第34回トワスト、テーマ「名刺」作品です。
制作時間約30分、ランフォードの話です。
@xxxyueyunxxx
名刺とは、確か今滞在する国とは海を隔てている国発祥の品だと記憶している。
この国に名刺が入ってきたのは、ごく最近のこと。だが今では様々なことに必須のアイテムとなっているのだ。
「やれやれ。名刺がそろそろなくなってしまうね」
勤めている会社のデスクで、黒木嵐――その正体はこの世界とは並行して存在する異世界『魔界』を出自に持つ、半永久的な生命を持つ異種族『魔族』であるランフォードは、名刺入れの中身を確認すると、弱り顔になった。
今はこの国では新年度に当たる。そのため新しい人に出会う機会が多く、そのたび名刺を交換することになったのだ。新年度には新年度の大変さがある。
「どうしたんですか、黒木さん?」
「ああ。名刺が、もう少しでなくなってしまうと思ってね」
「僕もですよ。これから注文を入れるところだったんです。黒木さんのも入れておきましょうか?」
「構わないのかね? では、お願いしようかな」
気のいい同僚に、一緒に名刺を発注してもらうことにする。名刺が無いでは、話にならないから。
最近の印刷所は仕事も早い。そう長いこと待たずに名刺は来るだろう。
ランフォードは名刺入れを片付けると、弁当をデスクの上に出した。
一週間もしないうちに、新しい名刺は届いていた。
「新しい品物は、いつも気持ちが良いものだね」
まだインクの香りもする名刺を確認すると、ランフォードは自然と笑みを浮かべる。インクの黒まで、真新しい気がするから不思議なものだ。
名刺入れを出すと、新しい名刺を入れる。丁度昨日で、前まで使っていた名刺は無くなっていた。本当に良いタイミングで届いたものだ。
パソコンの電源を入れ、起動を待つ間に手帳を開いて今日の予定を確認する。――今日もまた、他の会社の人と会う予定があった。これは早速、名刺の出番がありそうだね。
他の会社の人が訪れるまでには、まだ時間がある。それまでに今日の仕事を、少しでも進めておくのが得策だろう。
ランフォードはモニターに向かうと、キーボードを叩き始めた。
予定の時間に現れた来客と、ランフォードは向かい合う。部屋にはいつも会う相手の他に、いかにも初々しい感じのする、真新しいスーツに身を包んだ男がいた。――きっと彼は、新入社員なんだろうね。
「はじめまして。黒木と申します」
「は、はじめまして。新入社員の木村と申します。本日はよろしくお願いします」
固くなっている若い男に、ランフォードは柔和に微笑みかける。大丈夫だよ、と語りかけるように。
「まずはこれだね。これからどうぞお見知り置きを」
ランフォードは名刺入れを出すと、真新しい名刺を差し出した。
――ご挨拶には、この一枚。そう考えると、これもまた、良い文化だね――
震える手で名刺を受け取る男を見やりながら、ランフォードは人間文化の好ましい点をまたひとつ、発見したのであった。