カルみと 女装注意
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
女装して調査を行った日の帰り道。
その日は普段のような潜入とは違い、あくまで警察組織の偵察であることを隠すためだけの変装ということもあったため、神無は現場の付近で着替えることなく帰還していたのだ。
本日は化粧乗りが良く、選んだ服も良く似合っていた。神無が道を歩くたびに、通行人たちがほうと小さく息を呑んでその姿を目で追う。
普段ならば見事に絶世の美女へと化けてみせた自らの手腕に酔う神無だが、今晩の彼はそんな余裕もないほど疲れていた。
「はー……喉渇いたぁ……」
ひとりで現場に向かった神無に対して、客たちはひっきりなしに声を掛けてどうにか彼の気を引こうとしていた。
これまで女装して行っていた潜入には全て、パートナー役として縞斑に声を掛けて同行してもらっていたため気が付かなかったが、ああいった席で独り身の女性は狙われやすいらしい。
縞斑が周囲にさりげなく牽制をしていたおかげでターゲット以外に声を掛けられることなく円滑に任務が進められていたのだろうと、神無は今更彼のありがたみを思い知ったのだ。
「早く帰って甘いもの食べよ……」
普段は健康のためにほどほどの摂取をと言われているが、疲れている今夜くらいは何も考えずに甘いものをかき込みたい。
そう考えて足早に帰路を急ぐ神無の背に、唐突に声が掛けられる。
「そこの可愛いお姉さーん!俺たちと遊ぼうよ!」
ヘラヘラと笑う軽い声に、神無は最初その言葉が自分に向けたものだと自覚を持てなかった。
無視して歩いていく神無の背を見て大人しく諦める若者なら良かったのだが、彼らも絶世の美女を捕まえるチャンスを一度きりで諦めるほど潔くなかったのだ。
「お姉さんってば!」
「え……あ、」
「へぇ〜お姉さんの声わりとハスキーじゃん!」
「ねぇねぇ、俺たちと遊ばない?なんでも奢っちゃうよー?」
どうやらこの若者二人は、調査先で声を掛けてきた人間たちの誰よりも押しが強いらしい。
仕事を終えて疲れきったこのタイミングで最大の難関を持ってくるなんて、少々神様は意地悪ではなかろうか。
仕事中のようにやんわりと微笑んでその場をやり過ごす技を使うことすら面倒くさくなった神無は、思わず煩わしく眉を顰めて普段と同じ声色を選んだ。
「……悪いけど俺、男だからさ。他の人当たってくんね?」
「え……お姉さんってもしかしてお兄さん…?」
足を止めた男たちが、信じられないといったように丸く目を見開いて驚きの声を上げる。
それほどに神無の変装は完璧だった。普段なら彼らの反応に完璧すぎる自分の変装を再確認して喜ぶところだが、今は通りすがりの特殊性壁男だと判断されても構わないと割り切れる程度には疲れていたのだ。
「そういう趣味ってこと?!」
「そういうこと。おねーさんじゃなくて悪かったね」
そう適当にあしらって歩き出そうとした神無だが、足を止めていた若者たちが唐突に歩調を早める。
逆上させてしまっただろうかと身構えた神無が慌てて振り返れば、そんな彼の顔を改めて真正面から見た彼らがぱっと顔を赤く染めた。
「……いや、ありかも」
「は、」
「お兄さんだとしてもめちゃくちゃ可愛くね?」
「俺全然抱ける自信あるんだけど」
唖然とする神無を置いて、二人はこの可愛さなら男であろうと関係ないと赤い顔で懸命に引き留めにかかる。
どうやら男たち二人が酔っていたとはいえ、神無は誤った性癖の蓋をこじ開けてしまったらしい。
「ねぇねぇお兄さん、お兄さんでも全然気にしないからさ。俺たちと一緒に飯行かね?」
とてつもなく面倒臭い。とはいえ、自分のせいで目の前の若者たちが今まさに性癖を歪めようとしていると思うと若干の罪悪感もある。
「あーもう……」
乱雑にあしらうことも躊躇われる状況に陥ってしまった神無は、がしがしと頭を掻くと諦めたように小さくため息を吐いた。
「……俺の食べたいものでいい?」
「もちろんもちろん!」
「お兄さんがお店決めていいから!」
まっすぐに帰宅ができないのなら、せめて帰宅後に計画していた欲求の解放をここで済ませてしまおう。
そう考えた神無はふっと艶を纏わせて笑うと、赤い顔で息を呑む哀れな青年の鼻先に指を当てて口を開いた。
「じゃあ、俺より早く食べ切れたら朝まで遊んであげる」
「おぉ…………」
「……マジ?」
「男だから二言はないって。奢ってくれるなら、それくらいのご奉仕はするよ」
こういうとき、身近に男を口説くことに長けた先輩がいると言葉選びに困らない。
これなら男相手のハニートラップもお手の物かもしれない。やはり持つべきものは、過去の世界に生きる少しどころかだいぶえっちな先輩だ。
「いいのお兄さん、俺たち大食いだからマジでお兄さんの処女もらっちゃうかも……」
「あはは。生憎処女じゃないけど、それでもよければ奪ってみなよ」
「マジで!?望むところなんだけど!」
「ヤバい、こんなえっちなお兄さんって本当にいるんだ……都市伝説だと思ってた……」
神無の誘いにこくこくと何度も頷いた男たちは、神無のことを男だと知ったはずなのに慌ててエスコートするように歩き出す。
これなら仕事先で体目当てに声を掛けてくる男たちよりもうんと可愛らしいと笑った神無は、そんな初心な男たちに世間の厳しさを教えてやるべく手を取って歩き出すのだった。
※
からんと店のベルが鳴る。
ひとり店の外に出た神無は、店内で机に突っ伏す男たちを振り返るとひらひらと手を振った。
「ごちそうさまー。お大事に」
彼らの前には今も、半分以上の量が残った特大パフェが鎮座している。
唯一神無が座っていた席のパフェのみ器を洗ったかのようにきらきらと輝いており、満足そうに満腹の息を吐いた神無は改めて帰路を辿り出した。
「はー……まぁ、タダで甘いもの食べれただけ良しとするか」
前々から気になって目星をつけていた店で特大パフェを頼んだ神無は、自分より早く食べることができたら今晩は好きにしてもいいという条件を再確認して早食い勝負を行った。
とはいえ、人並みレベルの甘いもの好きにそのボリュームを食べ切れるはずもなく、後半は神無が変わらないペースでぱくぱくと食べ進める姿を眺めるだけに終わったのだ。
「こんな美人、タダで抱けるほど世間は甘くないからな」
無理をして食べたせいで血糖値が爆上がりしたのか、店内で眠たげにしている男たちに小さく舌を出した神無は道を歩き出す。
甘味に腹を満たし、若者たちにちやほやされて、多少は疲労の晴れた神無が機嫌良く帰路を辿ろうとした、その時だった。
「お嬢さん、ちょっといい?」
背後から再び声が掛けられる。
次から次へと男を惹きつけてしまう魔性の我が身に涙を呑んだ神無は、流石に二杯目の特大パフェは骨が折れるかもしれないとため息を吐いて振り返った。
「だから俺、お嬢さんじゃな……」
「これは失礼、じゃじゃ馬娘の間違いだったかな?」
にっこりと底の見えない笑顔を浮かべて口説き文句に見せかけた無礼な発言をするその男は、神無にとって見覚えのある人物だ。
「こんばんは、神無ちゃん。こんな格好でなにしてるのかな?」
「だ……だらだら先輩こそ、なにしてんの……?」
なぜここにと冷や汗をかいた神無が咄嗟に後ずされば、その分大股に歩み寄って距離を詰めた縞斑が自分を見下ろして笑う。
縞斑が何をしようと勝手だし、束縛をするつもりもないが、恋人という関係にある以上女装した姿を見られるのはなんとなく気恥ずかしい。
それだけでなく縞斑は、神無の問いを聞くとちらりと彼が出てきた店を振り返って言葉を続けた。
「店で飲んでたら、見覚えのある子が男はべらせて入ってきて」
「は、はべ……」
「そのまま一夜を掛けてパフェの早食いなんて始めるもんだから、酒のつまみにして眺めてたんだけれど」
「全部じゃん?!なんで声掛けてくんなかったんだよ!!」
「負ける気一切無しで美味しそうにバカの大きさのパフェ食べるもんだから、ついその食いっぷりに見惚れちゃってねー」
からからと笑う彼はどうやら、店内での一部始終を目撃していたらしい。
彼のいう通り負ける気は一切無かったとはいえ、恋人がいながら自身の体を賭けてスイーツにありついたことを知られるのは猛烈に気まずい。
視線を彷徨わせて言い訳を探す神無がおずおずと顔を上げれば、仕方なさそうに眉を下げた縞斑が小さく息を吐く。
「あの土俵で万が一にも君が負けるとは思えないけど、自分の体を軽率に賭けの対象にするのは感心しないな」
「……はい」
「逆上して襲われる可能性だってあるんだから、ああいうナンパに困ったら警察か俺を呼んでくれる?」
「はい……ごめん、もうしない」
穏便に断ることに疲れて強行突破を図ろうとした神無に万が一の危険性をしっかり言い聞かせた縞斑は、反省して頷く神無の頭を撫でる。
作り物の髪はいつもより少し指通りが悪いが、元の髪色と同じであるため彼に良く馴染んでいた。
彼が真面目に反省していることを確かめた縞斑は、疲れている彼への説教はこのくらいにしておこうと切り上げて視線を合わせる。
「それで?じゃじゃ馬娘の君はどんなお誘いなら応えてくれるのかな?」
「……いいの………?」
てっきりこのまま説教を受けて家まで送り届けられるコースだと身構えていた神無は、いつもより甘い縞斑の対応に首を捻った。
化粧によってさらにぱっちりと開かれたアメジストの瞳でじっと見上げた彼は、縞斑が怒っていないことを確かめて口を開く。
「……体冷えたから、ホットココア飲みたい」
「…………あんなに甘いもの食べたのに?」
「冷たくて甘いものと温かくて甘いものは別腹だし」
「その別腹は初耳だなー」
まだ甘いものに飢えているらしい神無を笑った縞斑は、ひとつ頷くと慣れないヒールを履いた神無を導くように手のひらを差し出した。
「でも偶然なことに、甘いもの好きの恋人のおかげでココアを作るのは得意なんだけど、よければ一緒にどう?」
「……恋人に言われてるから、代わりに抱かせてはあげらんないけど」
「やだなぁ、ナンパをバカパフェで返り討ちにするお疲れなじゃじゃ馬娘にこれ以上無理をさせるわけにはいかないでしょ」
「ゔ……ご、ごめんってば」
当分はこの話題で擦られそうだと顔を顰めた神無が謝れば、今度こそ楽しそうに笑った縞斑が神無の手を取る。
「ところでその化粧似合ってるね」
「今更!?この絶世の美女を捕まえて?!」
「自分で言わなきゃほんとに絶世の美女なのになぁ」
話しながら二人は夜道を歩き出した。
道ゆく人の誰もがその美女を振り返って息を呑み、隣を歩く男の眼差しに気がついて慌てて視線を戻す。
そんな隣の男の牽制などつゆ知らず、神無は予期せず手に入れた恋人との時間に疲れも吹き飛んで嬉しそうに笑うのだった。
終