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Be my Valentine

全体公開 SS/SSS 1813文字
2025-02-21 10:45:29

バレンタインの話 /
ineffable husbands寄りのアジクロ

Posted by @otohitoe_



新しい年を迎える日やクリスマス、国の節目や大きな影響を与えた人間の生まれた日や死んだ日、妙な祭りの日にも、アジラフェルと過ごした記憶がある。ただこの日だけは一緒にいたことがなかった。いや、600年もあったんだから一度や二度くらいはあったかもしれない。けれど、一度だってこの日と定めて会ったことはなかった。

わざと避けているわけではなかった。嫌っているわけでもない。アジラフェルとは敵であり味方であり、仕事仲間であり商売敵であり、同郷であり異郷、弱点でも頼みでもあり、友人であり、家族のようなものでもあり、いわゆるその、そういう感じの関係でもあると言えた。
クロウリーは、アジラフェルとはこの世界にあるあらゆる関係の名前のほとんどを用いることができると、そんなふうに思っていた。ごく最近からの話だが。

手土産と称して真っ赤な箱のチョコレートを渡せても、赤いリボンの付いたワインを渡せても、それにおまけでつけてくれた一輪の薔薇でさえ渡せるのに、自分でも驚くことに、たかがバレンタインに一緒に過ごそうというひと言が言えなかった。酒が入れば、興が乗れば、いざとなればと思っているうちにあっさりと夜は更けてゆく。
もうじき日付が変わるという頃になって、いよいよクロウリーは怖気づいた。このままなし崩しにここにいてもいいのか。こんな形ではなく、きちんと準備をして、直前になって勢い任せに押し掛けるのではなく、何と言うのか内容まで考えてから来たほうがよかったのではないか。そうだ。絶対にそのほうがいい。
また来年誘えばいい。たった1年。たった365日。たった8760時間。でも、それだけあればきっと準備だって完璧に調えられるはずだ。
終末でもこない限りは来年もまたこの浮かれた空気がやってくる。

「そろそろ帰る。またな」

そう口にしてしまえば呆気ないものだった。クロウリーは足早に書店のドアへ向かった。さっきまでたったひと言が言えずにぐずぐずしていたのが嘘みたいだ。本当に呆れる。

「クロウリー、待って」

ドアを開けて顔に冷たい空気を浴びた直後、クロウリーの後を追ってきたアジラフェルにすぐ背後から呼びとめられた。

「チョコレートとワインをありがとう」
「いつものことだろ」
「あと、花も」
「おまけで貰っただけだ」
「それから

アジラフェルはふいと目線を逸らした。よく見ると手に何か持っている。

「それは?」
「これはその、カードだ」
「カード?」
「プレゼントと一緒に贈りあったりするだろ?」

そういえばそんな気もする。思い返せばチョコレートを買ったときもワインを買ったときも、店員にカードを付けるか訊かれた。大体カードってのは要は手紙のようなものだろう。いつもの手土産の体で来てるのに、そんな劇的な趣向を施せるわけがない。それができるならとっくにただひと言、おまえと過ごしたいと伝えている。

「くれるのか?」
「きみさえよければ、もらってほしい」
もらうよ。どうも」

カードを受け取っても、アジラフェルは落ち着きのない様子でクロウリーとその他へ目線をうろうろさせていた。

じゃあな」
「あうん。また」

クロウリーが切り上げると、アジラフェルも小さく手を挙げて送り出した。
外は静かに雪が降っていた。
ほんの数歩の距離で全身が凍るほど冷えたクロウリーは急いで車に乗り込んでエンジンを吹かし、ぐっとアクセルを踏んだ。
さすがに雪道ではいつもの速度は出せず、とろとろと車を走らせながらアジラフェルに渡されたカードを見遣る。端の切れ込みに角が差し込まれてあり、表には『バレンタインになってほしい』と印刷されてある。意味はわからないがアジラフェルもきっと何かのおまけでもらったのだろう。

はあとひと息ついて中を開いて、書かれてあるたった一文に心臓が跳ねた。思わず踏み込んだブレーキで後続車には熱烈なクラクションを鳴らされた。気持ちはわかるが今はそれどころではない。

『もう少しだけここにいて』

知っていたのだろうか、アジラフェルは。
クロウリーの言えないことを。ずっと言えずにいたことを。今夜もまた土壇場で怖気づいて帰路につくことを。

クロウリーは上体を返して書店へ振り向いた。
まだ明かりは点いていた。煌々と、バレンタインを待っている。







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