カルみと 子猫を拾う話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
霧雨が降る春のある日、二人は雨の中で一匹の子猫を見つけた。
飼い主に捨てられたのか、それとも親と逸れてしまったのか、ゴミ捨て場の隅で蹲るその鳴き声に神無が気付いたのだ。
「……この子、連れて帰ってもいいかな」
そう呟いた神無は、パーカーを脱いで子猫を包むようにしてそっと抱き上げる。
彼の腕の中を覗き込めば、寒さと空腹で随分弱った様子の小さな三毛猫が震えていた。
「飼うつもり?」
「それは……仕事で帰れないときもあるし、家に俺しかいないから難しいけど……」
「……だとしたら無責任じゃない?」
縞斑の言葉が意地悪ではないことは、神無にも良く分かっている。
その先の面倒を見る確証もないまま保護して、結局人間の都合で投げ出されてしまったら子猫はまた絶望することになるだろう。
命を預かる覚悟がないなら優しくするべきではない。縞斑の言葉はもっともで、こくりとひとつ頷いた神無は俯いた。
腕の中には、止んだ雨と包まれた温もりに困惑の鳴き声を上げる子猫の姿がある。その弱った声を聞いていた彼は再び顔を上げると、縞斑とまっすぐに視線を合わせた。
「そうだけど……でも、このままじゃこの子は死んじゃうだろ」
「……そうだね」
「見つけた以上……見ないふりはしたくない。その後のことは、この子が助かってからちゃんと考えるから」
このまま放置すれば子猫は間も無く死ぬだろう。
手を差し伸べれば救えるかもしれない命を前に見ないふりができるほど、神無は切り替えのできる人間ではなかった。
ちらりと縞斑は、神無の腕の中の子猫に視線を落とす。
弱り具合から推測するに、生きるか死ぬかは半々といったところだろうか。
それを知ってもなお乗り気ではない縞斑だが、同時に彼は神無の諦めきれない性分も理解していた。
「後悔しない?」
「……ここに置いていくよりは、しない」
「…………なら仕方ないか」
そう言われてしまうと置いていけとも言いづらい。ため息を吐いて諦めた縞斑はジャケットを脱ぐと、子猫にパーカーを貸したせいで薄着になってしまった神無の肩に掛ける。
「帰ろう」
「……うん」
両手の塞がった神無に傘を差した縞斑は、ここから一番近いのは神無の家だと判断して彼の背を軽く叩いて歩き出すのだった。
※
あのあと帰宅した神無と縞斑は、子猫の濡れた体を乾かして暖かい部屋に寝床を作ってやった。
道中に買った子猫用ミルクを飲ませて、ようやく震えの止まった小さな命を前にできる限りの手は尽くしたつもりだ。
あとはこの子猫の生命力次第だと話して寝室で眠りについたふたりだったが、真夜中にふと目を覚ました縞斑は隣に神無がいないことに気がついたのである。
「神無ちゃん…?」
声を掛けても返事はない。
不審に思った彼が周囲の気配を辿れば、階下からことんと微かな物音が響く。
どうやら神無はリビングにいるらしい。
身を起こした縞斑は無意識に足音と気配を忍ばせると、階段を降りてリビングをそっと覗く。
「……みつけた」
「あ…せんぱい……?」
探していた姿は、床に敷いた毛布の上にあった。
春先の夜はまだ肌寒く、体の弱い神無にとって底冷えするリビングの床で眠るなど以ての外だ。
神無本人も自分の体調や縞斑の心配を理解しているのか、悪戯が見つかった子供のような表情で気まずそうに振り返る。
悪いことだと分かっていながら踏み込んだのならば、それ相応の理由があるのだろう。そう考えた縞斑は大体の予想はあるものの直接話を聞こうとそばに腰を落とした。
「こんなところで寝たら風邪ひくよ」
「……うん、でも…」
口ごもった神無は、枕元に置かれた小さな寝床の中を覗き込む。そこでは丸くなった子猫が小さな寝息を立てていた。
心配そうに眉を寄せて子猫の頭を撫でた神無は、その上下する腹から視線を逸らさないまま呟く。
「心配だから、一緒に居たくて」
「……そう」
やれる限りのことはした。あとは子猫の生命力次第で、そこには人間の干渉する余地がない。
神無がそばにいようといなかろうと、子猫の命運は変わらない。その言葉が神無を傷つける心のないものだと分かっていても口にすべきだと縞斑が葛藤していると、そんな縞斑の顔を見上げた神無が小さく笑った。
「先輩がこの子を拾うの止めた理由は……ちゃんと分かってるよ」
「……、」
「助からないかもしれないからだろ?」
縞斑の見立てでは、子猫が夜を越えることが出来る確率はかなり低いものだった。
それほどに子猫はひどく弱っており、そんな潰えてしまった小さな命を前に悲しむ神無の顔を見たくなかったのだ。
そうなるくらいならいっそ、どれだけ厳しい言葉を使ってでも無責任だと言い聞かせて子猫をあの場所で見殺しにするべきだとあの時の縞斑は思っていた。
「……だって、君は子猫じゃないからね」
「はは…そこまでお見通しかぁ」
神無が子猫を放って置けなかったのは、単に彼がお人好しだったからだけではない。
彼は路頭に迷って震える独りぼっちの小さな命に対して、自身の姿を重ねていた。その自覚もあったらしい彼は困ったように笑うと、眠る子猫の顔をじっと見つめる。
「……ひとりは寂しいからさ、そばに居てやりたいんだ」
「その先に……悲しい結末が待っていても?」
果たして神無は、感情移入をした小さな命が死ぬかもしれない事実に耐えられるのだろうか。
測りかねて尋ねた縞斑を見上げた神無は、しばらく思い悩むように俯いていたが、やがて小さく笑って縞斑の温かな手を握った。
「そうだとしても、拾わなきゃ良かったとは思わない。……思いたくない」
「……そっか」
そうなってしまったとしても、せめて最後に少しでも暖かい場所で過ごした記憶を残してやりたい。
それは神無のエゴに他ならないが、縞斑にとっては自分の言葉に揺らがないそれが成長の証のように思えた。
「それなら、俺も付き合おうか」
頷いた縞斑は腰を下ろすと、神無の隣で横になる。
冷えた体を温めるように抱き抱えれば、ぱちぱちと目を瞬いた神無は気を遣うように抱きしめる縞斑の手を手のひらで撫でた。
「ベッドで寝てていいよ?」
「ひとりは寂しいでしょ」
「それは……うん、ありがと」
神無が子猫に寄り添いたいと理由と、縞斑がそんな神無に寄り添う理由は似ているのかもしれない。
眉を下げて小さく笑った神無は、素直に自分を抱きしめる温もりに背中を預けて目を閉じた。
二人分の体温に包まれた神無は、とろとろとした穏やかな眠気を覚える。
「明日、一緒に貰い手を探そう」
「……うん」
だからもう眠っても大丈夫だと頭を撫でる縞斑の言葉に頷いて、神無は優しい微睡みの底に落ちていくのだった。
※
翌朝。差し込む太陽の眩しさと、床で眠った鈍い腰の痛みで縞斑は目を覚ます。
腕の中の神無を確かめた彼がゆっくり視線を持ち上げれば、そんな神無の枕元に小さな毛玉が丸まっていることに気がついた。
「……生きてる…」
ぷす、ぷす、と元気な寝息を立てて神無の頬に寄り添っているその三毛猫は、昨日の弱った姿から見違えるようだ。
柔らかな感触にほっと息を吐いて眠り続ける神無を一度抱きしめた縞斑は、手を伸ばして子猫の頭を撫でる。
撫でられたことが嬉しいのか、夢の中でころころと喉を鳴らす子猫の寝顔は呑気なもので、思わず縞斑は小さく吹き出して笑った。
「……お前、命拾いしたね」
「ぷ、」
神無と子猫が起きたら、改めてアサギリを呼んで動物病院の手配をしよう。
貰い手を探す方法を考えて、子猫が幸せに生きる道を考えてやらなければならない。
やるべきことは目白押しだったが、今はもう少しだけ彼らを眠らせてやろうと考えた縞斑は目を閉じる。
二度寝から目を覚まして最初に見るのはきっと、嬉しそうに笑う神無の顔だ。
そんな楽しみを抱いた縞斑は微笑むと、ふたつのぬくもりを包んで再び微睡みに身を任せるのだった。
終