カルみと お誘いの話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
今夜は絶対にセックスがしたい。
そう心の中で高らかに宣言した神無だが、実際はソファの座席に膝を抱えて座ったまま静かにココアを飲むだけであった。
年頃の男である神無が、三大欲求とまで呼ばれるうちのひとつである性欲を持つことは至極当然である。
とはいえ素直にそう開き直ることが出来ないのは、事件が解決するまでは性に淡白に生きてきたからだろう。
視線だけでどうにか訴えようと隣の縞斑を見やる神無だが、そんな恋人の葛藤に気づくことなく彼は端末で電子書籍を読んでいた。
「ぐぅ……」
前回は、首のキスマークが消えてしまいそうだから付け直してほしいという誘い文句を使ったが、その後ぐちゃぐちゃになるまで抱き潰された上に、あれ以降よりくっきりと痕が残されるようになったため使えない。
かといって、セックスしたいなんて色気のない誘い文句も恥ずかしかった。いつも縞斑からの誘いはスマートでかっこいいのだ、そんな彼に負けてばかりはいられない。
神無はサングラス型コンピュータを操作すると、誘い文句について改めて検索を掛ける。
ここ数日似たような文句で検索を続けていたため、ピンク色に染まりつつある検索履歴に羞恥が募るが背に腹は代えられない。
「……ん?」
そんなとき、神無はとあるサイトの前で指を止めた。
見出しを見てリンクに飛んだ彼はそこに連なる言葉に素早く目を通すと、ようやく辿り着いた最適解の言葉に感動を覚えて固まる。
「…神無ちゃん?大丈夫?」
「せ、先輩!?」
そんな彼のことを心配したのか、運の良いことに縞斑は端末から視線を外して神無の顔を覗き込んだ。
視線が絡んだことで緊張して咄嗟にその場から後ずさろうとする神無だが、逃げたら今夜はこのまま添い寝コースだと思い直して踏みとどまる。
この言葉なら普段から使う言葉である上に、他の誘い文句からは拭えなかった欲の匂いが薄い。ような気がする。
神無はごくりと唾を飲んで彼の袖を引きながら、意を決したように口を開いた。
「あの、俺と……なかよし、しよ?」
がつん。
縞斑の足の甲に、彼の握っていた端末が落ちる。
手元が緩んでしまったのだろうか。強烈な痛みを前に縞斑は、声にならない悲鳴を上げて思わず蹲った。
「っ……!!」
「え!?先輩大丈夫?!」
「……いや、大丈夫だけど……」
衝撃のあまり端末を取り落としてしまった縞斑は、元凶である神無の心配に安心するよう返して言葉を続ける。
「それより今……なんて言った?」
「えっと……なかよし……?」
「それはその、そういうていで?」
縞斑は神無の意図を正しく汲み取ることができたらしい。改めて確認するようなその言葉に、俯いた神無が赤い顔のままこくんと小さく頷けば、彼は痛む頭を押さえてソファの背もたれに身を預けた。
「……怒らないから、誰に教わったのかだけ教えて」
「え?」
「今回ばかりはさすがに彼だろうから、セクハラに対する抗議をしておかないと……」
神無が性知識に関して無知であるのを良いことに、時折過去の世界を生きる刑事である聖心という男は自分たちの恋路にお節介を働く。
素直で飲み込みの早い神無は『みんな使ってる殺し文句だ』とでも唆されたのだろう。
いい加減に神無が冗談を本気にしてしまう純粋な性格であることを分かってもらいたいとため息を吐く縞斑だが、神無は慌てて首を横に振った。
「ち、違うよ。調べたら病院のページとかで出てきた言葉だったから……」
「あー……まぁ…うん、使うね……そうだね……」
前回しかり、今回しかり、神無には危機感というものが足りないらしい。直球で「セックスがしたい」と誘われるより思考の余地を与える言葉が相手の期待を如何に煽るかを知らない。
そして同時に、どうやら自分には我慢が足りないらしいと縞斑は思わず両手で顔を覆う。
「俺ってやっぱり、ちょいおじなのかな……」
「なんで?」
「……正直結構興奮してるからだよ」
「……え、なんで?」
誘い文句にその言葉を選んでおきながら、神無はその言葉の威力をまるで理解していないようだ。
不思議そうに首を捻る神無は、ひとまず縞斑をその気にさせることには成功したらしいと呑気にココアを飲み干している。
そんな彼の手からカップを取り上げてテーブルに置いた縞斑はぐっと距離を詰めると、ぽかんと呆けた神無の瞳を覗き込んだ。
「いいよ。俺となかよしする?」
「……確かになんか、先輩が言うとちょっとおやじくさいかも」
「神無ちゃん、俺だって泣くんだからね」
くすくすと笑う神無は、ほどよく緊張がほぐれたらしく肩の力を抜いて縞斑に抱きつく。
実のところを言うと、神無からの誘いを期待して頃合いまで黙っていようと知らないふりをしていた縞斑だが、お陰で思わぬ収穫を得ることが出来たのかもしれない。
免罪を被りそうになった聖に心の中で形だけの謝罪をした彼は、神無の手を取ると寝室へ足を向けるのだった。
終