カルみと
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
週休のその日、神無は珍しく職場からの電話を受け取っていた。
「あぁ、うん。データは共有フォルダに入ってるはずだから、分かんなかったらまた連絡してよ」
昨日の記憶を頼りに調査記録の保管場所を告げれば、通話越しに上司である青木の申し訳なさそうな声が聞こえてくる。
急ぎの用事があれば連絡が来て当然なのだが、青木は休日に連絡を寄越すことにずいぶん葛藤したらしい。
家にいたから気にしなくていいと笑ってフォローして通話を切った神無は、ふっと小さく息を吐くとサングラスを外して私室へ足を向ける。
「先輩お待たせー……」
扉を開けて部屋に顔を出した神無は、かすかに耳に届いた深い呼吸に慌てて口を噤んだ。
そろりそろりとベッドに歩み寄って顔を覗き込めば、そこには穏やかな寝息を立てる縞斑の姿がある。
本日は神無の休暇に合わせて縞斑が予定を調節し、彼を自宅に迎えて恋人らしい時間を過ごしていたのだ。
急ぎの用事だからと青木の電話に応じたのは十分ほど前のことだったが、部屋で神無を待っているうちに眠ってしまったのだろう。
「疲れてるよなぁ……」
眠る縞斑の目の下には薄い隈が見える。
昨晩も遅くまで働いていたらしい彼は、おそらく今日のために多少の無理をして時間を作ってくれたのだろう。
普段ならば人の気配だけで目を覚ます彼がぴくりとも動かずに眠る姿を見つめていた神無は、起こすのも申し訳ないと考えてベッドの縁に腰を下ろすことにした。
「……めっちゃ寝てる…………」
眠る縞斑は起きている時と同じかそれ以上に警戒心が高く、いつも物音ひとつで飛び起きるような姿勢を選んでいる。
しかし、今回は本人に眠るつもりがなかったからなのか、神無のベッドに身を任せてゆったりと両腕を投げ出して気の抜けた寝顔を見せていた。
それが例え偶然だとしても、まるで神無の自宅を警戒する必要のない場所だと思ってくれているようで、優越感に浸った神無はふっと笑みをこぼす。
「ふわ……ぁ」
そんな縞斑の呑気な寝顔を見ているうちに、神無まで眠気を煽られて小さく欠伸をこぼした。
かくいう神無も、本日の休暇を確保するべく昨晩は残業をして仕事にどうにか区切りをつけたため、いつもより睡眠時間が短いのだ。
「……ちょっとだけ、」
好奇心に負けて呟いた神無は、縞斑を起こさないように慎重にベッドへ横になる。
至近距離で聞こえる彼の寝息が途切れていないことを確かめると、彼はじりじりと少しずつ縞斑に身を寄せた。
思った以上にすんなりと眠る縞斑の隣に横になることができた神無は、拍子抜けに瞬きをしてころんと寝返りを打つ。
「まつ毛なが……」
長い髪の異質さから庁内では距離を置かれていたが、髪を切った彼はすっかり好青年になった。
それまでは髪で隠れていたが、元々縞斑は整った顔立ちの人間だ。美男に目がない庁内の婦警たちに知られることがなくて良かったと、神無は密かに胸を撫で下ろしている。
伏せられた長いまつ毛に思わず感嘆の声を上げた神無は、しばらく縞斑の寝顔を堪能すると眠気に身を任せてぽふりと彼の胸に顔を埋めた。
「へへ、いいにおい」
鼻を掠める仄かな煙草の香りに、神無は思わず頬を緩める。
縞斑は、体の弱い神無を気遣って彼の前ではあまり煙草を吸わないようにしているらしく、家に来る時は決まって匂いも残らないように着替えていた。
気にしなくても良いと伝えたことのある神無だが、義務ではなくやりたくてやっていることだからと縞斑は笑っていたのだ。
昨晩はきっと、仕事に追われてそこまで頭が回らなかったのだろう。煙の苦味と甘味の混ざる縞斑の香りを密かに気に入っている神無は、くふくふと嬉しそうに笑って顔を埋めた。
「せんぱい、すきだなぁ……」
起こさないよう慎重にきゅうと縞斑に抱きついた神無は、大好きな匂いに包まれて強まる眠気に身を任せ目を閉じる。
やがて昼間の暖かな部屋には、二人分の穏やかな寝息が響くようになるのだった。
※
「…………参った」
神無の寝息が深くなったことを確かめて、それまで狸寝入りを決め込んでいた縞斑はぽつりと呟く。
実は縞斑は、神無が部屋に戻ってきた時点で目を覚ましていたのだ。
寝たふりをしたら神無はどんな風に起こしてくれるのだろうかというちょっとした出来心で試してみたが、添い寝されることは完全に想定外だった。
「よく寝てるなぁ」
匂いを嗅がれたときには、さすがの縞斑も昨晩煙草の匂いを取ることを忘れて家に来てしまったことを思い出して冷や汗を掻いたものである。
どうやら神無は煙草の残り香がお気に召したらしく、子猫のようにすりすりと胸に顔を寄せて眠りについていた。
間抜けな愛おしい寝顔を浮かべて眠る神無は疲れているのか、縞斑が多少身じろぎした程度では起きる気配がない。
「……まぁ、いっか」
せっかく手に入れた恋人の時間を堪能する心構えでいた縞斑だが、そんな神無の姿を見下ろすうちに心が満たされてそんな意気込みすら馬鹿らしくなった彼は小さく笑った。
「神無ちゃんもいい匂いだね」
果物と生クリームのパフェを彷彿とさせる爽やかな甘い匂いを抱き寄せて、そっと頬擦りをした縞斑は目を閉じる。
たまにはこんな休日があってもいいかもしれない。
真面目な神無は休日を寝過ごしたことを惜しむだろうけれど、きっとそれも夜まで一緒に居られる良い口実になるはずだ。
終