第31回トワスト、テーマ「桜吹雪」作品です。制作時間60分。朝恵と真雅(ジェフ)の物語です。
@xxxyueyunxxx
春休みも、もうすぐ終わりになる。
そんなある日、朝恵は両親の営む衣料品店の隣で骨董品屋『清遊堂』を営む男、黄真雅に連れられて少し遠くの大きな公園へと来ていた。
「おにいちゃん。さくら、まんかいだね」
この公園には、桜がたくさん植えられている。今が盛りと咲き誇る花は、遠くから見るとまるで雲のようであった。
「そうだな。――少々盛りを過ぎている気もするが、零れ桜も良いものだ」
朝恵と手を繋ぎ、空いた手には荷物を持った真雅の顔を見上げると、真雅は笑っているようであった。
「……こぼれざくら? おにいちゃん、さくらはまんかいじゃないの?」
「満開だな。ただ、少し咲きすぎている気もする。――ほら、朝恵ちゃん。花びらが空を舞っているだろう? そういう頃合いの桜のことを、零れ桜って言うんだ」
真雅に言われてよくよく観察してみると、確かに桜の花びらはひらひらと、舞い落ちている。零れ桜。それはどこか綺麗な響きの言葉だと朝恵は感じた。それと同時に、真雅の知識の多さを、すごいと思う。絶対学校の先生よりも真雅は何でも知っていると、朝恵は確信しているのだ。
「朝恵ちゃんは、そろそろお腹が空いたんじゃないか? 花筵を敷いて、お昼にするとしよう」
「花むしろ?」
「レジャーシートのことだぜ。花見に来ているなら、こう呼んだ方が風流だろう?」
それはそうかも知れない。朝恵は大きくひとつ、頷いたのである。
お昼ご飯として、真雅は弁当を用意してくれていた。卵焼きに唐揚げ、金平ごぼうにおにぎり――どれも朝恵の好きなものばかりだ。
「食べられないものは無かったか?」
「だいじょうぶだよ、おにいちゃん。わたしのすきなものばかり」
「それは何よりだ」
朝恵がおにぎりをひとつ手に取って食べるのを、何故か真雅は緊張のおももちで見つめている。
「うめぼしのおにぎりだね、おにいちゃん。おいしいよ」
「それなら良かったぜ。それは、俺様の家で漬けた梅干しを使っているからな」
「おにいちゃんはうめぼしもつくれるの? すごい! わたしのいえでは、スーパーでかってくるんだよ」
「俺様、化学調味料の味があまり好きでなくてな。それで梅干しも、家で作っているんだ」
家で食べる梅干しとは全然味が違うが、とても美味しい。あっという間に朝恵はおにぎりをひとつ食べきってしまった。
「他もどんどん食べてくれよ。朝恵ちゃんが喜んで食べてくれると、作った甲斐がある」
「うん。ありがとう、おにいちゃん。おべんとうをつくってくれて」
割り箸を割りながら、朝恵は空を見上げる。先ほどから弱い風が吹いているが、その風で桜の花びらがはらはらと、舞い落ちていた。青い空に淡紅色の花びらが舞う様は、まるで絵のようであった。花の色が、空の青によく映えている。
「おにいちゃん。さくらの花びら、おちていくのもきれいだね」
「――お、朝恵ちゃんは桜の散り際の美しさもわかるのか? なかなか風流だ。俺様の美学には叶っている」
美学。――ときどき真雅が口にする、難しい言葉だ。真雅の表情は明るいので、悪い意味の言葉ではなさそうだが。
「その歳で花吹雪までも愛でられる。是非、他の花も共に鑑賞してみたいものだ」
「おにいちゃんといっしょになら、わたし、何でも見にいきたいな」
「……そうか?」
朝恵は真雅の顔を見上げる。真雅の白い顔は、ほんの少し桜色をしているように見えた。
「――これだけ桜吹雪が舞っているなら、あれも見られるかも知れないな」
「あれ?」
「後で見に行ってみよう。散歩がてらな」
あれとは一体何なのだろう。
何かわからなくとも、真雅の見せてくれるものなら何でも楽しみな、朝恵であった。
お昼ご飯を終え、片付けを済ませたふたりは、手を繋いでゆっくりと広い公園を歩く。
橋に差し掛かったとき、真雅は橋の下を指し示した。
「――予想通りだ。見事な花筏が出来ているぞ」
欄干の隙間から橋の下を覗き込むと、そこには桜の花びらが水面一面に広がっていた。花びらは水の流れに吹き寄せられ、流れていく。
「とてもきれいだね、おにいちゃん」
「そうだろう。これは花吹雪の舞う頃にしか、見られない景色なんだぜ。――上から見てみるか、朝恵ちゃん?」
真雅は何をするんだろう。上からは見てみたいが、小さな朝恵では背丈が足りないのに。
理解出来ていない朝恵に笑ってみせると、真雅は朝恵の身体を抱き上げてみせた。背の高い真雅に抱えられると、視界がだいぶ高くなる。
「すごい! 上から見るともっときれい! ありがとう、おにいちゃん! でもわたし、おもくない?」
「全然重くないさ」
真雅の顔も近くに見える――朝恵が真雅の方を見ると、鮮やかな笑みが返ってきた。
「ねえおにいちゃん。花いかだ、ちかくで見たら、どんなふうに見えるの?」
「そうだな。それは俺様見たことが無いな。――よし、見に行ってみるか」
「いいの?」
「ああ。あっちにボートがあるみたいだからな。それで見に行ってみよう」
真雅に下におろしてもらうと、また手を繋ぐ。
ボートに乗るのは初めてだ。ボートの上からの桜や花筏も、きっととても、綺麗なのだろう――
ゆっくり歩きながら、朝恵は花吹雪の舞う空を見上げたのであった。