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狼の報復

全体公開 神無三十一受け 13 30 4501文字
2025-02-22 17:34:15

カルみと(モブみと要素あり)
シナリオネタバレあり

 

 その日は、ドロ課と捜査第一課の合同で行われた宴会があった。
 それまで一課と協力して追っていたアンドロイド絡みの殺人事件が無事に解決して、せっかくだからという誘いにドロ課の全員で参加することになったのである。

 しかし宴会が始まって間も無く、ディーノが酔っ払った他の刑事がこぼした酒を被ってしまい、念の為にと青木と共にメンテナンスへ帰ってしまったのだ。
 人脈は大事だと言うが、連日休みなく調査に追われてへとへとだった神無は正直なところ早く帰って甘いものを食べて眠りたかった。
 できることならディーノたちに便乗して帰りたかったが、上司である青木の顔を立てるためにももう少ししてから帰ろうと店のデザートの制覇に専念したのは三十分ほど前の記憶である。

 「ん……?」

 締めのバニラアイスを頬張った神無はふと、目を開けていられないほどの重たい眠気に襲われた。
 酔いが回ってしまったのだろうかと首を傾げるが、元々酒に弱いことを知っている神無はいつも以上に自制をしていたはずだ。
 呼ばれた宴会の席で眠りこけるわけには行かないと考えた神無は、近くの席の刑事たちに帰る旨を伝えると部屋を後にした。

 「ふわ……つかれてんのかなぁ

 覚束ない足元でどうにか店の外に出た神無は、きんと冷たい夜の空気に晒しても醒めない眠気に顔を顰める。
 今夜は電車で帰るつもりだったが、乗り過ごしかねないのでタクシーで帰ろうと神無が通りへ足を踏み出したその時だった。

 「神無くん?」

 背後から掛けられた声に、神無ははっとして振り返る。
 そこに立っていたのは、宴会の席で少し離れた場所に座っていたはずの中年の警部補だった。
 なるべく目立たないように退室したつもりだったが、急にふらふらと帰っていった神無のことを心配して追ってきたのだろうか。

 「すみません、おれ……っ、」

 神無が慌てて頭を下げようと足を止めれば、ゆらりと地面が揺れて体が後ろに傾く。
 倒れてしまうと咄嗟にぎゅっと目を閉じる神無だったが、慌てて駆け寄った男がそんな彼の腕を引いて支えてくれた。

 「危ないな、大丈夫か?」
 「すみませ……ちょっと、ねむくて……
 
 謝ってどうにか一人で立とうとする神無だが、男はそんな彼のことを手放そうとしない。

 「あ、あの……もうだいじょぶなので
 「眠いんだろう?私の家がすぐ近くだから、そこで少し休んでいくといい」
 
 泥のような眠気の中でも働いた勘が、微かな違和感を訴える。
 早くタクシーを呼んで帰らなければとさりげなく男の胸を押すが、中年とはいえ流石は捜査第一課の最前線を担う刑事だ。がっしりとした体は力の抜けた神無ではびくともしない。
 これは少々まずいかもしれない。曖昧な意識の中でもはっきりと覚えた危機感に従って、神無はふるふると首を振って口を開く。

 「や……たくしーよぶんで、それでだいじょぶれすから、」
 「遠慮しなくていいよ。青木くんには私から伝えておくから、ね?」

 遠慮ではなく拒絶なのだが、相手が一課の中でもそこそこに権力を持っている人間であるため、神無も強く断ることができない。

 「あのっほんと、だいじょぶで、だかぁ、はなして……
 「君みたいな若くて綺麗な子が道の真ん中で倒れてしまったら大変だろう?私に任せておきなさい」

 胸を押して逃げ出そうとする呂律の回らない神無の肩を抱いた男は、踏ん張りの効かない神無の体を引きずるように通りの奥へ誘導していく。
 この辺りは歓楽街だ。果たして、男が連れていく場所が本当に自宅であるかすらも危うい。
 すぐにでも男を突き飛ばさなければ。いや、その前にセクハラの証拠を押さえるためにサングラス型コンピュータを起動した方が良いかもしれない。
 回らない頭を無理に巡らせようとしたせいか、より一層眠気を覚えた神無の足がかくりと崩れかける。
 このまま眠ったら終わりだ。そう頭では分かっているのに、抗うことができない。

 「や……ら、」

 男の腕に抱えられた神無は、必死で助けを求めるように手を伸ばす。
 やがてその手が力を失い、神無が最後の意識の糸を切ろうとしたときだ。

 「……神無ちゃん?」

 背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
 ぎくりと肩を揺らした男が振り返れば、合わせて神無もその声の主を視界に収めることができる。

 「だらだ、ぁせんぱ……?」
 「うん。こんなところで会うなんて奇遇だね」

 そこに立っていたのは、黒の服に身を包んだ縞斑だった。男に構わず神無の前へ歩み寄って視線を合わせた彼は、口元を覆っていた襟巻きを下げていつもの笑みを浮かべる。
 その背後には彼の相棒であるアサギリが控えており、たじろぐ神無を抱えた男に向けて静かな睨みを効かせていた。

 「縞斑狩魔……何故ここに、」
 「お久しぶりです〜その節はどうも」

 昔は捜査一課に所属していた縞斑のことを、男は良く知っている。
 白瀬とバディを組む仕事のできる優秀な刑事で、ずっと気に入らない存在だったが、白瀬失踪後はほとんど現場に顔を出さなくなった。
 その不真面目さを理由に男たちが強引に一課を追い出したあと、部署を転々としたあとに相棒のアンドロイドを連れて失踪し、犯罪者グループのリーダーになったと風の噂で聞いていたのだ。
 警戒する男に一歩歩み寄った縞斑は、腰のガンホルダーに腕を置いたまま笑顔で首を傾げる。薄く開かれた翡翠の瞳に光はなく、彼が怒りを抱いていることは明白だった。

 「それで……うちの元後輩ちゃんに何してるんです?」
 「……お前はもう部外者だろう。引っ捕らえられたくなかったら今すぐ尻尾を巻いて逃げるんだな、この犯罪者め」

 自分を助けようとしてくれた縞斑へ冷たい言葉を浴びせる男に、神無はきつく唇を噛む。
 ちらりと縞斑が自分へ再び視線を戻した。こちらの選択を伺うその視線を受けて、神無は悔しげな表情のまま手を伸ばす。
 その仕草だけで神無の意思を正確に理解した縞斑は、ふっと小さく笑って頷いた。

 「そうですね。確かに俺は犯罪者で、社会的に失うものなんてもう残ってない」
 「分かってるなら今すぐ……
 「けど、貴方はどうかな?」

 するりとガンホルダーに収めたサブマシンガンに指を這わせる縞斑は、発砲の意思はないが明確に威嚇の姿勢を取っている。
 自身に向けられる敵意に身構える男を見つめて、彼は貼り付けた笑みをにっこりと浮かべて見せた。

 「今俺がここで騒ぎを起こして、ぐったりしているその子に話を聞くことになったら大変でしょう?」
 「な!」
 「貴方が一体何を失ってしまうのか、試してみたいと仰るのであれば今すぐにでもお見せして差し上げますよ」

 縞斑はスパローで暮らす家族以外に失うものは何もないが、刑事として長年一課に席を置いている男はそうではないはずだ。
 合意なく連れていかれるところだったと神無が主張すれば、たちまちパワハラを疑われた男の立場は悪くなるだろう。
 男も分が悪いと認めたのか、舌打ちをした彼はどんと神無の体を強引に縞斑の方へ突き飛ばした。
 自力で立っていられない神無がふらりとバランスを崩したのをみて、縞斑は慌てて両手を伸ばし彼を抱き止める。

 「っと

 そうしている間に、男はそそくさと来た道を引き返していく。
 仕事は出来るのだが、あの男は昔から若くて顔の良い男女を見境なく囲おうとする癖があった。歳をとってもその癖は、どうやら衰えていないらしい。
 男の背を見送って深いため息を吐いた縞斑は、改めて腕の中の神無を覗き込んで声を掛ける。

 「神無ちゃん大丈夫?飲み過ぎたんじゃない?」
 「そんな……のんれないもん……
 「あらら、呂律回ってないし……困ったな」

 腕の中で眠たそうにしている神無をどうしたものかと縞斑が悩んでいると、ふと一歩後ろでその様子を見守っていたアサギリが声を上げた。

 「神無さん、風邪を引いているのですか?」
 「んぇ……?んーん、ひいてないよ」

 不思議そうに首を横に振る神無を見つめたアサギリは、僅かに発言を躊躇うように視線を彷徨わせる。
 そんな相棒の変化を見逃さなかった縞斑が言葉を促すように視線を向ければ、彼は縞斑にだけ聞こえるように耳元でぽつりと囁いた。

 「神無さんの体内から、風邪薬の成分が検出されました」
 「……なるほど、眠気の原因はそれか。あの人も悪質な手口を使ってくれるなぁ」

 風邪薬や鼻炎薬などには、副作用として強い眠気を覚えるものが多い。
 とくに今日まで仕事に追われて疲れていた神無は、酒に混ぜた薬を飲んで簡単に潰れてしまったのだろう。
 睡眠薬より手軽に入手できてかつ、薬が抜けるのが早く依存性も低いため、薬物検査でも疑問を抱かれにくい。風邪薬を使った性被害の報告が未だに存在するのは、ひとえに手軽に実行出来るからなのだろう。

 「今回が初めてとは思えない手際の良さだ」
 「……付近にあの男の名義で予約してあるホテルを発見しました。おそらく常習犯でしょうね」

 神無を連れて行く先は、どうやらラブホテルの一室だったらしい。
 もしこの場所で神無に偶然出会っていなかったら、おそらく彼は性被害を免れなかったことだろう。
 後輩を間一髪で守れたことに安堵した縞斑は、ほっと息を吐いて眠たげな神無の肩を軽くゆする。

 「神無ちゃん、とにかく行こうか」
 「いく……?」
 「あぁ、心配だし家まで送るよ」

 この様子を見るに、そばにディーノや青木はいないのだろう。かわりに自宅まで送り届けようと縞斑が声を掛ければ、顔を上げた神無は花が咲いたような笑顔をふにゃりと浮かべた。

 「ん……せんぱいなら、いーよ?」

 すりすりと縞斑の胸に子猫のような頬擦りをした彼は、安心して小さく息を吐くと深い眠りに落ちる。
 すやすやと穏やかな寝息を立てる彼を黙って見下ろしていた縞斑は、やがて隣のアサギリへと首を傾げた。

 「……ええと、今の何の許可だと思う?」
 「送り狼では?」
 「ふーん……
 「……マスター、貴方まさか」
 「いやいや、流石にしないよ?合意とは思えないし、それじゃ俺までパワハラ上司になっちゃうじゃない」

疑いの目を向けて一歩後ずさる相棒の信用を損ねないように縞斑が主張すれば、それもそうだと頷いたアサギリは大人しくなる。

 「それより、あいつにはこれ以上手を出さないように灸を据えておかないとな……
 「ですね。手始めに予約していたホテルのランクアップを申請しておきましょうか」
 「わぁ、陰湿だけど良いかも。限界まで上げといて」

 これまで話していても目覚める気配のない神無を横抱きに抱え上げた縞斑は、ひとまずこの場所を離れようと路地の奥へ歩き出すのだった。



 


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