カルみと バレンタインの話
シナリオネタバレあり すけべあり
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@popo_trpg_ss
バレンタインデー当日の夜。
約束通り仕事終わりに縞斑と待ち合わせをした神無は、まずは彼の予約した鉄板焼きの店に案内された。
朧げにデザートの焼きパインとバニラアイスが美味しかった記憶はあるが、それ以外はほとんど何を食べたか覚えていない。
もともと味が分かる自信がないと言ってあったからか、縞斑はそんな神無を気にすることなく腹ごしらえとして取り皿にひょいひょいと肉を運んでいた。
そうして現在、店を出て縞斑に手を引かれるままに歩いた神無は、見上げるほどの高さの高級ホテルを前に絶句をしている。
「ほんとに……ここに泊まるの……?」
「そうだけど…どうかした?」
高級ホテル街の一角を占めるその場所は、神無でも聞いたことのあるような有名なブランドだ。
思わず足を止めて躊躇う神無を振り返って、縞斑は心底不思議そうに首を捻る。
その手慣れた様子に相談するかを悩んだ神無だが、これから全てを曝け出すのに隠し事はなしだと思い直して口を開いた。
「その……ラブホ行くんだと思ってた、から…」
「あぁ、下手なところは管理がずさんだったり、防犯面が不安だからね。案外こういったところの方が訳ありを泊めてくれるんだよ」
ラブホテルは確かに安くて手軽だが、その一方で防犯面の緩い場所が多く、警察に追われる身の縞斑や事件以降注目されている神無が泊まるのは危険だ。
しかし、だからと言って納得してすんなりと足を踏み出せるような値段の場所ではないことは神無も良く知っている。おそらく上階の部屋は、今の神無の給料では手が届かないことだろう。
「た……高かったんじゃないの…?全然折半とかで、」
「これでも結構稼いでたし、使い道がなくて貯まるだけだったから気にしないでいいよ」
「でも……」
「それに、大事な恋人との初めてのお泊まりを安いところや折半で済ませようと思うほどケチじゃないからね」
働き始めてまだ二年足らずの神無に甘えるほど金遣いが荒い方ではない縞斑は、そう言って笑うと神無の手を引いた。
縞斑も今日を特別な日だと捉えてくれているらしい。それだけで嬉しさと安堵を覚えた神無は、その手に大人しく導かれることにしたのだ。
「手続きしてくるから、ロビーで少し待ってて」
「うん……」
煌びやかな室内をきょろきょろと見回す神無にそうを声を掛けた縞斑は、慣れた様子でフロントへ歩いていく。
待機していたアンドロイドの従業員に偽造した身分証を見せて手早くチェックインを行う縞斑を遠目に眺めた神無は、暖炉の火がぱちぱちと音を立てて燃えるロビーの隅にちょこんと小さく腰を下ろした。
吊り下げられた巨大なシャンデリアを見上げて口を開けた神無は、周囲の宿泊客たちも恋人らしい男女が多いことに気がつく。
バレンタインデーの夜を特別なものにしたいカップルは多いのだろう。よく予約が取れたものだとぼんやり考え事をしていれば、カードキーを手に縞斑が神無の肩をとんと叩いた。
「お待たせ、行こう」
「わ…わかった!」
縞斑は神無の手を引いてエレベーターに乗り込むと、迷いなく上層階エリアのボタンを押す。
思わず二度見をする神無のことをくすりと笑った彼だが、ふたりだけを乗せたエレベーターは止まることなく上昇を始めた。
まもなく辿り着いた目的のフロアは部屋数が極端に少なく、迷わなくて良いな、なんて現実逃避する神無を連れて縞斑は部屋にカードキーをかざす。
「どうぞ?」
「ありがと……」
扉を開いて中に入るよう促す縞斑に頷いて、神無はおそるおそる部屋の中を覗き込んだ。
室内は広いが、当然ながら宿泊を目的としている施設であるため、部屋の半分を占めるのは大きなひとつのベッドだった。
向き合って置かれた一人用のソファの奥、窓辺に近づいてそっとカーテンを開けば、階下には眩い街明かりが広がっている。
「すごい……」
「気に入ってくれた?」
「うん!すごいよ、こんな綺麗な場所泊まるの初めて…!」
元々心配性の黒田のもとで育てられた神無は、外泊をした記憶がほとんど残っていない。
黒田の仕事が忙しかったり、友人と予定が合わなかったり、様々な理由でこれまで見送ってきたイベントだが、おそらくそれは黒田が裏で糸を引いていたのだろう。
有馬真二に居場所を知られたら命を狙われる危険があるため、黒田は神無を守ろうと出来る限りそばに居てくれた。
それもあって初めて泊まることになるホテルに嬉しさと少しの寂しさを抱えた神無が笑顔を見せれば、縞斑はその複雑な感情には触れることなく笑顔で頷く。
「ならよかった。お湯を張るから先にお風呂行っておいで」
「いいの?」
「神無ちゃんは今日普通に仕事だったし、疲れてるでしょ?お風呂も広くて綺麗らしいよ」
「じゃ…じゃあ甘えちゃおっかな!」
緊張を装ってそそくさと着替えを手に取った神無は、隣室の風呂場へと駆け込む。
神無が部屋ではしゃいでいるうちに縞斑は湯を張っていたらしく、湯船には音を立てて湯が満ち始めていた。
用意周到なそれを見回した神無は、ひとまず自分にできる支度を済ませてしまおうと意気込むのだった。
※
「先輩てば、動線が鮮やかすぎるんだよなぁ……」
支度を済ませた神無と入れ替わりに風呂に向かった縞斑を見送って、髪を乾かした彼はバスローブ姿のままぼんやりと呟いた。
不慣れな神無を誘導するその立ち回りは、伊達に一回り以上長生きをしていない。
きっと彼にとって、こういった目的でホテルに泊まる機会は初めてではないのだろう。過去の恋人に嫉妬するつもりはないが、完璧に自分をリードする彼の姿に多少の悔しさはある。
きょろきょろと室内を見回した神無は、居場所なさげにベッドの端に腰掛けてぷらぷらと足を揺らした。
「……緊張してきた…」
今までも何度か互いの家に泊まったことはあるし、恋人としてやることはしっかりやっている。
ホテルで致すのは初めてであるため今更気がついたことだが、この場所には寝る以外の目的がほとんどなく、気を紛らわすものが何もないのだ。
シャワーの水音を聞きながらこれから縞斑に抱かれるのだと考えるだけの時間は、いつも以上に神無の羞恥を煽る。
「神無ちゃん?」
「はいっ!?はい!!」
ばくばくと跳ねる心臓を押さえて悶々と神無が考え込んでいると、いつの間にか風呂から上がったらしい縞斑が扉を開けて声を掛けた。
思わず飛び上がって返事をした神無がそちらを見れば、バスローブ姿の縞斑はタオルで髪を拭いながら苦笑いを浮かべる。
「そんな怖がらなくても、急に取って食ったりしないよ」
「べ、べつにこわくねぇし?!」
「そう?まぁともかく、せっかく夜景も綺麗だし…少しだけ話さない?」
そう言って縞斑は、さながら野生の小動物のように警戒を露わにする神無の手を引いてソファへと座らせた。
ルームサービスのシャンパンやワインをスルーして水のボトルを手に取った縞斑は、神無に片方を手渡すともう一つを手にソファへ腰掛ける。
向かい合って座った神無が気まずさを埋めるように渡された水のボトルを開けて傾けていると、縞斑はソファのそばに置いてあった紙袋を取り出してテーブルの上に置いた。
「はい。ハッピーバレンタイン」
「あ……ありがとう…!」
シンプルな黒の紙袋を両手で受け取った神無は、縞斑に一言断ってそっと中を覗き込む。
入っていた小さな箱を開けば、そこには8個のチョコレートアソートが詰まっていた。
ふわりと香る深いカカオの黒と、チョコに散らされたエディブルフラワーの鮮やかな色に神無は小さく息を呑む。
「きれい……」
「今年は渡すタイミングがタイミングだし、量より質と雰囲気かなと思ってね」
「めちゃくちゃ美味しそう……これひょっとして、全部違う味?」
「そうそう。香りを楽しむことをコンセプトにしてる店らしいから、花とか紅茶とかを扱ってるんだってさ」
「へぇー…おしゃれだ……」
それぞれ柄が違うチョコレートは一期一会の味だと言われてしまうと、どれから手をつけようかと目移りしてしまう。
そうしてどうにか左端の一粒を手に取った神無は、いざと頬張る直前になってはっと我に帰った。
「待って!俺もチョコ持ってきたんだった!」
「食べてからでもいいよ?」
「だめ!そんなんフェアじゃない!!」
チョコレートを丁寧に戻した神無は、ぱたぱたとベッドのそばに置いた鞄へと駆け寄る。
中から取り出した翡翠色の紙袋を手に戻ってきた彼は、笑顔を浮かべて縞斑へそれを差し出した。
「はい、先輩!」
「ありがとう、開けてもいい?」
「もちろん!中身見てみて!」
嬉しそうに開封を急かす神無に促されて紙袋から中身を取り出せば、翡翠の文字が印刷されたアルミの薄い入れ物が現れる。
その見た目だけでも随分高価なものを選んだらしいと笑みを浮かべる神無だが、彼は言うことを躊躇うかのようにうろうろと視線を彷徨わせた。
「……あの、あのね、色々何贈るか悩んで…去年はお酒くらいしか好みがわからなかったから…だらだら先輩にぴったりのチョコ探し回って……」
話す神無の声を聞きながら縞斑はそっと包装を解く。蓋を開けて中を覗いた彼は、そこにあった見覚えのある色に小さく息を呑んだ。
「……この色…」
「…うん。お店で見つけて、先輩の瞳と同じ色だなって思ったら、頭から離れなくなって……気がついたら選んでた。単に俺が贈りたいものになっちゃったんだけど……」
そこに収まるアソートのひとつには、翡翠色の輝きをコーティングしたチョコレートがあった。
神無にとってその色は、大好きな縞斑の瞳と同じ色だ。優しいその色に足を止めた神無は結局、頭から離れなくなったそのチョコレートを贈ることに決めたのである。
縞斑の好みを無視して決めてしまったことを気にしている神無だが、縞斑はそんな彼が選んだチョコレートに思わず頬を緩めた。
「すごく嬉しいよ。このチョコは神無ちゃんくらいしか選べないだろうね」
「そ、そんな大袈裟な……」
「そもそも、俺の瞳の色覚えるほど見てる人なんてほとんどいないよ」
「…………あ、」
普段から目を開けてないと揶揄われる彼の瞳の色を知り、その上で覚えている人間ともなれば限られてくるだろう。
このチョコレートを選べるのは神無だけだという言葉の意味を納得した神無は、同時に渡したそれが独占欲の塊のような気がして赤い顔で俯く。
「なんか……急に恥ずかしくなった……」
「そう?俺は嬉しいけど」
言いながら縞斑は翡翠色のチョコレートを口に運ぶ。ライムの酸味と甘苦いビターチョコは相性が良く、甘いものを好んで大量には食べない縞斑にも食べやすい味だった。
「うん、美味しいよ。すごく食べやすい」
「ならよかった……俺も食べよ」
笑顔の縞斑を見て安心した神無は、先ほど摘んだチョコレートを改めて口に含む。
舌触り滑らかなミルクチョコレートを噛めば、溢れた桜の香りが口内に広がった。
香りに重きを置いているという縞斑の話は本当のようだ。鼻に抜ける桜とカカオの良い香りは、一度食べたら忘れられないほど強烈だった。
「おいしい…!先輩これ、すっごくおいしいよ!」
「口に合ってよかった」
前回は神無の好みが分からずとにかく彼の職業柄簡単には買えないような限定の品を確保したため、縞斑にとって今年は勝負だった。
神無が自分では買わない範囲かつ、彼の好みのチョコレートを探して散々店を物色したのは内緒である。
努力の甲斐あって機嫌良く桜味のチョコレートを転がした神無は、ふと箱を縞斑に差し出して笑った。
「先輩一個あげる!選んでいいよ!」
「気持ちは嬉しいけど……神無ちゃんのなんだし好きに食べていいんだよ?俺の分ならちゃんとあるし」
「いいの!一緒に食べた方が美味しいだろ?」
神無はいつも甘いものに目がないが、独り占めをしようという考えには思い至らないらしい。
一人っ子らしくない遠慮がある部分を気にしている縞斑だが、神無からの好意なのであれば無碍にしたくなかった。
縞斑はアソートの中から一番スタンダードな味のチョコレートを選ぶと、口に含んでから神無の手を軽く引く。
「え?」
何故手を引かれたのか分からないながらも腰を浮かせて縞斑のそばに歩み寄る素直な姿に、少々警戒心が無さすぎやしないかと縞斑は心配になった。
そうして不思議そうに首を傾げて身を屈めた神無の唇に、縞斑は自らのそれを重ねる。
「ん……っ、ん!?」
キスをされるとは思っていなかったらしい神無が、状況を理解して真っ赤な顔で驚いた声を上げた。
その声を口内で殺して、逃げ腰になる神無を問答無用で抱き寄せた縞斑は舌の上にチョコレートを乗せたままぬるりと彼の口内に侵入する。
「っぁ…んむ…!っふ……ぁ、あ」
ねっとりとほろ苦いチョコレートが、二人の唾液と溶け合って喉の奥へ流れ込む。
舌に呼吸を塞がれた神無は、酸素を取り入れようと鼻で息をすればするほど口内に居座るカカオの香りが脳に響く感覚を覚えた。
海馬の奥にまで焼き付けられるような強烈な刺激と香りに、神無は気が付けば縞斑の袖に縋って自らも拙く舌を絡めていたのだ。
「……っぷ、ぁ…」
「ん、確かに美味しいね」
「な…ん、あんた……っ!あんた、なに…なんれ…っ?!」
回らない舌でどうにか問い詰めようとする神無だが、縞斑はそんな彼に怯むことなく唇の端から溢れたチョコレートを指で拭う。
びくりと身を震わせた神無に見せつけるように指先に舌を這わせれば、目の前の神無は何も言えなくなり真っ赤な顔で震えるだけになった。
「神無ちゃん、知ってる?人間は匂いの伴う記憶をなかなか忘れないんだよ」
人は特定の匂いを嗅ぐことで、過去の記憶や感情を呼び出すことができるらしい。
それがなんだと怪訝な顔をしていた神無は、すぐに彼の思惑に気がついて眉を寄せた。
「まさか、せんぱい……」
「チョコを食べるたび…匂いを嗅ぐたびに、神無ちゃんはきっと今日のことを思い出してくれるよね」
縞斑の言葉を聞いて答え合わせをした神無は、的中してしまった予想に顔を顰めた。
「あんたそれ、なんてのろいだよ…!」
「呪いなんて人聞きが悪いな。腹括っただけなのに」
確かにこれまで、縞斑は神無に形の残るものをプレゼントすることを避けたり、無意識に神無の記憶に残らない行動を選んでいた。
それはきっと、彼の職業柄いつぱっと死んでしまうか分からないからなのだろう。
自分が消えたときに、神無に振り返っても苦しいだけの記憶を残したくない。そう後ろ向きに考えていた去年の縞斑を思えば大きな変化だ。
とはいえ、甘いもの好きの神無にとって、チョコレートは仕事中に手軽に補給できる甘味として重宝しているものだ。
そのたびに今夜を、ひいてはこの後の出来事を鮮明に思い出していたら仕事にならない。縞斑が欲しくてたまらなくなるのは目に見えている。
きっと縞斑はそこまで分かった上でキスをしたのだろう。にっこりと笑う縞斑の顔を恨めしそうに見上げれば、笑った彼は自身の貰ったアソートから自分の瞳の色を選んで咥えて見せた。
「俺のも食べたい?」
「っ……」
「これ、すごく美味しいよ?」
「……ずるい」
甘いものは食べたいし、縞斑とキスだってしたい。
実のところ、縞斑の提案を神無は拒否する理由がないのだ。それでも抵抗を見せたいと思ってしまうのは、ささやかな男としての矜持とも言える。
「……はやくしろ」
「はは…さすが神無ちゃん、男らしいね」
「今言ってもばかにしてるだけだって……」
両手を広げて縞斑の望み通り言葉を口にすれば、満足そうに笑った縞斑が神無を抱き寄せた。
「ん……ん、ッぁ、」
重なった唇からふわりとライムの香りが漂う。
ライムの香りがする香水や茶葉などいくらでもあるだろう、このままでは全ての匂いが縞斑を思い出す起爆剤になりかねない。
ここまでが全て計画のうちだとしたら、縞斑は相当な策士だ。息継ぎの合間に潤んだ瞳でぎゅっと睨みつければ、開き直った彼は痛くも痒くもないというように喉で笑った。
「は……っ、ふ…」
チョコがなくなったことを合図に唇が離れる。つうと糸を引く濡れた唇にぐらりと脳が揺れるほど興奮を覚えた神無は、気が付けば縞斑の裾を小さく引いていた。
「……なぁに?」
「…つづき、しろよ」
「チョコはもうお腹いっぱい?」
悪戯っぽく笑って首を傾げる彼にはきっと、何を言っても今の神無では言いくるめられる様子が目に見えている。
勝てない戦をするくらいなら、恥を捨ててでも多少強引に誘ってしまおう。そう考えた神無は縞斑の腕を掴むと、おや、と少しだけ意外そうに目を瞬いた彼の唇に噛みついた。
チョコレートがなくとも二人の唇は重なる。
まだ名残がある甘い口付けを塗り替えるように両手を回して精一杯舌を絡めれば、それを焦れた神無の合図だと正しく受け取った縞斑は笑って応えるのだった。
……翌朝縞斑は、空になったチョコレートを前に不貞腐れてしまった神無のご機嫌取りに奔走することになるらしい。
終