六花、壱樹のおはなしです。
ボトルメールの行方後編になります。
@lianmiso
「これ、本当に貰っちまっていいのかよ」
壱樹の手の中には星のような金色のリボンを巻かれた紺碧の空を思わせる箱が鎮座している。
事務所の灰色の机には似つかわしくない。高級な菓子店の箱だ。
金の文字でBLUE MOONと刻まれている。
「うん、いいわよぉ。お酒が入っているからぁ。私アルコールダメなのよねぇ」
「え、サイボーグなのに?」
「学生の時にチョコレート食べて倒れてね。アルコールがダメだったの。それを体が覚えてる」
「やっぱり心は人間なんだな」
「そーなの。昔、パーティ中に一気にカクテルを煽って…」
「カクテルって度数が高いんだろ?多喜から聞いた。そんなん一気に呑んだら」
「もちろんいい気持ちで倒れたわよぉ。あの人、巻き添えにしたのに忘れたのかしらねぇ。毎年この時期になると送ってくるの」
「誰から?」
「元カレ」
手で弄んでいた箱を机の上に丁寧に置くと壱樹は飛び退き、部屋の壁に背をつけた。大袈裟なリアクションに六花はカラカラ笑う。
「そんな大事な物貰えねーよ!」
「それにしてもどうして送ってくるのかしらぁ。当てつけかしらね?」
ガシガシと壱樹が頭を掻く。視線はあちこちに向き、あーだのうーだの呻き声を上げた。
「何か言いたいことあったらどうぞぉ?」
「六花さん、俺たちがなんかやったら矢面に立ってくれてるしさ、チョコでも食べて力を抜けって…」
箱を開ける。
ナッツとコーヒーを合わせたような仄かにブランデーも混じる香りが広がった。
六花はひとつ摘み上げると、壱樹の口に突っ込んだ。
「例えばこんな風に?」
もぐもぐと口を動かし、やっとの事で嚥下した壱樹の顔は徐々に熱を帯び、見てわかるように真っ赤になった。
無論アルコールのせいではない。
「お、お、お、お前なぁ!!こういうのは大事な人と!」
「あらぁ、私は壱樹くん、大事よぉ?大切な部下だわ。壱樹くんは私の事大事じゃないの?」
「そりゃあ大切な仲間だけど!」
「お味はどう?」
「わかるわけないだろ!」
「そう、わからなかったの。もう一つ食べる?」
「もういい!」
そういうと壱樹は扉から飛び出して行った。
去った壱樹に向けるようにチョコの箱を掲げる。
(置いてかれてしまったね、お前も)
結局風花がどんな意味を込めて六花に杯を傾けたのかわからない。今でも本当に弟の事だけしか考えていないのだ。
彼女が愛飲していた青みがかった紫のカクテルはBLUE MOON。元カレがくれたチョコと同じ銘だった。
(あの人がわざわざチョコを買いに行くところを想像すると元気は出てくるけど)
草臥れたつなぎのまま、傷んだ髪のまま。場にそぐわぬ高級店に向かい、ショーウィンドウの前に立つ姿を思い浮かべる。
(意味まで考える訳ないしねぇ)
誰に渡そうか等考えていたら、扉の隙間から恨みがましい視線を感じた。
「どうぞ」
許可をする。
一体どんな感情をぶつけてくれるのかわくわくする。
日向で光合成をするのがよく似合う彼が一体どんな感情を魅せてくれるのか。
(なーんて、うちの問題ある弟たちの気持ちがわかる気がするわ。私も終わりねぇ)
壱樹は扉を蹴り飛ばし、部屋に再入場。
お盆を手を乗せて堂々と壱樹は部屋に入る。顔はまだ怒っている。
(お盆?)
来客用ソファにどかりと腰掛けると、六花を手招きする。六波が応じると目の前にコーヒーカップを置いた。
「コーヒー、好きだったろ。よくあそこでコーヒー飲んでんじゃん、外見ながら」
「あぁ、喫茶店ではね。ありがと。お砂糖くれる?」
「いつもブラックだったろ」
「あれは特別よ」
(…外にいる名も知らない恋人たちを砂糖代わりにしてるって伝えたらどんな顔をするかしら)
この純朴な青年はどんな反応をするやら。熟れた林檎みたいになるのではないか。
弧を引く唇にカップを当てる。
「それで?質問どうぞ」
「好きな食べ物は?」
間髪入れずに壱樹が質問する。
「まるでお見合いみたいねぇ」
「お見合いってこんななの?」
目に見えてそわそわし出したのは愉快だ。バサバサと後ろの髪が揺れる。
「若い子には馴染みないかしらぁ。まぁ、私もデータだけだけど」
「待った!答えてねぇぞ、好きな食べ物を」
「あぁ、なんでも好きだけどねぇ。こういったチョコは好きよぉ。はい、次の質問」
「元カレって妙信だよな」
表面を変えずに舌を巻く。
妹に片想いしている子の方がまだ恋愛面に聡い方なのに、どうしてこんなところで。
「どうしてそう思うの?」
「妙信がチラチラ見てるし。でも、年下嫌いなんだよなあいつ」
「中身が上って知ってるからねぇ」
「なんで別れたの」
(一定のラインを超えそうになると、愛情が殺意に変わるのよね。一晩経つと元に戻るもののあの人を殺したくないから別れたのよ。お互い話し合ったんだけど…)
医者にも風花にも相談したが、自分の心の問題だと。
(そのまま言うわけにもいかないし)
「妙信のギャンブル癖か?酒癖か?」
六花が答えず微笑むと壱樹は「ズルい!」と叫んだ。
そう言われた所で話せる事も少ない職業だ。
彼もそうわかっているはずなのに、それでも話そうというのか。
杯を掲げた姉の気持ち。
チョコを選んだあの人の思い。
食べた所で込められた意味。
わかったところでどうも出来ないのだ。
「今日という今日はきちんと話してもらうぞ!六花ァ!」
「何の事かしらぁ」
「お前ら上層部は隠し事ばっかりしやがる!ちゃんと口も声もあるんだから話しやがれ!お前だってそうは思わないのか!」
瞳孔の奥、埋め込まれたレンズがキュイと音立てる。
(それはそうなのだけど…)
それでも各仕事をしながら六花は今日もこの席に座っている。
「じゃあ、それは貴方に任せたわぁ」
にこやかに返す。きょとんと壱樹は六花を見つめた。
「え?」
「いずれ話すわ。これは本心よ」
「わかった。待ってるからな」
「まずは貴方が20歳になってからね」
後2年かー、と言いながら、壱樹は目の前のチョコを一つ摘んだ。
「意味わかんねーけどなんか酒みてぇだな」
そう呟いて、口に運んだその一粒が、少しだけ大人びた表情に見える。少なくともこの事務所に来た時よりかは。
「それまでには私も整理つけておくわぁ」
2年後、彼がどんな顔でチョコを口にするのか。
黙って聞いてくれるのかそれとも。
口をもごもご動かす彼を頬杖をついて六花は微笑みながら眺めた。