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やさしいてのひら

全体公開 刑事探索者 3 21 3281文字
2025-03-12 21:25:08

☕さんにマッサージを教わる🎃さんで被験者は🐸さん。ほんのりカルみと匂わせ。全年齢。
ネタバレは特にありません。

やさしいてのひら

 夕食を終えた宿舎の夜。帰代はキッチンで洗った食器類を拭き上げて棚へ片付けていた。食器の触れ合う硬質な音の向こうから、リビングで話している声がふと耳に入ってくる。
「マッサージかぁ……それなら、この心さんが実地で教えてあげよう」
「本当に? ありがとう、聖先輩!」
 思わず手に持っていた皿を落としそうになった帰代は、何とかそれを食器棚へ仕舞うと即座にリビングに向かった。
「おい! 聖お前何する気だ!?」
 ソファに座っていた聖が振り返りつつ首を傾げる。その隣で神無が同じように帰代を振り仰いだ。
「帰代先輩、どうしたの?」
「何って、神無ちゃんがマッサージのやり方を教えて欲しいって言うから……ああ!」
 言いながら何かに気付いた聖が、にんまりと性質の悪い笑みを浮かべる。
「なるほど、変ちゃんってばエッチなんだからぁ~」
「はぁっ!? お前が神無に如何わしいことをしようとしてたからでしょうが!」
「別に如何わしいことなんてしようとしてないよ? ね、三十一ちゃん?」
 帰代がなぜ威嚇するように聖に詰めよっているのか分からない様子で、神無はこくこくと肯く。
「聖先輩は医学にも詳しいから、良いマッサージ方法を教えてもらおうと思って……
「こいつに実地で教わるとか、ろくなことにならないからやめときなさい!」
 純情な後輩を毒牙にかけてなるものかと、帰代は神無の両肩に手を置いて真剣な表情で忠告した。そんな風に心配されている神無はといえば、まだ帰代が何を危惧しているのかわかっていない様子でおろおろしている。
 そんな二人を見て、聖は小さく噴き出した。
「そんなに心配なら、変ちゃんに練習台になってもらおう。俺が怪しい動きをしたら、変ちゃんなら即反撃するでしょ?」
 聖の言葉に「当然だ」と返してから、帰代は少し考える。
 おそらく、神無は純粋にマッサージを習いたいのだろう。聖はその知識や技術を持ち合わせているが、悪用しない保証がない。しかし、帰代が一緒なら聖もあからさまなセクハラはできないはずだ。
「わかった。ただし、変なことをしたらその無駄に整った顔が一週間は見られないものになると思え」
「おお、こわ。大丈夫、心さんの顔はきっと男前なままだから」
 身体を震わせる演技をして見せた聖は、笑って廊下の方を指さした。
「じゃあ、とりあえず変ちゃんはお風呂に入ってきて。湯冷めしないようにしっかり着込んでここに戻って来てね」
 帰代が言われた通りに入浴を済ませてリビングへ戻ると、聖は待っていたとばかりに手招きした。
 促されるまま聖と神無の間に座った帰代に、聖は「それじゃあ始めていくよ?」と声をかけて手を伸ばした。帰代の腕を取り、長袖を二回ほど折る。
「神無ちゃんはそっちの手ね。基本的に俺の真似をすれば良いから」
「わかった」
 神無が反対側の腕を取り、同じように袖を折る。
 警戒しつつもされるがままだった帰代は、次いで聖が手にした物を見て徐々に己の勘違いを悟り始めた。
「香りが付いたのもリラックス効果を狙うなら良いかもしれないけど、好みや仕事の関係とかがあるから無香料のが無難だな」
「確かに」
 青い缶に白いロゴのそれは、ドラッグストアなどでよく見かける物――ハンドクリームだ。帰代も赤切れが酷い時などに使うことがある。
「普段使うよりも少し多めに取って、自分の手であっためてから満遍なく塗ってね」
 聖が体温を馴染ませたハンドクリームを、丁寧な手つきで帰代の手に塗り込み始める。それを見ながら、神無も「オッケー」とその動きを真似た。
 手のひらの皺や指紋の溝一つ一つに染みわたるように、親指がゆっくりと手のひらの表面を押し撫でていく。水仕事で荒れた指先や、拳銃で出来た胼胝も痛くない程度の力で触れられた。
「それじゃあ、本格的に始めていくよ――ハンドマッサージ」
 面白がりながら反応を窺う聖の視線に、帰代の眉尻がぴくりと跳ねた。
 服を着たまま、手にしか触れないハンドマッサージならば、帰代の危惧したようなセクハラは起こらない。しかも場所はいつ誰が顔を出すか分からない宿舎のリビングだ。
……
 むすりと黙り込む帰代に小さく笑い、聖は両手を使って手首から手のひらへ向けてマッサージを始めた。
 主に親指を使い、クリームの滑りを利用して指圧しながらゆっくりと指を動かす。緩やかな熱を伴った感覚が、手のひらからじんわりと伝わってきた。
「強さはどう? 痛くない?」
「ああ。神無はもう少し強くしても大丈夫だ」
「そう? このくらい、とか?」
 神無の柔く撫でる程度だった力加減が、痛みを覚える寸前の心地良いものに変わる。僅かに目を細め、帰代は「ああ、丁度良い」と答えた。
 しばらくそうして力加減などのやり取りなどをしていたが、マッサージが進むにつれて指摘も不要になってくる。聖が指導し神無が質問したり返事をしたりするのが聞こえては来るが、その内容が意味をなさずに耳を素通りしていた。
 指の先までじっくりと指圧され解されていく手のひらは、じわりじわりと温かくなっていく。風呂上りなのも合わさって血行が良くなり、酷く心地良い。
「指先は神経が集中していて敏感な部位で、でも酷使されやすい。だからこうしてマッサージして労わってあげると、すごくリラックスできるんだ」
「へぇ~」
 そんなやり取りも、帰代の耳には入ってくるが聞き取れてはいなかった。
 寝入ってはいない。目はちゃんと開いているし、座った姿勢も維持している。ただ、外部から入ってくる視覚情報や聴覚情報はほぼ未処理のまま放置されていた。思考は停止しているというか、何も考えておらずぽっかりと空白になっている。
 ぼーっとしている、と表現するに相応しい時間を揺蕩っていた帰代の意識は、ぽんぽんと軽く手の甲を叩いた聖の声に引き戻された。
「終わったよ、変ちゃん」
 はっとした帰代の視線が焦点を結ぶ。
 その様子を見ていた聖は、ふっと微笑んだ。ティッシュで余分なクリームを軽く拭きとりながら、神無に話しかける。
「初めてなのに上手だったね」
「そう? だらだら先輩にも効くかな?」
 その台詞を聞いて、神無がなぜ聖にマッサージを習おうとしたのかの理由に思い至った帰代は、折角の良い気分が急降下するのを感じた。
「変ちゃんがこんなにリラックスしちゃうんだから、きっと効果抜群だよ」
「そうかな……帰代先輩、どうだった?」
 ここで素直に気持ち良かったと答えれば、自信をつけた神無は同じマッサージをあの気に食わない男にも施すのだろう。阻止してやりたい思いはありつつも、目の前で帰代の反応を窺っている健気な後輩を嘘で悲しませるわけにもいかない。
「ああ、上手かったと思うぞ」
「良かったぁ~」
 ほっとした表情で胸を撫で下ろす神無に微笑みかけつつ、帰代はふと思いついたこと――例の男に対する嫌がらせに近いそれを口にする。
「一回だけじゃ練習には心許ないだろう? 今回の滞在中、何度かやってみたらどうだ? 俺で良ければ付き合うし、他の連中も喜んで練習台になってくれると思うぞ」
「確かに! ありがとう、帰代先輩。他の先輩たちにもお願いしてみる!」
 やる気に満ち溢れた顔で頷く神無に、帰代は「頑張れよ」と励ましの笑みを向けてその肩を叩いてやる。
 そんなやり取りを眺めつつ、本番相手の心情を思い遣った聖は内心密かに手を合わせ、苦笑するのだった。


(あとがき)
 後日、🎃さんは無事にだらだら先輩にマッサージをしてあげられました。その時に無邪気な笑顔で「宿舎の先輩たちでいっぱい練習したから!」と言って、先輩をとても複雑な気分にさせることでしょう。🐸さんの嫌がらせ成功w
 ちなみに☕さんはきっと如何わしい方のマッサージもできるはず……でもそっちを🎃さんに仕込んだらだら先にも🐸さんにも半殺しにされることは確実なので、たぶんやらないと思います。


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