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甘味の代替案

全体公開 神無三十一受け 11 17 3226文字
2025-03-19 16:53:07

カルみと 疲れた日の話
シナリオネタバレあり

 

 「ただいま……

 返事が返ってこないと分かっていても、つい癖になったその言葉は家に帰れば思わず口にしてしまう。
 しんと静まり返った薄暗い廊下を眺めた神無は、拍車が掛かる心細さを紛らわすように抱えていた大きな紙袋を置くとその場にしゃがみ込んだ。

 「つ……かれたぁ……

 本日ドロ課に届いた通報は、変異したアンドロイドが起こした殺人事件だった。
 息子の兄の代わりにと購入された家庭用アンドロイドが故障し、廃棄に怯えて暴走してしまったのである。
 男性型アンドロイドの彼は家から逃げ出そうとする最中、それを引き留めようとした息子のことを誤って殺してしまったのだ。
 本人に殺す意思は無かった。押し除けた先に運悪く階段があり、転がり落ちてしまった彼の打ちどころが悪かったのである。
 神無たちが駆けつけたときには、弟を殺してしまったショックによってアンドロイドは自己破壊を行ったあとだった。

 「……落ち着け。引っ張られるな」

 人間の弟を手に掛けてしまったアンドロイドの兄。その情景を自身の過去に重ねてしまうのは、神無にとって仕方のないことだ。
 調査を行う間はどうにか平静を繕っていた神無だが、その反動で抱いてしまった疲労はいつもの比ではない。

 「……?」

 そうして玄関先で神無が膝を抱えて俯いていると、部屋の奥からかたんと物音が聞こえた。
 同時に感じた人の気配に気がついた神無が慌てて顔を上げれば、リビングの扉がゆっくりと開いて見知った人物が歩いてくる。

 「おかえり、神無ちゃん」
 「だらだら先輩……?」

 いつも見に纏う黒の服とは違い、ゆったりとした部屋着に袖を通した彼はひらりと手を振って笑った。
 そんな彼を見上げてぽかんと口を開いていた神無は、はっと我に帰ると慌てて彼を問い詰める。

 「な、なんでここにいんの?しばらく忙しいって言ってたじゃん!」
 「そうだったんだけど、少し仕事の手が空いたから顔を見たくなってね」

 そう答えた縞斑はふと、神無が玄関先に置いた紙袋へ視線を落とした。
 彼の動きに気がついた神無は慌てて腕の中にそれを隠すが、中身におおよその見当がついていた縞斑は思わず眉を寄せる。

 「それ、一日で食べるつもり?」

 紙袋の中は全てスイーツだった。
 焼き菓子や洋菓子や和菓子など、ただ目についたものを引っ掴んで買ってきたのだろうと推測ができるほどの統一感の無さだ。
 指摘された神無はばつが悪そうに顔を顰めると、ぱっと縞斑から目を逸らす。その仕草からは罪の自覚がありありと感じ取れた。

 「……先輩には関係ないだろ」
 「そうね。確かに俺は、君の食生活にとやかく言えるほど健康に生きてる自信がない」

 普段から隙あらばジャンクフードを食べようとしてアサギリに叱られている縞斑には、甘いものを大量に買い込んだ神無に対してたいそうな説教を言う資格がないだろう。
 懐かない野良猫のように小さく鼻を鳴らした神無は、そのまま縞斑を突っぱねようと口を開く。

 「分かったならはやく、」
 「けれど、俺は君の恋人だ」

 神無の言葉を遮って、縞斑はきっぱりとそう告げた。
 関係ないと言われて大人しく引き下がれる立場ではないという意味を込めた言葉に押された神無がぐっと口ごもった隙をついて、縞斑は彼の逸らした横顔を見つめたまま言葉を続ける。

 「だから……その甘いものたちで得られる幸せに代わる提案をすることができるかもしれない」

 甘いものを取り上げられるかもしれない。叱られるかもしれない。そう身構えていた神無は、その言葉に驚いて目をぱちくりと瞬いた。
 顔を上げれば、こちらを見つめる縞斑と視線が絡む。
 ここに来てからずっと縞斑は自分から目を逸らしていなかったのだと、神無はようやく気がついた。

 「……どういう意味?」

 おそるおそる尋ねれば、ふっと笑った縞斑はキッチンの扉を指差す。
 そこには灯りがついており、しゅんしゅんと鍋の煮える柔らかな音と良い匂いが漂っていた。

 「もうすぐスープができる。食べ終わる頃には、風呂も温まるだろう」
 「……、」
 「体を温めて、アサギリちゃん直伝のホットココアを飲んで……俺を抱き枕にして眠るなんてどうかな?」
 「え……?」
 
 名案だと言うように縞斑が提案したそれはつまり、神無が望めばこのまま一緒に過ごしてくれるという誘いだった。

 「なんだよ、それ……
 「幸せだと思わない?」
 「自分で言うなよ……

 縞斑にとってそれはきっと、たまたま時間に余裕があるから切り出した何気ないものだったのだろう。
 今回の事件はスパローに協力申請をしていないため、彼は神無が何故甘いものを買い込んでいるのかという理由すら知らないはずだ。
 ただの偶然だとは分かっていても、弱った心を抱える神無にとって、大切な人が何も聞かずにそばに居てくれるという提案は願ってもないことだった。

 「……先輩って料理できるの?」
 「これでも昔は一人暮らしだったし、神無ちゃんの家には優秀な圧力鍋がいるからね」
 「はは……先輩の腕前関係ないじゃん」

 ささやかな抵抗を示す声は情けなく震えていて、唇をぎゅっと噛んだ神無は堪えきれず縞斑の胸に顔を埋める。
 両手でそれを受け止めた彼の腕の中は温かくて、自分が思う以上に体が冷えきっていたのだと思い知った。

 「……お菓子は日持ちするから、」
 「うん」
 「だから、今日は先輩がいい」

 ぐりぐりと額を押し付けてそう呟けば、嬉しそうに笑った縞斑が優しく神無の頭を撫でる。

 「分かった。じゃあ、手を洗ってご飯にしようか」
 「……うん」

 鼻を啜った神無は、溢れそうになる嗚咽を堪えて小さく頷く。
 泣き出してしまった神無の目元を拭った縞斑が何も尋ねることはなく、俯く神無の手を引いて洗面所へと彼を導くのだった。

 ※
 
 その日の夜、泣き疲れてようやく眠りについた神無の背を撫でていた縞斑はふと、サイドテーブルに置いた通信端末にメッセージが届いたことに気がついた。
 手に取って画面を開いた縞斑は、慣れた様子で相棒から送られてきていた仕事の進捗報告に目を通す。
 了解と打ち込んだ彼は『ディーノに教えてくれてありがとうと伝えて欲しい』と入力すると、『明日戻ったら今日投げ出した仕事も必ずやるから』と付け加えて送信した。

 ディーノから神無の異変について連絡が届いたのは、昼頃の彼らが事件の通報を受けた直後のことだ。
 事件の詳細を知れば、神無がどうして心を痛めているかなど明白だった。
 自身を殺そうとして出来なかった兄と、誤って殺してしまった事件の加害者。その姿を重ねてしまった彼は、すっかり心が磨耗してしまったのだろう。

 「……ひとりだと、余計なことまで考えてしまうのが人間だからね」

 疲れを癒して悲しみを忘れるために甘いものを大量に買い込んで、ひとりで食べるつもりだった彼に間に合ってよかったと胸を撫で下ろした縞斑は神無の額にキスをする。
 それとほぼ同時にぱっと画面が光り、アサギリからの返事が来たことを端末が知らせた。
 通知の画面を確かめれば『詳しい仕事の話は明日します』と手短に綴られている。
 おそらく長い時間縞斑が画面を開いて、眠っている神無を起こしてしまうことを危惧しているのだろう。
 仕事を投げ出して恋人の元へ向かった縞斑に多少の小言は言いたいだろうに、それでも神無の心配が勝る彼の優しさに縞斑はふっと笑みを漏らす。

 「……おやすみ」

 明日からまたしばらく、仕事に追われて顔を見ることが叶わなくなってしまう。
 そう考えた縞斑は、穏やかなその寝顔と柔らかな匂いを補給するように強く抱きしめるのだった。



 


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