カルみと ポケモンパロ
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
夜、幼子の啜り泣く声で縞斑は目を覚ました。
昨晩までずっと仕事が立て込んでいた縞斑は、ようやく明日は恋人との時間を過ごせそうだとアーマーガアタクシーに乗り込んで夜のうちに神無の家までやって来たのだ。
普段なら物音や気配ひとつで目を覚ます縞斑だが、疲れていたためかその日は今の今まで気が付かなかった。
二人で並んで眠ったベッドに神無の姿はない。壁越しに聞こえたエレズンの泣き声と人の気配を追って、縞斑は早足に隣室のリビングへと顔を出した。
「神無ちゃん……?」
部屋は電気が付いておらず薄暗かったが、夜目の効く縞斑には部屋の中の様子が手に取るように分かる。
リビングの隅では、神無がその腕に泣きじゃくるエレズンを抱えて蹲っていた。暗闇に目が慣れたらしい神無も、縞斑の姿を視界に止めたらしく驚いたように目を見開く。
「あ……せんぱい、ごめん…起こして、」
「それは気にしないでいいけど……電気つけるよ」
縞斑はそう一言断ると、部屋の間接照明にそっと触れた。
橙色の暖かな光に照らされた神無の顔は、ひどく疲れ果てて途方に暮れている。腕の中のエレズンをきゅっと抱きしめて、神無は消え入りそうな震える声で呟いた。
「なかなか泣き止まなくて、どうすればいいのか……もうわかんなくて…っ」
「……そっか。とにかく体を冷やしてしまうからベッドに戻って話そうか」
おそらく神無は、ここ最近まともに眠れてなかったのだろう。のろのろと頷いた彼がベッドへと歩き出す背を押して、縞斑は僅かに顔を歪めた。
基本的に現在発明されているポケモンボールは居心地が良いため、夜はボールの中で過ごすことが多いとされている。
ところがポケモンの中には、ボールの中で眠ることを嫌がる性格のものもいるのだ。中でも赤子ポケモンであるエレズンはそういった個体が多く、決まって夜泣きをしてしまうのだという。
神無のところで孵ったエレズンもそうなのだろう。どうやら神無は、今日まで縞斑に黙ってひとりで彼をあやして夜を過ごしていたらしい。
「ずっとこんな感じ?」
「ん……最近多いかな。本当の親が恋しいのかも」
ベッドに腰掛けた神無は、疲弊した様子で呟く。
今この間にも泣き続けるエレズンをあやすように小さく体を揺らす彼だが、その言葉は随分弱気だった。
「この子の親は俺たちでしょ?」
「そう……だけど、でも……人の都合でたまごのときに引き離したんだし、俺じゃ役不足なのかも……」
俯いた神無の頬を涙が次々に伝い落ちていく。
それを見上げたエレズンは、ますます不安そうに泣き声をあげて騒ぎ始めてしまうのだから悪循環だ。
念のために常に持ち歩いているボールホルダーの中で、縞斑のポケモンたちが小さく震えている。
彼ら彼女らも大好きな神無のことが心配なのだろう。そっと安心するようボール越しに撫でた縞斑は、神無の腕からエレズンを抱き上げた。
「俺が代わるから、神無ちゃん少し寝な」
「で、でも……」
「大丈夫。ちょっとそのへん散歩してくるだけだし、もしも困ったらちゃんと頼るから」
神無から離されたことがより不安なのか、エレズンは縞斑の腕の中で更に泣き叫ぶ。
そんな彼を心配して眉を寄せる神無だったが、縞斑はそう言い聞かせると神無の不安を嗅ぎつけてボールから出て来たらしいパルスワンに視線を向けた。
「神無ちゃんのそばにいてあげて」
頷いたパルスワンは、言われなくてもというように神無にそっと寄り添う。
心配そうに鼻を鳴らしてぺろりと頬を舐めた彼の温もりを、俯いた神無はきゅっと抱きしめた。
そんな彼らをベッドに寝かせて、縞斑は神無の家をそっと抜け出す。
「よしよし、俺とお散歩しよう」
腕の中で神無を探して泣いているエレズンだが、縞斑を完全に拒むつもりはないらしく感電は起こらない。
それを不安な彼なりの了承と受け取った縞斑は、ゆらゆらと腕の中の小さな温もりを抱えて夜の街を歩き出した。
エレズンの泣き声は赤子のように甲高く大きなものではないが、知らないふりをして聞き流せるものでもない。ましてや彼を大切に思う神無がそんなことをするはずもなく、毎晩付き合っていれば体を壊して当然である。
「お腹は……いっぱいだよね。少し前に食べて寝たし」
ぴぃと泣いて縞斑の胸に顔を埋める彼の背をとんとんと軽く叩きながら歩いていれば、夜行性のポケモンたちが泣き声を聞きつけてふらりと顔を出した。
種族が違っても幼いポケモンの泣き声に引き寄せられるのは、生き物としての本能なのかもしれない。
するりと、どこかの家のポケモンらしいブラッキーが縞斑の足に擦り寄った。腰を落として頭を撫でれば、彼はすんすんと泣いているエレズンの匂いを嗅ぐ。
「驚かせてごめんね。少しの間だけで構わないから、俺たちも夜に混ぜてくれる?」
夜行性のポケモンたちにとって、泣いているエレズンとそれを連れた縞斑は異物だ。
かといってあのまま神無の家に止まれば、きっと彼はエレズンの泣き声が聞こえる限り安心して眠りにつくことができないだろう。
元々夜を縄張りにしているポケモンたちの邪魔はしないから、というように話を持ち掛ければ、小さく鼻を鳴らしたブラッキーは許可するようにエレズンと縞斑に頬擦りをして歩いて行った。
柔らかな感触にようやく僅かな落ち着きを取り戻したエレズンを抱き直して、縞斑はふと顔を上げる。
「ほら、見てごらん」
彼の穏やかな声に促されて顔を上げたエレズンは、夜の街をひらひらと飛び回る蛍のような輝きに丸く目を見開いた。
それらはモスノウの群れだ。おそらく、春が訪れるこの街から雪原地帯へ渡っている最中なのだろう。
ふわふわ、きらきらと月夜に羽や鱗粉が反射して幻想的な輝きを見せる景色に、視線を奪われていたエレズンはやがてきゃっきゃと無邪気な笑い声を上げる。
どうやら、神無がそばにいない不安と不満からはどうにか機嫌が直ったらしい。背を叩く手を止めないままで、縞斑は夜道を歩きながらゆっくりと彼に話しかける。
「暖かくなったらキャンプに行きたいね」
「ぷぃ?」
「神無ちゃんのカレー美味しいからさ。また食べたいな」
「ぷ!」
縞斑の話す言葉を分かっているのかいないのか、鼻を鳴らすような鳴き声を上げたエレズンが縞斑の頬に頬擦りをした。
途端にぱちんと静電気が走って頬に小さな痛みが走るが、それが彼なりの愛情表現だということを分かっている縞斑は頭を撫でて受け入れる。
「そういえば、最近この辺りに美味しいパン屋さんだできたらしいよ」
「ぷ?」
「明日、神無ちゃんが起きたら一緒に買いにいこうかね。出掛けた方が気分転換になるだろうし」
「ぷぅ、ぷぃ!」
「大丈夫大丈夫、君もちゃんと連れてくよ」
そんな他愛もない話をぽつぽつと続けながら街を歩いていれば、次第に腕の中のエレズンから返事が聞こえなくなった。
そっと視線を下ろしてみると、そこにはすやすやと穏やかな寝息を立てて眠る彼の姿がある。
自分たちが生まれる瞬間から見届けた子供だと思うと愛おしくて堪らないが、形式上は神無の手持ちとして扱うしかなく、その負担が神無に傾いてしまうことも事実だ。
もう二度と、神無があんな風に泣いてしまうことのないように。そのためにもまずは今後の予定と仕事をアサギリと相談しなければならない。
「……ただいま」
玄関扉を音を立てずに開けてひそりと囁くように呟いた縞斑は、腕の中で変わらず眠るエレズンをポケモン用のベッドにそっと寝かしつける。
一瞬違和感を感じたのか眉を寄せて身じろぎをした彼だが、やがて再び規則正しい寝息を立て始めたことを確かめて縞斑はベッドに戻った。
「留守番ありがとうね」
神無の隣に伏せて眠っていたパルスワンが顔を上げて、縞斑の顔を一度ぺろりと舐めるとボールの中に戻っていく。
目の下に濃い隈を作ってすぅすぅと穏やかな寝息を立てる神無の頭を撫でた縞斑は、まだ夜明けまで時間があることを確かめてベッドに潜り込んだ。
「おやすみ、神無ちゃん」
彼が生まれたいつかの日のように、縞斑は神無の体をそっと抱きしめる。
寝ぼけた神無はその背に手を回すと、幸せそうにくすりと笑って再び微睡みに溶けていった。
終