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キリシタンすり抜け主と堀川兄弟〜山伏国広鍛刀前日譚〜

2025-04-16 21:51:57

山姥切国広と堀川国広が、山伏国広を迎える準備をする話


とある月の明るい夜のことだった。夕餉の片付けを終えて部屋に戻り、ゆったりと歌を詠もうかと筆を取っていた歌仙は、来訪者の気配を感じて顔を上げた。
「おや、どなたかな?」
「歌仙、夜分にすまない。入ってもいいだろうか」
「歌仙さん、こんばんは。堀川国広です」
「山姥切に堀川?」

まるで、厨仕事がひと段落する頃を見計らったかのような来訪だった。
どうぞ、入ってくれたまえ、と歌仙は答え、入室許可が降りたところで、二振りは襖を開けた。

「どうしたんだい? 二人揃って」
互いに目配せし、頷き合った山姥切と堀川は、膝を折って正座で歌仙にまっすぐ向き直ると、背筋を伸ばしてこう口にした。
「僕たち、歌仙さんに教えを乞いたくて」
「教え?」
「ああ。歌仙兼定、オレたちに主とキリシタンのことを教えてくれないか」

珍しい来訪者に不思議そうな眼差しを向けていた歌仙は、それを訊いてすっと表情を改めた。
筆を置いた歌仙は、正座したまま二人へ静かに向き直った。まるで冬の青空のように、空気が凛と澄む。

「さて、もちろん構わないが、理由を訊いても?」
この本丸では、細川家に連なるキリシタン文化に造詣が深い刀として、歌仙兼定が呼ばれた経緯がある。
「二人揃ってこんな真剣な顔で聞きに来るんだ。ただの興味本位ではないんだろう?」
「話せば少し長くなるんだが

どこから切り出そうかと悩むような素振りを見せた山姥切国広が、少し考えてから、どうやら一から説明することにしたらしく、顔を上げてこう語った。

「先日、主が三日月宗近と茶を飲んでいた時、天下五剣の話題が出ていたんだ。それで、数珠丸恒次の話をしていて──……



「そっか、刀剣男士の中にはお坊さんもいるんだ
「うん? どうした、あるじ。そのような不安そうな顔をして」
ゆったりと茶を飲みながら話していた三日月は、主人の曇った表情に向けて、柔らかに微笑んだ。
三日月のひどくおっとりとした穏やかな声音に背中を押されるように、主は小さな声でこう不安を漏らした。
「みんなはわたしを許してくれたけど、……そのひとは、わたしを許してくれるかな。怒らないかな」
「ふむ、なぜそう思う?」
「えと、お坊さんってことは、えっと、戒律っていうのかな、教えや作法に厳しい人もいるイメージがあったから。わたし、そういうの全然知らないから、傷付けたり怒らせてしまうんじゃないかと思って

その時、ずいぶん不安そうにしていたように見えた。
それで、兄弟と一緒に考えたんだ。オレたちにできることはないかと。


「僕ら実は、ちょうど兄弟を呼ぶタイミングを測っていた所だったんです」

山姥切の話の切れ目を待って、堀川がそう言い添えた。

この本丸では、新しい刀剣男士を鍛刀する際、少し変わった体制を敷いている。
縁ある刀からできるだけ詳しく話を聞き、その刀の為人を聞いた主が、目に浮かぶほどイメージできるようになった段階で、新しい刀を呼び求める、という形だ。

山姥切国広の時は堀川国広が。
堀川国広の時は和泉守兼定が。
主へ、かの刀の為人を伝える役目を担った。

山姥切国広も堀川国広も、遥かな縁の大河の中、不思議と強く耳に響く彼女の求めに惹かれてこの本丸に降り立った。不思議なことだが、彼女が願って降り立たなかった刀剣男士は一振りもいない。彼女の祈りの声はよく通る。
天下五剣、三日月宗近ですら、鶴丸国永の提案で一度の試みで顕現したという。
故にこの本丸に敷かれているのは、事実上の指名制だ。

顕現してすぐ己の縁者を呼び求めるか、慎重に時期を見計らって呼ぶか。
自分たちは後者を選んだ。時期を選べるのであれば、より良い形で大切な兄弟を迎え入れたいと考えたからだ。

堀川の一言を聞き、察しの良い歌仙はすぐに合点がいったように「ああ」と頷いて、思案げに顎に指を置いた。

「そうか。きみたちの兄弟は、山伏国広だからね。彼も修験僧だったか」
「はい。主さんは優しい人ですから、僕らが兄弟を呼びたいと言えばきっと一も二もなく頷いてくださると思うんです。たとえ不安があったとしても、恐らく僕らを慮って態度に出さない。だからこそ、ちゃんと考えて、自分たちに出来ることをしたいと思ったんです」
「ああ。兄弟は、竹を割ったように気持ちの良い気性の刀だ。豪放磊落だが決して無神経ではないし、仲間を鍛錬に誘うことはあっても、自分の思想を無理に押し付けるような真似は見たことがない」

山姥切は兄弟への信頼に満ちた口ぶりで、確信を持って迷うことなく口にした。

「だから何も心配することはない。そう言ってやりたいと考えている。だが、立ち止まってよく考えてみれば、オレはあいつの信じるものに無知すぎると思ったんだ」

あいつが何を信じ、何を祈り、何を願うのか。
どう育てられ、何に心を託しながら生きているのか。
あいつは自分の生い立ちに口が重い。だから、あいつの口から聞くのを待つだけでは、足りないのではないか、と感じたんだ。

あいつは、オレと本科の成り立ちを知りたいと、遠い足利の地まで足を運んでくれた。
……オレはこの本丸に来た当初、写しであることを引け目に感じていた。
気にするなと何も知らない他人が口にするのは簡単だ。だが、それは決してオレの望むセリフではなかった。

今は違う。写しであることまで含めて、全てオレの物語だ。
オレがその結論に至るまで、あいつは急かすことなくただオレを信じて待っていてくれたが、陰で『写しと本科』というものを取り巻く事情を懸命に学ぼうとしてくれていたと後で鶴丸国永から聞いた。
だから、今度はオレの番ではないかと思ったんだ。

心配ないと無責任に口にするのは簡単だ。だが、そのためには、もっとあいつの生い立ちを学ぶべきだと思ったんだ。
何も心配ないのだと、自信を持って伝えるために。

「今までオレは、ただひたすら強くなることが主のためになると思っていた。だが、他にもできることがあるのではないのかと思ったんだ」
「僕も兄弟と話し合って、それで歌仙さんにお願いするのがいちばんじゃないかって思ったんです」
「なるほど、そういう事情か」

歌仙は得心が入ったように大きく頷くと、請け負った証に膝を叩いた。

「きみたちの想い、よく分かった。最初にも伝えたが、もちろん構わないよ。主に呼ばれた文系名刀として、僕の知る範囲で良ければ喜んで力になろう」

歌仙の力強い応えに、ぱっと表情を明るくして、互いに笑い合った堀川国広と山姥切国広。
仲の良い二振りを見つめ、歌仙は穏やかに微笑んだ。
凛とした空気が柔らかく緩む。

「そうだね、彼女は常に僕らを知ろうとしてくれる。僕らの言葉に耳を傾け、僕らの心に向き合い、愛情を注いでくれる。そんな主だ」

彼女が僕らを学ぼうとする眼差しには、常に根底に愛がある。
それを返していきたいという気持ちには、強く共感するよ。


その日から、山姥切と堀川は、歌仙の部屋に足繁く通うようになった。
厨番長補佐の歌仙が、夕餉の支度と片付けを終え、ゆるりと過ごせる頃合いを見計らって、繰り返し。時には厨を手伝いながら。


山姥切と堀川が目指しているのは、愛としての学びだ。
彼女に歩み寄りたいと考えている。大切な兄弟と大切な主が笑い合うために、わずかな懸念も無いように。少しのすれ違いも起きないように。


そうして、幾月か時が流れ、ついに軍議で太刀の補充が議案に上がった際。
山姥切国広と堀川国広は、満を辞してこう声を上げた。
兄弟、山伏国広をぜひに、と。


それを聞いた彼女は、花のような笑顔で嬉しそうに喜んでくれた。
まんばちゃんと堀ちゃんの兄弟、どんなひとだろう、わたしも会いたい、と。
我が事のように声を弾ませてくれた。
そう、自分たちの主人は、そんな心優しく軽やかな人だった。



彼女はいつものように、縁者となる堀川や山姥切に、かの刀のことを数多く尋ねた。
その折、山姥切は主へ、共に月を見ながらこう語った。

「なあ主。一般に、修行僧、というものが目指すのは、山籠りや修練を経て身に付けた力で、衆生済度しゅじょうさいど────つまり、人々を助けて力になることだ」

兄弟は人一倍修行熱心な刀だが、それは刀剣男士として誰かを助けたいという思いから来ているのではないかとオレは思う。

だから、主と兄弟は、どこか通ずる所があるようにオレは感じた。
キリシタンも、目指すのは『与えられた才で誰かを助ける、優しくする』ということ、なんだろう?
あんたがそう話していたと歌仙から聴いた。

なら、心配しなくても、あんたと兄弟は、きっと分かり合えるさ。



「カッカッカ!僧と神父バレテンが仲良く酒を飲んではいかんという法は無かろう。なれば、拙僧と主殿が共に在ることに、何ら不思議はなかろうて。そうは思わんか? 主殿」

輝く太陽の下で、山伏国広の片肩に軽々と担がれた主が晴れやかに笑う。
ああ、この光景が見たかったのだと
山姥切は感慨深く目を細めた。




「まんばちゃんまんばちゃん!」
とたとたと明るく駆け寄ってくる主の笑顔に、朝から鍛錬に励んでいた山姥切国広は、刃を振るう手を止め、顎から汗を拭った。
「どうした? 主」
「あのねあのね、山伏っちゃんがまた一緒に山へ修行へ行かないかって! だからね、まんばちゃんも一緒だったら嬉しいなあって。だめかな?」
「もちろん構わない。共に行こう」
「わあい!」
「カッカッカ! 良かったな、主殿!」

即答した山姥切に、主が走って来た方向からゆったりと歩き寄って来た山伏国広が、底抜けに明るく笑いながら並んだ。

「さて、滝行などどうだ、兄弟!」

ニカッと明るく笑った山伏国広に、山姥切は素早く意図を察して、ああ、なるほど、と合点がいった。
普段なら厳しい冬場にこそ好んで滝行する男だ。夏の今、山奥の滝の岸辺なら避暑に良いだろう。兄弟が修行を口実に誘ったのは主人のためだったか。

「いいだろう。付き合う」
「カッカッカ! その意気や良し! では、此度も拙僧が主殿を担いで行くとするか!」
「ありがとう、邪魔にならないように大人しくしてるね」
「なんの、かような要人警護を旨とする本丸では、険しい山道で主人を安全に運ぶのも立派な修行! ヒルやマムシはもちろん、木の枝一本傷付けさせんとも! 肩の上で少しくらい暴れてくれても構わんぞ!」
「ふふ! 頼もしいや」

夏の陽射しの下、華奢な主をひょいっと軽々肩に担ぎ上げた山伏国広が、豪快に「では参ろうぞ!」と笑う。
鍛え上げられた屈強な山伏の肩の上で、主が「行こっ、まんばちゃん!」と明るく笑って手を伸ばした。

山姥切は微笑み、主人が伸ばしたハイタッチにわずかに触れて応える。

お前の行く所なら、望めばどこへでも共に行こう。

「行こうぞ、兄弟!」
「ああ」

兄弟と、握った拳をごつんと軽く交わし合う。

夏の陽射しの中、山姥切は素早く納刀し、主人に同帯すべく地を蹴った。


《堀川兄弟と主〜山伏国広鍛刀前日譚〜》


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