さめしし。ワンドロのお題「空」「求める」で書きました。つき合ってるさめししで、DCL後のししさんが死者に祈りを捧げるお話。
あの時からもう、そう言ってくれていたことに、気がついた日。(初出:2025/02/21)
@5_bluedaisy
ゆっくりと目を開けると、賽銭箱が見えた。
合掌を解き、顔を上げる。大きな拝殿の奥は薄暗く、ひっそりと静かだった。
一礼をして踵を返し、数段の石造りの階段を下りる。狛犬の傍らで待っていた村雨が、じっとこちらを見ていた。
「済んだのか」
「あぁ」
短く答えたが、村雨はひたりとオレに視線を据えたままだった。すべてを見抜き、揺るぎない診断を下す眼が、油断なくオレを見つめている。
「ずいぶん長かったが、何を願っていた?」
「願い事じゃねーよ」
「だが、あなたはわざわざ車に乗って、このように大きな神社まで来た。何かそれなりの理由はあるのだろう?」
淡々とした口調だったが、内にはしっかりと鋭さが潜んでいる。オレの回答を聞くまでは一歩も引かない、という風情だった。
もっともオレだって、隠したいワケじゃない。
それならわざわざ、村雨を連れて来たりはしない。平日の昼にでも、ひとりで来ればいいだけのことだ。
だから、そんなに構えてくれなくたって大丈夫なのだが。
「……何がおかしい」
ちょっとムキになっている村雨がかわいいな、と思っていたら、しっかり表情に出ていたらしい。村雨が声のトーンを数段下げて、オレを睨んできた。
苦笑しながら、言葉を返す。
「別に、笑ったワケじゃねえって。ちゃんと話すから」
「ほう」
「あっち行こうぜ。そのほうが静かだし」
上等そうな紺色のコートを着込んだ、村雨の背中に手のひらを当てる。軽く押して促し、歩き出した。
拝殿前の門をくぐり、メインの参道からはずれて、今は茶色い蔓だけが絡みついている藤棚の前を抜ける。売店と茶屋の前も通り過ぎて、奥の池のほうへ向かった。
「すまなかったな、休みの日につき合わせて」
歩きながら声をかけると、村雨はふるふると首を横に振った。
「問題ない。このような天気の良い日に、あなたとドライブができて楽しかった」
「ンなら、よかったけど」
「帰りもサービスエリアに寄ってもらっていいだろうか。兄の家への土産を買いたい」
「一希さんの?」
「ちょうど明日の晩、訪れる約束になっている。実家の事で相談があるとかで。あなたも来るか?」
「……悪ィ、明日は仕事の会食だわ。ごめんな」
「ならばいい。気にするな……オレなんかが行くのは、と変な遠慮をしなくなっただけ随分マシだ」
「へーへー」
実はちょっとそう言いかけて止めたところだったので、相変わらずの村雨の炯眼ぶりに舌を巻きながら、オレは肩をすくめた。
そんな他愛無い話をしていたら、池が見えてきた。今歩いている小道よりも低い位置にあって、斜面に木を組んだ階段で近くまで降りていくようになっている。
あまり深刻な雰囲気にしたくなかったので、歩いているうちにと話を切り出した。
「今日、ここに来たのはさ」
村雨が無言で、意識をそば立ててきた。
少し歩調を落として、階段を降りていく。幅の広い段で、村雨と並んで下って行けた。
「ちゃんと、一度は謝って……祈っておかなきゃって思ったんだ。オレが殺してしまったヤツに」
「……時雨か」
村雨の眼が、鋭く光る。何があった、と問う目つきだったので、答えを返した。
「出てきた。叶との、試合中に」
「何?」
「けっこう痛ェこと言われたよ。仕方ねぇけど。ま、もう終わったことだけどさ」
「……」
「それで思ったんだよ。賭場で殺し合ったからって、相手の葬式に出たりするワケじゃねえだろ。だから、大変だったな、どうか安らかに眠ってくれ、ってちゃんと祈ったりしてなかったなぁってさ」
「成仏を祈るなら、寺か墓前ではないのか」
「アイツの菩提寺とか、どこに墓があるのかとか分かんねぇだろ。だったら、自分がゆっくり祈れる場所にしようと思って。でも天堂の教会だと、なんか落ち着かねえし。知ってる中でこの神社が一番凄ぇから、ここに来た」
「なるほど」
村雨はいちおう合点がいった様子で頷いた。
ちょうど池のほとりに着いたので、オレは足を止めた。大きな池で、向こう側は鬱蒼とした森になっている。参拝客が来るたびに餌を貰っているのだろう、デカく図太く育った鯉が、何匹も岸の近くで群れていた。
オレはコートのポケットに両手を突っ込んで、池と空を眺めた。風が吹くと流石に寒いが、太陽の光はあたたかい。さざ波の立つ池の水面が、反射できらきらと輝いていた。
広がる空は、青色が薄くてやわらかい。透きとおるような美しさだったが、真冬の冷たさを感じる晴れの日と違って、どこか優しい印象があった。途切れながら浮かぶ白い雲に、淡い藍色の陰が落ちている。
「こんな綺麗で澄んだ空の日なら、ちゃんと天国に昇っていけるんじゃねえかなって。別れを告げるには、ふさわしい日なのかもなって」
思ったままに口にすると、隣から鋭く村雨の視線が飛んできた。
何か言われる前に振り向いて、口元だけで笑う。
「わかってる。全部、オレの勝手だよ。オレが自分でそう思いたいだけ、勝手にケジメをつけた気になって、安心したいだけなんだ」
「……獅子神」
「でも、オレは止められないからさ……今の、オレの生き方を」
強さを求めることを。
憧れ続けた、ピカピカの輝きを。
オレは、諦めることができない。コイツらに負けたままで、立ち止まることなんかできない。
だから、何とかケリをつけて、前に進まなきゃいけない。
ポケットから出して、右手を見つめた。傷痕を握りしめ、ぱん、と左の手のひらに打ちつける。
隣で村雨がオレに視線を向けたまま、かすかに眉をひそめるのがわかった。
たぶん伝わっている。だから、待った。
小言でも、説教でも。村雨がオレに言いたいことを組み立てるのを。
「獅子神」
ややあって、村雨はゆっくりと口を開いた。
「あなたが私に求めるなら、私があなたを許してもいい」
「え?」
一瞬、何を言われたのかわからなくて混乱する。
許す、だなんて村雨らしくない言い方だと思った。どちらかというと、天堂の領分だろう。口調も固い。
「でもお前、それ本意じゃねぇだろ」
「そうだな」
ためしに言ってみると、村雨はあっさりと頷いた。
「あのなぁ、村雨」
じゃあ何でそんなこと言ったんだよ、と思ったが、オレがそれを口に出すより早く、村雨は言葉を続けてきた。
「不本意なのは、私ならもっと他に、あなたにしてやれることがあるからだ。私にしかできないことが」
「お前にしか、できないこと?」
「そうだ」
村雨は真面目な顔で、首を縦に動かした。
深紅の双眸が放つ強い視線が、ぴたりとオレに据えられている。心の底まで、まっすぐに射抜くかのようだった。
「……キスとかハグとか、そういうことじゃねえよな」
「表現の一端として含まれはするが、この場合は本筋ではない」
わからないかマヌケ、と顔にでかでかと書いて、村雨はじっとオレを見つめていた。
オレはちょっと迷って、考え込んだ。
いろいろ探って、問答しながら正解に近づくのが、まあ妥当なんだろう。
でも村雨の雰囲気はわりと柔らかいし、甘えてみてもいいんじゃないかという気がした。
せっかく一緒に来てもらったんだし。
無理せず、見栄も張らず。気持ちをリラックスさせて。
「わかんねぇわ。降参」
オレは両手を顔の高さまで上げて、軽く振ってみせた。
ムッとした表情になった村雨を視線で宥めて、鋭く光る瞳をしっかりと見つめ返す。
「ていうかさ、お前の言葉で聴いてみたいんだよな。ダメかなぁ」
「……」
「マヌケでも何でも、その後で言ってくれていいからさ。教えてくれよ、村雨」
「……わかった」
村雨は頷くと、一度視線を外して、空を見上げた。
早春の、明るい水色の空。透きとおったその光が、村雨の眼鏡と深い紅の瞳を撫でる。冬の冷たさの残る風が吹き、硬い黒髪を揺らして奥の桜色を閃かせた。
同じように隣に立っているんだから、オレのほうが目線は高い。でもその瞬間、村雨の姿がとても大きく見えた。
まるでずっと下から見上げているみたいだと思った。そう、オレは椅子に座ったままで、村雨はオレを見下ろしていて——
あの時だ。
ゲームが終わって、あとは帰るばかりで。
なのに、オレは立ち上がれなかった。
あの時に見上げた、村雨の姿。それが今の村雨に、重なっている。
村雨はマヌケ、とオレを罵り、容赦なく正論を叩きつけて、自分とお兄さんのことを語ってくれた。
でも、それだけじゃなかった。
あの時、村雨はとても大事なことを言ってくれていたんだ。
「獅子神」
村雨がこちらを向いて、微笑んだ。オレが気づいたことを、知っている顔で。
そうして、言葉を続けた。
——オレが思い出したのと、同じ言葉を。
「言っただろう、獅子神。二人で拷問にかけたのだ、と。私たちは二人で、あれを成したのだ。そして、勝った」
「……あぁ」
「私は、罪悪感は抱かない。私たちはルールの中で戦ったのだからな。だが、あなたが彼の死を、そしてそれを悼む自分を、背負い続けると言うのなら」
村雨の左手が、すっとオレの手を取った。
少しつめたい指先が、手のひらの傷を撫でる。それから包み込むように右手を握ってきた。
「私もそれを共に背負おう……獅子神。あなたを、ひとりにはしない。これは私にしかできないことだ」
「村雨……」
「わかったか、マヌケ」
つややかな唇の端が、にやりと持ち上げられた。
空いていた右手の指先が、とんと額を突いてくる。そのまま手のひらが、そっとオレの頬に添えられた。
「だからあなたは、存分に悩めばいい。その優しさも、割り切れなさも、あなたの強さだ」
低く、あたたかな声がオレの鼓膜を震わせる。早春の風に乗って、やわらかな薄青の空に溶けていく。
オレは腕を伸ばして、村雨を抱きしめた。
「獅子神」
「ありがとう、村雨」
少し、声が震えた。カッコ悪いけど、まあ仕方がない。
「オレ……大好きだから」
「……ん」
「感謝してるから。愛してるから」
「わかっている」
笑みを含んだ、でも確かな声で言って、村雨もオレを抱きしめてくれた。
その幸せに、泣きそうになる。
どんなに苦しくても、オレが求める答えは、オレが探すしかない。
でも、隣には村雨がいてくれるんだ。
ずっと、一緒に。
唇を重ね、額をこつんとぶつけて、笑い合った。見上げる村雨の視線を追って、もう一度空に眼を向ける。
早春の青空は淡くやわらかい色で、どこまでも優しく広がっている。切れぎれに浮かぶ白い雲を結ぶようにして、大きな鳥が一羽、ゆっくりと円を描いて飛んでいった。