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つくもの社 第15話

全体公開 7 9481文字
2025-02-21 21:07:19
Posted by @ayame0601s




 髭切さんと膝丸さんの二振ふたりと、きちんと話したあの日から、約一週間が経った。
 一週間、といっても、此処には時間の概念がない。そのため、正確に言うと寝て起きてを七回ほど繰り返したということになる。
 その間、順調に彼らを祀り直せているようだった。
 夕飯を作れば美味しそうに食べてくれるし、それが霊力となって刀本体にも良い影響が出ているらしい。「今までより斬れ味が良さそうだ」と二振揃って嬉しそうにしていた。
 彼らを順調に祀り直せている。まだ先は長そうだけれど、本当に良かったとホッとした。

 けれど同時に、他の二振のことが気がかりだった。
 鶴丸さんと、三日月さん。

 せっかく『祀り直す』という第一歩を踏み出せたというのに。
 彼らは、あれから一度もこの本丸に帰ってきていない。髭切さんに聞けば、彼らは元々、この本丸には帰って来ずに街で過ごすことが多かったらしい。私が此処に来たことで、彼らも久しぶりに帰ってきたと言っていたくらいだ。

『あの二振はもういいよ』

 髭切さんに言われた言葉が、あれから何度も耳の奥で木霊する。
 彼らは妖物の気が強いから。今の私が無理して彼らも祀り直そうとすると、霊力が枯渇するから、と。
 
 ──また、霊力の問題。

 思わず苦笑が漏れる。昔と変わらない課題に直面するなんて。まるで、過去の課題を今に持ち越してきたかのような。
 けれど、本当にこのままでいいのだろうか。せっかく、祀り直すことができそうなのに。
 そんな自問自答を、あれから幾度となく繰り返している。

「あ、居た居た」

 声が耳に届き、開いていた料理本から顔を上げる。
 書庫の入口には、こちらを覗く髭切さんの姿があった。彼は私と目が合うと、書庫へと足を踏み入れる。

「髭切さん、どうしました?」
「主、刀の手入れの仕方を知りたいと言っていただろう? 今からするから、声をかけておこうかなと思って」

 こちらへ近づきながら髭切さんが言う。
 昨日の夕食時、髭切さんと膝丸さんが刀の手入れについて話していたため、やり方を知りたいと申し出たのだった。食事以外にも、もし何か私にもできることがあれば、と思ってのことだ。

「ありがとうございます。すぐ行きますね」
「すぐじゃなくても、それ見終わってからでいいよ」

 近くまで来た髭切さんが、私の手元へ視線を落とす。

「今夜の献立を考えてくれていたのかい?」
「あ、はい。まだ迷ってるんですけど……
「それなら、僕も一緒に選んでもいいかな」

 唐突な申し出に、驚いたものの。選んでもらえるなら、むしろ有りがたかった。

「もちろんです。髭切さんは何が好きなんですか?」
「うーん。割と何でも好きなんだけど……あ、これとかも昔好きだったかな。僕と弟はあまりこういうの作らないんだけど」

 そう言って指をさしたのは、ロールキャベツだった。
「肉を葉っぱで包んで丸ごと食べるなんて、画期的だよねぇ」とのんびりした口調で感慨深そうに言っている。
 髭切さん、ロールキャベツ好きなんだ、と、彼の好みを知れて心がほっこりしていた──その時だった。

 ふわりと、甘い香りが鼻先を掠める。

 甘く艷やかで、どこか、心が落ち着くような。香りからしてお香のものだと分かった。優しく、ゆったりと包みこまれるような、お香の香り。

 それは此処に来て初めて嗅ぐ香りだった。今まで何度か、お香のような残り香がした時はあったけれど、それとはまた別のもの。 

 初めて嗅ぐ香り──いや、違う。初日にも似た香りを感じたことがあった気がする、と不意に思う。
 布団だ。押し入れにある布団はかび臭いからと、彼が初日に持ってきてくれた、布団の香りが想起される。

「あ、これも美味しかったやつだ。弟はこれが好きだったんじゃないかな」

 髭切さんの声が、すぐ近くから落ちてくる。私が開いた料理本を二人で共有する距離感は、あまりに近いもので。
 
 すぐ隣にいる彼の体に、私の肩が触れている。
 
 肩に触れる、その感触も。鼻孔をくすぐる、甘いお香の香りも。いつもより間近に聞こえる、柔らかく穏やかな声も。
 
 全てが、すぐ隣に居る髭切さんから感じるものだと。そう思ったら、彼のことを急激に意識してしまった。心臓がどくんと脈打ち、顔に熱が集まり始める。

「主?」

 私が何も反応しなかったことが、不思議に思ったのかもしれない。髭切さんは腰を屈めて、私の顔を覗き込む。
 あまりに近く、美しく整ったその顔に、彼への意識は一気にピークを迎えた。
 そのため、大袈裟なくらい肩が跳ねてしまった。しかもまるで距離を取るかのように、つい後退ってしまい、ハッと我に返って後悔する。

「あ……
 
 後退ったのは、あまりに近すぎる距離が恥ずかしかったからで。決して嫌悪感からではなかった。
 けれど髭切さんには、嫌悪感として受け取られてしまったようだった。彼は数回、瞬きをした後、眉を下げて苦笑した。

「ああ、ごめん。近すぎたね」

 そう言って申し訳なさそうに微笑むと、私から距離を取る。離れていく髭切さんを視界に入れながら、違う、と心の中で否定していた。
 違う、嫌なわけでは、ないのに。

「ち、違うんです」

 気づけば、手を伸ばしていた。離れていく髭切さんを引き止めるように、咄嗟に彼の服を掴む。しまった、と自覚したのは、行動を起こした後だった。
 髭切さんは驚いているのが分かるくらい、目を丸くしている。
 パチパチと瞬きをしながら私の顔を見て、服を掴んでいる私の手元へ、視線を落とす。
 恥ずかしくて、居た堪れない気持ちが込み上げる。穴があったら入りたい。

「あ……その……違うというのは、その。近いのが嫌だというわけじゃ、なくて」

 モゴモゴとした、言い訳のような言葉しか出てこなかった。「すみません」と謝りながら、服から手を離す。
 目を合わせられず、思わず俯いた。

「嫌じゃないって、本当?」

 落とされた疑問に、恐る恐る顔を上げる。
 ジッと私を見つめる髭切さんの顔に、笑みはなかった。
 茶化すわけでもなく、どこか真剣な眼差しに、息を呑む。

「嫌なわけ、ないです」

 嫌なわけがない。昔に抱いていた淡く切ない恋心が、今も込み上げてきそうなくらいなのに。
 髭切さんは、「そっか」と言ってふわりと微笑む。それは安堵も含まれるようなもので、呆然と見とれていた、その時だった。

 伸ばされた彼の指先が、頰に触れる。

 指の甲で撫でるその触れ方は、壊れ物を扱うかのように優しく、軽く伏せられたその瞳は、慈しみを向けるように柔らかいもの。

 胸が淡く、ぎゅっと締め付けられる。

 頬に触れている手の感触が、心地良い。もっと彼に近づきたい気持ちが、切なさを伴って込み上げる。緊張が胸にくすぶる中、彼の手にそっと頬をすり寄せた。

「そういえば、君がこの本丸から去った後、一つ後悔したことがあったな」

 髭切さんが口を開く。

「後悔、ですか?」
「うん、そう。これは自分勝手な考えだけど」

 彼は呟くように続けた。

「君が去ってしまうくらいなら、隠してしまえば良かったなって。何度か、後悔したよ」

 昔のことを思い出しているのか、少し視線を伏せる髭切さんとは目が合わない。
 隠す、とは、神隠しのことだ。何故か自然に理解でき、そして驚いてしまった。髭切さんが、そう思っていたなんて。

「まあ、結果として、君はまた戻ってきてくれたわけだから。そんなことしなくて良かったよ」

 そう言った彼は、私と目を合わせるとクスッと笑ってみせた。ゆっくりと彼の手が離れていく。

「ところで、夕餉はこれがいいな」

 その言葉で、ハッと我に返った。一気に現実へと引き戻される。
 髭切さんは、手元の料理本を指差していた。
 
「え? あ、ロールキャベツですね。分かりました。頑張ります」
「ありがとう。後で必要なもの見繕ってくるよ。楽しみだなぁ」

 離れていく距離感に、名残惜しさが生まれたものの。遅れてやってきた恥ずかしさに顔が熱くなった。
 手で顔を扇ぎたいくらいだけれど、あからさますぎるためグッと堪える。

「さて、献立も決まったことだし。刀の手入れ、見に来る?」
「あ、はい。見たいです」
「じゃあ行こっか」

 緊張している私とは違い、髭切さんは悔しいくらい普通だった。それでも以前よりかなり柔らかい印象と、近くなった距離感に、じんわりと嬉しさが胸に広がった。


 髭切さんの後をついていき、着いたのは彼らの自室だった。部屋には膝丸さんの姿があり、彼は既に刀の手入れを始めていた。
「遅かったな」膝丸さんは私たちに気づくと口を開く。

「手入れ、先に始めているぞ」
「うん、いいよ。主と一緒に今夜の献立を考えていてね。今日はあれだって。肉を葉っぱで巻いたやつ」
「ロールキャベツです」
「そうか。それは楽しみだ」

 膝丸さんは頷きながら言う。その顔に笑みはないものの、彼も髭切さんと同様、きちんと話し合ったあの日から、随分と私に対して柔らかく接してくれているように思えた。

「主、適当に座ってて。準備するから」

 髭切さんに言われ、膝丸さんの近くに腰を下ろす。膝丸さんは私を見ながら、「そういえば」と口を開いた。

「君は書庫に居たのか?」
「え? はい、料理本を探していて」
「そうか」

 それだけ言うと、視線を手元に向けて作業を再開する。
 一体、何の確認だったのだろう……不思議に思っていれば、「予想が当たって良かったね」と髭切さんが膝丸さんに言った。そして私へ視線を向けると、「弟はね」と補足が入る。

「嬉しいんだよ。弟も、君の気配を辿れるようになったから」
……気配?」
「それは少し語弊があるな。嬉しいというより安心しただけだ」
「どっちも似たようなものじゃないか」

 膝丸さんに言いながら、刀を持った髭切さんは私の近くに座った。

「あの、私の気配を辿るってどういう意味ですか?」
 
 気配を辿るなんて、そんなことできるのだろうか。比喩か何かなのでは。
 疑問を口にすれば、「そのままの意味だよ」と彼は続ける。

「今の君の霊力を貰ったことで、君がどこら辺にいるか大体分かるようになったんだ」
「えっ。じゃあ倉庫に来たのも、居るのが最初から分かっていたんですか?」
「うん。あまり遠いとさすがに分からないけどね。近づけば気配を感じられるようになるよ」

 まさか、私の位置まで分かるなんて。驚きつつも、今までのことを思い出したらどこか納得してしまった。
 街へ、私を助けに来てくれた時も。一人で戻橋に行った時、迎えに来てくれた時も。
 確かに、偶然私を見つけたというより、私の位置が分かったのなら納得してしまう。

「だから、君が僕の湯浴みを覗き見しに来ても分かるということ」

 髭切さんの言葉に、一瞬、呆然としてしまった。けれど何のことを指しているのかすぐに理解し、焦りからカァッと体が熱くなる。

「なっ、あ、あれは違います!」

 あの時のことだ。下着を脱衣かごに忘れたあの時。確かに、髭切さんにはすぐ見つかってしまった。気配がしただの何だのと、そう言っていた気もする。
「主……」膝丸さんが何とも言えない顔をしている。「忘れ物を取りに行っただけです。髭切さんが入浴中だなんて知らなくて」と急いで弁解した。

「あの、ついでに聞いてもいいですか?」

 とりあえず話を逸らしたかった。それに、疑問に思ったことがあったのも確かだった。
「どうぞ」と髭切さんから許可が下りる。

「私も、貴方たちに霊力を与えることで何か分かることってあるんでしょうか?」
「うーん? どうなんだろう。お前はどう思う?」
「俺に聞かれても……ああだが、そういえば以前、審神者は自分の刀が分かると聞いたことがあるぞ。それは自分が注いだ霊力を、無意識にでも感じ取っているんじゃないか?」

 膝丸さんに言われ、そうなのだろうかと考えてみる。そして腑に落ちる部分があった。
 街で会った髭切さんが、他本丸の刀だと分かったのは、そういう理由なのかもしれない。あの時すでに、髭切さんには私の涙として霊力を与えていたから区別できたのだと、そう考えると膝丸さんの言うことに納得がいった。 

 おそらく、前世の私の霊力と、今の私の霊力は別物なのだろう。だから今の私の気配を辿れるのは、今の私の霊力を与えた刀だけであるし、逆に私が彼らを区別できるのも同様の場合のみなのかもしれない。
 
 だから今、同じ姿形の刀が目の前に複数いても、髭切さんと膝丸さんは区別できるだろう。
 あと、鶴丸さんも。彼のことも区別できるはずだ。私の霊力を、喰べたのだから。意図せず、彼にも今の私の霊力を与えたことになるのだから。
 
 ふと、街で会った鶴丸さんのことを思い出す。
 
 彼はあの時、言っていた。「きみとは、森で会ったじゃないか」と。
 
 森で出会った他本丸の鶴丸国永だと、そう言っていた彼のことを、思い出していた。
  
「どうしたんだい?」

 髭切さんに問われ、ハッとした。「いえ、何でもありません」と笑顔でごまかす。

 そこから話は刀の手入れの仕方に移った。「汚れを拭って、打粉を打って、油をつけるだけだよ」と髭切さんは簡単そうに言っていたけれど、実際の手入れはもう少し丁寧なもののようだった。

「今、兄者が拭紙で拭っているのは刃についた古い油と埃だ。面を変えて数回拭えば、大体の油は取れる。その後、打粉を打って更に古い油を取っていくのだが、打ちすぎるのは良くないぞ。打粉には砥石の粉末が含まれているから、打ちすぎると刀身に細かい傷がつく。軽く打粉を打った後は再度拭紙で拭って、その後に油をつけるのだが──」

 かまどの使い方同様、膝丸さんは流暢に手順を説明してくれた。彼の口からすらすらと零れ落ちていく言葉を必死に頭に叩き込もうとしても、6割、よくて7割くらいしか頭に入ってこない。
「まあ、詳細は弟の言う通りなんだけど」髭切さんが言葉に笑みを乗せて言う。

「とりあえずやってごらんよ。はい、打粉」

 そう言って差し出されたのは、先端が丸く布で包まれた道具だった。その道具は、時代劇で見たことがある。
 刀にポンポンとする、あの道具だ。それが打粉という名前だとは、初めて知ったけれど。

「主、打ちすぎないように」

 膝丸さんが再度、忠告する。確か、打ちすぎは刃に傷がつくとか何とか言っていたな、と、先程の説明を必死に思い起こした。
 ある意味、重要な役割を任されてしまい、手が震えそうになってしまう。
 髭切さんに刀を支えてもらいながら、丁寧に、打ちすぎないように、ぽん、ぽん、とゆっくり打粉を打ち始めた。
「うむ。いい感じだな」すぐ側で膝丸さんが覗いているのか、近くから声が耳に届く。それでも刀に打粉を打つことに集中していた。刃に傷がついてしまうことだけは避けたい。とにかく丁寧に──と、その時だった。
 
 刃を映している視界に、ひらりと、桜の花びらが舞い込んだ。
 
 えっ? と思わず手を止める。打粉へ向いていた集中は、舞い込んできた桜の花びらへと向く。 

 だって、まさか。桜の花びらなんて。一体、どこから……。 

 ふと、舞い込んできた方を向けば、それは髭切さんからだった。
 髭切さんに、桜の花びらが舞い落ちている。

……ごめん。我慢できなくて」

 目を伏せ、口元を手で覆っている彼は、何かを耐えているような。とはいえ目尻あたりがほんのり赤く、その様子はどことなく恥ずかしがっているようにも見える。

 まるで照れているような。そんな髭切さんの姿は新鮮で、思わず呆然と見とれてしまった。

 突然現れた桜の花びらも、異様なはずなのに。
 桜の舞う髭切さんを見て、なぜかジンと胸が熱くなる。

「桜が舞う兄者の姿なんて、久しぶりに見たな」

 膝丸さんが独り言のように溢す。言葉の意味はよく分からなかった。
 よく分からないはずなのに、ふ、と、胸の奥から感情が湧き上がる。

「喜んでもらえたなら、良かったです」

 口から出た言葉は、考えて出したものではなかった。自然と、思ったままの言葉だった。
 髭切さんは伏せていた視線を上げる。目が合うと、彼は力を抜くように微笑んだ。

「君が丁寧にしてくれるから、つい。やっぱり、主に手入れしてもらうことは嬉しいものだね」

 そう言った髭切さんに、ひらひらと桜の花びらが舞い落ちていた。
 

 刀剣男士は、嬉しいという感情が桜の花びらで表現されるらしい。あの後、二振ふたりからそう説明を受けた。
 そのことを直接思い出したわけではないけれど、説明を聞いて、すんなりと受け入れることができてしまった。それはきっと、思い出していないだけで、記憶自体は魂のどこかに存在しているからなのだろう。

 刀の手入れを一通り教えてもらって、自覚したことがあった。それは、彼らに喜んでもらえることが嬉しいということだ。
 それが、彼らの『主』としての感情なのか、今の私にははっきり分からない。けれど、彼らを大切にしたい、きちんと祀り直したい、という気持ちが、より一層強くなったのは確かだった。

 だから私はやっぱり、鶴丸さんも、三日月さんも、きちんと祀り直したい。

 ここへ来たのは必然だったのだと、最近、思うようになっていた。私のせいでこの世界に封じられてしまった彼ら四振りを、きちんと祀り直すために、この本丸に戻ってきたのだと。遅くなってしまったけれど、それが今の私の役割なのだと、そう自覚を持つようになっていた。
 どうなるかは正直分からない。けれどやれるところまで頑張ってみたい。その思いが強くなったのは確かだった。

「俺は賛成しかねるな」

 夕飯時、自身の気持ちを吐露してみれば、膝丸さんにはっきり言われてしまった。その理由は分かっている。
 彼は私の身を心配してくれている。無理に祀り直そうとすれば、私の霊力が枯渇してしまうかもしれないから。
 それに、膝丸さんと髭切さんの二振りだけなら確実に祀り直せても、四振りとなると誰も祀り直せないかもしれない。その前に、私の霊力が枯渇してしまうかもしれない。そのリスクはある。
 だから、賛成しかねる、というその言葉は最もだった。
 それでも、私は……

「それでも……リスクがあるとしても、私は貴方たち四振りを祀り直したいんです。たとえ私の生命自体が危うくなっても、貴方たちをきちんと本霊に還してあげたい。せっかく、祀り直せることも分かったのに。可能性がゼロじゃないなら、諦めずに、できるところまで頑張りたいです」

 過去に逃げ出してしまった分、もう逃げたくない。リスクが大きいのは分かっている。けれど、絶対に不可能だと決まっているわけではないのだから。
 色々な選択肢を想像した時に、ここで鶴丸さんと三日月さんを諦めてしまった場合が、一番、後悔が残ると思った。
 膝丸さんの言葉をじっと待つ。彼の眉根には皺が寄ったままだ。
 
「主の言い分は分かった。だがまず、あの二振がこの本丸に帰ってくるのかも分からないぞ。おそらく、俺や兄者が街へ迎えに行ったとしても、もうそう簡単には戻ってこないだろう」
「そうなんですか?」
「ああ。此処にいる間、彼らとは食事の仕方も、生活の仕方も、大分違いが出てしまったからな。もう以前のような仲とは言い難い」

 ふと、一緒に食事をした時の光景を思い出した。
 確かに、食堂では髭切さんと膝丸さん、三日月さんと鶴丸さん、というペアに分かれるように、離れた場所で座っていた。
 仲が悪いのかな、と、そう思った記憶が脳裏を過る。

「それなら……それなら私が、街へ迎えに行きます」

 膝丸さんは、私の言葉に目を見開く。その直後、彼の眉根が更にぐっと寄った。

「君、それは正気で言っているのか? あの場所がどういうところか、身を持って体験しただろう」
「そうですね……本当なら、もう行きたくないです。それでも、もし私が迎えに行くことで、彼らに誠意を見せられるなら。頑張り、ます」

 本当は街へは行きたくない。行くのは、怖くて仕方ない。
 あの場所の、空気感が。呼吸すらままならなくなるほど重く濁った空気と、臓腑をも撫でられるような悪寒が這い上がってくる、あの場所の空気感は、思い出すだけで体が震える。
 自分がどれだけ無茶なことを言っているのか、自覚はあった。それでも、リスクを負ってでも誠意を見せないと。そうしないと駄目な気がしていた。もしそれで駄目なら、諦めもつく。
「君が街へ行くとしても」今まで黙っていた髭切さんが口を開く。

「僕たちと一緒では、おそらく彼らは姿を現さないだろう。だから街では、君一人で歩くことになる。一人で彼らを探すんだ。君に、その覚悟はあるのかい?」

 髭切さんに真っ直ぐ見つめられながら問われ、コクリと唾を飲み込んだ。
 あの場所に、一人で。
 正直、想像するだけで怖い。人間である私が、あの場所で一人で歩いた時、どうなるのだろう。分からない。体が意図せず震え始める。

「覚悟は……覚悟は、します。私はもう、逃げたくないので」

 髭切さんへ真っ直ぐ視線を返しながら、自分の決意を口にする。
 髭切さんは少しの間、沈黙する。その後、静かに「そっか」と言葉を落とした。

「承知したよ。君がそう決意したのなら、僕らも共にその道を歩もう。元々、僕ら四振りを祀り直す、という契約のつもりでもあったしね」

 そう言った彼は、小さく微笑んだ。 

「ただ、君も分かっていると思うけど、街の空気は人間の君にとってかなり悪いものだ。どうしても気分が悪くなったら、すぐ引き返すこと。我慢して深追いしない。いいかい?」
「分かりました」
「僕も気配を隠しながら着いていくよ。君から霊力をもらって、だいぶ感覚が戻ってきたしね」

 髭切さんは手元に視線を落とすと、手を握ったり開いたりしていた。その視線を、膝丸さんへ向ける。

「お前は? それでいいかい」
「ああ。主にそこまでの覚悟があるなら、無碍むげにはできまい。心配はあるが……だがたとえどういう結果になろうと、我ら兄弟、君と共に最後まで歩もう」

 膝丸さんの言葉に、自然と背筋が伸びる。「ありがとうございます。よろしくお願いします」と二振ふたりに頭を下げた。

「よし。それじゃあ、夕餉を食べ終わったら策を練ろうか。久しぶりの軍議だ」

 そう言って笑む髭切さんの表情は、頼もしいものに見えた。安心感を覚えるその反面、緊張が今から込み上げてくる。
 私はまた、足を踏み入れるのだ。あの街に。今度は、一人で。

  


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