@akirenge
【かたわれ時と黄昏時と】
どんな状況でも生き延びなければならない。
不可思議な状況でもだ。宗像波瑠は朝日が昇る前、山の中にいた。薬草を取るために出向いている。早起きは得意な方だった。
やや肌寒い。
「――朝日」
目を細める。
太陽はどこにでもあって、昇る。朝焼けを波瑠は好んだ。元の世界でも、この世界でも、太陽は変わらずに照っている。
京都で一番偉い人と戦っていたら、何故かこの世界に飛んでいた。
室町時代、波瑠の知る時代も一応は室町時代であったのだ。戦国時代ともよばれていたけれども、一番上がそう機能しなかったために各々で
力をつけなければ護るものも護れない。そんな時代だ。
(あの人も朝日を好んでいた……日輪を)
本当に好きだったかというと疑問だったけれども、波瑠の主は日輪を好んでいた。島全体が神域とされる島にある大鳥居。
そこの上に登って、たまに朝日を眺めていた。
今日は一日晴れそうだ。
「村のこともしつつ、茶屋のこともしないと」
手に職をつけておいたと言うと何だが、波瑠は医者だ。薬も得意だし、軍医としても動ける。
――貴様、薬とついているならば、火薬も出来そうだな。覚えてこい。
なんて言っていた主がふと浮かぶ。理不尽だったけれどもあの場所で覚えてきた。紀州、雑賀、噂で聞けば雑賀の役割を持つであろう場所は
佐竹というらしい。茶屋の噂話で入ってきた。
ここは別の世界なのだと改めて感じる。波瑠のいた世界では領地名ははキノコの名前ではなかったし、タソガレドキとか城の名はなかった。
近畿地方は波瑠の世界でも鉄火場であった。小勢力が乱立していたけれども、だけど。
首を横に振る。
まだ、その状況には陥っていない。どころか、それは未来の話だ。
室町時代末期。いずれ戦国時代に突入するであろう、世界。
現在は小勢力が、それこそ小さな村々でも、勢力でも、争っている時代であった。
「さやかさん、休憩時間になったよ」
「お疲れ様です」
さやかとは波瑠の名乗っている偽名だ。世話になった勢力、雑賀衆の三代目の本名から貰っている。彼女はあの破壊されるに破壊された雑賀衆を立て直した。
偽名を名乗ったのはとっさにだ。波瑠は軍の中では目立たない方ではあったけれども、偽名にはしておいた。
この世界が元の世界と違うと気づいたのは後のことでそれまでは何度も騒動に巻き込まれたりしていた。
茶屋のおばあさんに会釈する。
ドクタケ領とタソガレドキ領の間にある村に波瑠は滞在していた。地理を合わせながら、とにかく旅をしていたのだ。旅はどうにかできた。
時刻は昼時を過ぎたころだ。この茶屋は人気がある。各地の旅人や商人や他の村の者たちがやってきている。
波瑠は忍者ではないのだが、話を聞くことは好きだったし、状況も把握できていた。
(忍者がいるわね)
たまに来る行商人によっては忍者だなとなる者がいる。仕草が何か武芸をやっている者だ。気づかないふりをするのは上手い。
「村に来てくれて助かっているよ。お医者様もいなくなったし」
「……私の方こそ、いもうとと旅をしていて……すまわせてくれて感謝をしています」
いもうとというのはこの世界であった訳アリの少女だ。波瑠も訳ありだったし、ある騒動で死にかけていたところを助けた。
お婆さんは柔らかく微笑んでいる。
村に滞在が出来ることになったのは良いことだ。波瑠の目的地は、元の世界の本拠地である安芸であるのだが、遠い。遠いのだ。
お医者様がいなくなったのは前の村長が悪い。そのお医者様で会った老人を殺してしまったのが前の村長だ。病死ということにはしておいたけれども。
災厄に巻き込まれ続けて解決するのには慣れた。慣れるしかなかった。元の世界ではそれで日々を過ごしていた。
「薬がよく効くからね」
「お役に立てて嬉しいです」
現在は甘味処で働きつつ医者をやったり、村の運営についても話している。村は自治組織だ。上があてにならないため、村は村で自治組織を作って対抗している。
惣とも言うが、何せ上の領主が無茶ぶりをしてくるわ。自分たちの生活は自分で守らなければならないの気持ちが強い。
例えば隣の村と水路で揉めたりもたまにあるし、村の中でも揉めたりするし、移動するのだって移動手段はほぼ徒歩なので近い村であろうが別世界になる。
「いろんなことも知っているし、珍しいねぇ」
「祖父が、学ばせてくれて……我が家は代々医師の家系で、学ばせてくれたのは嬉しいです。いらっしゃいませ」
波瑠は安芸、厳島の出身で代々島で医師をしていた。祖父が旅に出ることになり、波瑠が行きたいとなってついていくことにしたのが始まりだ。
あの人や友人と会い、生き延びるために勢力を固める手伝いをしていた。
いらっしゃいませ、と明るく話す。十代後半の物売りが、布を背負った物売りが来ていた。隙がないので忍者だろうなとなる。
忍者ばかりだなとなりつつも情報の重要性を知っている者は忍者を多用する。
気づかないふりをして、波瑠は応対していた。
一日はすぐに過ぎ去ってしまう。老夫婦を先に帰して、波瑠は茶屋の厨房で雑炊を作っていた。
晩御飯だ。売れるものはすべて売り切ってしまった。波瑠は元の世界では一日三食とっていたが村では二食である。良い米が手に入った。
食べられる時には食べておいたほうがいい。住んでいる家で作ってもよかったかもしれないがここで作ったのは気まぐれだ。
いもうととしている子たちも待っていれば来る。食事をしつつ、今後の方針を立てておいた方がいい。
――慎重には、動いているんだけれども。
何せこの時代だ。ドクタケにしろタソガレドキにしろ天下を狙っているらしい。つまりはこの辺り一帯を平定することが前提条件となる。
ドクタケは力しかない。まだ城下町にすら出かけていないので……出かけること自体は好きなのだ……情報はまだまだ集めなければならないが。
雑炊の味見をする。いい出来だ。
「――夕日」
夕焼け空。黄昏時。
戦の終わりを思い出す。屍が転がる中で、太陽は変わらずに昇り、沈む。どこもかしこも小競り合いが起きているところは起きている。
村もいつ戦火に見舞われるか不明だし、今のところはタソガレドキ寄りで動いているのだが、身の振り方も考えたりしなければならない。
大きく息を吐いていると、気配がした。誰かが村の外からこの茶屋に近づいている。
「いい匂いがしたのだが、茶屋はもう、閉店かな」
「(背が高い……)これは晩御飯で」
茶屋に来た男は、背が高かった。背が低い人が多かったのに、彼は背が高い。顔中に包帯を巻いていて、右目が開いている。
唐傘を被っている。僧のようだった。火傷、と波瑠は判断する。
「空腹だったのでね」
「よかったらどうぞ。お代は結構ですから」
包帯だらけの男というと波瑠の脳裏に浮かんだのは包帯だらけの輿に乗ったあの男だった。巨大な数珠を武器にしていた。
波瑠は微笑を浮かべて男に話す。
「いいのか」
「味見をお願いしたくて。店で出すべきか考えていたのもあるし」
店の商品も増やしたいところだったし、予感がしたのだ。戦闘と修羅場で鍛えられた、拒否しても鍛えざるを得なかった波瑠の勘が
彼には油断をしないこと、なおかつ、怪しまれないことを徹底するようにと言っている。
男を外の席に座らせ、波瑠は茶碗に雑炊を組んで、箸を用意し盆にのせて男の前に持ってくる。
「この店に寄った旅の商人と行く先であったのだが、老夫婦がこの店をやっていると聞いていたが」
「私は最近雇われたばかりで、今は夕食を作っていたの。空腹だったから」
事実である。旅の商人は誰だとなる。
旅の僧は珍しくはない。特にこの村は立地が立地なので行きかう人々がかなりいる。
「繁盛しているようだね」
「お蔭さまで。このところは戦もないし、平穏だから」
平穏だ。
村でいくつものことがあったが波瑠の中では平穏である。恐らく平穏の基準がおかしいかもしれないが平穏だ。
男は雑炊の椀を左手で持ち、右手で箸を持ち、食べている。
「美味い」
「口に合って良かった」
味付けは毛利軍で作っていたときのものだ。仲間の一人に料理好きで料理がうまいものがいたけれども波瑠も作る。
「平穏と言っていたが、確かにこのところ戦はない。タソガレドキの城主は好戦的ではあるけども」
「そうなんです? 側にドクタケがあるからだとは想いましたけど。……いもうととこの村に来たばかりで……戦で流れて」
「……そうだったのか」
好戦的としているが、城主なんて大体殴るところは殴っているものである。ドクタケとタソガレドキはこのところ戦をしていない。
戦で流れてここに来たというのはうそでは無いし、この時代では珍しくはないのだ。
「途方に暮れて、とにかく生きなきゃって、村の人たちは優しくて、助かっています」
これも本当だ。
生きなければならない。元の世界に戻りたいところだが手掛かりがないし、優先することは他にもある。
「さやかさん、すみません。急いで来てくれませんか。子供が吐いて!!」
「直ぐに行きます。ゆっくり食べて行ってくださいね。お坊様」
子供が吐いたと村の男が言ってきた。波瑠は急いで向かうことにする。包帯だらけのお坊さんに声をかけてから、波瑠は走った。
さやか、は彼女の名らしい。
タソガレドキ城の忍び組頭、雑渡昆奈門は雑炊を食べ終わる。美味しかった。
この村はタソガレドキとドクタケの領地の間にあり、現在はタソガレドキよりだ。
現在と突いているのは村々は状況によって所属を変えるからであり、この村については緩い警戒はしていた。気まぐれで雑渡が朝、この村を訪れたら彼女がいた。
朝日を眩しそうに眺めている彼女が気にかかったのだ。
「雑炊はもう一杯食べておこう」
そして村は警戒度を上げておくべきかもしれないとなりながら、雑渡は雑炊を食べておくことにした。
「……スイセンは全部が毒なのよね」
「食べられると思って食べちゃったのだわ」
子供を治療した波瑠は、冷めてしまった雑炊をいもうとと食べていた。外見は十代後半のいもうと、恵利はこの世界で出会った少女だ。
治療を終えて、雑炊の鍋を持っていき、自宅で食べている。自宅は空き家をあてがわれた。
倒れたのは男の子でスイセンの葉を食べてしまっていた。スイセンはいい花を咲かせるが全てが毒である。
「今日はどうだった?」
「指示通りに村のことを調べて、直すところは直す算段を付けて……先代がやらかさなかったら良かったのに」
「人間はやらかすものよ。何かしろ」
先代となってしまった村長のやらかしで大変なことになりそうだったのだ。この村は。
現在の村長は恵利とそう変わらない少女で補佐に少し年上の少年が付いている。
「さやかは何をやったら冷静に動けるのかしら」
「……そうやって、動くしかなかったらそうなったわね。私も慌てたりはするわよ」
「タソガレドキはこのあたりでも戦力が最大規模。目をつけられたりしたら」
「緩い警戒はされているわ。重要情報だけは抜かれないようにしつつ、私たちも探し人を探さないと」
タソガレドキにしろなんにしろ最低でも緩い警戒はされている。こちらも人を探さないといけないのだ。恵利を託せる相手。
国を追われた彼女を保護できる相手。
「大川平次渦正」
「きちんと託すから。安心して」
名前だけしか知らない。情報も集められていない。けれども、関わってしまった以上は放り投げないでおく。
茶屋で情報集めをしながらも、仕事もするのだ。
【続く】
【あるひのあさひをながめたひ】
厳島。
島全体が神域である場所で、宗像波瑠は伸びをして欠伸をかみ殺して目覚めた。実家があるのだけれども、拝殿の方で寝泊まりしていた。
「……皆、起きているかしら」
この場所は安芸を中心に中国地方をほぼ手中に収めている毛利家当主、毛利元就が良く滞在をしている島である。
寝巻から着替えて、散歩へと出る。このところは平和だ。九州の大友、ザビー教は静かだし、東の方も壁は作ってある。
大鳥居のところまで歩いていけば、鳥居の上に、彼がいた。
緑を基調とした具足をつけた男は昇ろうとしている太陽を眺めている。
「元就様」
長い付き合いになった、と波瑠は想う。何を考えているのだろうかと黙っていた。
「おっ、光合成中だな。うちのある」
「政定君」
波瑠は横に避けた。政定、世鬼政定の前に透明な壁が現れ、政定にぶつかる。元就は大鳥居から飛び降りる。
「誰が光合成中だ」
「おはようございます。元就様」
「……ああ」
「とーりょーがそろそろ朝飯が出来るって呼びに来たらこれだよ」
毎度のやり取りなので波瑠はそのまま元就に挨拶をしておく。政定は軽傷だ。治療はしておくことにする。とーりょー、こと世鬼忍軍の頭領である
世鬼杙奈は料理好きだ。彼女の料理はとても美味しい。朝食を作るのも好きで作っているし元就は作ることを許している。
「他は起きておるか」
「花乃はそろそろ帰ってくるっぽいけど、燐火は見てない。碧香は船だろうけど。ゆかさんは起きてた」
毛利軍で側近とするならば自分たちのことで、旅に出ている者もいる。面子は増えた。
「……花乃が帰ってくるならば騒がしくなる」
「土産の甘味、楽しみっすね」
元就は甘いものが好きだ。頭をよく使うからだろうか。
「そろそろお砂糖がきれそうだから大友に請求しておかないと。島津様が砂糖づくりを始めているし。こっちも一応栽培はしてみているけど」
「波瑠さん。かなり簡単に大友に請求をかけるよな」
「こっちは存在を見逃しているから」
砂糖は貴重品だが、九州南部の島津軍が作り始めてはいた。大友は異国の文化に強いようでザビー教が嫌である。前に元就がとんでもない目にあった。
存在を見逃しているとは尼子もそうだがいざとなったら盾にする気である。
「島津は酒ではなく砂糖をくれればよいものを」
「あの人、酒豪だしなー」
島津とは友好というか西側は領主たちが争うことは稀だ。各々が自分の領地があればいいといった者たちが揃っている。
毛利も毛利で今は戦をしていない。侵略者が来たら戦いはするが。島津家の当主、島津義弘は酒好きで、元就は身内の元もあり、
一応酒が飲めるが酒は好きではない。
「砂糖が手にはいったら、焼きおにぎりとか美味しいのよね。餅も良いけど」
「餅がいい。砂糖醤油だ」
「致死量を砂糖を入れて作りますから」
「甘いもん食べすぎて体壊さないで下さいよ。元就様」
砂糖醤油の焼きおにぎりも美味しいのだが、元就は餅が好きなので砂糖醤油の餅である。元就はどこからか取り出した輪刀で政定を殴り
政定が避ける。朝から行われるのはいつものやりとりであった。
【Fin】