雨の中、伽羅ちゃんと主が買い物に行く
そんなほのぼの話
@fu_re_re_ra
《大倶利伽羅と主〜絶対に喜ぶ贈り物選び〜》
その申し出に、大倶利伽羅は眉をひそめた。
「買い物の付き添い?」
「うん、どうしても伽羅ちゃんにお願いしたいなあって」
この時間帯、いつもならば大倶利伽羅は、裏山の竹林の奥を中心に修練をしている頃合いだった。
だが、あいにくの土砂降りで崖の地盤が緩くなっており、下手に決行すれば、かえって面倒ごとを増やす恐れがあった。
雨天続きで暇なのは他の連中も同じようで、稽古場はすっかり埋まっており、ごった返して騒がしいそこにわざわざ入る気にもなれない。
そのため、いささか暇を持て余していた所だった。
そんな手持ち無沙汰なタイミングを見計らったような申し出だった。
ニコニコと楽しそうに微笑んだ主が、耳打ちするみたいにそっと声を低めて「あのね」と笑った。
「まだ内緒だけどね、火車ちゃんの誉れのお祝いなんだ。この間の任務、すごーく頑張ってくれたから。ぜったいに喜んでくれる物をあげたくて」
まるで自分のことのように誇らしげに笑う主が、指折り数えて刀剣男士の名を挙げていく。
「鶴るんやみっちゃん、貞ちゃん達と相談してね、目星は付けてあるんだ。でも、最終的にどれにするかは、伽羅ちゃんの意見も聞きたいなって」
「なぜ俺が」
「なぜって、もちろんその方が火車ちゃんが喜ぶからだけど、だめ?」
いたいけに小首を傾げ、ほわほわとした笑みを浮かべる主人が、大倶利伽羅をそういった雑務に誘うのは珍しかった。
彼女は普段、戦や必要な任務以外では過干渉せず、大倶利伽羅に対しては概ね勝手を許し、放任主義に近いような距離感を保っている。
顕現当初に告げた通り、基本的に彼女は、唯一下した主命に纏わること以外は全て、大倶利伽羅自身の判断を尊重する姿勢を取っている、ということなのだろう。
そんな主が、非番で手持ち無沙汰の大倶利伽羅を、絶妙に断りにくい理由で呼び出し、光忠や他の連中に頼め、という断り文句を先回りして潰し、ニコニコと無邪気に大倶利伽羅の返事を待っている。
大倶利伽羅の主人は、どうにも日ごとに食えなさが増している気がする。
古参である鶴丸や光忠、あるいは教育係に付いているという歌仙の悪影響だろうか。
「……行けばいいんだろう」
ため息を吐き出した大倶利伽羅に、彼女はぱぁっと嬉しそうに華やぐような笑顔を見せた。
「やったぁ! ありがと、伽羅ちゃん!」
彼女はそう言ってはしゃぐと、嬉しげに跳ねて、無邪気にきらきらと満面の笑みを浮かべた。
唐傘を二つ並べて、雨天を行く。
彼女はのんびりとした道行きの間中、ひどく楽しげに語り明かした。火車切が日頃どれだけ頑張っているかだとか、ふわふわの毛玉が愛らしいことだとか、光忠の飯が美味いこととか、鶴丸の悪戯が楽しいとか、貞宗が選んだアクセサリーがお気に入りなのだとか、要は他愛のないことだった。
大倶利伽羅は、ぽつり、ぽつりと、「ああ」とか「そうか」と無骨な飾り気のない相槌を打つだけだったが、それでも彼女はひたすらに嬉しそうだった。
雨天の中では閑散とした万屋に着く。人通りの多い雑踏の中では辟易するかと思ったが、この天気では人がまばらなのも当然だった。
大倶利伽羅にとっては気楽で助かるが、わざわざこの悪天候を選んで誘ってきたのはそれを見越してのことだったのかもしれない。何も考えていないように見えて、入念に思索を巡らせる性質の主なのは、きちんと目端を配っていれば自然とわかる。
「どれがいいかなぁ」
光忠たちと候補を絞り込んだのだという小物を一つ一つ挙げては、無邪気に大倶利伽羅を見上げて意見を待っている。
小洒落た財布だの派手なアクセサリーだの、誰が候補に挙げたのかどこか透けるような物を色々と見て回ったが、大倶利伽羅は、誉の褒美なら、毎日使うものがいいんじゃないか、と箸を指さした。
最終的には、箸を選んだ。漆と螺鈿で細やかな細工が形どられた上質な物だった。
褒美なら、長く使えるものが良いだろう。
たとえ安物でも喜ぶだろうが、その分、破損した時の消沈ぶりを思えば、あらかじめ質の良いものを選んでおくに越したことはない。
「ありがと伽羅ちゃん、これにする! お会計してくるね!」
嬉しそうに手を振って、出口で待っていてと言うので、大倶利伽羅は軒先に立って主人が戻るのを待った。
火車切がこの本丸に呼ばれて以来、あいつなりに主を慕って、力を尽くそうとしているのは見ていればわかる。
だから、もちろん何を贈ってもそれだけで喜んだだろう。
だが主は、それだけでは足りないと考えているらしい。こいつは、選ぶその過程に、鶴丸や光忠や貞宗を、そして大倶利伽羅を噛ませたがった。
『なぜって、もちろんその方が火車ちゃんが喜ぶからだけど、だめ?』
こいつが贈り物に乗せたい付加価値とは。
火車切のひたむきな頑張りを、皆が見ている、認めていると伝えること。恐らくは、そういうことなのだろう。
別に、それに否を唱える気は無かった。だから、わざわざ付いてきた。こればかりは、『他の連中を連れて行けばいいだろう』というわけにはいかないことだ。
茶袋に包んだ贈り物を大事そうに抱えて、主はひどく嬉しそうに万屋から出てきた。
帰り道も同じだった。火車切がどれだけ頼もしくなったかとか、ふわふわの毛玉とお昼寝したらよく眠れたとか、そういった他愛のない話を、まるで貴重な宝物みたいに話す主は、大倶利伽羅が、恐らく何の面白味もないであろう相槌を打つだけで、やはりひどく嬉しそうだった。唐傘が二つ、雨音の中を静かに歩く。
石畳の階段を登り、本丸の門が見えたところで主は立ち止まり、こちらを振り返ると「伽羅ちゃん、付き合ってくれてありがとう」と嬉しげに笑った。
「供はもういいだろう」
そう言って、大倶利伽羅が踵を返そうとすると、主は「あ、ちょっと待って!」と大倶利伽羅の背中の服の端を掴んで引き留めた。
「伽羅ちゃん、いつもありがとうね。火車ちゃんだけじゃなく、伽羅ちゃんにもすっごく感謝してるよ」
主は、大事そうに抱えていた茶袋の中に手を入れると
大倶利伽羅の胸に、包み紙で包まれた何かを、問答無用でぎゅっと押し付けた。
見れば、それは、大倶利伽羅が、先ほど火車切のために選んだ箸だった。
いや、よく見れば違う。火車切のために選んだのは、これより一回り小さい物だったはずだ。
「なんだこれは」
「なにって」
悪戯めいた笑顔で笑う彼女は「最初に言ったもーん」と、自分の顔の横に、火車切のためにラッピングした揃いの包みを、嬉しそうに掲げた。
「火車ちゃんが『ぜったい』喜ぶプレゼント、だよ」
伽羅ちゃん、ちゃんと自分で『良い』って思ったものしか、人に勧めないタイプだって、鶴るんが言ってたもんねー
ふふ、とイタズラが成功したような顔で、るん、と唐傘でくるりと回った彼女は、嬉しそうに手を振って、弾む足取りで本丸の中に戻っていった。
取り残された大倶利伽羅は、間抜けにもしばし立ち尽くし、してやられたことを理解し眉間を押さえ頭痛をこらえた。
なるほど、そりゃあ『ぜったい』喜ぶ贈り物であろうとも。
大倶利伽羅と揃いとなれば、他のどんなものより喜ぶのは想像に難くない。
あれは、それを正しく理解している主人なのだ。
火車切への褒美のプレゼントの正体は。
主からの厚意に加えて
鶴丸や光忠や貞宗たちも、火車切の努力を認めていると伝えることができるもので
最終的に大倶利伽羅が選んだ、他ならぬ自分と揃いのもの、だ。
そんな、一つの丼に全部乗せのような、欲張りな贈り物など、火車切が跳ねて喜ばない姿を想像する方が難しい。
これだけ入念な仕込みでは、素直にこれを受け取る他ないのは明らかだった。
押し付けられた包みの中身を、火車切を思う大倶利伽羅が、決して拒否したり箪笥の肥やしにしたりできないことを、きちんと計算に入れている。
あれは、一見無邪気で何も考えていないように見えても、それくらいには、計算高い女だ。邪気が無いから余計にタチが悪いのだ。
強い既視感を感じる。いつの間にか逃げ道が懇切丁寧に良かれと塞がれているような、この計算高さ、したたかさ、食えない笑み。
主の背後に透けて見えるのは、驚きと称してお節介ばかり焼くトラブルメーカーの影だ。
大倶利伽羅の脳裏で、鶴が『驚いただろう?』と、してやったりとばかりに、にやけ面を浮かべた。
雨の中、深々とため息を吐き出した大倶利伽羅は、踵を返してさっさと寝ることに決めた。
明日の朝、火車切は必ず、そわそわと待ちきれない様子で早起きしてきて、誰よりも早く食堂で朝餉を待つだろう。貰った贈り物を早く使ってみたくて。
その時間に合わせて早起きしてやらねばならないと、たった今、大倶利伽羅の予定が決まってしまったからだ。
《大倶利伽羅と主〜絶対に喜ぶ贈り物選び〜》
どうせ用意されているだろうとは思ったが
やはり火車切の向かい側の席にきっちり用意された、光忠お手製の、箸置きの上に箸だけが無い見事な朝食に。
大倶利伽羅は苦虫を噛み潰したようなため息を一つ吐き出して
朝から満面の笑みで嬉しげに表情を輝かせる火車切の顔を見ながら、揃いの箸で朝餉を取ることとなったのだ。