第26回トワスト、テーマ「猫」参加作品です。制作時間は約40分です。
@xxxyueyunxxx
それは、塀の上をとてとてと歩いていた。
「おや。可愛いねえ」
ランフォードがその綺麗な黒い毛並みに、手を伸ばそうとする。
「おい、ラン。いきなり触ったら相手を驚かせないか?」
何せ、相手は子猫だ――ジェフが思ったとおり、子猫はランフォードの手を避けるように、ぴょんと塀から身軽に飛び降りた。そして何を考えてか、ジェフの大きな手の中に真っ直ぐ飛び込んでくる。
「――な、何だ?」
「そうか。君はジェフのことが気に入ったのだね」
ランフォードは納得したように呟く。うんうん、と頷きながら。
「ラン。暢気なことを言ってないで、こいつを何とかしてくれ」
どうにか引き剥がそうとしたのだが、子猫はジェフの手から離れないのだ。一体何を考えているんだ、こいつは。
「余程君が好きなんだねえ。気が合うのかな」
「俺様は気が合うとは言ってないぞ。ラン、こいつを降ろしてやってくれ」
「別に少しくらい甘えさせてやったらいいのではないかね?」
駄目だ、ランは使えない――ジェフは肩を落とした。
なら、少々手荒にはなるが、振り落とすか――ジェフは手を振った。だが子猫はしっかりとしがみついていて、離れない。
「ジェフ。乱暴はいけないよ」
「なら代わりにお前が遊んでやれ。俺様はこうしたいと言っていない」
「それは無理だよ。その子は君と遊びたいんだからね。ねークロ」
「誰がクロだ!」
その間も子猫は構わずジェフの手の中に懐いていた。指輪に頭をすり寄せ、小さな舌で手を舐める。
「ほら、クロはやっぱり君のことが好きなんだよ。君もちょっとくらい撫でてあげたらどうだね。もしかしたら、満足したらどこかへ行くかもしれないよ?」
それもそうかも知れない――ジェフは空いている指で、その子猫の小さな頭を、撫でた。柔らかくて温かな毛並みは、触ってみると存外、気持ち良い。
「――どこの家の猫だ、こいつは。届けに行ってやった方がいいだろう」
「さあ。首輪をしていないから、もしかしたら野良猫かも知れないよ?」
そう言えば、この子猫には首輪が無い。
「ジェフ。君はひとり暮らしなんだから、家族が増えてもいいのではないかね?」
「家族――って、それは断るぞ。あの家は賃貸なんだ。柱で爪を研がれてはたまらんし、第一俺様の骨董に何かあったらどうしてくれる」
もう二度と同じ骨董は手に入らないんだぞ、とジェフは力説した。
それにしても――この子猫はどうするか。何とか置いていかねば、と思ったそのとき、突然ジェフの手の中から子猫が飛び降りた。そして、緑色の大きな瞳でジェフを見つめたかと思うと、長い尻尾を振って歩いて行く。
「行っちゃったねえ、ジェフ」
「……ああ」
「いい寝床があるのかな。あったらいいねえ」
「……そうだな」
子猫はまだ、いろいろと弱いだろう。大きな鳥に襲われてももたないだろうし、寒さにも飢えにも弱いだろう。玄関先に置いてやった方が良かっただろうか。そう、住処が決まるまででも。
――な、何を考えているんだ、俺様は……?
それから、数日が経った。
あの黒い子猫は、それから一度も見ていない。
誰かの飼い猫だったのか。それとも――
考えても詮無きことが、ジェフの頭をよぎる。
「それにしても、クロ、か……ランのネーミングは、安直だ」
そう、独りごちたときだった。
にゃおん。
確かに、鳴き声が聞こえた。
「……く、クロ……?」
にゃおん。
とてとてと、黒い姿が歩いてくる。そして、ジェフの手の中に飛び込んだ。小さなぬくもりが、どこかくすぐったい。
「おい……俺様は家では飼えないと言ったぞ?」
撫でられて、ゴロゴロと喉を鳴らす子猫は、全く意に介していないようだった。
その日から、ジェフの家の玄関先で、黒い子猫の影を見るようになったという。