続きもので書いている、人魚姫ドラヒナのお話です。
この話から、そのまま続いています(執念が実る前 https://privatter.net/p/11363092)。陸と海を繋げる計画は実行され、魔女達の執念が実った喜びに浸る暇もなく、深海では別の局面が動いています。同時進行で、友人夫妻の手を借りて、もう一つの計画を実行するヒナイチ姫。
シャコガイジョンのお尻(?)から伸びているのは、足糸らしいですね。これは、かなりの災害時にも剥がれず、自身を岩場に縛り付ける強固でしなやかな物だそうで、民芸品も存在するそうですよ。
2024/03/08に上げました。
@kw42431393
「もう出来たんスか?サンズ姫。」
「はい!ロナルド王子が、早くに他の材料を集めてくれてたからです。ヒナイチは…?」
鍋に残った煮凝りを、ビンに詰めます。このままだと飲みにくいでしょうね。
あいつは甘党ですから、飲みやすい様に、蜜水を加えてやります。
どう見ても、パンケーキにかけるシロップにしか見えませんね。
これが…飲んだ者を、不老不死に変えるのです。
サンズちゃん達、人間どころか…長命種の魔女さえ、不老不死に出来るのです。
「…いい匂いだな?出来たのか、サンズニャン?」
噂をすれば…というやつですね。でも、大丈夫なのでしょうか?
「こんな時でも、食い気かよ。もっと、休んでるです。左手の具合は、どうですか?」
「大丈夫だ。なんか興奮してしまって、眠れないな。生き人形の手は、私の魔法と連動させてるから、普段と変わらないぞ?」
ヒナイチが笑いながら、左手を開いたり閉じたりしてくれます。継ぎ目も、ほとんど分かりません。
さすが、サンズちゃんです。どちらも、上手く出来たと思いますよ。
「ヒナイチ…よく我慢したな。俺達もシャチで、ドラルクの別宅に向かう。一緒に乗っていこうぜ。」
そう、サンズちゃん達がやって来た『陸と海を繋げる計画』は、先ほど始まったのです。
人魚から人間になった者達、人間から人魚になった者達を優先に、移動が始まっています。
ドラルクとカズサ王が交わした契約は、完遂されたのです。
魔女はこれに命を賭けたのだから、この話を聞くと油断するでしょう。
あとは、魔女を騙して、ヒナイチが契約を結んで、この薬を飲ませるだけ。
病気を治す事は出来ませんが、不老不死になれば…サンズちゃん達が蓬莱島に行って、万能薬を作って持ち帰るまで、死にはしません。帰ってくるまで、何十年でも、あの別宅で寝てるやがるといいです。
「ええ、行きましょう。氷笑卿のノースディンは有名な女好きですが、実子はいません。猶更、恩人であり、親友でもある竜子公の息子…あのタコを子供替わりにしてるです。」
「あ~、俺も聞いた事あるっスよ。『20代から、私は魔女として独立開業していたんだ。いつまで干渉する気だ、あの髭。』だと。208にもなって、あいつの親父さんの溺愛っぷりもヤベーらしいが…その辺は、俺達と概念が違うのかな。」
「…ノースディンか。」
あいつを連れ帰られると、大変です。
ヒナイチに届けられた手紙に、ある人魚の貴族令嬢が行方不明になっている事と、ラブカが別宅に向かっているのは関係がある…と、書いてありました。
北海は、ノースディンが人間と表層の者達を嫌っているので、あの近辺を迂回して通らないといけねーぐらい、警備が固いのです。
だから、サンズちゃん達がドラルクを救出するのは大変です。
そして、その女性は…おそらく骨も残らず。
「その貴族令嬢というのは、傍系ながら王族の血を引いているんだ。だから、狙ったのだろうな。ドラルクに、食べさせる為に。」
「本当は、王族の人魚の肉が欲しかったんだろ。とはいえ、ホイホイ出歩いてる人魚姫は、そうそういない。お前ぐらいなもんだろ。」
「うるさい、悪かったな!」
どっちにしても、酷い話ですよ。
昨日から一睡もしないで、ヒナイチが駆け回ってる事も、知らねーで。
「合意の上を示唆する内容ですが…サンズちゃんが調べた所によると、氷笑卿は、魅了の術が上手いんですよ。その女性は何をされても、抵抗しねーです。そして、一人では済みません。何人でも、連れて来るでしょう。」
「早く行こうぜ。あいつは、納得してないだろ?ドラルクはヒナイチと結婚する為に、足を洗うつもりでいる。だから、人魚達を騙すのを辞めたんだ。無理矢理喰わされたら、これまでの苦労が水の泡じゃねえか。」
「…。」
どうしたんでしょう。さっきから、ずっとヒナイチは無言です。
そもそも、一度魔女を守る為に別宅へ戻るという選択肢もあったのに、薬を作る事を優先したのです。
今までのこいつらしくない、と思います。
その反面で…それが正解だと、思いますです。
「なぁ。ロナルド王子、サンズ。頼みがある。」
そこから、ヒナイチが言った事は、驚きました。ますますもって、ヒナイチらしくない…とも、思いました。
「逆に、チャンスかもしれない。彼が大事にしているドラルクを助けられるのは…そして、交渉のカードで一番強いのは、魔女の妻となった…私自身のはずだ。」
今のヒナイチは、協会に属している新米魔女なのです。
『悪い魔女に助ける為に、ヴィランになる』という覚悟は、口先だけではないのです。
そして、これからサンズちゃん達がやろうとしている事を考えると、その必要性を感じます。
「しかしよ、ヒナイチ。お前は、体が万全じゃないんだ。一人は、危ねえ。」
そこなのです。氷笑卿は、元々サンズちゃん達と同じ人間です。
追い詰められても、契約に従うお前達とは違うのです。それに魔女の手記で、ヒナイチの術耐性が低い事が示唆されていました。
お前が魅了されては、意味がありません。だから…
「分かりました。北海へは、サンズちゃんが一人で行きます。ロナルド王子は、ヒナイチ達を守って下さい。」
「お願いします。サンズ姫、気を付けて下さいよ。」
にゃっ!!今のロナルド王子…すごく、かっこよかったです!
なんか、全てを任されてるっていうか、くすぐったいですよ!!
「サンズだって、危ないぞ!あそこは、特に閉鎖的だと、言ってたじゃないか!」
忘れてやがるですか?ひでーですよ?
「大丈夫だぜ、ヒナイチ。だって、うちの嫁さんは、さ。」
「そーですよ!サンズちゃんは、優秀なくノ一なんです。その令嬢を盗み出すぐらい、訳ねーですよ。」
陸と表層、深海の間で交流が始まろうとしている大事な時に、その女性が誘拐されたとなれば…ましてや、無理矢理食い殺されたとなれば…下手をすると、戦争になりかねません。
ノースディンからすれば、切実だったのかもしれません。しかし、こっちにも言い分はありますよ。
これまで、サンズちゃん達がやってきた事が、パーになっちまうじゃねーですか。
だから、魅了にかかって何も覚えていない間に、盗み出して、親元に返すです。
「それよりよ。ヒナイチこそ、大丈夫か?お前、術にかかりやすくて、チョロいって聞いたぜ?」
そこなんです。しかし、選択肢もさほどありません。
だから、サンズちゃんも北海に向かう準備を始めます。
私室に向かおうとすると、ますますあいつらしくない、不穏な声が聞こえてきました。
それもそうですね、そういう意味では安心ですが。
やはり…ロナルド王子、頼みますです。
「あぁ。『今回』は、問題ないだろう。氷笑卿と対面する頃には…とっくに、『切れている』だろうからな。」
サンズちゃんの能天気で、無鉄砲な親友を…頼みます。
「手を焼かせるのも、いい加減にしろ!さっきから聞いていれば、一人で生きてきた様な口を!人間や表層の者共とつきあって、表層へ陸へと行く度に!ドラウスが、どれだけ心配したと思っているのだ!?」
「…っ!!」
「ヌヌヌヌヌヌ?」
水温がさらに下がった。胸の奥の鈍痛が激痛となって、再び湧いてくるのを感じる。
環境の変化が、一番のリスクファクターなのに…むしろ貴方が、私を殺す気ですかね。
容体が顔に出ると、ますます、彼は強硬手段に出るだろう。
だから、努めて平常を装う。
協会からは、『魔女達は、パスポートの埋め込み作業に追われている。ドラルク殿の護衛に、使い魔達を送る。用心されたし。』と言われている。
だから、彼らが来るまで時間を稼ぎたい。
何より、埋め込みが行われているという事は、今日明日には、私の執念が実るはずなのだ。
「はぁ…ヒナイチ姫。貴女に会えないなら、せめて…この契約書が光る瞬間を見る為だけに…極力、動かない様にしてきたのに。」
「ヌー。」
ノースディンの言い分も、分からないでもない。売り出し中の時期は、実家に頼っていた事は認める。
しかし、今や大抵の事は、協会と契約した者達、何よりジョンの助けを借りて、自活してきたのだ。実家と距離を置いていたのは、自分の手を汚し過ぎたからだ。
だからと言って、私が拒否しているのに、監禁して人魚の肉を食べさせ、友人達から引き離す…というのは、理に適っていない。本人も、正気ではないのだろう。
病気持ちの甥が、心配だ…というのも、分からなくもない。
しかし、私の仕事内容について、添削文を送ってきたり、セデューマも嫌がっているのに、見合いさせようとしたり…有難迷惑な人だと、思う。
誰だって、いつ死んでしまうか分からないと知っている、従兄と結婚したくはないだろう。
「お父様達には、悪いと思っております。だから、今度の契約に賭けたのです。これだけの大事業だ。立役者の私の悪事は、全て清算できるはず…足を洗って、ヒナイチ姫を連れて、堂々と帰郷出来るはずでした。ロナルド王子達の伝手があれば、治療薬を作る事が可能で、この体を治せる予定だったのです。結果がこうなっただけの話…彼らが『人間』『表層の者』だからと、逆恨みするのはやめて頂きたい。」
「もう構わん。その首に縄をかけてでも、連れて帰るぞ。』
ますます、彼の顔が険しくなっていく。
相手を煽るメリットはないが、これだけは言ってやりたかった。
あの充実した、4人と1匹で過ごした時間を否定するのは…許さない。
「縄…ですか。そちらが縄なら、こちらは…」
「ヌン!」
出入口に立っていたノースディンが、こちらに向かってくる。ゴボリッと、尾鰭が荒々しい音を立てた。
特に『人間』というワードは、彼にとって禁句なのだ。
言ってやる私の性格も、つくづく悪いと思うが…
ガキッ!!
「こ、これは…!?」
ノースディンが、私の腕を引っ張ろうとした…が、私の体はビクともしない。
動かそうとするなら、据え付けのこのベッドを破壊してそれごと運ぶか、私の皮ごと剥がすしかあるまい。
「…うぐっ!!どうですかね?師匠……あ、貴方が軽蔑している、協会に属していた甲斐が、あったでしょう?」
「こ、これは…足糸!?」
「はぁ…はぁ…。協会から、連絡があったんですよ。だから、ジョンに頼んで、私をベッドに括り付けて貰いました。ど、どうです?ただのシャコガイでも、簡単には剥がせません。それが、私と契約した…最高のシャコガイの、足糸ですよ?貴方でも決して切れない、絆の糸、なんて…ど、どうですか?アハ、ハハハ。」
…本気で、笑えなくなってきた。
3つの心臓が、出鱈目な動きをしている…そんな感じだ。
とにかく、使い魔達が来るまで、時間を稼がなければ…
「師匠が反対したいなら、それでか、構いませんがね…この計画は、深海にもメリットが、ある。あんたに、分からないのですか?」
「反対するに、決まっているだろう。奴ら…特に、人間共に土足で踏み荒らされてみろ。奴らが欲しい資源が、唸るほどあるのだ。少なくとも、私の領海でそれは許さん!見るに耐えんわ!」
ああ。やっぱり、個人的な恨みじゃないか。
そうならない為に、こちらは陸の者達とも、会合を重ねてきたというのに。
「知っての通り、し、深海は光も餌も少ない。だから、時間によって表層に移動する者、表層から落ちてくるもので、必要なエネルギーを賄っている…じゃあ、積極的に、エネルギー豊富な世界の者達と交易すれば…お、お分かり…でしょ?」
「…。」
バクバクと心臓が歪に拍動する。平常を装うのは、もう限界だ。
胸に爪を立てる。立てた所で、何も変わらない。
「膨大な利益が、それぞれ世界にもたらされるはず…はぁ…はぁ。その矢先に、個人的な理由で、人魚の女性など誘拐されては困るんですよ。下手をすると、戦争になる。あ、あなた…は、私の邪魔をしたいのですか?」
「それは…」
い、いけるか?彼が私とお父様に弱いのは、強みのはず。
このまま…
「か、可愛い弟子の邪魔なんて、しま…せんよね?師匠…ぐっ!?」
「お、おい!どうした!?」
ああ、ここまでか…胸から競り上がってくるこの感じ。
もう少しなのに。泣き落としで、追い返せたかもしれないのに。
「ドラルク!!やめんか!こ、このままでは、死ぬぞ!!」
「い、今更、北海にいそ…う出来ると…でも?あ、あきらめ…その女性をかいほ…ぐ、ぐえええっ!?」
咄嗟に口を手で押さえるが、また吹き出て来たのは、銅を含んだ青い血。
急に、視界が暗くなる。
「おい!ドラルク!!」
「か…かひゅ…あぁ、せ、せめて…せめ…けいや…く。ヒナイチ…ひめ…」
掴んできた彼の手を払うと、なんとか枕元の契約書に手を伸ばす。
紫に光っている様な気がする、カズサ王との契約書に。
これが光ってくれさえすれば…少しは納得して、死ねるのに。
「ば、バカ者!!この期に及んで…おい!シャコガイ、主人を殺す気か?足糸を外せ!!」
嫌ヌ、お前のせいだヌ!帰ってヌ!ヌン達は、とっくに覚悟してたんだヌ!
真っ暗な中で、微かに聞こえるのは、ノースディンとジョンの怒鳴り合う声。
ごめんね、ジョン。せめて、君だけでも…明るい所に、返してやりたかったのに。
「氷笑卿!お待ちくださいませ!」
「貴方がやっている事は、違反行為です。」
「今なら、間に合います!協会の要請に、従って下さいませ!」
「どうか、お引き取りを!!」
続いて聞こえてきたのは…荒々しく扉が開く音と、派遣された使い魔達の声…遅いよ。
そもそも、使い魔ごときで彼が怯む訳がない。私と彼の交渉の場における、立会人として期待していただけ…。
『ヒナイチ姫、ロナルド王子、待って下さい!魔女様が、来ないでって…。』
『坊や、いいんだ!私が、ノースディンと話がある!』
『おいおい、頼もしいな。今日のヒナイチは、最強の魔女様だからな!』
あれ?ヒナイチ姫とロナルド王子の声…?
幻聴か?一番聞きたかった貴女達の声…あいつと鉢合わせするには、一番最悪のタイミングじゃないか。
『待て!氷笑卿!』
ヒカリキンメダイの伝言だけでなく…玄関まで足糸で、封鎖しておくべきだったか…。
間に合えば、一目だけでも会いたい…そう考えていた、自身の詰めの甘さを呪いながら、私の意識は落ちていった。