@petori_ETHANOL
鰍研究所に立ち寄ると、椅子に座った試作A号さんの頭部に大きめの電極が刺さっていた。
「ど、どうしたんですか、それ?」
『イズさん、こんにちは』
A号さんとの感熱紙での会話は、いつもワンテンポ遅れている。べーっと出された言葉の続きを、私は少し待った。
『新しいプラグインのテスト中です』
「プラグイン……?」
聞くところによると――実際は読んだところによると、鰍研究所で独自開発を進めていた拡張機能らしい。
名前は「ゴースト・バスター・プラグイン」。
『このプラグインを使うと、死んだ人の魂や、いわゆる怪異的な存在に干渉できるようになるそうです。まだテスト段階なので、視覚情報だけですが』
「なるほど……」
『それで、私がそのテスト役をやっています。試作品ですので』
実験台のようなものです、と付け足す。ごまかすような笑みは少々ぎこちない。
死んだ人の魂――というのは、私のコピー元になった人も、例外ではないのだろうか。もしこのプラグインが完成したら、私の過去に何か、近づけたりするのだろうか。
そう少し考えていると、「インストールが完了しました」とオペレーターのような声が聞こえた。天井から生えた金属製アームがA号さんの頭部の電極を引き抜いた。
『終わったみたいですね』
腕を器用に引っ掛けて椅子から立ち上がると、試すように周囲を見回した。
「それで、どんな感じですか」
『ああ、いますよ』
「います……って、何がですか?」
『■■■です。いますよ、そこにも、ここにも。』
ふいに感熱紙の言葉が濁った。よく過去の話をしようとするときと同じ、黒塗りの三文字だった。
A号さんはまばたきをしなくなった。光の無いいつもの瞳とは違う。蛍光色の緑に染まった瞳が、虚空を――いや、きっとそこにいるであろう「何か」を見つめたまま。
『わたしの近くに、ふたり■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』
ピーッとエラー音が鳴って、真っ黒な感熱紙を吐き出して、A号さんはその場に倒れ込んでしまった。
後日、A号さんの様子やあのプラグインが気になって、また鰍研究所に立ち寄ることにした。呼び鈴を押すと、なぜか惨音ンムネンさんが出迎えてくれた。
「オヤ、お久しぶりデスネ。お茶菓子を出しまショウ」
「いえ、私食事は……というか、どうしてここに?」
「フフフ、美味しいビスケットと紅茶があると聞きマシテ」
すごい、我が物顔で入り浸っている。死神のンムネンさんと普通に会話できているのなら、そもそもあのプラグイン、必要なのか……? と、やや疑問に思い始めた。
「あの……A号さん、どこにいるか知ってますか?」
「確か、さっき奥の物置に行かれマシタヨ」
聞いた通りに物置へ向かうと、丁度A号さんが開きかけの扉と格闘しているところだった。瞳の色も元に戻って、以前と変わらない様子だった。
例のプラグインはというと、プログラムに問題があって、正常に作用していなかったという。
『幽霊を見る、という段階まで至っていなかったそうです。色々と懸念点も出てきたので、このプロジェクトはここで終わりになるかと』
「じゃあ、あの時いるって言ってたのも、プログラムの不具合のせい、ってことですかね」
『そうなるかと……』
「――ゴースト・バスター・プラグイン。何やら興味深い話をしてイマスネ?」
「うわっ!」
いつの間にやら紅茶セットをお盆に乗せたンムネンさんが後ろに立っていた。
「フーム……何だかワタシのお仕事と被っているような気がシマスネ。ゴーストバスター、トハ」
『プロジェクトが頓挫したので、完成はしませんし、大丈夫ですよ。幻覚を見せるような不具合もあったので』
ンムネンさんはA号さんを無数の目で覗き込みながら、フムフム、幻覚デスカ、とつぶやいた。
「しかし、おかしいデスネ。A号サンの周囲には本当に――ふたりほど、いらっしゃいマスガ」