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夜は恋い寝る君の花

全体公開 1702文字
2025-03-25 05:24:08

優しさに絆されてしまう話

 情報屋さん、と呼びかける声に足を止める。声が聞こえた方角を向けば、娼館の窓から椿が顔を出して手を振っていた。
……ああ、どうも」
なんとなく手を振り返す。
「椿、話をするなら中でしなさい」
 門前を護る男衆に言われ、情報屋は草花楼に成り行きで入ることになった。
……何となくで来ちゃったけど」
 一階の広間は珍しく人が居なかった。まだ営業時間ではないからなのか、此処によく居座っている女将も居ない。
「私のほうこそごめんなさい、つい声をかけてしまって」
「何か用でも?」
「いいえ、特別用があったわけじゃないけれど……情報屋さんさえ良ければ、寄って貰えないかと」
「そんな理由で呼び込んでいいの」
 仮にもここは高級娼婦の店だ。易々と人を呼んでも、来てもいけないような気がする。そう思う情報屋は既に来てしまっているが。
「貴方だからですよ。女将も信頼してますから」
「信頼、ねえ」
 こんな治安の悪いところで信頼も糞もあるのか。雨宿りの件もそうだが、本当にこの人たちは人が好すぎる。
「私の部屋、来てください」
……拒否権は勿論」
「お暇なら寄ってくださいな」
……分かったよ。行く」
 その気はなくとも来てしまうのは、やはり彼女の優しさに絆されている証左だろう。情報屋は大人しく椿の部屋へついて行った。
……それで、何するの? 金ならあるけど」
「とは言っても抱く気は無いのでしょう?」
「君に呼ばれたから来ただけだし」
「可愛いひと。ほら、そこで立っていないで、こちらに」
 先に部屋に上がり込んだ椿が、床を軽く叩き、情報屋に隣へ座るよう促した。この娼婦、本当に危機感が無い。情報屋は嘆息しつつ、どかりと座った。
「君のそういうとこ、心配になるんだけど」
「あら、心配してくださるの?」
「大体。人間だって所詮その辺の獣と同じ生きものなんだよ? 常に理性的であるとは限らないし、特にこの辺みたいな治安の悪いところは性欲しか無いような奴らが出歩いてるようなもんだから、例えそれが僕みたいな面識ある輩でも君は少し警戒心を……
「情報屋さん、柄にもなく饒舌ですね」
 笑い交じりに椿は指摘する。そう言われて情報屋は喋りすぎたことを多少悔やんだ。
「ごめん、煩かったね」
「いいえ。貴方のそういうところを見ることが出来るのは、中々ないだろうと思い」
「そうかもしれない、けど」
「疲れてませんこと? よければ膝を貸しますよ」
……別に僕は」
「良いんですよ、ここでは気を抜いて。私はただ、こうしたいだけですから」
 少しの逡巡ののち、情報屋は姿勢を崩して頭を椿の膝に載せた。
……掌で踊らされてる気分」
「私は嬉しいですけれど」
「買うつもりないから本気にしないでね?」
「構いませんよ。髪、触ってもいいですか?」
「好きにしなよ」
 では、と椿は膝に流れる銀糸に指を通した。絹を触るような心地だ。さらりさらりと髪を梳き、情報屋の額に手をかけた。
「綺麗です」
……そう」
「貴方のことを言っているのですよ?」
「分かってるよ、うん」
 容姿への賞賛も、椿からのものであれば不思議と嬉しい気持ちになれた。髪を触られる感触が、頭を撫でる手つきが心地よく、情報屋は微睡みはじめた。仄かに香る匂いに少しずつ心は安らいでいく。

□□□□□□□□

 覚醒する頃には、夜もすっかり深くなり、月明かりが輪郭を照らしていた。
「ん……
 枕はいつの間にか膝から別のものに替えられており、椿は情報屋の隣で眠っていた。
……
 起こさないように、静かに椿の寝顔を見つめた。一銭も出さない、抱く気のない相手に時間と心を割いている彼女に少し後ろめたさを感じた。
「僕相手にここまでする必要、無いのに。どうしてこんなに関わってくるの、君は」
 投げかけた問いに、返事はない。眠る前にしてもらったように、情報屋は椿の髪に手を伸ばす。だが、こんなことをしても良いものだろうか。愛しさに似た気持ちで触れる資格は、自分にはあるのだろうか。伸ばした手を引っ込め、情報屋は再び眠りに落ちるまで椿の寝顔を眺めていた。


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