ヴェントルーの誕生日に書いた、ヴェンタビのお話です。
ヴェントルーの誕生日に、何をあげようかと考えているタビコさん。今回は、ヴェントルーというより鴉に焦点を当てています。どの世界線でも、この二人も出会い、惹かれ合う様に出来ているんだと思いますね。
題名は、ポーの作品名から取っています。
害獣として、自然の掃除屋として、太陽の化身として、悪魔の化身として、神々の使いとして…様々な解釈をされる鴉ですが、オシドリよりずっと一途で、健気な鳥だったりします。畜産業に身を置く者としては、とても身近に感じられる生き物の一つですね。
天寿を全うしたタビコに血を打ち込み、つがいの帰りを待つ、健気な大鴉のシーンを追加しました。
2024/09/06 に上げました。
@kw42431393
一か八かの賭けだったのだ。
私とて、吸血鬼退治人だ。対峙する対象に関して、知識は勿論ある。
一方的に嬲り、踏みつけ、月光を背負って高笑いする、強大な吸血鬼。
それが、こんな『つまらない』事で…
『か、かえし…てくれ。かえ…。』
その無様なお前の姿を見た時、確信したんだ。
私が、全てを賭けてもいいのは、『これだ!』…と。
命が続く限り『これ』を手に入れ続けると…。
それ以上の強い感情を抱く事は、もう二度とないだろう。
「キィー!!いい加減にせよ!我が輩が、何人おっても終わらぬわ。」
「終わらせるつもりはない。障害がなければ、つまらないだろう?大鴉?」
今宵もお前は、ここに来る。
私に奪われた靴下を取り戻す為に、その雪辱を晴らす為に…本当は、執着している『対象』に会う為に。
ブツブツ言いながら、積み上げられた靴下を丁寧に洗い、乾燥したものから箱に詰めるその姿は、もはや『探しに』来ている者の姿ではない。
なにかと理由をつけて、私に会いに来ている者の姿だ。
「何だ?ジロジロ見おって。」
「ウフフ…お前は鴉なのに、何か集めたりはしないのだな、と思っただけだ。」
言われたヴェントルーは、キョトンとした顔をする。
この男が変身した姿は、6枚羽の鴉だ。
戦闘中や飛行の時しか、その姿は拝めないが…月を背後に背負った、艶やかな濡羽色の6枚の翼が、対照的な白髪に映えるその姿は、壮観なものだ。
そう言ってやれば、吸血鬼の畏怖欲は満たされるのだろう。
だから、言ってやる気はない。
「せぬな…言われれば。」
「集めてみたら、どうだ?少しは、私の気持ちも分かるかもしれん。」
「分かりたくもないわ。ああ!だから、しゃぶるのはよせと言うに!」
寧ろ、私の方が鴉に近づいてきたのかもしれん。
こうして、執着している鴉を呼び込む為に、餌を身に纏って、気づかずに帰る姿を見送って…仄暗い喜びを感じているのだから。
「そうなると…さて、どうしたものか。」
「さっきから、何をブツブツ言っておる。はっきり、言ってみよ。」
その様子だと忘れているのか、それとも、祝って貰えると考えていないのか。
もうすぐ、お前の誕生日だろう?お前が何を好むのか、知りたいのだ。
お前が、最も望んでいるものは知っている。それを、渡す訳にはいかない。
いつかは、気づかせてやらねばならないだろう…そう思ってはいるのだが、それは今ではない。
自分で気づいて貰わなければ、意味がない。
時間をかけて、焦らせに焦らせ、積もり積もった感情が、お前に何をさせるのだろう。
もし、いつも言っている『一滴残らず、吸い尽くす』つもりならば…初めて出会った時の様に、いや、それ以上の、死力を尽くした戦いでなければ意味がない。
「鴉…鴉か。ヴェントルー、ヒカリモノに興味は…あまりなさそうだな。」
「うん?我が輩をいくつだと思っている…ジャラジャラ付けるなど、軟弱な恰好をするか。」
彼の姿を見る。襟元の羽は派手さ目的というより、翼の血族である事を象徴しているのだろう。
ペンダントやイヤリングで、飾る程度の事もしていないのだ。
「なぁ…大鴉。」
「鴉、カラスと五月蠅い奴だ。何だ?鴉に興味でも持ったか?」
「まぁな。対峙する相手の事を、よく知ろうとするのは、至極当然の事だ。」
私としては、当然のつもりで言ったのだが…これは、奴の畏怖欲を刺激したらしい。
上がる口角を隠し切れないが、それでも、威厳を保とうと苦労している顔だ。
「フフフ、分かっておるではないか。靴下さえ見つかれば、堂々と貴様を殺してやるわ。せいぜい、対策を考えておくとよいぞ。」
周りからは、何を考えているか分からないだの、人間の変態だの言われているが…私なりに、お前に感謝の気持ちを持ち、『別に、伝えるつもりのない』感情から、調べているだけなのだがな。
カア…カア…
ベランダで、鴉の鳴き声がする。夜が明けるには、まだ少し早いはず…。
「タビコ。貴様、生ごみをベランダに置いてはないだろうな?」
「出してる、臭いからな。」
「バカ者!!それであろうが!」
そう怒鳴って、ヴェントルーは、生ごみに群がる鴉を追い払いに出て行った。
ぼんやりと、飛び去る二羽の鴉を見送る。
二羽の鴉…つがいか。そういえば、彼はどうなのだろう。
「キィー!余計な仕事を増やすな!帰る前に、ベランダの掃除まで…。」
「なぁ、ヴェントルー。お前、結婚した事はあるのか?」
「は?」
鴉というのは、一度つがいを決めると、生涯連れ添う事で有名だ。
片割れが亡くなっても、他の者とつがわない。
たった一羽で、共に子育てをした縄張りを守り、そして、侵入者夫婦に負け、最愛の者との思い出の地を出ていくのだ、と聞く。
死の象徴、不吉だの、汚いだの散々な言われようの生き物だが、それと同時に信仰の対象でもあり、高い知能で知られている。
それゆえ、愛情も執念も深い…私と出会うまでの何百年の間に…もし、つがう相手がいたとしたら。
「ふ、ふざけた事を!ないわ!」
「そうか…。」
なら、構わない…そう続く言葉は、胸に伏せる。これも、『別に伝えるつもりのない想い』だからだ。
「じゃあ…」
私に靴下を奪われるまでに、ここまで強い執着を持たせた相手は、いるのだろうか。
「それより強い執着…だと?ないわ。ここまで、酷い屈辱もな…だから。」
「それは、よかった。」
靴下を取り返して、私を殺して、最も深い執着を満たしたお前は…
「二度となかろうよ。これほど我が輩を怒らせた者、執念を燃やす目的を持たせた者が現れる事も。貴様さえ殺せば…二度となかろう。」
つがいを失った鴉の様に、目的もなく、虚無を彷徨うのだろう。
じゃあ、せいぜい時間をかけてやらねばな…。
そう思って、自分の右足を見る。決意を新たにする。
「二度とない…か。私達は、お互いそうなる様になっていたのかもしれん。」
おそらく、どんな世界でも、何千年の時間を経たとしても…お互いほど、執着を満たし合える相手に出会える事は…二度とない。
二度となかろう…こんなに強い執着を満たしてくれた相手と、出会える事は。
ここを逃せば、永遠に失う。もう二度と…だから。
『私に出来る事は、これが最後だろう。大鴉、お前の好きにするがいい。今回ばかりは、私はどんな内容でも、お前の言葉に従おう…。』
だから、皺だらけになった『小娘』の首筋に、この牙を突き立てた…出会ってから、何十年にも渡って我が輩をこき使った、最低の…
『小娘…貴様は、我が輩にとって…』
『小娘…か。ハハハ、いつまでも変わらんな。私を、いくつだと思っている?』
『いくつになっても、小娘は小娘よ。これからも…我らと同じ夜の者となってからも…。』
『成功したら、『吸血鬼 靴下コレクション』と名乗る訳か。あぁ…私が起きたら、目覚めの出汁を用意してくれ。集めた靴下も捨てるなよ。熟成して、より美味いかもしれん。』
『もう、何も言わぬわ…貴様は、失敗してグールとなっても、そうするであろうよ。』
誇り高き翼の血族の血を打ち込んだ…永遠につがうと決めた、最低の雌鴉に。
「タビコ、起きよ。そろそろ、時間であろうが。」
靴下を奪われて、この部屋に通う様になって…我が輩とタビコの会話は、今となっても変わらない。
だらしなく眠りこけている小娘を起こしてやり、食事を用意し、目を離した隙に増えた靴下の整理をしたものだ。
『わかった、わかった…あと、5分後にな。』
いつもの言葉を返された気をして、振り返る。
「タビコ…?」
ベッドに横たわった、タビコの姿を確認する。
血色の悪い肌、口元から覗く牙、尖った耳…姿は、吸血鬼へと変ずる事に成功している。
あれから、どれだけ経ったろう…長い時間を生きる我々は、そういう事はどうしても忘れっぽくなる。
変わった事と言えば、家政夫として通ったこの部屋が、我が輩『達』が住まう巣となり、タビコが転化への眠りについてからは、我が輩がこの部屋の家主となった事。
家事がしやすくなった事…新たに靴下が増えなくなった事ぐらいであろう。
ノースディンで200年近くかかったのだ。転化にかかる時間は、個人差が大きい。
本気で、これまで集めた靴下が、熟成しきるまで眠っておるかもしれんな。
「そうなっては、目も当てられぬ。そろそろ、起きて来い。いい昆布を、ドラウスから貰ったのだ。」
返ってこぬと理解って、尚、背後に声をかける。
鍋に火をかけて、湧いたお湯に昆布を投入する。出汁の香りを堪能しながら、ポン酢の用意を…
「いい匂いだ、今日は昆布だしか…さて、靴下の熟成具合はどうだろうな。」
「…っ!?」
忘れた事のない気怠げな声と、何かを引っ掻き回す物音に、火を止める。
「…タビコ?」
動揺を抑えながら、キッチンを出る。
かつて、靴下で溢れていた部屋…タビコが眠りについてから、掃除の時以外は入らなかった…あの部屋の扉が開いていた。
「あぁ、これがいい。古き血の…あいつから取った靴下だ。昆布だしに、よく合うだろう。」
あぁ、間違いない。
吸血鬼になっても、その執着が変わらぬとは…奴らしいといえば、奴らしい。
「タビコ!!」
ガサゴソと音が漏れる、靴下を保管してあった部屋に飛び込む。
長年綺麗に片付いていた部屋は、見る影もなかった。懐かしい風景に、視界が滲みそうになる。
「タビコ…貴様ときたら。折角、綺麗にしておいたのに。」
「ウフ…。ただいま、大鴉。」
靴下が散乱した、かつての姿を取り戻した部屋の中には…紅い瞳をした小娘が、かつてと変わらぬ恍惚した笑みを浮かべて、立っていた。