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小さなぬくもり

全体公開 トワスト 1 1636文字
2025-02-22 19:08:28

第26回トワスト、テーマ「猫」参加作品です。制作時間は約40分です。

 それは、塀の上をとてとてと歩いていた。

「おや。可愛いねえ」

 ランフォードがその綺麗な黒い毛並みに、手を伸ばそうとする。

「おい、ラン。いきなり触ったら相手を驚かせないか?」

 何せ、相手は子猫だ――ジェフが思ったとおり、子猫はランフォードの手を避けるように、ぴょんと塀から身軽に飛び降りた。そして何を考えてか、ジェフの大きな手の中に真っ直ぐ飛び込んでくる。

――な、何だ?」

「そうか。君はジェフのことが気に入ったのだね」

 ランフォードは納得したように呟く。うんうん、と頷きながら。

「ラン。暢気なことを言ってないで、こいつを何とかしてくれ」

 どうにか引き剥がそうとしたのだが、子猫はジェフの手から離れないのだ。一体何を考えているんだ、こいつは。

「余程君が好きなんだねえ。気が合うのかな」

「俺様は気が合うとは言ってないぞ。ラン、こいつを降ろしてやってくれ」

「別に少しくらい甘えさせてやったらいいのではないかね?」

 駄目だ、ランは使えない――ジェフは肩を落とした。

 なら、少々手荒にはなるが、振り落とすか――ジェフは手を振った。だが子猫はしっかりとしがみついていて、離れない。

「ジェフ。乱暴はいけないよ」

「なら代わりにお前が遊んでやれ。俺様はこうしたいと言っていない」

「それは無理だよ。その子は君と遊びたいんだからね。ねークロ」

「誰がクロだ!」

 その間も子猫は構わずジェフの手の中に懐いていた。指輪に頭をすり寄せ、小さな舌で手を舐める。

「ほら、クロはやっぱり君のことが好きなんだよ。君もちょっとくらい撫でてあげたらどうだね。もしかしたら、満足したらどこかへ行くかもしれないよ?」

 それもそうかも知れない――ジェフは空いている指で、その子猫の小さな頭を、撫でた。柔らかくて温かな毛並みは、触ってみると存外、気持ち良い。

――どこの家の猫だ、こいつは。届けに行ってやった方がいいだろう」

「さあ。首輪をしていないから、もしかしたら野良猫かも知れないよ?」

 そう言えば、この子猫には首輪が無い。

「ジェフ。君はひとり暮らしなんだから、家族が増えてもいいのではないかね?」

「家族――って、それは断るぞ。あの家は賃貸なんだ。柱で爪を研がれてはたまらんし、第一俺様の骨董に何かあったらどうしてくれる」

 もう二度と同じ骨董は手に入らないんだぞ、とジェフは力説した。

 それにしても――この子猫はどうするか。何とか置いていかねば、と思ったそのとき、突然ジェフの手の中から子猫が飛び降りた。そして、緑色の大きな瞳でジェフを見つめたかと思うと、長い尻尾を振って歩いて行く。

「行っちゃったねえ、ジェフ」

……ああ」

「いい寝床があるのかな。あったらいいねえ」

……そうだな」

 子猫はまだ、いろいろと弱いだろう。大きな鳥に襲われてももたないだろうし、寒さにも飢えにも弱いだろう。玄関先に置いてやった方が良かっただろうか。そう、住処が決まるまででも。

 ――な、何を考えているんだ、俺様は……



 それから、数日が経った。

 あの黒い子猫は、それから一度も見ていない。

 誰かの飼い猫だったのか。それとも――

 考えても詮無きことが、ジェフの頭をよぎる。

「それにしても、クロ、か……ランのネーミングは、安直だ」

 そう、独りごちたときだった。


 にゃおん。


 確かに、鳴き声が聞こえた。


……く、クロ……?」


 にゃおん。


 とてとてと、黒い姿が歩いてくる。そして、ジェフの手の中に飛び込んだ。小さなぬくもりが、どこかくすぐったい。

「おい……俺様は家では飼えないと言ったぞ?」

 撫でられて、ゴロゴロと喉を鳴らす子猫は、全く意に介していないようだった。



 その日から、ジェフの家の玄関先で、黒い子猫の影を見るようになったという。


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