口々に熱く語り合い想像した。これほどまでに身幅広き長義の見事な打刀、擦り上げ前の姿はどれほどまでに豪壮なることか、と。それもまた、俺を形作る物語」

「なれば今この時、この俺を手に取った契約の主の求めに応じ、再び、今一度だけこの姿を現そう」

国広は、愕然と目を見開くことしかできない。
そう、それは。
目を逸らすこともできない、圧倒的な神の再臨に相応しかった。

肩に担ぎ上げるように、巨大な刃が、空を切って、大気を揺さぶる。

「これが俺の切り札。眼に見えぬものを断つ剛の刃」

しかと見るがいい。

天高く掲げ、風を切り裂き、ぐるんと振り回された、巨大な刃。
白銀の打刀の刀身を核に、周囲に纏う霊力の激しいいかづちが、まるで大鎌のような絶大な大きさの刃を形成していた。
────そう、まるで、神気と霊力で形作られた、透明な光の大太刀のように。

ぐるん、と振り回された、雷鳴の大太刀が。周囲に嵐を巻き起こした。

まるで死神の鎌を振り回すように。
巨大な大太刀を担ぎ上げた山姥切長義が、派手に名乗りを上げた。

「これが、山姥をも断つと謳われし刃の真価。────悪しきものよ、露と消え、今ここで俺の伝説となるがいい」



to be continued




長義は非常に古くからこの政府に在る刀である。元は中央で辣腕を奮っていたが、今はこの新設サーバーの長の下についている。
新しいサーバーを立ち上げ、それまでできなかったことを、新しい未来を切り拓ける場所をと望む長の望みを叶えるために、長義はついて来た。

政府に顕現して永いが、今代の長のことは、五本の指に入るほど気に入っている。彼のために、新設したサーバーの立ち上げや管理の全てに目を払いながら多忙を極めていた。
その中で出会った彼女は、今まで仕えた長たちを除けば、随一気に入っていた。それを許容する長だった。

越権した今回の件で、最高責任者の前で処分を待つ長義に向かって、長は微笑んだ。
「後で難癖付けられないように『処分して厳重注意しました』って形だけ作っておかないといけませんね。すみません山姥切長義、手間でしょうが、始末書の方をお願いします」
「はぁ、まったくきみは、部下に始末書を書かせるのにそんな低姿勢でどうするんだい? ビシッと命令したらいいんだ。いつまで経っても長らしくない」
「あはは、性分だからさ。外では頑張ってシャキッとするから許しておくれよ」
サーバーの長は、長義からの報告書を眺めながら微笑んだ。
「形の上でこそ僕が長だけど、本来は貴方たち付喪神は、人に力を貸して下さる尊き方々だ。面倒で無意味な人間の仕組みの都合に合わせて下さっている、愛情深くも途方もなく寛容な、かけがえなく温かなまれびとだ。にも関わらず、この国はそれが著しく拗れやすい。人というのはどうもその辺りが愚かしい。そんな愚かさもまた許容してくれる貴方たちだからこそ、捻れにくいように手を差し伸べる者が必要だと思う」
「わかっているよ。きみが新設サーバーを立ち上げると聞いて中央からわざわざ左遷されてきてあげたんだ。きみの理念に共感していなければ、毎日毎日こうも雑務に追われていやしないさ」
「ふふ、ありがとう、山姥切長義。僕は本当に幸せ者ですね」
「それにしても、きみはいささか人が良すぎるな。例の騒ぎだって、どうせ中央の狸どもが、処分に困ったものを纏めて切り捨ててきみに押し付けたに決まっている」
「あそこの本丸の子たちには、本当に悪いことをしたね。僕に力が足りないばっかりに」
「きみときたら、また狸ジジイどもに知られたらマズイことばかり抱え込んで」
「人と共に歩んでくれる付喪神たちです。共に眠りたいというのなら、それを止めるべきではないでしょう。彼らには彼らの望みがあるのだから、人間の倫理観など無意味ですしね」
微笑んだ男性は、にこりと笑みを浮かべたまま、指を机の上で組んだ。
「さて、山姥切長義。長として訊ねます。彼らの本丸はいかがですか」
「今のところは順調に維持できているね。今度こそこのまま封印まで何事もなく維持してみせるさ。まあ、俺の尽力があるんだ、当然だが」
「では、山姥切長義。友として訊ねます。きみは彼らのどこを気に入りましたか」
……長としての質問でないなら、答える義理はないな」
「なるほど、それは良かった。よっぽど気に入ったんですね」
「なんでそうなるかな……
「わかりますよ、僕は貴方の友ですからね」
ふふ、と微笑んだ男性は、なかなかに食えない笑みを浮かべ、椅子をくるりと回し窓を見やった。
「貴方たち付喪神に平等などありはしないでしょう。この国に生きる人々を偏愛しているからこそ、貴方たちは、時に貴方たちを大切にしない、この愚かしい国に付き合い続けている」
窓に手を付いた彼は、人々の営みを遙か上から見下ろしながら、悠然と微笑んだ。
「僕の役目は、僕の没後もこの国が貴方たちに見放されないように、少しでも泥を呑み下すことですから。貴方が気にいる人の子が増えるのは喜ばしいことです。それがこの国の未来になる」
「きみ、その心算で俺をあの本丸に送り込んだだろう。まったく、きみの計算高さには敵わないな」
「友愛ゆえですよ」
「その自信は一体どこから来るんだか」
「そうですね、僕が存命の間は、少なくとも『山姥切長義』はこの国を見放さないと確信できる程度には」
「はぁ、まったく、降参だよ」

何一つ間違っていないからタチが悪い。
そう、この既存の秩序に囚われない新しい未来を切り拓こうとする理想主義者を、正しく補佐するために。
長義はまさしく、ここにいるのだから。





「随分とやんちゃしたらしいじゃないか」
柔らかな金の猫っ毛をおかしげに揺らしながら、閉じた扇子をパッと開き、一文字則宗が寄ってきて、からかうように長義に告げた。

「知ってるぞ、始末書の山だろう。いくら長の信任厚い懐刀だろうと逃げられなかったらしいじゃあないか」

則宗の揶揄いにも、しらっとした顔で耳から耳へと聞き流した山姥切長義は、大量の始末書を澱みなくこなしながら、しっしと野次馬を片手で追い払う仕草をした。

「本来、神に平等など存在しないことをあれは正しく理解しているさ。こんなもの、形だけだ」
「珍しいじゃあないか。そういう無駄な時間外労働は嫌ってなかったかい?」
「割に合わない時間外労働の対価なら、もう貰ったさ」

美しい青の瞳を細め、山姥切長義はわずかに微笑んだ。

「信仰する者を大事にしない神など神ではない。捧げられた美しい信仰の言の葉は、時に如何なる盟約にも勝る、そういうものだろう」
「信仰? お前さんをかい?」
「いいや」

山姥切長義は、美しい銀の睫毛を伏せた。
閉じた瞼の裏で、無垢な人の子が心から笑った。

────感動を与える存在が、美しくないわけない

「本霊の源泉たる『山姥切長義』という刀そのものを。────彼女は、この上なく美しい在り方ものだと信じていた」

それを、嘘偽りにはできなかっただけの、話さ。




※国広が戦いの後、全部決着がついてから

「本科、聞きたいことがある」
……さて、なにかな?」

まるで、お前だけはこうして聞きに来ると分かっていた、とでも言うような目で。
何もかも想定していたように、長義はことさらゆったりと振り返った。
国広の翡翠の鋭い視線が、己が本科を射抜いて逃さない。

「確かに主の霊力は規格外だ。それはオレたちも身に染みてよく知ってる。だが、神霊契約のことわりを借りたとはいえ、あんな無茶ができるなど聞いたことがない」

「己を顕現した審神者ならともかく、ゆかりの無い者の霊力をあれほどまでに刃に吸って身が保つはずがないんだ。極限へ開花するほどまでに鍛え上げられた極の身ならともかく、まして、初の身では」

主の巫女としての才覚があれほどとは思わなかった。
契約した神の古き力、その一端を再現できるほどまでに。

「審神者とは、眠った物の心を呼び覚まし、己で戦う力を与える術を持つ者。力ある審神者の中には、分霊を通して本霊の力を極限まで引き出し、眠った過去の力すらも呼び起こすことができるものさえ居ると聞いたことがある」
……仮にそうだとしたら、詳らかになれば彼女は到底、自由の身にはなれないだろうな」

既に知られればまずいことばかりだった。
だが、国広が聞きたいのはそれじゃないと、振り払うように首を左右に振ると、国広は核心を付くように一歩前に出た。
「あれが主の隠された力の一端で、お前との契約がそれを引き出したのだとしても、やはりおかしい。受け止める器が釣り合わないんだ」

「あの時のお前は、到底初には見えなかった。いくら顕現から数百年の刻が経っていようが、おかしいんだ。道理を超えて、一時的に極の姿になったのでもなければ」
「さてね、極が初に戻るような珍妙な出来事がこの世に実在するんだ。逆があってもおかしくないとは、思わないか?」

ゆったりと煙に巻くような長義のセリフに、穴が空くほど己の本科を鋭く見つめていた国広は。
確信したように、やがて、ゆっくりと大きく目を見開いた。

「本科。もしかしてお前、最初から初ではなく────」

まるで、しっ、と
国広の言葉を遮り、美しく唇に指を置いた長義は、完璧な微笑みを浮かべた。

「さあ、どうだろうね。さては幻でも見たのではないかな?」
……なに?」

「敵の計略に嵌まり、呪詛と瘴気の影響が色濃く蔓延した中で起きたことだ。瘴気による穢れで、あの場にいたものは皆揃って軽度の幻覚症でも発症していたのかもしれない。それで何もかも片付く話だ」
「っ、そんなはずは」
「いいや。極限まで追い詰められた中で、彼女やお前たちがたとえ何を見たとしても────……

それは夢幻ゆめまぼろし、一夜の夢さ。
少なくとも、お前たちが誰にも口を割らない限りは、ね。




《落着》

「慈悲深い時の政府は、この度の諸君らの働きに、口止め料を兼ねた破格の褒美をやろうと言っている。一万両の報酬だぞ、喜ぶといい」

一目で上質なものと分かる黒のハットを片手で外しながら。
薄黄金の猫っけを揺らし、悪戯めいた浅薄荷色のまなざしで。
一文字則宗は、ぱちんと片目をつぶってみせた。

「と、いうわけでな。このたび目出度くこの本丸に配属された監査官──とまあ、建前はさておき。僕としては休暇といったところさ。主よ、しばらく厄介になるぞ」
「はぁ!?!?!?」
口をあんぐりと開けたまま、清光が盛大に指を差して指先を震わせた。
「な、何しにきやがったこのくそじじい!」
「うははは。ずいぶんな歓迎だなぁ。こっちにも色々事情があってな。気にするな」
「気にするわ!!! は、は? え、まじで? 報酬? 配属? 監査? 休暇!? なにそれ!? 意味わかんないんだけど!?」 

一ミリも状況が理解できず目を回す初期刀を他所に、一文字則宗は悠然と美しく微笑むと、清光へと金箔押しの美しい書状をひょいっと雑に押し付けた。ひったくるようにしてそれに目を通した加州清光は、本当に既に決まったこととして則宗の駐屯が決定事項となっていることに「はあ!?」と再び声を上げた。
清光の派手な反応に、則宗は閉じた扇子を口元に当てながら面白げにくつくつと笑って、からかうような声音で付け加えた。
「なぁに、そう警戒するな。なに、そう……どっかの誰かさんの、私情ってやつさ」

柔らかい目でそう微笑むと、瞬きの間に飄々とした陽気で食えないじじいへと面差しが戻る。

「というわけで、いっとう静かで良い部屋を頼むぞ。なに、後は適当に荷物を持ち込んでのんびり隠居させてもらうさ」

いかにも居候然としてそう嘯きながら、上質な革でできた古い旅行鞄をひょいっと指先で持った則宗は、パッと開いた扇子で面白げに口元を隠し、人の子へと美しい笑みをはらって微笑みかけた。

「賓客としてしばし招かれる形にはなるが、うん、もちろん気が向けばたまには働いてもいいぞ。うははは、一万両の働きだ、存分に御覧じるといい。一応建前上は、当分はお前さんの持ち物になるんだからな」
「えっと、あなたは?」
「僕か? 僕は一文字則宗。僕を打った刀工は後鳥羽院の御番鍛冶で……まぁ、ひと際じじぃというやつだ。よろしく頼むよ。うははは」



《後始末と取引》

「ほほう、僕とかい?」
美しい手のひらに顎を置いて、長い足を優雅に組んだ一文字則宗は。
実に面白いものを見たとばかりに、愉快そうに目を輝かせた。
「お前さんが僕と取引とは、珍しいこともあるもんだ。うはっは、やっぱり長生きはしてみるもんだな」

実に実に愉快げに、面白げに切れ長の眼差しを細めて見せた一文字則宗は、美しい金の猫っけを気まぐれに指先で弄ぶと、承諾の証にパチンと扇子を閉じてみせた。

「なぁに、構わんぞ。いくらなんでも最近ちょいと働かされすぎだと思ってたところだ。休暇だと思えば悪くない。人の子の数十年ぐらい、隠居して骨休めするにはちょうどいいだろうさ」
閉じた黒扇でパン、パンとゆったりと己の手を叩きながら、勿体ぶるようにゆっくりと立ち上がった。

あれのきっての懐刀に、たまには貸しを作るのも悪くないだろうさ。昼行燈の監査官として数十年ばかり常駐して、余計な干渉に内側から睨みを効かせておけばいい、だろう? なぁに、そのぐらい大した手間でもないさ」
「すまない。恩に着る。俺はかれの側を離れられない。本来、彼女は中央で早急に保護するべき人材だ。それをこちらで独占して上層部に秘匿している以上、迂闊に外部に流出させては歴史修正主義者に利用されることはもちろん、中央の狸どもにも余計な干渉を長が受けることに繋が──」
「ああ、いい。いい。建前そういうのはいらんいらん」
ぽん、と肩にすれ違いざま、則宗は笑って手を置いた。
「なぁに、可愛い坊主の頼みだ。このじじぃに任せておくといい。うははは」
ぽん、ぽん、と長義の頭を軽く叩いた則宗は、肩越しにひらひらと手を振って笑いながら去っていった。
長義は己の頭に手をやって、微妙に嫌な顔をした。
「坊主はいい加減辞めてくれないかな……

今は遡ること数百年前。長義が顕現したばかり、正真正銘のひよっこだった頃。
政府で辣腕を振るっていた一文字則宗は、配属された長義を徹底的に叩きのめしながらここまで叩き上げた、厳しくも愛情深い師範代わりだった。




《後日談〜のりちゃんと主のお年玉〜》

それは一文字則宗が、本丸に所属して初めての三が日のこと。
「働かざる者食うべからず! 飯代ぐらいは働きやがれ、居候!」
そう宣告した加州清光に自室から見事に蹴り出され、新年早々、刀装作りの当番へと普通に駆り出されることとなった則宗は、雀さえずるうららかな小春日和に欠伸をしながらぼやいた。

「やれやれ、正月だというのに忙しないな。隠居のじじいまで駆り出して」
そう笑いながら備蓄用の刀装作りに精を出していた則宗だったが、いまいち上手くいかない。
「うっははは! しっぱいしっぱい。手が滑った」

するとそこへ、ととと、と廊下を走る音がした。
白木を踏む音が絶え、きい、と控えめに戸が開かれる。ひょこ、とドアの隙間から覗き込んだのは、新年の挨拶を兼ねて順繰り皆の様子を見に来た主だった。
仮初とはいえ主人の来訪に、則宗もまた、刀装を作る手を止めた。

ぺこりと行儀良くお辞儀をする彼女に、則宗は扇を口許に当てながら優美に微笑みを返す。
「あけましておめでとうございます」
「新年あけましておめでとう。……おお、そうだったな」
と言いながら、もったいぶって袖を漁った則宗はこう告げた。
「お前さん、手を出してごらん」
「?」
「ほら」
ぼと、と手の上に微妙な出来だった刀装を落としてみせた。
「うははは、お年玉だな!」

則宗はもちろん、しょうもない洒落のつもりで言ったのだが。
主の反応は妙なことに、何故か則宗の想定したどれとも違った。

ダジャレに対する呆れでも、失笑でも、憤慨でもなく。
まるで幼子のように、ぱあっと喜色に顔を明るく染め、この上ないほどにきらきらと目を輝かされてしまったのだ。

薔薇色の頬で喜ばれ、たちまち本丸中に自慢されてしまう、ごく普通の緑の刀装。
「のりちゃんがくれたの!お年玉!お年玉!初めてもらった!嬉しい!嬉しい!」
ぴょん、ぴょんと兎のように跳ねられてしまい、ぎぎぎ、と則宗は古いブリキ人形のように振り返った。
「はじ、めて?」
「うん!」

なんてことのない普通の刀装を宝物のように。
ぎゅうっと頬を寄せて。

「ずうっと欲しかったの、一度でいいから欲しかったの。もらえるなんて思わなかった、ありがとうのりちゃん!」

そう本当に心から御礼を言われてしまったため、瞬時に色々と察した則宗は顔を覆って、深々と天を仰いだ。
「こっちにおいで、ちゃんとしたのをやる」
「これがいいの」
「いいから! ちゃんとしたのをやるから!」

その後、則宗はだいぶ粘って交渉したのだが、いくら粘っても彼女が頑として絶対にそれを手放さなかったので。
こうして審神者の執務室には、現在も微妙な出来の緑の刀装が、大事な宝物のように飾られているのだ。

こうして則宗の、実に実に微妙な出来の作装は、溶かされる事なくいつまでも残ることとなり、困り顔の則宗は眉尻を落として苦笑する羽目となったわけだが。
それはそれとして、彼女のそんな歪さは愛おしいものだと則宗は考えている。

綺麗に整っているばかりじゃあつまらない。
ああいう歪さをこそ、僕は愛おしく思うね。

「のりちゃんは、歪なものが好き?」
「ああ、もちろん好きだとも」
扇子をパッと軽やかに開いて、則宗は優美に笑った。
「歪だからこそ、美しさが生まれる。歪なものだから、美を生み出せる。そういうものだろう」

ことん、と小首を傾げてみせた彼女は、則宗にこう訊ねた。

「じゃあね、のりちゃんは、わたしのことも好き?」
「おや、驚いたな。お前さん、自分が歪な自覚があるのかい」

ゆるりと目を細めた則宗は、「そうだなあ」とことさらゆったりと微笑んだ。

「自分にないものこそ美しく見える。僕も、主も」

噛んで含めるような則宗の飴に、彼女はぱちぱちと瞬くと、ふわりと甘やかに微笑んで目を細めた。

「うん。わたしも、のりちゃんすき」


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.