みずいこ
@a_yuuzora
水上は食事を抜くことがそこそこ多い。
別に小食だとか食欲がないという訳ではない。人並みにはあるし、誰かと食べに行くときは一般的男子高校生程度かそれ以上には食べる。だが、自分のために食事を用意するのが億劫すぎて、そして食事をするよりもやりたいことが多すぎて、一人でいるときは優先順位の後ろの方に追いやられがちなだけだ。夜に空腹を感じた時、カップ麺をつくるのすら面倒に感じて寝て誤魔化すこともある。
頭脳労働担当とはいえ前線に立つ戦闘員なのだから身体が資本なのはわかってはいるのだけど。
ということを、ぽろっと口にしたら生駒が大変心配して頻繁に食事の面倒を見てくれるようになった。
水上としては仲がいいとはいえ先輩にそんなことさせるわけにはいかないと一度は辞退したのだが、「お前自身が自分を大切にせんから俺がしたんねん」と強く言われてしまえば好意を無下にするのもまた失礼な気がして、その申し出を受けることになった。
「いただきます。今日はまたえらい……なんや旅館の朝食みたいなメシっすねえ」
今日も今日とて夕飯にお呼ばれして生駒の家に向かえば、一人暮らしの家には不釣り合いなほど品数の多いものが供されて水上は目を丸くした。
「言われてみればそうやな。 水上は焼き魚は朝派?」
「それこそのんびりできる旅行先の朝ならともかく、忙しい普段の朝には食ってらんないすね」
「それもそうやな。お前家出るギリギリまで寝てたいタイプやし」
「イコさんみたいに朝っぱらからジョギングできるほど元気やないんですよ」
「元気やないのはやっぱ飯抜くからちゃうん」
「実家暮らしんときも朝弱かったんで関係ないス」
「そうなん?」
「でも一応実家おったときは朝飯食ってたんすよ。用意されとるんなら食わななって思って」
「水上家は朝ご飯派? パン派? うちはな、ご飯派」
「あー、っぽいすわ。うちもご飯派です。米と味噌汁と目玉焼きと、あとなんか付け合わせの野菜」
「ええやん! ほんなら朝食も一緒に食お! 用意されとるんなら食うやろ?」
「え!? いやいやいや、こうやってしょっちゅう夕飯ご馳走になってるのも申し訳ないのに朝までお世話になったらあまりにもおんぶにだっこすぎでしょ、そこまで手間かけさせれませんよ」
「俺から提案してるんやらか別にええやん。一人分作るのも二人分作るのもたいして手間かわらんしな。それに頭脳労働はお前に丸投げしとるからおんぶにだっこされとるのは俺の方やで」
「それは普通に適材適所ってやつでしょ」
「だからこっちも適材適所やで。俺が作ったもんお前が美味いって言って食ってくれるの嬉しいしな。美味い味噌汁作る自信あります!」
「売り込みの勢いがすごい。でも美味い味噌汁は心惹かれるものがありますねえ」
「ほんま!?」
「てかアレっすね、なんか古いプロポーズみたいなん言うやないですか。俺のために味噌汁作ってくれみたいな、立場逆やけど」
ぽんぽんとテンポよく飛び交っていた会話が唐突にぴたりと止まる。焼き魚を箸でつついていた水上が、おやと思い視線を上げると、そこには口をきゅっと引き結んだまま赤面し硬直した生駒がいた。
ぱちんと目が合うと生駒はばっと顔を両手で覆い、蚊の鳴くような声で「ちゃうねん……」と呟いた。
「ほんとに、ほんまに、朝飯に関しては好意っちゅーか善意で言ったつもりで……でもそもそも先に胃袋つかんだろって下心があったのもほんまのことやし、隠しとるつもりやったのが漏れてもーたのかもしれへん」
「え……イコさん?」
「ちゃんと、イケるって思えたら、もっとかっこええタイミングで言うつもりやったのに」
「あの、それ、俺のことが好きって意味で、合ってます……?」
生駒は顔を覆ったまま頷く。
「ほんまのほんまに? いや、イコさんが冗談や嘘言ってるとは思ってへんのですけど、あまりにも予想外っちゅーか、意識の範疇外のことで。えらい甲斐甲斐しく世話焼いてくれるなあとは思ってましたけど」
「引いてへん?」
「引くとかそういうのは別に。ただただびっくり、っすね」
生駒はおずおずと両手をすこし下げ、隠されていた目元が表れる。いつも元気につっている元気な眉はしょんぼりと垂れ、意思の強い眼光を宿す瞳は涙で潤んでいる。
そのいつもとあまりにも違う様、所謂ギャップは、生駒が口を滑らせた言葉の何倍もの衝撃を水上の心臓に与えた。握ったままの箸がぽろりと手元からこぼれおちる。
恋に落ちる音というのは、かちゃん、からから、という落ちる音なのを水上は初めて知った。