カルみと(+☕️と🐸) 宿舎時空
シナリオネタバレあり(🎃のみ)
@popo_trpg_ss
「今日、神無ちゃんの家に行ってもいい?」
デートの日の夕方頃、いつもなら通りに人が増える前にスパローへ移動して彼の私室で過ごすところを縞斑はそう提案した。
手を繋いで人のいない路地を歩いていた神無は、ぱちくりと目を瞬いてその言葉に顔を上げる。
神無と視線が絡んだ縞斑はやけに緊張した面持ちをしており、珍しく言葉を探す様に口ごもりながら頭を掻く。
「あの……ほら、うちだと子供たちがいるからってアサギリちゃんに言われててね」
「あぁ、なるほど……?」
縞斑と神無が付き合っていることはスパローのメンバーには公認であるため、神無が私室にいる間は気を使ってアサギリやニトとリトは部屋に顔を出さないのだ。
部屋では他愛もない話をして、たまに縞斑からキスをする。
外で彼が贈るのは唇を触れ合わせるだけの戯れのようなキスだが、人目のないその場所では深く強く唇を重ねてくれるのだ。
最初は初めて出来た恋人との触れ合いに恥じらい困惑していた神無だが、今は部屋でだけ交わす深い口付けをすっかり気に入っていた。
いつもより熱い視線に射抜かれて、逃がさないというように後頭部を掴まれてしまえば、唇の端から漏れる声を抑えることすら困難になる。
アサギリの言う通り、神無が訪れるたびに遊びたい盛りの子供たちに気を遣わせるのは悪いかもしれない。
現在の神無はあの家で一人暮らしをしているため、人が来るのを気にして声を抑える心配も要らなかった。
いつもより声を我慢しなくて済むかもしれないと考えた神無は、名案だと頷くと笑顔を浮かべて縞斑の手を引いた。
「うん!いいぜ、うち来なよ」
「……本当にいいの?」
「いいって!つーか、先輩から言ったんじゃん!」
何故か不安げな顔をする縞斑をけらけらと笑った神無は、そう言って早速自宅へと歩き出す。
そんな神無の様子を見た縞斑はほっと息を吐くと、その手を握り返して神無の後を追った。
ありがとうと呟く彼に、付き合う前にも何度か家を訪れたことはあったのに大袈裟だなと神無は笑うだけで済ませてしまったのだ。
縞斑の慎重な問いかけの真意に、神無はその時が訪れる瞬間まで気がつかなかったのである。
※
一人で暮らす広い部屋に縞斑を招いた神無は、家族が団らんを過ごした広いリビングは居心地が悪いだろうと彼を自室に通すことにした。
いつも縞斑の部屋ではベッドに座って話しているため、神無はその慣れで自身のベッドに縞斑の並んで腰掛ける。
「……神無ちゃんの部屋に入るの、久しぶりだな」
「そうだっけ?」
「あのときはほら、ジャングルだったし」
「あー……あれ片付けるの大変だったなぁ……」
他愛もない話を交わすうちに、やけに緊張していた縞斑の表情もいつも通り穏やかに緩んでいく。
せっかくだから紅茶でも淹れようと考えた神無が何気なく席を立てば、引き止めるようにその手を縞斑が掴んだ。
振り返って縞斑と視線を合わせた神無は、その熱のこもった瞳に空気が切り替わったことを察する。
「先輩、紅茶……」
「あとで貰おうかな」
一応席を立った理由を告げて逃げ出すつもりはなかったとやんわり弁明すれば、小さく笑った縞斑は神無をベッドへ連れ戻した。
ぽすりと隣に腰掛けて縞斑の方を向けば、するりと大きな手のひらが頬を撫でる。
「ん……っ」
顎の輪郭を確かめるようになぞった指先が耳の後ろをくすぐるむず痒い感覚に思わず身を縮めれば、いつもなら意識して堪えている声が思わず漏れた。
今日はアサギリや子供たちが部屋を訪れる心配はない。そんな油断から緩んだ唇を押さえてそろりと顔を上げれば、愛おしげに目を細めた縞斑が唇を重ねる。
「ん、ッ…ふ……ぁ、ん…」
いつもより素直に声を上げる神無は、安心したように縞斑の首に腕を絡めて目を閉じた。
最初は彼の動きに翻弄されるだけだったキスも、今では神無から唇を食んでみたり舌先でくすぐってみたりと相手を揶揄う余裕も生まれている。
逃げられないように後頭部を固定されて、腰を抱かれて強く引き寄せられた神無は、久しぶりに交わす口付けの心地良さに酔っていた。
「っふ……ん、む…ッぁ…!」
ぢゅうと舌を吸われた神無は、思わず縞斑を抱きしめて声を上げる。
そんな彼をじっと見つめていた縞斑の手が、ふと神無の腰から離れた。
どうしたのだろうかと神無が疑問を抱くと同時に、とんと肩を押された神無の視界が回る。
「わ、ぅ…っ?」
見慣れた天井と見たことのない劣情を映す縞斑の顔を見上げた神無は、何が起こったのか分からずぱちくりと目を瞬いた。
「……神無ちゃん」
辛いほど熱のこもった甘い声が鼓膜を揺らした瞬間、びくりと神無は大きく身を震わせる。
今まで縞斑が、自分をベッドに押し倒したことなどただの一度もない。このあとは神無が息が切れて限界だと訴えるまで口付けをして、いつも通り戯れのような触れ合うキスに戻るのだと思い込んでいたのだ。
そうして神無は、縞斑が念入りに自分に了解を取っていた理由をようやく理解する。
「っ、」
神無にとって、縞斑は初めての恋人だ。
それまで事件を追っていたせいで、同世代の女性と付き合うことはもちろん、触れ合った経験すらほとんどない。
そんな神無は、この先のことを朧げな知識としてしか知らなかった。どう動けばいいのか、縞斑がどう動くのかも分からない。
こわい。
そんな考えが頭の中を支配した瞬間、縞斑はぱっと身を起こすと神無の手を引いてベッドから起こした。
「え……?」
「今日はここまでにしよっか」
そう呟いた縞斑は、何が起こったのか分からず首を傾げる神無を優しく抱きしめる。
いつの間にか震えていたその肩を慰めるように撫でた縞斑は僅かに眉を寄せると、未だ困惑した顔の神無と視線を合わせて微笑んだ。
「びっくりさせてごめんね」
「え……や、あの…せんぱい、」
「そうだ、お土産に買ったプリン食べよっか。紅茶と一緒に持ってくるから少し待ってて」
神無の返事を聞かずに頭を撫でた縞斑は、いつもと全く変わらない様子でベッドから立ち上がり部屋を出て行ってしまう。
その背を咄嗟に引き留めようとした神無だが、かと言ってその先に進む勇気も自信もなかった彼の手は空を切ることになってしまった。
「やっちゃった…………」
ただひとつ分かることは、自分はとんでもない失敗を犯してしまったこと。
そして、その失敗によって縞斑を深く傷つけた上で気を遣わせてしまったことだけだった。
※
「……そのあとから、キスしてくれなくなっちゃって…………」
数日後の過去の世界にて、刑事たちが暮らす宿舎で聖心と帰代変にその話を打ち明けた神無は顔を上げる。
落ち込む神無のことを心配して声をかけてくれたふたりだが、話を聞き終えた聖は両手で顔を覆って俯き、帰代も額に手を当てて項垂れていた。
「それはなかなか……むごいことしたね……」
思わず漏れた聖の声は沈痛なもので、いよいよ自分は取り返しのつかないことをしたのだと神無まで涙目になる。
神無の元気がない原因はおおかた縞斑関連だろうと若者の恋愛事情に茶々を入れるくらいの軽い気持ちで話を聞いた聖だが、その話題はあまりにも縞斑に同情せざるを得ないものだった。
「……セックスしたかったんだろうなぁ…………」
子供たちが居るからという理由を挙げて、二人きりになれる場所を提案し、それを了承された時点で縞斑が合意と捉えるのは自然なことだ。
まさかそこまで丁寧に確認を取ったにも関わらず、年頃の神無には一切考えが伝わっていなかったとは思わない。
先へ進もうとして一度怯えられてしまったとなれば、神無へのスキンシップを遠慮する気持ちも聖には痛いほど理解できる。
「…………言葉足らずなアイツが…悪い……」
「変ちゃんさすがに思ってねぇだろ」
「…………、」
縞斑はおそらく、これから家で抱かせてほしい、という直球の言葉を選ぶような性格の人間ではないのだろう。
そんな彼なりに出来る限り言葉を伝えていると、神無から話を聞く限りでは帰代も感じ取っていた。
さすがの帰代も、恋愛経験のない神無が引き起こしてしまった悲しい事故と、それによって行動を控える縞斑に対しては同情の念を抱いて息を吐く。
「ど、どうしよう……おれ…せんぱいにひどいこと……っ」
「あー……三十一ちゃん泣かないで、大丈夫大丈夫」
「だいじょぶって、でも……でもおれ…きすしてもらえなくなっちゃった……」
話を聞いて縞斑に同情したふたりを見た神無は、やはり自分の行動や考えは世間知らずの最低な行為だったのだと泣き出してしまった。
慌ててそんな彼の頭を撫でて慰める聖だが、珍しくフォローの言葉が見つからない様子で彼は困った表情を帰代へと向ける。
恋愛経験がほとんどないという話だけは聞かされていた帰代だが、全く察しがつかないほど関わりのないものだったとは。特別な事情があるのだろうと、今まで恋愛相談中も言及して来なかったことが裏目に出てしまったらしい。
普段ならば全面的に神無の肩を持って縞斑を非難する帰代は、聖の視線と自身の良心に応えて助け舟を出すことにした。
「……神無は縞斑にそういうことをされて、どう思った?嫌だったか?」
「……いやじゃない、けど……しらないから、失敗したらどうしようって…………」
天才を自称する神無は、極端に失敗を恐れるきらいがある。
それはおそらく彼の生い立ちに関わる問題で、神無は優秀であることで自身や周囲の評価を守ろうとしているのだろう。
そんな彼にとって未知は恐怖だ。
縞斑はうんと年上なのだから身を任せてしまえば良いと思うところだが、万が一失敗をして縞斑の愛想が尽きてしまったらと考えたのだろう。
「練習……練習しなきゃ、上手い人に教えてもらって、先輩の前で恥かかないように……っ」
神無の感情の背景を帰代たちが考えているうちに、なにやら彼はよろしくない方向に思考の舵を取り始めているようだ。
このまま放っておけば間違いなく彼らの関係は拗れることだろう。相手が犯罪者であるという心配はあれど、可愛い後輩の悲しむ顔を見たくないという思いがふたりにとっては最優先だった。
「三十一ちゃん、ちゃんと話し合わなきゃだめだよ」
「ひじりせんぱい……」
震える神無の手を取って聖がそう嗜めれば、途方に暮れた彼が顔を上げる。涙の滲む目元を撫でた聖は、そんな彼に言い聞かせるようにゆっくりと語り掛けた。
「そもそもセックスはひとりですることじゃないし、練習するにしても彼とした方がいいと俺は思う」
「でも、」
「他の男に練習で抱いてもらったって彼が聞いたら、どう思うかな?」
「……それ、は…………」
自分が同じ立場だったら、自分以外の人間に体を預けたことにショックを受けるだろうし、そこまで追い詰めてしまったことを後悔するだろう。
縞斑の気持ちを考えろと諭されて俯いた神無は、胸の前で両手を握りしめてきゅうと唇を噛む。
「先輩……怒ってないかな……」
「これは俺が話を聞く限りだけど、怒ってないだろうね。……むしろ大好きな三十一ちゃんに嫌われたくなくて慎重になってるから、彼から君に触る勇気が無いんだと思うよ」
神無が相手ならば言いくるめて流そうと思えばできたはずだが、縞斑はそうしなかった。
それは神無のことを心から大切にしたいと思っているからで、だからこそ今も躊躇っているのだろう。ふたりのぎこちない距離感は、縞斑の愛の証明とも言える。
聖の言葉を聞いた神無は、縞斑と正面から向き合ってもう一度話し合おうと決意して席を立った。
「……俺、先輩と話してくる」
「うん、行ってらっしゃい」
「聖先輩、帰代先輩ありがとう!おやすみ!」
「おやすみ、神無」
端末を手に自室へいそいそと戻っていく神無の背を見送ったふたりは、振っていた手を収めて顔を見合わせる。
「これで解決すると思う?」
「さぁな。アイツがヘタレでないことを祈るばかりだ」
「あー……なら大丈夫だね。たぶん直談判に来たら腹括るだろ」
一時はどうなるかと頭を抱えたが、神無が正面から自分の気持ちを伝えれば拗れる心配はないだろう。
早めに縞斑に会いに行けるようにと考えた帰代は、スケジュールを確かめて神無の帰る予定を立て始める。
そんな彼のフォローを見守った聖はふと、コーヒーを啜りながら思いつきで口を開いた。
「ついでに翌日休みにしてあげたら?」
ぴしりと空気が凍る。
顔を上げた帰代は『複雑』と顔に書いていて、まだ彼は神無と縞斑の関係に納得していないのだと察した聖は苦笑いを浮かべた。
それはそれとして、神無のことを助けてやりたいとは思っているのだから難儀なものだ。
「ごめんよ、冗談だって」
「……ふざけるな」
「だからごめんってば、そりゃまぁ娘の性事情赤裸々に知りたい親なんていないよな」
「…………うるせぇ」
俯く帰代の肩を叩いて慰めた聖は、これが親心というものかと新たな知見を得るのだった。
終