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ファイモス:一生そんなことを閃くな

全体公開 3 11 5325文字
2025-02-12 00:29:01

ユニコーン気質の男×なんか変だなと思いつつなんやかんや甘やかしてしまう男。
全然シリアスじゃないです。一旦一区切り。

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 たまにはバルネアでゆっくりしよう、と黄金裔専用ピュエロスに来たのは、多分、ひとりでいたくなかったからだろう。昇降機の下からは人々の楽しそうなざわめきや学者たちの議論、講義をする研究者の声、飲み物や食べ物を売るスタッフの宣伝、喧嘩する人々の怒号と制止の声が聞こえている。私室兼プライベートルトロでのんびりするのは静かでよかったが、今の僕にはその静かさが辛かった。
 モーディスは七日経っても僕たちの前には顔を見せず、アグライアに様子を尋ねても「連絡があれば伝えます」としか教えてもらえない。こうなったら勝手に見舞いに行き、顔を見てすぐに帰ろうと考えていると、「あなたがどこへ行こうと私にはわかります」と先に釘を刺されてしまう。
 オクヘイマは珍しく平和続きだった。普段であればモーディスと手合わせしたり、鍛冶屋でハートヌスと装備の相談をしたり、戦いに出たり、戦いに出たりしているのに、今は買い物をしたり、アグライアの仕事を手伝って元老院まで書類を届けに行ったり、トリビー先生とキメラの観察をしたり、とにかく平和だった。気が休まる瞬間がありすぎて、逆に余計なことを色々と考えてしまう。
 今も、ピュエロスに浸かりながら、モーディスは本当に無事なのかとそればかり考えていた。死なないのはわかっている。でも、僕は彼の無事を確認していない。悪い方へばかり考えているのはわかっているが、故郷のように、一瞬で彼を失う日が来たのかもしれないと思うと恐ろしかった。
 暗黒の潮ではタイタンでさえ狂う。モーディスは出かける前にきちんとバニオで加護を授かっただろうけれど、手足を喪ったと言うのであれば、いくらかは侵食されてしまったのかもしれない。
 そう言った、悪い考えが毎日頭の中で渦巻いていた。早くモーディスの顔を見て、たまには彼に付き合ってスイーツ店を巡ってもいい。ハニーケーキはモーディスの宣伝のおかげで人気になっているから、彼がスイーツを食べていても、宣伝だとは思っても意外だとは思わないだろう。
「間抜けな顔をしているな」
——へ、」
「いや、間抜けというよりは情けない顔か」
 昇降機が上がってくる音は聞こえていたが、てっきりアグライアかトリビー先生たちがきたのだとばかり思っていたので、反応が遅れる。
「モ、モーディス……?」
「亡霊を見たような顔をやめろ」
 バルネア用の水着を普段着のように着崩したモーディスが、両手両足が揃った姿でピュエロスに足を浸けた。
 彼はザクロジュースの入ったボトルと筒の中心部が赤いガラスで作られた杯を傍へ置くと、気持ちがよさそうに体を伸ばしてくつろいでいる。
「いつ目が覚めたんだ?」
「何を言っている。気絶して帰還したわけでもあるまいし、傷が癒えるのを待っていただけだ」
 全ての返答が素っ気ないモーディスに苛立つ暇もなく、ざぶざぶと大股で歩いてそばに行った。隣にしゃがんで恐る恐る体に触れようとすると、思いっきり手をはたかれてしまった。痛い。
「痛い……
……嬉しそうに言うな。ついにおかしくなったのか?」
 頬が弛んでいるのは自分でもわかったが、モーディスに何を言われても、ちょっと引いた顔をされていても、今は気にならなかった。
「君を心配してたんだ。アグライアに聞いても大丈夫だとしか言わないし、休ませるべきだから見舞うなと言われてしまって…… 、いや、心配する必要がないことはわかってる。わかってはいたんだけど、顔くらい見たかった」
…………………
 喋っているうちに、どんどん自分の声が情けないほど弱々しくなっていくのがわかった。視線をモーディスに向けているのが恥ずかしくなり、俯いた。モーディスはきっと呆れた顔をしているだろう。いい加減俺が死ぬことに慣れろと怒鳴られたのも一度や二度ではないのに、どうしてもモーディスが死ぬたびに辛くて苦しくて仕方がなかった。クレムノス人は命惜しさに帰還することより、戦場で戦ったり、仲間のために死ぬことを戦士としての誉れだと言う。
 例え誰かを救ったとしても、君が生きてなくちゃなんにもならないじゃないか、と僕なんかはすぐに思ってしまう。モーディスをわかってやりたいとも思うのに、彼と彼の一族の思想をいつまでもわかってやれない。
「ファイノン」
 肩に手を置かれて、え、と顔を上げる。
「お前のそう言った繊細なところは人として美徳ではあるだろう。だが、救世の道を歩むつもりがあるのなら、もう少し割り切れるようになるべきだ。アグライアのように心を失くせとはお前には言うまい。ただ、俺にこれ以上心を砕くな」
 モーディスは以前と変わらない強い瞳をしていたが、怒っているわけでも、僕の弱さを笑っているわけでもない。こんな風に、聞き分けのない子どもにするみたいに、真摯な言葉と態度で言い聞かせようとしてくるモーディスのことは少しだけ嫌いだった。
「そんなことを言われても困る。この七日間、僕は君のことばかり考えていた」
 情けないと思われてもいいか、と肩に置かれていたモーディスの手を掴み、体のどこにも傷がないことを確かめる。本当は今すぐにでも抱きしめて、生きていることを確かめたいと思ったが、きっとここでは嫌がるだろう。
「だから僕に心配されたくないのなら、君はもっと自分の命に慎重になるべきだ」
「は、今にも泣きそうな顔をしておいて、口だけは立派だな」
 モーディスはやんわりと僕の手から逃れるように手首を振り、ピュエロスの縁に置いていたザクロジュースの杯を右手で取る。
「情けない顔をしていることは否定しないよ。アグライアにも人前にこの顔で出るなと叱られたからね」
「まるで俺が死んだかのような顔をしているからな」
 まったく、とモーディスはため息をつき、左手で僕の眉間に指を押し当てる。
「いつまでも幽霊を見ているような顔をされるのは不愉快だ。まるで本当に死んだような気分になる」
 杯に口をつけたモーディスの苦々しそうな表情に、確かに、無事を見せてくれた彼に対して失礼だったかもしれない、と感じた。
「すまない。……ただ、その、どうしても不安で仕方がなかったんだ。君がこんなに姿を見せなかったのははじめてのことだったから」
「そうだったか? 遠征で十日ほど帰らないこともあっただろう」
「いやそれとこれとは話が別だろう。オクヘイマにいない間は逆に君が元気だってことだから」
 口にしながら、モーディスの右腕と左足をじっと見る。なくなったまま帰還したと聞いていた手足は本当に綺麗に、なんの傷跡もなく消えていた。
 あれ、と唐突に、頭の中にぱちぱちと火花のようなひらめきが浮かんだ。
……モーディス、ちょっと気になったことがあるんだけど」
「なんだ」
「いや、君の体は不死で、傷ができても、喪っても、いつかは修復される。そうだろう? いや、君の首が吹き飛んだ後、体にくっつけたら生き返ったのも見ているし、心臓の潰れた君を背負って帰還する間に『下ろせ』と暴れられたことも覚えてるんだけど」
 唐突に饒舌になった僕に、モーディスは「何を考えている?」と疑うような、というか若干警戒するような視線を向けてくる。僕だって、さっきまでしょぼくれてた男がいきなり早口で捲し立てて来たら困惑するだろう。
 やはり頭がおかしくなったのか? とでも考えていそうなモーディスの両肩に手を置き、「提案があるんだが」と勢いで口にした。モーディスの持っていた杯が揺れて、中身がモーディスの鎖骨から胸にかかる。
 湯の中で少し蒸気した肌にザクロの鮮烈な赤が映えて、そうかだから彼は赤い刺青を全身に入れているのか、とそんなことを思った。
「何を興奮しているのか知らないが落ち着け」
「後でマッサージ用のザクロジュースをもらってくるから、マッサージをしてあげるよ」
「いらん。お前にされるより専門家に任せた方がいいに決まっている」
「え? そうか……。でも確かにそれはそうだな。僕より専門家の方がずっといい」
 モーディスは「お前は何を言っている?」とでも言いたそうな困惑顔をしたままだった。
 普段であれば「近い」と蹴るか無言で離れていく彼が大人しく肩を掴まれているのは、もしかすると僕が情けない顔を見せすぎたせいで、ようやく自責の念に駆られたのかもしれない。
 自分を顧みてくれるのであればきっかけはなんだってよかったが、それが僕の心配性のおかげだと言うのなら、やっぱりモーディスのことはずっと心配したままでいればいいような気がした。
「じゃあ、マッサージ師の手配は後でしてくるよ。それで……その、もし君が元気なら、今夜僕の部屋で少し話さないか? いや話すことなんてなくてもいいんだ。ただ、長い間顔を見れなかったから、もう少し君を見ていたいと言うのかな、その……、この七日間、君はオクヘイマにいるのに、一度も顔が見れなくて本当に怖かったんだ」
………………自分が何を言っているのか、理解しているのだろうな?」
 モーディスはなんだか気まずそうに視線を彷徨わせてから、結局僕の目を見つめてそう問い返してくる。
 久しぶりに見るモーディスの瞳はまるで黎明のミハニのように眩い輝きを放っていて、湯から立ち昇る黄金の湯気が彼の髪と肌を濡らしているのも綺麗だった。
「え、ああうん」
 じっとモーディスの姿を見つめていることに気がつき、曖昧に返事をする。露骨な態度だ、と自分でも少し驚いてしまった。だけどきっと、僕の考えが正しければ、モーディスの体は死んでしまったことにより、に戻っているはずで、どうしてもそれを確かめたかったのだ。
 それがどう言う感情なのか、正直自分にもまだよくわからない。
 彼が帰ってきてくれて本当に嬉しい。傷ひとつない、以前よりも、綺麗な体で。
「ええとだからその……もし君が良ければ、今夜どうかな。勿論うんざりしてたり、疲れてなければ。どうしても君の無事をもう少し確かめさせて欲しいんだ」
 これ以上は言わなくてもきっとわかってくれるだろう。そう予測したが、モーディスは考えるようにもう一度顔を伏せて、水面を無言で見つめてしまう。
 彼の伏せられた目許の長いまつ毛が綺麗で、チャリ、と揺れたピアスの金属が擦れ合う音に喉を鳴らしそうになる。
 肩に置いていた手がだんだん緊張からか、熱くなってくるのがわかる。
 思い返してみれば、オクヘイマに来てから自分から声をかけたのは今までモーディスだけだった。
 あの日のことを思い出しそうになり、そっとモーディスの肩から手を離し、顔を背ける。こんなところで反応するのはまずい。
——酒は無しだぞ。お前は酒癖が悪い」
 ザクロジュースを杯にとぽとぽと注ぐ音を聞きながら、「一杯も? 君の快気祝いに飲もうと思ってたのに」と少しがっかりしながら呟く。
 ちら、と伺うようにモーディスの顔を見つめると、こちらをジト目で見つめているモーディスと目が合う。
 モーディスは杯に口をつけながら片眉を上げ、はぁ、とため息をついた。
「節度のある飲み方をするなら好きにしろ」
 諦めたように眉間に皺を寄せたモーディスに、優しい、と心の中で呟く。ネクタールの五本や十本なら潰れたくても潰れられないので、好きに飲んでも構わないと言うことだ。
「よかった! それなら部屋で待ってるから、来れそうになったら連絡してくれ。——あ、もし気が乗らなかったら、それはそれで教えてくれると嬉しい」
「わかったわかった」
 犬を追い払うように左手を振るモーディスにもう優しくなくなった、と思いながら、のぼせて来ているのは自覚したので、大人しくピュエロスから上がる。
 ファジェイナの権能で僕の心身も癒やされたのか、火照った体は心地よく、今朝よりずっといい気分だった。
「じゃあ、後でまた」
 部屋にはたして何があっただろう。確認をして、足りないものがあれば離愁の刻までに揃えておく必要がある。
 ここまで念押ししておけば、モーディスが部屋を訪れずに眠ってしまうことはないだろうと思っていた。もしかすると部屋に来て、まだ本調子ではないと断られるかもしれなかったが、それならそれでただ同じベッドで、一緒に眠るだけでも構わなかった。
 モーディスはきっと表面上は嫌がるだろうけど、僕がどうしてもと頼み込んだら大人しく抱き枕になってくれるような気がした。
 降り始めた昇降機から、モーディスの湯に浸かっている後ろ姿を見つめる。
 滑らかで、鍛え上げられた美しい背中だった。
 そこにあの夜、散々口付けしたことを思い出していた。


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