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硝子一枚すらもどかしい

全体公開 神無三十一受け 3 16 2999文字
2025-04-11 15:54:16

カルみと 眼鏡の話(願望)
シナリオネタバレあり

 

 脱衣所の扉が開く音がして、ふわりと縞斑の頬を温かな空気が撫でた。

 「お風呂の栓抜いといたよー」
 「あぁ、ありがとう」

 リビングに顔を出した神無は、髪も乾かし終えたらしくほかほかと優しい熱に包まれている。
 曰く、本日どうしても欲しいスイーツの購入チケットを手に入れなければならない神無は、先に風呂に入っていてほしいと縞斑に一番風呂を譲って先ほどまでパソコンの前に張り付いていたのだ。
 無事に購入できたこともあり、風呂から上がってさっぱりとした彼は鼻歌混じりに機嫌良くキッチンへ向かうと、風呂上がりの水を飲んでリビングへ戻ってくる。

 「あれ、先輩が眼鏡かけてる」

 そうして彼はふと、ソファに腰掛ける縞斑が眼鏡をかけて本を読んでいることに気がついた。
 彼の初めて見る姿を意外そうに眺めた神無は、身を乗り出して縞斑の膝に頭を乗せて仰向けで寝転がる。
 以前から足首まで伸びた長い髪によって異質な目で見られがちな縞斑だが、髪を切って薄い縁のある眼鏡を掛けた今の彼は正しく好青年の出立ちをしていた。
 見上げる神無の興味津々な視線を受けて、縞斑はそれまで読んでいた本をサイドテーブルに置くとまだ少しだけしっとりした神無の髪を撫でる。

 「見せたことなかったっけ」
 「うん。老眼鏡?」
 「さすがに俺もそこまでおじさんじゃないよ?」

 冗談を言う神無の前髪を掻き分けて軽く爪先で額を弾けば、彼はきゃっきゃと楽しげな笑い声を上げる。
 ふわりと香る爽やかな林檎の匂いは、きっと彼が愛用しているヘアオイルの匂いなのだろう。甘い匂いと温もりに包まれる神無は、いつもよりリラックスした様子で縞斑へと微笑んだ。
 サングラスを外した彼のアメジストの瞳が甘く揺らめく姿を目にすることができるのは、きっと自分だけの特権なのだろう。そんな優越感に小さく笑った縞斑は、神無の頭を撫でながら言葉を続ける。
 
 「見えないわけじゃないんだけど、夜に文字を見るときだけ掛けるようにしてるんだよ」
 「ふーん……

 視力の低下は戦闘において致命的な隙を作りかねない。そのため縞斑は、薄暗いところで細かい文字を見るときだけは眼鏡を掛けるようにしていた。
 ありふれた理由を聞いて納得した神無は、両手を伸ばすとそっと縞斑の眼鏡を抜き取る。縞斑はそんな神無の行動が予想の範囲内だったのか、特に咎める様子はない。
 そうして何気なく自分の目にそれを掛けて見せた神無は、レンズ越しに縞斑のぼやけた顔を見上げて思わず眉を寄せる。

 「ゔ……そのわりに結構キツくない?」
 「そう?神無ちゃん目が良いもんね」
 「だらだら先輩がぼやぼや先輩になってる」
 「更に気が抜けてそうな名前になっちゃったなぁ」

 けらけらと笑った神無は、それでも眼鏡を手放すことなく縞斑を見上げた。
 透明なレンズを隔てた紫の瞳が、ゆらりと輪郭を曖昧にして柔らかな弧を描く。

 「眼鏡姿の俺もイケメンだろ?」
 「うーん……普段からわりと何かを掛けた神無ちゃんは見慣れてるしなー
 「そこは頷いとけよ、恋人なんだから」

 普段からサングラス型コンピュータを掛けている神無の目は、何かに覆われている姿が常だ。
 既視感のある姿に縞斑が真剣に首をひねれば、精一杯格好をつけて笑っていた神無が不服げに唇を尖らせた。

 「……あぁでも、」

 子供のようにころころと表情の変わる恋人を眺めて微笑んでいた縞斑は、僅かに湧いた悪戯心に従ってそっと腰を折る。
 不思議そうに自分を見上げていた神無は、急に近づいた真剣な様子の恋人のかんばせに緊張して思わず口を噤んだ。
 小さく萎んだその唇に、ちゅ、と小さなリップ音を残して縞斑は唇を重ねる。顔を離して見下ろせば、そこにはぱくぱくと唇の開閉を繰り返す真っ赤な顔が出来上がっていた。
 赤が差して菫色から葡萄色に色付いたその瞳は、数日前の夜にベッドの上で橙の弱い光に照らされていた色に良く似ている。

 「こっちの方が神無ちゃんの瞳が綺麗に見えるね。キスはしづらいけど」
 「は……な、ん、」
 「ほら、あんまり掛けると目が悪くなるよ」

 唖然とする神無から眼鏡を抜き取って掛け直せば、それまでよりくっきりと見下ろした神無の姿が鮮明になった。
 緊張しているその顔を小さく笑えば、はっと我に返った神無が慌てた様子で照れ隠しの声を上げる。

 「ずるい!」
 「ずるくはないでしょ」
 「いーやずるい!ちょっと先に生まれたからって俺のことすぐ弄ぶ!!」
 「弄ばれる君にも落ち度はあるでしょ」
 「んぐぐ……

 今この瞬間のやり取りまで弄ばれていることに気がついた神無は、悔しげに押し黙って縞斑をきっと睨んだ。
 顔を赤らめたまま涙目で睨みを利かせても微塵も怖くはないが、これ以上揶揄ったらヘソを曲げた神無の機嫌を直すために今夜を費やすことになってしまうだろう。
 明日が週休である神無の予定に合わせて仕事を終え、ようやく手に入れた貴重な二人の時間だ。思う存分恋人を堪能したいと考えているのは、きっと縞斑だけではない。

 「俺の眼鏡姿は似合う?」

 話題を逸らそうとむくれる神無にそう尋ねた縞斑は、彼を見下ろして目に掛かる前髪を避けてやりながら微笑む。
 レンズ越しに甘く揺らめく翡翠の瞳には自分しか映っておらず、その優越感に神無の膨れた心が少しだけ満たされた。

 「……かっこいいけど、キスしづらい」
 「そっか。それなら外してくれる?」

 誘うような、試すような声色に促された神無は、やっぱりずるい、と小さく呟くと両手を持ち上げる。
 レンズに指が触れないように慎重にフレームに手を添えて眼鏡を外した神無は、丁寧に畳んでこれから始まる行為に巻き込まれないようサイドテーブルに避難させた。
 そんな彼の仕草を満足げに見下ろした縞斑はもう一度腰を折ると、期待に結ばれた神無の唇へそっと唇を寄せる。

 「ん、」

 ちゅ、ちゅ、と可愛らしいリップ音を何度も鳴らして、縞斑は触れるだけのキスを繰り返した。
 膝枕をしてもらった体勢でのキスはいつもと触れる場所が少しだけ違って、縞斑の動きが全く予想できない。

 「ん……っ、ん、ふ……ぅ、ん……!」

 咄嗟に縞斑の首に手を回して縋るように身を起こした神無を見て、小さく笑った縞斑はその体を支えるとソファの座面に押し倒した。
 それまで塞いでいた唇を解放してやれば、ぷは、と可愛い声を上げた神無が真っ赤な顔で息切れをする。

 「はぁ……っ、ふ」

 期待に染まる潤んだ瞳で縞斑をじっと見つめる神無はきっと、自惚れでなければ縞斑と体を重ねるこの時間を心待ちにしていたのだろう。
 初心なふりをしているが、しっかり縞斑に仕込まれたその体はキスだけで反応を示して赤く火照っていた。

 「お風呂でのぼせた?」
 「分かってて聞いてるだろ、ばか」

 赤い顔を茶化して笑えば、むっと眉を寄せた神無が縞斑を抱き寄せて挑発するように唇に噛み付く。
 そんな神無の誘いに乗って火照る肌に手のひらを這わせた縞斑は、艶やかな顔で啼く彼を見つめると、なんとしてもこれ以上視力を落とさないように生きようと心の隅で決意するのだった。
 



 


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