カルみと 事後
エイプリルフールの話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
「先輩に何か嘘ついて驚かせよーって思ってたんだけどさ、結局何も決まらなかったんだよね」
肩からシーツを掛けたベッドの上の神無は、まだ湯気の立つ温かいココアにふーふーと息を吹き掛けながらそう呟いた。
ベッドの縁に腰掛けてコーヒーを傾けていた縞斑はふと、そんな彼の言葉を聞いて視線を落とす。
「そもそも、もう昼過ぎだもんねぇ」
「そうなんだよ。先輩が激しすぎたから」
「君だってノリノリだったろ」
軽口を叩く神無の声は少しだけ掠れていた。
窓の外から差し込む太陽の日差しは穏やかで、枕元のデジタル時計は正午を過ぎた頃を表示している。
寝起きのふわふわとした頭を包む甘いココアを神無がじっくりと味わっていると、縞斑はそんな神無の寝癖を撫で付けながら首を傾げた。
「参考までに聞くけど、どんな嘘つくつもりだったの?」
「んー……ベタなやつだと『嫌い』とか」
「……昨日散々セックスしておいて?」
「ね。タイミング的に意味分かんないだろ」
翌朝声が枯れるまで愛を確かめ合ったというのに、起きた途端に罵倒をするのも可笑しな話だ。
いくらありがちな嘘とはいえ、あまりにも状況にそぐわない。目を覚ました神無の体調を真っ先に気遣って、こうして甘いココアを淹れてくれた彼には何の恨みもないのだから。
「そもそもさぁ、嘘でもそういう人を傷つけることって言うべきじゃないよなーって思ったらやる必要あるか?ってなるじゃん」
「神無ちゃんってそう言うところは育ちが良いよね」
神無と縞斑の口喧嘩はいつだって、罵倒の語彙力不足によって神無がヘソを曲げるところまでがセットだ。
教養や思考力は人並み以上にある神無だが、そういった低俗な言葉に触れる機会がないように黒田矢代や赤星透也が蝶よ花よと大切に育てて来たのだろう。
本人にもその自覚があるらしく、彼はふふんと誇らしげに胸を張った。
「パパと透也の教育の賜物だな」
「……なのに、なんで自分の気持ちには嘘つきまくるんだろうねぇ」
「そ、それとこれとは話が別だろ?!」
痛いところを突かれた神無は慌てた様子でげしげし、と縞斑の腰を軽く蹴る。
痛い痛いと軽い声色で笑ってそれを受け止めた縞斑は、動いたことで神無の肩からずり落ちたシーツを拾った。
所々に赤い痕の散らされた肌が冷えてしまわないようにシーツを掛け直した縞斑は、唇を尖らせる神無の頭をぽんと撫でる。
「俺はまぁ、このイベントが今でも根強い理由はちょっと分かるよ」
「理由?」
2050年になった今でも、4月1日は嘘をついて良い日というイベントが深く根付いている。
その理由がなんとなく分かると縞斑がぼやけば、神無は不思議そうに首を傾げた。きっと純粋な彼にはどれだけ考えても分からない話だと、縞斑は間を置くことなく言葉を続ける。
「もちろん嘘の種類は選ぶけど、素直に騙される子は見てて面白いし可愛いよね」
「うわ……でたでた、だらだら先輩の悪いとこ」
理由を聞いた途端顔を顰めた神無は、相変わらず底の見えない笑みを浮かべる恋人を見上げて唇を尖らせた。
「先輩さぁ、好きな子ほどいじめたくなるその癖は小学校までで卒業しとけよな。振り回されるこっちの身にもなれよ」
「ごめんねー、叩いたらよく鳴る恋人のせいでつい小学生で卒業したはずの悪戯心がぶり返しちゃってー」
「そういうとこはまじで嫌い……」
どうやら、神無のその感想は嘘ではないらしい。
散々神無を正論詰めして泣かせた前科を持つ縞斑はからからと笑うと、コーヒーを飲み干して神無の手の中の空のマグカップをひょいと持ち上げた。
そのまま流し台に置いて来ようと立ち上がろうとした縞斑だったが、意外にもそんな縞斑のシャツの裾をくんと神無が小さく引く。
「ん……どうしたの?」
「……んー…」
首を傾げる縞斑の腰にぎゅうと抱きついた神無の体は、いつも以上に温かかった。
ぐりぐりと腰に額を押し付けて甘える素直な神無の頭を撫でた縞斑は、彼はまだ寝ぼけているのだろうと考えて言葉を続ける。
「もう少し寝る?」
「んーん…」
神無がふるふると首を横に振った。
ふっと笑った縞斑は、一度神無に断って彼の隣に腰掛ける。大人しくそれを受け入れた神無は、改めて縞斑の胸に体を預けるとぽそぽそと話し始めた。
「……午後からは嘘ついたらだめって知ってる?」
「え?あぁ、確かにそんなイベントだったね」
エイプリルフールとは、午前中は嘘をついて良く、午後からは真実を話さなければならない日とされている。
イベントを正式に楽しんだことのない縞斑だが、話だけは聞いたことがあると頷けば、神無は俯いたまま縞斑の服をぎゅっと握りしめて呟いた。
「今したら……先輩が俺を気にして嘘つくこともないのかなーって思って」
「……、」
縞斑はいつも、神無の体を気遣って自身の欲を抑えていることを知っている。
我慢せずにぶつけて欲しいと何度も告げている神無だが、実際のところ体力のない神無が途中でくたくたになってしまうことも事実だった。
たまには我慢せずに自分の思うままに動いても良いのに。そんな風に余裕もなにもなくなって自分を求める縞斑の姿に、神無は少しだけ興味がある。
ちらりと伺うような視線が含む期待の色を見て、縞斑はゆるく口元に笑みを浮かべた。
「……試してみる?」
こくんと頷いた神無の肩を押してベッドに押し倒す。太陽の光が差し込む明るい室内で行為に及ぶ罪悪感と背徳感を抱えた神無がおずおずと顔を上げれば、にっこりと笑った縞斑がそれを掻き消すように唇へ触れるだけのキスを落とした。
「俺も気になるんだよね」
「ん……なに?」
「いつも気持ちいいのに、いやとかやだとか言う神無ちゃんが素直になったところ」
「…………え?」
縞斑の言葉に神無はぱちりと目を瞬く。
神無には全く身に覚えがない。けれど、他でもない縞斑が言うのだからそうなのだろう。
縞斑が神無の誘いに乗り気だった理由は、神無の気持ちを赤裸々に聞くことができる新たな趣向に興味を抱いたかららしい。
これでは縞斑の余裕を奪うどころではない。こんな状況で縞斑の余裕を奪ったら、自分は一体どうなってしまうのだろうか。
期待と不安に背筋が震えた神無は、慌てて自分を押し倒す縞斑の胸をとんと押した。
「ちょ……ちょっとまって、」
「それはできない相談かな」
「っ〜〜〜騙された!!」
「そっちが自分で墓穴掘って飛び込んだんだろ?」
まずいと思ったときにはもう遅い。
まんまと手のひらの上で転がされていたことに気がついた神無が不満の声を上げるも、軽くいなした縞斑はさっさと空気を塗り替えてその気にさせるのだから敵わない。
「そういうとこも嫌い……!」
「午後からは嘘ついたらだめなんじゃなかった?」
「本音だっつの!!」
「あはは」
ぎゃんぎゃんと負け惜しみを叫んでうるさい唇を塞げば、湯気でも吹きそうな勢いで真っ赤な顔の神無が俯く。
いつまでも初々しいその反応を愛おしげに笑った縞斑は、未だ廃れぬイベントに内心で感謝をして、思いがけず手に入れたふたりの時間を満喫することにするのだった。
終