さめしし。ワンドロのお題「お菓子」「恋人」で書きました。仲良しのさめししで、ししさんがクッキーを焼いている小話。
これからもずっと、変わらない日々。 (初出:2025/02/28)
@5_bluedaisy
焼き上がりの音で、キッチンに入る。
鍋つかみのミトンを手に嵌め、オーブンの扉を開ける。熱い天板を慎重に取り出し、厚めの布巾を敷いていた台の上に置いて、熱でぱさぱさになったシートから一枚ずつクッキーを剥がしていった。
「……美味そうだ」
匂いに惹かれたのか、リビングのソファーから村雨がやって来る。読んでいた本を片手に持ったまま、カウンターの向こうからオレの手元を覗き込んできた。
「天板、まだ熱いから。触るなよ」
「わかっている」
淡々と応えながらも、丸い眼鏡の奥の鋭い目が、金網の上に並べられていくクッキーを凝視している。あ、これはやらかすだろうな、と思った瞬間、空いている左手が素早く動いて、細い指先で焼きたてのクッキーを摘まみ上げた。
「あっ! バカ……っ」
止める間もなく、村雨はクッキーをそのまま口に放り込む。と同時に、盛大に顔をしかめた。
「熱い」
「……ったりめーだろ! 早く冷やせ!」
急いでグラスを掴み、冷凍庫の氷をぶち込む。水を満たし、村雨に突きつけた。
受け取った村雨がまだ額に皺を刻んだままで、氷水を口に含む。
「大丈夫か? 村雨」
尋ねると、小さく頷いた。
「舌の上で、じゅっと音がした気がした。完全に火傷だな」
「まだオーブンから出したばかりだったからなぁ。中は、全然冷えてねぇだろ」
「焼きたてだから、さぞかし美味いと思ったのだが。案外サクサク感が無いものなのだな」
「それは十分に冷まして、余分な蒸気が抜けたらそうなるんだよ」
「……なるほど。正に、急いては事をし損じる、というわけか」
ちょっと悔しそうな声で、村雨が呟く。くちびるの間からちろりと出した舌先を、グラスの水に浮かんだ氷に当てた。
そんな仕草に、やっぱりどきっとしてしまう。
冷めるのを待てずに食べて、ヤケドするなんて。もうベテランの域に達しようかというお医者サマなのに、そういうところは子供みたいで。
つまみ食いとか、オレに世話を焼かせる我儘な言動なんかも、全然変わってない。
でも、大好きだ。どうしたって、手放せない。
だから今もこうして、二人でここにいる。
食いしん坊の恋人に、料理を作って、お菓子を焼いて。
きっと明日もこんな日が続くのだ、とオレに信じさせてくれた村雨。
何年経っても変わらない、自信たっぷりな態度も、甘えたな振舞いも。
愛おしくて、かけがえのない大切さで。
「あーもう! ほんっとオメーは、いつまでもかわいいよなぁ!」
「当然だ。私を誰だと思っている」
オレは堪らなくなってキッチンを出て、ぎゅっと村雨を抱きしめる。細い銀色の輪を嵌めた指で、白いものが覗き始めた髪を梳くように撫でた。
にやりと唇の片端を持ち上げた村雨が、得意げな顔でオレを見上げてくる。艶めく深紅の瞳は出逢った頃と変わらない強さで、きらきらと深く、綺麗に輝いていた。