カルみと 寝苦しい夜の話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
真夜中、微かな呻き声を聞いた神無は微睡みの縁から意識を浮上させた。
「……?」
普段から眠りの深い神無は、ちょっとした物音ではなかなか目を覚さない。朝だって縞斑に起こされるまで起きないことがほとんどだ。
しかしなぜか、その音は聞き漏らしてはいけないと彼の心の内が強く叫んでいた。
「…せんぱい……?」
背後から聞こえた音を辿って寝返りを打てば、そこには昨晩共に布団に入った恋人の姿が変わらずある。
しかし、その寝顔は決して穏やかなものではなく、眉を寄せて冷や汗を垂らす彼は苦しげに呻き声を上げていた。
「ゔ……ぅ、ん……」
体の具合が悪いのだろうかと焦った神無だが、どうやら彼は悪夢にうなされているらしい。
額に滲んだ汗を拭って身を寄せれば、びくりと身を震わせた縞斑の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「…きょ……う、」
ぽつりと震える声で呟いた彼に、涙を拭おうと伸ばした神無の指先がぴたりと止まった。
しばらく躊躇うように彼の泣き顔を見上げていた神無は、やがて意を決した様子でそっと縞斑の肩を揺さぶる。
「…せんぱい、だらだらせんぱい、おきて」
「ん……っ、ぅ」
数度声を掛ければ、神無に比べて眠りの浅い縞斑はすぐに眉をきゅっと寄せると翡翠の瞳を開いた。
時間を掛けてひとつ瞬きをした彼は、のろのろと視線を落として自分を覗き込む恋人の姿を視界に収める。
「…かみな…ちゃん……?」
「ごめん、うなされてたから」
「……あぁ、そっか…ありがとう、」
瞬きをするたびにこぼれ落ちる涙を、見ていられなくなった神無がそっと拭う。
無意識にその手を捕まえた縞斑は、それまで見ていた悪夢を振り払うように詰まっていた息をゆっくりと吐き出した。
未だ肩で息をする縞斑を見上げていた神無は、わずかに身を起こして冷え切ってしまった縞斑の頬に手を当てる。
「だいじょぶ…?」
「……じゃないかも。ごめん、抱きしめてもいい?」
「……それって…俺でいいの?」
今の縞斑が求めているのは、恋人の温もりではないのかもしれない。
そう不安げに伺う神無の言葉に思考を巡らせた縞斑は、気まずそうに眉を下げて頭を掻いた。
「……ひょっとして俺、寝言言ってた?」
ここまで尋ねてしまった以上、今更嘘をつくわけにはいかない。こくりと素直に頷いた神無の複雑な表情を見つめた縞斑は、彼の不安の正体を察した様子で顔を顰める。
かつて縞斑の相棒であった白瀬は、事件を追う最中で命を落とした。
逃げ遅れた神無の背を押して施設に残り、爆発に巻き込まれた彼の死を受け止めきれず、縞斑は神無をひどい言葉を使って責め立てたのだ。
気持ちが通じ合って恋仲になった今でも、当時のことはなんとなく互いに触れないようにしている話題だった。
「あー…ごめん、言い訳みたいになるけど俺の話聞いてくれる?」
「……うん」
元相棒とはいえ自分ではない人間の夢を見ておいて、目を覚ました途端に求められても複雑な気持ちは拭えないことだろう。
拒絶されるのを覚悟の上でおずおずと切り出せば、意外にも神無はこくりと小さく頷いて縞斑の言葉を待っていてくれた。
そんな彼に出来る限り誠実でいたいと、縞斑は言葉を選びながらゆっくりと語り掛ける。
「まず最初に…人肌恋しくて代わりがほしいとか、絶対にそういう気持ちじゃないよ」
「…さすがにわかる」
「悪夢から神無ちゃんが起こしてくれて、そばにいてくれたことに心から安心して、絶対に失いたくないと思った」
「……うん」
「ちゃんとそばにいるって抱きしめて確かめたい。愛情表現の誘いで口にした言葉で、それ以上でも以下でもない」
我ながら面倒臭い言葉だったのに、縞斑は丁寧にひとつひとつ神無の不安を取り除いていく。
縞斑はそもそも、白瀬恭雅の代わりなど最初から求めていないのだ。だから神無が彼に敵うことは一生無い。
けれどそれは同時に、どんな時も神無に対して誠実でいてくれるという証で、縞斑のまっすぐな愛情の形だった。
そんな誠実で優しい彼のことを拒絶する理由が、一体何処にあると言うのだろうか。ふっと小さく笑った神無は両手を伸ばすと、縞斑を見上げて首を傾げる。
「いいよ、ぎゅってしよ」
「いいの?」
「うん。俺も先輩に、ここにいるよって伝えたい」
縞斑から誘ったくせに、神無の許可を取った彼はそろりと壊れ物を扱うように優しく神無を抱きしめた。
まだ少し乱れた呼吸と震える体を両手で抱きしめた神無は、彼の背中に手を回してぽんぽんとあやすように叩く。
「先輩、あのね」
「うん?」
「俺は…先輩より先には絶対死なないよ。それだけは、安心していいから」
抱きしめた縞斑が息を呑む。
失言だっただろうかと考える神無だったが、彼が体を離すより早く、縞斑は神無の体を苦しいくらいに強く抱きしめた。
「ん…っ先輩?」
「……後生だから、そうしてくれ」
初めて聞いた震える声は、ひょっとすると泣いていたのかもしれない。力強い抱擁に包まれた神無にはそれを確かめる方法がないし、そうでなくとも確かめるつもりもなかった。
神無は縞斑の頭を撫でると、お返しに自分も力を込めてきゅっと縞斑を抱きしめ返す。
「もちろん。だって先輩、俺よりちょいおじだもんね」
「……ちょいおじはやめてほしいな」
「あはは」
ころころと子猫のように神無が笑えば、縞斑が少しだけ湿った笑い声を漏らした。
ふたりで笑って、疲れたらもう少しだけ一緒に眠ろう。明日にはいつも通り日常に戻っていけるように。
縞斑の肩越しに見た窓の外が暗いことを確かめた神無は、まだ明ける気配のない夜に生まれてはじめて感謝をするのだった。
終