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Chapter4 焔帝

全体公開 1 12655文字
2025-03-03 20:56:01

「それでは、また」

Chapter1→https://privatter.net/p/10993486

Chapter2→https://privatter.net/p/11110118

Chapter3→https://privatter.net/p/11328546

Posted by @Theater__0

 喧騒の中にぴょこんと飛び出た真っ赤な頭がご機嫌に揺れている。
何か面白い物を見つけたのだろうか。人ごみの先にあるものは、私の位置からは見られない。
少し背伸びをした時、彼はきょろりと一瞬辺りを見渡した。
金色の瞳としっかりと目が合う。
 人の波を避けて私の隣に簡単に戻って来た彼は、私の右手を取って引く。
温かい手に包まれて、手を引かれるがまま幼子のように彼についていく。
「すまん、気付かなんだ」
「いいえ、良かったのに」
 彼に引かれる手の感覚すらぼんやりとしている。
輪郭が掴めないような、そんな不思議で不透明な感覚。
直感的に良くない状態ということはわかるのだが、しっかりと寝て、しっかりと食事をとっている状態でこれなのだ。
 私はどうしてしまったのだろう。
引かれる手を眺めていると、骨の奥がくすぶるような痛みに似たムズ痒さに苛まれる。
「顔色も悪い。もう少し早く気が付けばよかった」
 ぽつりと彼が呟く。声の調子を落とした彼の手を、きゅっと握り返す。
「だいじょうぶ」
 彼の方が迷子のように見えてしまったが、彼にかけるべき最善の言葉を知らなかった。
🔥
 まだ宿を出てすぐだったが、彼に連れられるまま宿に戻ることになった。
「夕方まで寝ていろ」
「でも」
「良い、気が散って叶わん」
 慌てて出迎えてくれた女中は、戻って来た私の顔を見て急いで布団を用意してくれた。
彼は私が横になるまで口をへの字にして、じっと様子を見ていた。
渋々横になると、ようやくほっとした顔をして、乱雑に私の頭を撫でた。
「よしよし、そうしていろ」
 満足げに息を吐いた彼は、「少し出てくる」と言い残して部屋を出て行った。
まだまだ外も明るいし、窓の外側から入ってくる喧騒はますます賑やかになるばかりだ。
 なんだか、悪いことをしているみたいだ。
木目の天井に腕を伸ばす。
 着物が重さとともに、腕に従って落ちる。
むき出しになった腕には長年そこに在ったかのような顔で火傷のような跡が、びっしりと腕を覆っている。
 どうしてしまったのだろう。眺めていても変わりはしないが、本当にこれは私の腕なのだろうかと言う現実味のなさだけがそこにあった。
 そこまでの距離を歩いてもいないし、昨日もきちんと睡眠をとったはずだが、瞼がすぐに重くなる。
 瞬きの間隔が長くなって、天井に伸ばしていた腕も支えられなくなる。
自分の額にそっと腕を下ろす。腕はほんのりと熱を持っていた。
 とろとろと溶ける意識にあらがうことなく、そのまま浮遊感に似た感覚に意識を預けた。
🔥
 炎の中に立っている。
決して熱くはないし、呼吸も苦しくはない。
膨大な空間に、ただ炎がゆらめいている。
 けど、妙な違和感が付きまとう。
何か、滴るような音がする。
 何か冷たいものがしたたり落ちて、炎の先を脅かしている。
遥か上から、定期的に何かが炎を見つめている。
 見上げた先には真っ黒な暗闇がどこまでも広がっている。
ふたつ、空に切り込みのようなものがある。
 あぁ、きっと目だ。目が開こうとしている。
そんな予感がした。
 太い枝のような睫毛が震えて──。
🔥
 目を開くと、部屋はすっかりと暗くなっていた。
 外から煌々と夜店の光が入り込んでくる。
随分と頭も冴えたし、ぼんやりとした痛みも薄くなった。
 体を起こして、伸びをする。
縮こまった体を動かしていると、勢いよく襖が開いた。
「起きたか」
 髪を下ろしている彼は、首から手拭いを下げている。
 装いもいつもの着物ではなく、おそらくは旅館で支給されているのであろう浴衣に着替えている。
 片手には風呂桶のようなものも抱えているし、ほんのりと頬も上気している。
……楽しんでいたみたいね」
「おう!いいぞ、もう少し寝ていても」
 歯を見せて笑う彼に、ふっと肩の力が抜けた。
🌸
 すっかりと活気を取り戻した宴会場の片隅で夕食を摂り、少し体を休ませてから身支度を整える。
姿見の前で素肌を確認したが、未だに体にはあざが残ってはいるものの、色味は大分薄くなっていた。
原因は分からないものの、決して治らないものではない、と思えただけ安心した。
 人が少ない夜中の時間帯に旅館を出て、来た時よりもずっと自然の匂いが濃くなっていた。
……大分、元の環境に戻ったようね」
 煌々と辺りを照らす月光の中、神妙な顔の騰将が立ち止まり、じっと私の目を覗き込む。
「お前はどうだ」
 目を逸らすことは出来なかった。
威嚇のような鋭い視線が突き刺さり、緊張感に肌を焼かれる。
……沢山休みましたから」
「完治はしていないな?」
 彼の金色の目が微かに揺れる。
……していないけれど」
「俺は、どうすればいい」
 僅かに迷子のような声音とともに、彼の目が逸らされる。
……ごめんなさい」
 そう呟くと、彼は長いため息をついた。
……痛まなければ、まだ、良い」
 諦めたように吐き捨てた彼は、吹っ切れたように顔を上げるとずんずんと歩き始めた。
「ちょっと」
「早く帰るぞ」
 焦っている様子の彼に必死について山道を下っていたが、途中で彼は私が小走りになっていることに気が付いて歩幅を狭めてはくれたものの、その頃にはもうすっかりと山道は街道に切り替わる頃合いだった。
🌸
 もはや朝方の空気感だというのに、街に入った途端に式神が真っ直ぐに屋敷の方から飛んできた。
……厳密に言うと、ふらふらと高度を揺らしながら、見た目に傷などは一切ないのに「ぼろぼろ」に疲れ切った式神が。
 手を差し出すと、手のひらに乗った式神は霧のように溶けてなくなった。
どれだけ長い間お使いをさせられていたのだろう。長くため息をつくようにして式神は役目を終えた。彼の体の中ら転がり出てきた手紙を開く。
 案の定お館様から【早急に館に戻れ】というお達しだった。
「急ぐか」
……えぇ」
 騰将は真剣な表情をしていた。
もっと、げんなりした顔や態度になるかと思っていたのに。
……顔に書きすぎだ」
彼に鼻をつままれ、詰めたような息が漏れてしまう。
🌸
 屋敷は明け方と言うのにも関わらず術士が走り回り、絶えず新しい式神が次々に空へと放り出されている。
 私たちが帰ってきたことに気が付いた管狐たちは、顔をびしょびしょに濡らしながら足元に転がってくる。
 いつかもこんな風に足元に転がって来たこの子たちを抱き上げたな。脳裏をよぎる、もうすでに少し遠い記憶がよみがえる。
 抱き上げた途端に大粒の涙をぽろぽろと零す管狐は、つかれました。と弱弱しい声で呟いた。震える後頭部は、あまりにも頼りなく小さい。ふわふわの毛をそっと撫で、すぐにお館様のいる場所へ向かう。
「少しは休めたか」
 女中が絶えず書類の山を持って歩き回る、紙が散乱した部屋の真ん中で、顔も上げずにお館様は私たちに声を投げかける。
「フン、祟り神手前の生き物の前に放り出して言うことか」
 やけにとげとげとした口調の騰将に、お館様は一瞬手を止め、ふっと息を漏らすように笑う。
「口答えが新鮮に思えて嬉しいとは、私も疲れているね」
 女中が書き終わった書類を集め、新しい書類と取り換える間にもお館様は式神を作り続けている。
 鬼気迫っている状況に、いよいよ何か妙な様子を感じ取る。
「戦争でも起こす気なのですか?」
「規模は近い。近々お前たちを矢面に立たせる予定だから覚悟しておけ」
「規模が、近い?」
「備えさせたいところだがね、今から少し雑魚を祓ってこい」
 今しがた作られたばかりの式神が、私たちの目の前を通って誘うように庭に出る。
すぐについていく騰将の後を追おうとした時、疲れの滲んだお館様の声が私の足を止める。
……その痣はどうした」
 筆を完全に放り出し、煙管を咥えたお館様が真っ直ぐに私を見ていた。
「原因は分かりませんが、敵から受けた攻撃の類ではないと思っています」
「となると、アレのせいだな」
 お館様が顎をしゃくる。振り返らなくても、何を指し示しているかは分かっていた。
 思わず口を引き結ぶ。
……痛みは」
「あります。強い物ではありませんが」
……どうしてくれような」
 話しながら口と鼻から薄い紫煙を垂れ流すお館様は乱雑に自分の髪を掻きむしる。
私も概ね想像はしていた。
騰将が原因ではあると思うが、それでも私は自分の身に起こっている事ではないことくらいに、気持ちは凪いでいた。
「彼には、助けられていますので」
……そんな呪いまがいのものをもらっても、か」
「えぇ。それでもです」
 私の返答に長くため息をついたお館様は諦めたようにシッシッと手を振った。
お館様に会釈を一度して、彼の後を慌てて追う。
彼は廊下に出てすぐの暗闇の中に居た。壁に寄りかかり、金色の目でじっと私を見つめる。
「行きましょう」
 気付かないフリをして髪を結びあげ、胸元に入れていた式神を取り出す。
……あぁ」
 そっと私に寄り添うように並んだ騰将に何となく様子を伺われているのが居心地が悪く、彼のしぼんだ肩を一度小突いてやる。
 口をへの字にしてじっとりと私を睨む彼のおでこを指で押す。
「だいじょうぶ、ね」
 何度か目を瞬いた彼は何も言わずに手を伸ばし、乱雑に私の髪をかき乱した。
🌸
 お館様に指示された場所は、どこも小さな神社や祠の類だった。
共通して人気のない郊外や、放棄された神社ばかりなのにも関わらず、どこもかしこも妖の気配に満ちている。
 活発なのは妖の動きだけではない。無人の祠だったはずの祠にも、生まれたての神が宿っていた。
 そのせいで半端に街に神気と妖気が満ちていた。
絶えず飛ばされていた式神たちはこれらの偵察と、一時的な抑制を行っているようだった。
 街の外周を一周ぐるりと回りながら祠や神社を回り、太陽が顔を出した頃合いにはようやく妖たちの気配はなりを潜め出した。
 小高い丘の上から、朝日に輝かされる街を見下ろす。
人々の営みが始まる時間だ。今日もきっと、良く晴れるんだろう。
「体は」
じっと彼に目を覗き込まれる。
「心配しすぎよ。だいじょ──」
 大丈夫。そう言い切る前に、腹の虫の方が元気よく返事をした。
豪快に噴き出した彼の肩を、今度は若干遠慮せずに勢いをつけて叩いた。
🌸
 朝方の街は、この一週間で何が起こってしまったのだろうかというくらいに、本当に街は騒々しく人の数が増えている。
 それも、外のくにから来たのだろうという装いの人間も、それにくっいてきたのだろうという気配も、街には満ちていた。
 夜に感じた妙な嫌な気配と同じくらい、今のこの街には活気が満ち溢れている。
ただ簡単な食事をとりたいだけなのに、店を探すのにも一苦労した。
「まだ朝だぞ、何かあるのか」
「いえ、お祭りの類がある時期でもありませんし、なんでしょう」
 異国の服の人間も目立つ。
 何とか滑りこんだ定食屋で、落ち着かないまま食事を済ませて店を出る。
その頃にはすっかりと日が昇り切っていて、いよいよ街も目覚めていた。
 どこもかしこも活気づいている。どよめきが街を満たしていて、気たるべき何かがあるのだろう、という様子が伝わってくる。
 嬉しい。楽しい。そんな気配は、おのずとこちらにも何か良い気配をもたらすはずだが。
……何か妙だ」
「えぇ、本当にただの祭事でしょうか」
 妙に疲れるのだ。
 陽の気配の中に、何か緊張感と陶酔感がある。
館に戻るのにも人ごみを縫い、いつもよりも倍時間がかかってしまった。
 館は静まり返っていて、所々に仕事の途中で力尽きた術士や妖怪が転がっている。
眠そうな目を開けられない様子の管狐がぽてぽてと廊下の角から現れ、私たちを客間へと通す。
 私の部屋も式神の予備を保管するのに使っている有様の様で、障子の隙間から覗いた部屋はまだ命を吹き込まれていない式神たちであふれかえっていた。
 その部屋には、土御門家以外の紋を持つ式神も多数紛れ込んでいた。
ぼろぼろの様子でお茶を用意しようとする女中をいさめていると、烏天狗でさえもふらふらの様子で私たちの前に現れた。
「街の様子に驚かれたことでしょう。私たちもわかる範囲のみとはなりますが、ご説明させて頂きます」
 烏天狗は、それは色鮮やかな張り紙を複数持ってきた。
豊作、豊穣を祝うものばかりで、どれにも特に祭事の話は無い。
「急にお祭りが開かれるものかと思っていたけれど」
「そう思われるのも無理もないでしょうな。むしろ、今こんなに街が盛況なのはおかしいのです」
「おかしいとは?確かに何か熱狂的な熱は感じたが」
……こうなってしまったのは本当に一週間と少し前ほどです。お二人がこの街を発たれてからすぐのこと」
 ため息交じりの烏天狗の声がゆっくりと語り始める。
本来ならば、この街は大人しくしていなければならないはずなのです。
初めに飛んだ知らせは、今の若様が病に伏せられた、というものだった。
 この街の中心の宮殿に住まう王族で、龍の眠りを守りながら統治をしている方々だ。
今の若様は大変聡明で、今の術士が依頼を受ける制度を整えてくれたのも、その人だった。
街では妖の気配が活発になった。それは特段おかしいことではない。
だって、悲しみの気配が満ちれば満ちるほど、妖は強くなる。
そのはずなのだが、同時に妙なことが起こり始めた。
 街のあちこちで、信仰をもたないはずの神が生れ始めた。
生れ始めるというよりも、現れ始めた。
妖のように何かをしてくる存在というよりも、そこにいるだけで陽なり陰なり、良くも悪くも周りに影響を及ぼしてしまう神共に、それは簡単に人間達は影響された。
……それで、この街の始末と言うことです」
 狭く黒い額を抑えながら烏天狗が息を吐く。
「これは、原因はわかっているものなの?」
「えぇ、明確です」
どうすべきなのか、も。
 履き捨てるように彼は呟いた。
 昨晩私たちは結構な数を掃討していたようで、そのおかげで夜までのひとときの間はみな休むことが出来たようだった、
 夕食までの間泥のように眠る家の中で、私たちも息をひそめていた。
それもつかの間、夕刻の鐘が鳴った途端に家が一斉に起き、慌ただしく動きを始めた。
「食事中に全て説明する。悪いな」
 身支度を整えたお館様も、食事中にも絶えず書類に目を通していた。
「烏天狗に概ねの話は聞いたと思うが、原因はこの街の背骨だ」
「病に伏せられているとお聞きしましたが」
「そう。あの家が王族になったのはたまたまでな」
……それは、どういった」
「あの家の地下に、たまたま龍の頭が封じられていただけの話だ」
「龍が」
「妬みのように聞こえるかもしれないが、大体の権力者はただただ運が良い。ウチの街のカシラもその手合いではある」
……病に伏せたせいで、龍がどうなった」
「起きようとしている。予兆だけで神も目覚めるわ妖も調子に乗るわのひどい始末だ。こんなの目覚めてみろ、街一つ滅ぶだけで済めばいいがね」
 食事を掻きこみ終わったお館様は立ち上がって私たちを手招く。
「家柄を気にする術士どもすべてが手を組んでいる異常事態だ。ウチが一番扱う式神の種類として統率を取りやすいから今こんなにも家がばたばたしているわけだ」
「私たちは何をすれば」
「今晩、龍殺しをやるぞ」
 お使いを頼むような口調で、こともなげにお館様が言葉を放る。
……二人だけで行かせる気か?」
 声に明らかに怒気を孕んだ騰将の言葉と共に、室温が一瞬で上がる。
「や?全員で行くよ」
「はぁ?」
 あっけらかんと言い放ったお館様は、怒気が霧散した騰将の顔を見て声をあげて笑った。
🌸
 準備をしろ。
それだけ告げられて部屋に戻されたが、家の中ですれ違う者皆、風呂敷なんなり荷物をまとめているようだった。
管狐まで首に何かが詰まった風呂敷を持ち、どことなく勇ましい表情で廊下を歩いていた。
 いつも通りの装束に身を包んで出立の合図を待っていると、騰将が重々しく口を開く。
「出来るだけ、俺の後ろに居ろ」
……どうして?」
「どうしても何も、今は普通の状態ではないのだろう」
「痛みも無ければ、動きにも支障もないわ」
「それでもだ。あれだけ休んで完治出来ないものはまともではない」
 瞳を微かに揺らしながら彼が目を見つめてくる。
真摯な言葉ではあるものの、如何せん私の話を聞こうとしない姿勢に、腹が立った。
そして、何よりも。負い目がある、といった弱弱しい彼の表情は、心の底から見たくないものだった。
「これの事を心配しているのよね」
 腕をまくり、彼の前に火傷跡のようなものに蝕まれた腕を見せつける。
騰将は喉を鳴らして、ぎっと口を引き結ぶ。
「これくらいどうもないわ。昨晩も普通に戦えたもの」
……は」
「腕が折れたり、飛んだりしたらあなたの後ろに隠れてあげる。それまでは余計な心配をしないで」
「しかし」
「繰り返させないで」
 まだ言いよどむ彼の胸倉をつかみ上げ、顔を寄せる。
「舐めるな、と言ったの」
 目を逸らしたらまた頬をぶってやろう。そんな風に思うほど私も頭に血が上っていた。
けれど、彼は段々と目を輝かせ、肩を震わせ始めた。
「ふ、それでこそ、それでこそだなぁ」
 大きく口を開いて笑う彼に呆れて、胸元を離してやる。
「戦うためにしか使ってきていない人生よ。あなたのそれは心配ではあるんでしょうけれど、度が過ぎると侮蔑になることを忘れないで」
「あいわかった」
 襖の方からわぎゃ!と声が聞こえ、二人で振り返る。
襖の隙間から三段重ねになった管狐たちが目を回していて、お話はお済みでしょうか、と弱弱しく声を漏らした。
🔥
 館の人間を集めるとずいぶんな大所帯になるものだな、と改めて思う。
「では、ご武運を」
 飛べる者たちはみな空路を使ったが、飛べないものたちはお館様の先導で夜の街を歩き始めた。
 気配や足音を殺してはいるものの、お館様に先導されてぞろぞろとついていく様子は、最後尾から眺めていると、なんだか、おかしかった。
……ふふ」
 声に出ていたらしく、怪訝そうな視線が飛んでくるのがすぐにわかる。
「ううん。こんな風に出かけたの、久々だもの」
「のんきだな」
「ええ、多分、今私喜んでるもの」
 深夜に差し掛かりそうな時間帯だ。それなのに、まだまだ街は明かりを消さないし、今一緒に出掛けている人たちもいる。
 ふと、昔のことを思い出した。
母に手を引かれて花火大会に行った時の事。
あの時もそうだったな。二人で出かけようとした時、心配した妖たちが付いて来て、結局大所帯で連れだって歩いていた。
「ここの花火大会は本当に素敵なの。規模は小さいんだけれどね」
……夏か。季節をずいぶんとまたぐな」
「うん。いつか、行けたらいいね」
……そうさな」
 彼の顔を振り返る前に、目的の場所についてしまった。
そこは依頼を受ける場所としても使った、地下へ繋がる道のある詰所だった。
一行が中に入っていくと、受付代の上で怪訝そうな顔をした一つ目小僧が、律儀にも入る者たちに順々に入館の札を手渡す。
 そう広くないはずの詰所の奥へとお館様は迷いなく進み、とうとう行き止まりの壁まで突き当たる。
「進みながら今日の作戦を話す。失敗すればおそらく全員死ぬ作戦だから、気を張れ」
……はい」
 これだけの数を連れてきたからには総力戦なのだろうということは想像していたが、肩にのしかかる重石が段違いになり、喉が引きつる。
「何、いつも通りだ。普段お前に回している任務だって失敗されれば家も名も失うだけだった。今回は私たちも一緒に戦えるだけマシだよ」
 所々たいまつに照らされるだけの仄暗い地下道の先はまるで遠くて先が伺えない。
「宮中に行く。眠らされていた龍が起きる前に、殺してしまう」
「龍を殺してしまってもいいのですか」
「起きられるよりはずっといい」
 話しているうちに、使用人や術士たちが横道に消えていく。
「アイツらは外をぐるりと囲んで結界を張る役目をする。もう龍が起きかけているから、ウロコや出来損ないの神と戦う覚悟をしておけ」
 順々に列から人が消えていき、とうとう片手で数えられる程度の人数になってしまう。
管狐たちも不安そうに毛を膨らませ、身を寄せ合って歩幅を小さくしていた。
「作戦と言う作戦もない。私たちが龍を弱らせる呪いをかけ続ける。道は作るから、いつも通りに戦え」
 ようやく見えてきた出口に手をかける。そこは大宴会場に繋がっていて、そこには見覚えがあった。
騰将と会う前に受けていた任務の場所だ。
 もうすでに、妙な重々しさの神気と陰の気配に満ち溢れている。
 開け放たれた窓から見える空には、見覚えのないものが浮かんでいた。
宮殿を囲むようにぐるりと巻かれた、とぐろが空に浮かんでいた。
腹側からしか見えないが、途方もない大きさなことだけは分かる。
おびただしい数の式神たちと、烏天狗の姿も見える。
 そして、空からばらばらと何かが落ちてきては、それに向かって式神たちが突進していく様子も見えた。
 式神たちが拾いきれなかったものが目の前にひとつ落ちてくる。
黒いまがまがしい塊は、あのときここで戦った影のような妖怪や、温泉街の上で生まれようとしていたものと同じ気配を持っていた。
「引き受ける、行け」
 札を取り出したお館様は、尻尾を膨らませて怯える管狐に張り付ける。
「ううう、がんばるぞ、がんばるぞ!」
 札に魔力が通ると共に管狐の姿が膨れ上がり、馬ほどの大きさになる。
「道しるべはある。走れ」
 同時に外から鳥の形をした式神が入り込み、私たちの前で一度羽ばたく。
目の前に陣を浮かび上がらせ、手で振り抜く。
痛みを感じることは無かった。手を何度か握り込んで感触を確かめる。
走り出すのは彼の方が早かった。
 先に揺れる赤い髪を追って走る。
式神を追いかけていくうちに廊下に明かりが灯り出す。
 煌々と照らされていく宮殿の中をひた走る。
少しでも速度を落とすと、両脇から伸びてくる何かに捕まりそうになる。
時折目の前に現れる龍のウロコや、横の部屋から伸びてくる妖怪も全て彼が薙ぎ払う。
速度を落とさずに走り続けていたが、一瞬唸るような緊張感が走り、轟音と共に私たち3倍の背丈はありそうな鎧の集合体が宮殿の柱を薙ぎ払いながら現れる。
 呆気にとられた頃には、もうすでに目の前の鉄の塊は大きな柱を私たちに振り下ろす瞬間だった。
「伏せろ!」
 騰将の吠える声に従って体を出来る限りまで小さくするとすぐに衝撃音が頭の上で響く。
目の前に見える彼の足は衝撃を逃がし切れずに床板を割りながらめり込んだ。
体を横に転がして、腕を振り下ろした衝撃のまま動けなくなっている横腹に拳を振り抜く。
硬質な音と、何か固い障壁に阻まれる感覚があった。
 でも、薄い。
踏ん張る足に力を入れ、押し付けた拳にもう一度力を込める。
鏡が割れるような音がして、拳が今度こそ鎧の横腹に入り込んだ。
呆気ないくらいに鎧は簡単にはじけ飛んだ。
「騰将!」
「問題、ない!」
 柱を放り投げた彼の手には血が滲んでいた。
しかし、構ってはいられない。
私たちを待つ式神がもう一度羽ばたいた。
🔥
 幾度となく横から現れる妖怪は、全て騰将が初動の衝撃を受けた。その度に彼の体には傷が増えていく。
 それでも走ることはやめられない。
次第に空気が冷えていくような感覚が肌から伝わってくる。
宮殿の中心についた頃には、吐く息が白くなるほどに、空気が冷え切っていた。
 厳かな扉もパッと見ただけで分かる程度には凍り付いていた。
一瞬だけ騰将と目を合わせ、息を吸いこむ。
 呼吸を合わせて、二人で拳を振り抜く。
一呼吸の静寂の後に、扉が勢いよく向こう側へ吹き飛んでいく。
がらくたのように転がったそれは、固い何かにぶつかって跳ね返った。
大きな大きな氷塊。
 その奥に、何かが脈打って、起きだそうとしている。
先導していた式神は、天井から降って来たウロコにかき消された。
 私たちが部屋に踏み込んだ途端に、察知されたように地鳴りが始まる。
同時にばらばらと大量のウロコが降り注ぎ、地面からも黒い手が伸びてくる。
 強く足を踏み込んだ騰将は、凍る床にたたきつけるようにかかとを落とす。
周囲に炎の陣形が広がり、ふといつか見た夢のことがもう一度脳裏をよぎる。
 頭上に浮かぶ、一対の線。それが開いてはいけない。
壊す場所も、正面のあの氷の塊で間違いない。
あれが、頭だ。
「騰将」
「なんだ」
「最短であれを壊すにはどうしたらいい」
苦しそうに顔を歪めた騰将は、目を逸らそうとした。
彼の腕を掴み、目を合わさせる。
「あるんだろう。力を貸しなさい」
 一瞬泣きそうに瞳を揺れ動かした彼は、喉を鳴らす。
しかし、彼も心を決めたように金色を輝かせた。
「ある、あるぞ。耐えろよ!」
 彼の手が私の首に触れる。
振れた所から一気に彼の力が流れ込んできて、今自分にかけた強化術の範囲が塗り替えられるように一気に炎を帯びる。
指先でいちど、火が揺れ動いたかと思うと、右腕が途端に発火した。
 熱くない、痛みもないが、揺れ動く炎を見つめ続けてしまうと、心が吸い取られるような気がした。
体の表面で扱ったことの無い力が渦巻いている。
「扱い方は簡単だ、力でねじ伏せろ!」
「っふ、誰かさんと同じね」
 好き勝手に腕を広げようとする炎を、体の中心に戻すように意識を集中させる。
その間にも降り注ぐ有象無象が、徐々に姿勢を正して私たちの方へ向かってくる。
 さっき見たものよりもずっと大きい鎧の塊や、ウロコが寄り集まって小さな龍を形作ろうとしているのも目に入った。
「任せる」
「おうさ!」
 目を閉じて、体の表面を暴れる炎を練り上げる。
拳へと集まれ。そして私の物になれ。そう言い聞かせるように炎を中心へと集めていく。
 研ぎ澄まされた感覚の向こう。音だけでも痛みが伝わる程の打撲音が耳に飛び込んでくる。
 それでも、今心を揺れ動かすわけにはいかなかった。
今更顔を出した焦燥感と、大きな敵に対する漠然と、薄っすらとした絶望。
はじめて扱う強大な力。
 従って、従って。……従え、従え、従え!
口の中で言葉を噛み潰す。
 ふと、初めて拳を使って戦った時のことを思い出した。
あの時もそうだ。完璧な術式を貸してもらったのにも関わらず、力任せに振り抜いたせいで私の手は血だらけになって、骨も折れてしまった。
 ……そのくらいで、良いじゃない。
 だって、勝てればいいんだもの。
無理やりに押さえつけようとしていた力をふっと離す。
「行こう」
 好き勝手に煌めき始める美しい炎に身を任せ、足を踏み出す。
氷塊の向こうでは、一対の線がうっすらと震え始めていた。
 強く力をこめ、地面を蹴る。
 間に合った。
好きに強く輝く炎の中心に、私が拳を合わせる。
 氷塊の向こうで、薄っすらと金色の目が姿を現そうとした。
真っ直ぐに、拳を振り抜く。
氷塊に触れたのは一瞬だった。
 凶暴で獰猛な炎は、障ったものを全て溶かし、その場で蒸発させていく。
氷塊の上でさえも炎は伝播し、大きな塊を飲み込んだ。
 断末魔を上げることもなく、目覚める前に炎に飲み込まれた龍は、宮殿の外に伸ばしている体も順に焼かれていった。
 ろくに受け身も取れず、体勢を崩したまま地面に勢いよく叩きつけられる。
呼吸が止まり、衝撃に何もかもの感覚を奪われる。
同じくして目の前に落ちたウロコは、ふっと溶けるように消えた。
 辺りを満たしていた冷気も次第に霧散していく。
なんとか、なったんだ。
 体をよじり、座り直そうとした時、口から抑えきれない何かが、湧き上がるようにして喉を塞いだ。
 手で抑えるよりも早く、それは零れた。
思っていたよりもずっと多い量が床にびしゃりと音を立てて広がる。
血だ。
 痛みがないのが逆に恐ろしかった。
咳き込むたびに血の塊が喉を駆け上がってくる。
 呼吸が整わない。そして、胸の奥も熱い。
気が付いた途端に、体の右端に残っていた術式の上に炎が立ち上る。
先ほどと明確に違うのは、炎は今度は私を飲み込みにかかっていた。
文字通り、体が焼けていく。
「桜月!」
 額を切ったのか、顔に血を垂れ流す騰将が私の前に座り込む。
言葉を返してあげたかったが、話すこともままならなかった。
 ばちん、と耳元で炎が弾ける音がした。
彼の金色の目を眺めている時間は、そう長くなかったはずだ。
慈しむように私の手を取った彼は、燃える私の体を引き寄せて囁く。
「少し、返してもらうぞ」
 彼の鼻先が、私の鼻先をくすぐった。
炎の中、ひんやりとしたものが私の唇に触れる。
血の匂いと、その向こうにある柔らかい体温が心地いい。
 暴れ回っていた炎は芯を溶かしたようにゆらめき、私の中からも霧散していく。
「ずいぶんと無茶をしたな。しかたないか」
 溶けるような甘い声が耳元に吹き込まれる。
 大きい手は傷だらけだった。力加減が分からないようにそっと頬に触れられる。
「あなたもね」
 瞼が勝手に重くなる。
頬に添えられた手にまだ身を委ねていたかったが、そっと彼の体が離れていく。
 目の前で膝をついている彼も、私と同じくらいボロボロだった。
腹にぽっかりと空いた穴からゆらりと炎が立ち上る。
「もっと、ましなやり方があったらよかったわね」
「お生憎。お互い力技しか知らんだろう」
「そうね」
 彼が力を抜いた途端に、炎は標的を彼に変えた。
……見たいものは、見られたの?」
「ん?あぁ、そんな話だったな」
 彼が私に手を伸ばそうとして、炎に飲まれた指先を見て、やめた。
「見られたが、忙しなかったな」
……そう」
 ひとかたまりの炎になってしまった彼に、もっと早く手を伸ばせばよかった、と後悔がよぎってしまった。
 火の粉が吹き込んできた風に巻き上げられる。
その様子は、桜吹雪のようだと思った。
🌸
 定期的に鈍い破裂音が夜空に響いている。
夜空を彩る花火を眺め、左手に持ったリンゴ飴に口を付ける。
あれから季節が一巡した。
 龍を仕留めることは出来たが、私に遺された傷は大きかった。
打撲のせいで内臓に損傷を負い、騰将から預かった炎は私の右半身を焼いた。
 虫の息の状態で回収され、2週間ほど眠り続けていたようだ。
 右半身がろくに動かない状態だったが、今ではもう前通りに任務に出ている程度には回復したし、彼が残していった炎も、ほどほどに扱えるようになってきた。
今の私を見て、彼はなんて言うのだろうか。
 花火を見る度に、きっとこれからも思い出すのだろう。
「一緒に見に来られたら、よかったな」
 大きく上がった朱色の花火を眺め、辺りの誰にも聞こえないように呟いた。


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