2019年4月20日
燭台切光忠、日本刀再認定六周年に寄せて
ある刀の独白、あるいは祈り。
全ての焼けた刀たちの希望。
燭台切光忠、彼と縁深い刀や審神者が、光忠の刀剣登録をどう祝うか描いた物語は数あれど。
あえて光忠ではない刀が、この歴史の一幕をどう思っているのか描いた物語は見かけません。
あれは、2205年の未来において
絶対に欠かすことのできない『歴史』だったはずなんです。
@fu_re_re_ra
刀剣にとって最も恐るるべき災害とは、火災だ。
傷は研ぐ、曲がれば直す。折れたとしても、砕けさえしなければ、運が良ければ生まれ変わることもある。薙刀が脇差へ、太刀が短刀へ磨り上げられて生まれ変わるようにだ。
たとえ、磨り上げすらできないほどに砕けてしまったとしても、それはオレたちが主人の下で刃物としての役目を最後まで十全に全うしたことを示している。
だが、火災は訳が違う。刃文を失い、強度を失ったオレたちは、ほとんどの場合、生きながらにして、最も重要な物を失う。
オレたち付喪神の命の源泉は、心だ。
火災による変容は、再刃されればまだ使える身であるにも関わらず
決定的に『人の関心』を失うリスクを孕んでいる。
昔はこうではなかった。
良い鉄、良い鋼は、錆びてもなお、焼けてもなお、再び生まれ変わることができる。古釘の表面を削り再び打つ、焼身刀剣を再刃し戦に挑む。それは自然なこととして行われてきた。たとえ刃文が失われて美しさが減じても、かつてはその価値を認めてくれる者たちは数多くいた。
鉄は火から生まれるものだ。だからこそ、焼けてもなお、火の中から生まれ直せる。人は焼ければそれまでだ。主人が焼け落ちるのに比べれば、再刃できるオレたちが焼ける方が余程良い。主人の災厄を身代わりに引き受けることもまたオレたちの役目。
それでいい。それがいい。
求められる限り、オレたちは必ず人の子の側にある。
だがオレたち付喪神は、その存在の多くを呼び名に依存している。
その中で、『焼身した日本刀は日本刀であると認めない』と定めた法典が生まれた瞬間が、決定的な岐路だった。
昭和33年4月1日
銃砲刀剣類所持等取締法、施行。
焼けた刀は刀に非ず
ただ焦げた鉄屑であると
待ってくれ
まだオレたちの心はここにある
それは、生き地獄と呼んで差し障りの無いものだ。
まだ使える。まだ戦える。まだきみを護れる。
だから、オレを必要としたその声で
オレを刀でないと断じないでくれ
きみが断じた瞬間が、オレたちの死刑宣告なんだ
だからこそ、これらの経緯の中で
他ならぬ唯一、燭台切光忠だけが
焼身のままに法的に再び日本刀として価値を認められたことは
オレたち刀剣にとって、決して無視できない激震だった。
平成31年4月20日、燭台切光忠、日本刀登録。
この日は後に、焼け落ちた経緯を持つ多くの刀剣男士が生まれる礎となる。
62年間の暗黒期を経て
人の子は再びオレたちにこう声を掛けてくれた。
焼け落ちてもなお、オレたちは刀であると。
まだオレたちは、必要なのだと。
だからこそ、86年後
西暦2205年、オレたちは
人の子の求めに応じ、歴史修正主義者との終わり無き泥沼の戦に身を投じた。
ああ、わかっている。大丈夫だ。
この身焼けてもなお、きみたちがオレたちを刀と呼ぶのなら。
オレたちがきみの代わりに
喜んで戦火に焼かれよう。
《────4月20日、刀は再び生まれた》