@xxxyueyunxxx
今日で春休みも終わりだというその日、朝恵は隣の店のお兄ちゃんこと黄真雅と一緒に本を読んでいた。
静かなひとときだ。朝恵は朝恵の好きな本を開き、向かい合って真雅も本を開いている。
おにいちゃん、きょうは何の本をよんでるのかな――朝恵が顔を上げて真雅の方に目をやったとき、どこからか音がした。低い音。ゴーッと言うような、音が、近づいてくる――
「――これは」
険しい顔をした真雅が、文庫本を置いたかと思うと、立ち上がる。瞬間、ぐらぐらと家が揺れていた。――地震だ。いつもよりも、少し大きい気がする。真雅の大切にしている掛軸も大きく揺れていた。
どうしよう、こわい――! 朝恵が何も出来ずに震えていたら、真雅の腕の中にすっぽりと抱きしめられていた。
「大丈夫だ。――じきに過ぎる」
「おにいちゃん……」
朝恵は真雅のシャツを握りしめて目を閉じた。まだ揺れているが、真雅の鼓動の音だけ聞いていたら、少しずつ落ち着いてくる。真雅の大きな手が、揺れている間中、朝恵の頭をずっと撫でてくれていた。
揺れは気付けばおさまっていた。
「震度四、というところか。――もう大丈夫だぞ、朝恵ちゃん」
まだ真雅のシャツを握りしめていた朝恵は、慌ててその手を離す。地震が過ぎてもずっと抱きついていたなんて。知らず知らずのうちに、顔は真っ赤になっていた。――真雅の頰も少し赤いのは、気のせいだろうか。
「こわかったね、おにいちゃん」
「――まあ、そうだな。地震雷火事親父、の筆頭に挙げられるからな、地震は」
「おにいちゃん。それ、どういういみのことばなの?」
地震、の次に真雅はたくさん言葉を続けた。きっとそれは、意味のある言葉なのだろうと判断した朝恵は真雅に問いかける。真雅の口にする言葉に、意味の無い言葉は存在しないから。
「ああ、地震雷火事親父か? 世の中で、恐ろしいとされるものを並べた比喩表現だな。――ほら、朝恵ちゃんは地震も雷も怖いだろう?」
「……うん」
地震も怖いが、朝恵は雷が大の苦手である。そう言えば、夕立が来た時にも真雅に甘えてしまったことがある――それを思い出して、思わず朝恵は下を向いた。
「火事も怖くないか?」
「……たぶん、こわいとおもう」
「そうだろう。それで当たり前だ。お父さんが怖いかどうかは人によるだろうが、この言葉が出来た頃は、怖いとされていた。それで怖いものを集めて、地震雷火事親父と言ったんだな」
そうだったのか。朝恵は大きく頷いてみせた。
「わたしはおとうさん、あまりこわくないの。おにいちゃんは?」
「俺様か? ……そう、だな――俺様も、別に怖くはないな」
真雅の父親。どんな人なのだろう。やはり、綺麗な人なのだろうかと朝恵は考える。真雅は背が高くて、とても綺麗な黄色の瞳をしていて、すらりとしていて、おまけに優しくて――朝恵が世界で一番かっこいいと思っている人だから。
「おにいちゃんもこわくないんだ。……あのね、おにいちゃん。わたしもおにいちゃんも、四つ目、何かほかのものにしたほうがいいのかな」
「――なるほどな。親父のところを変えるんだな」
「うん」
「それもありなんだぜ。最近は親父のとこだけ違うものに変えている人も聞くからな。――朝恵ちゃんは、地震と雷と火事以外に、何が怖い?」
真雅が鮮やかに笑って、朝恵を見つめる。――何が怖いだろう。小首を傾げて朝恵は考え始めた。
「うーん……トラック、かもしれないの」
「そうか。その心は?」
「もう、おにいちゃんにけがをさせてほしくないから」
朝恵は幼稚園に通っている頃、交通事故に遭いかけたことがある。そこを庇ってくれたのが真雅で、あのときの怪我の酷い様子は、今も忘れられないのだ。
「――そうだったか。朝恵ちゃんは優しいな……」
真雅と視線が合う。怖いものの話をしているのに、その真雅の顔はどこか、幸せそうに見えた。
「おにいちゃんは、何がこわいの?」
「俺様か。怖いものはそんなに無いが――案外、怒ったランかも知れないな」
「ランおじさんって、おこるの?」
ランとは真雅の友人の名前だが、いつも穏やかそうな顔をしていて、怒ったところは全く朝恵には想像出来ない。
「滅多に怒らないがな。ああいうタイプが怒る方が怖いんだぜ?」
そう口にすると、よく響く声で真雅は笑ってみせたのである。