@tubasabooks
『第1章』
空が近くなる。二階の自室を窓から抜け出して、一番上の大棟を目指して、そのまま屋根を登る。地上に容赦なく刺さる日差しに近くなるはずなのに、風の気持ちよさを一身に受けると室内より涼しく感じる。そうしてそこに腰を下ろして、私にもあたる風で木々が揺れるのを眺めるのを見るのが唯一の趣味だ。と言うより、他にやるようなこともないというのが正しいのだろう。
同じ20歳の女性ならば、インスタグラムやらTikTokやらを行うのだろうが、インスタで繋がるような人もおらず、TikTokも何が面白いのかが分からないので結果的にこうして、寺の屋根へ登り、その季節その季節に見せる山を見下ろしている。
「灯、またそんなところに」
ふと地上からアタシの名を呼ぶ声が聞こえる。
「住職、なんかようです? 掃除もとうに終わっておりますが」
練を支えに持ちながらその人物に返答をする。
「えぇ、そちらの仕事はもう終わりだと思います。しかし、今しがた、新たに仕事の方が入りましたので」
「……へぇ、そうですか」
一拍以上おいてから返事をする。自然と声音がワントーンほど落ちていた。私はそのまま少し瓦を滑ってから、その勢いのあま蹴り、住職の隣に着地する。きっと京都に遊びに来た外国人がこの姿を見れば忍者だと騒ぎ立てることであろう。最もこんなへんぴな山にある寺に訪れるわけもないし、訪れることもできないのだが。
「これ、危ないですよ」
「ご冗談を」
思わず笑いながら言う。これは決して傲慢であるが故の言葉では無い。ただ単純に本心からそのようなことで怪我をするわけが無いと確信しているからだ。そもそも住職が持ってきた仕事はこれ以上の危険を伴うのだから、これしきのことで注意をされるのもおかしな話しである。
「少しでも、怪我の確率を抑えるように指導をしているはずですが」
「これもトレーニングです。住職も、日々精進なさいと、おっしゃってるじゃないですか」
「全く……。口はどんどん上手くなっていきますね」
少し呆れたよなに言いながらも本心から怒っているわけでは無いことが伝わる。私はニコリと笑ってこの話を終わらせる。
「それよりも、お仕事のお話を」
「えぇ、いつもの通り奥の方へ」
「了解」
頷いて彼に続き歩みを進める。入り口から中へと入り、本堂を通り抜けて中庭の見える縁側に付随する客殿。そこがブリーフィングの場となる。
なお、今までの資料は全てこの客殿の裏側、掛け軸をはいだところに現れる壁を押すと現れる隠し部屋に全て整っているが、そこは私もあまり出入りしていないのでどうなっているのかは知らない。
「それで、今回のターゲットは?」
「今度の内容は組織的詐欺犯罪に身を投じている首領の男です。手口は――――」
「いいって、別に。顔と名前さえわかれば」
興味が無いと手を振る。この男がどのような屑だろうが興味は無い。ゴミをただ片づけるのに、それが元々どのような用途で使われていたのかなど知らなくても良い。
「全く突っ走るのは良くないと説教をしたばかりですよ」
「いや、だから」
「いいから聞きなさい――――アカ」
その呼び名、私のもう一つの名に思わず背筋が伸びる。住職の目を見ると、それは先ほどまでの穏やかな物では無く、冷徹で、それでいて真剣な炎を纏っている。もう彼は住職としてでは無く、エージェントアオとしての話しであることが窺えた。
「なん、ですか?」
「先にも挙げたとおり、今回のメインは組織的詐欺犯罪の首領です。手口はいわゆる特殊詐欺。電話口などで言葉巧みに被害者を騙し誘導、金品をだまし取っています」
最近主流になっている詐欺だ。はやりの物は知らないが、こういったニュースは目を通すようにしている。いざというときに役立つことも多いし、潜入したりするときにも便利なことがある。ただ、正直それだけならばわざわざ私達に話しが回ってくるのもおかしく感じる。 通常ならば警察のお仕事だ。お上を差し置いて私達に話しが訪れる理由が分からない。
「ここからが彼らの恐ろしいところです。彼らは組織的に動いており、実行犯として働いているのはホームレスだったり不良少年だったり、いわゆる末端の人物達です。これだけならまだ見かける話しですが、問題はここから……。捕まった彼らにどれだけ話しを持ちかけても、決して上層部の事を吐かないんです」
「……その子らも、詳しく分かっていないだけやなくて?」
「えぇ、もちろんそういった存在も居ます。しかし、言えない理由として、もしも言ったら 殺されるかもしれない、そう言う人物らが大勢いるんです」
「殺されるって、そんな脅し」
私は思わず笑う。ただの脅しだ。知らずのうちに犯罪の片棒を担ぎ、そして自身も犯罪を起こしているという恐怖心から警察への告発を遅らせ、そして完全に入り込んでしまったところでバラしたら殺すと脅す。だが、よく考えれば誰が告発をしたのかなど、警察が話すわけも無く、そもそも刑務所に入れば身の安全も保証される。その上、それがきっかけで逮捕にまで繋がれば殺しの脅しも無意味な物になる。少し頭が回れば出来ることだし、警察もそのように説得をすることだろう。
「ですが、もしも――――警察内部に黒幕がいたとしたら?」
「……そういうこと?」
その重々しい言葉に今回の件の重大さが理解される。それと同時にこの件を私達で解決せざる得なくなった理由も同時に悟った。これは、とんでもなく邪悪な存在が邪魔をしているということを、分からされた。
「正確には黒幕の一人がこの人物となります。もとより、この詐欺組織は、暴力団、菊山会の三次団体が上層部におります。しかし、現在の暴力団はいわゆる暴対法により上手く動けない状況……。そこに目をつけて甘い汁を吸っている人物、それが今回のターゲット、階級は警視正です」
「でも、そう簡単に自分の身を守りつつ殺しなんて出来るわけ……それに、どうして犯人まで分かってるん?」
そこが不思議であった。いくら警察内部の人間だと言ってもそこまで知られているのであれば、決定的証拠を押さえて逮捕も出来ることであろう。いくら警察内部の汚職を隠したがるとはいえ、ここまでの事をしでかしておいてみすみす逃しておく方が危険だ。万が一にも週刊誌にかぎつけられれば一巻の終わりとなる。
「理由を知りたいですよね。まずはこの人物に会ってきてください」
「コイツは?」
スッと差し出された写真に写るのは30代と思わしき一人の男性。人を見た目で判断するわけでは無いが、その顔つきは筋物のようだ。
「彼は杉内雅人。先ほど触れた、もう一人の黒幕です」
「……きな臭くなってきましたね。というより、住職は全て聞いとるんでしょ? どうしてまた聞きに行かせるんですか?」
「灯はまだ若い……。いろいろな人物の思いを直接聞くこと、それもまた重要な仕事となってきます。私達の元に訪れるのは決して善良な人間ばかりでない。いつか、信頼できると思っていた人物に裏切られることもある。直接会い、話を聞くことで真偽を確かめていく……一つのトレーニングです」
「私は、小難しいことを考えるの嫌いなんだけどな……」
と、ぼやきつつ写真を受け取る。それにどうせここで駄々をこねたところで答えは教えてくれないだろう。その気ならば最初からターゲットの顔写真やら名前やら教えてくれるはずなのに、それもないのだから。
「では、頼みましたよ――――アカ」
「はい」
駅近の雑居ビルが連なる場所にあるカラオケ店。そこの一室を陣取り待ち合わせ相手が来るのを待つ。
隣からは若者と思しき歌声が聞こえる中、自分は携帯をいじりそのときが来るのを待つ。カモフラージュにパソコンを広げておけば、カラオケで歌っていなくてもそこまで怪しくも無い。
そう思いながら過ごしているとカチャリと扉が開かれる音が聞こえる。予定時刻の20分遅れだ。
「あっ……失礼。まちがえ――――」
「間違えてないよ。入って」
私の顔を一瞥した後すぐさま去ろうとする男、杉内に声をかける。その言葉にまた面を喰らったかのように目をパチクリさせながら中に入ってくる。
「ようこそ。遅かったみたいやね」
「あんな暗号じみたやつ、すぐわからねぇよ」
「あなたが逮捕されたとき、私達のことがバレても厄介やからね。それに、あれぐらいのものも解読できないようじゃあかんの」
「そうかい」
私の言いぐさに怒るでもなく呆れたように返してくる。まぁ、ここで激高しようものなら『突然部屋に入ってきたんです』とでも言えば私が何の労力を使わずとも解決できることであろう。そもそも暗号と言っても、ちょっとした謎解き程度のものだ。
場所だけ指定して部屋番号は二階のドリンクバーの奥にヒントを書いた紙をおいておけば完成。部屋の予約などはしないことで少しでも怪しさを消せればOKだ。
「それで、あなたが依頼者、なんやろ? 事の顛末も含めて色々教えてくれるんだよね」
「あぁ。あまり長居もしたくない。端的に話していく」
そう前置きをした後小さく息をのむ音が聞こえた。よく見てみると落ち着きが無いように手遊びをしている。何かに焦っていると言うより少しでも隙を見せたくないということを感じられる。まぁ、どこで監視されているか分からないからとこんな場所を指定したのは彼らなのだ。何かに怯えているのであろう。
「俺たちは元々しのぎの一つとして詐欺をやっていたわけではない。ただ、元々囲っていた反グレ共が詐欺を行い始めてそれに乗じただけだ。こっちに被害が来ても面倒だからな。そのうちに詐欺の組織が大きくなるにつれてパラパラと逮捕者も出てきた。弁当をついた奴は使いにくい。あっ、弁当ってわかるか?」
「執行猶予期間とかのことでしょ。一応そっちの言葉もある程度知ってるから続けて」
「そうか……。で、その中でゲロる奴らも出てきたが、まぁ、もとより反グレ共がやり始めたことだ。俺たちに特にダメージは無いと思っていた。でも、コイツが……広中健二が俺たちの繋がりを見つけて単独で交渉に来やがった」
コイツだと言うように写真を渡してくる。真面目で堅物そうな男だ。こんな男があくどいことをしているとは、本当に人は見た目で判断をしてはいけないということだろう。
「なんで、広中が?」
「金が必用だったと言ってた。俺たちのやっていることを見逃し、それどころか協力すると申し出て来やがった。見返りは時折、俺たちの中から、枝組織でもいいから逮捕者を出すことと、詐欺で得た金の一部を上納金として渡すこと。もしそれを破れば、決定的証拠を元に組織を壊滅させるときやがった」
「言ってしまえばただの鉄砲玉みたいなものでしょ? 組織の為に逮捕者を出させるなんてそんな珍しいことでもないやろ。それに、どうしても断ち切りたいんやったらあんたらの口から全部話して、証拠も持って行けば広中も逮捕できる。私らに頼む必要は無い」
私らに協力関係を絶たせる仕事を任せる理由が思いつかない。もちろん、広中だけを殺して詐欺は続けるというのであれば理由は分かるが、そのときは少なくとも私は協力をするつもりは無い。
「もちろんそうだ……。だが、アイツには俺たちの情報を元に身内……本当の意味でのな。親族の情報も握られてんだよ。下手に事件が表沙汰になれば……それを全て暴露する手はずになっている。俺たちの中にはろくな家庭環境を歩んでこなかった奴らもいる。でも、本当にどうしようもねぇ馬鹿でこっちの世界に憧れだけを持って飛び込んできた奴もいる。例え絶縁されてようがな。そして、アイツは警察という力を使って不正に得た情報でその身内達を壊すと脅している」
「なるほど、だから逮捕という結末は望んでいないと。その上であんたらの中で殺すのはなぜしない?」
「もちろんはじくことも考えるが……万が一失敗をしたときや仮に成功をしたとしても、アイツの仲間から漏れていく可能性が高い。だが、どこの誰とも分からぬ存在が殺したとあれば、話しは別だ。殺しとの関係が決定的で無いにも関わらず、俺たちの関係性を壊すようなマネをすれば、そんな不義理を働こうものならそれこそ、警察と俺たちの一大戦争だ。それに、俺たちが殺したのなら奴が詐欺組織の黒幕だということも引っ張り出されて、奴の不祥事が明らかになり奴の家族にも被害が被るのに対して、謎の人物が殺したのであれば、不祥事が明らかになることも無く遺族年金等も得られることだろうな。そんなチャンスをつぶして俺たちに報復するとは到底思えない」
「ふーん。でも、一つだけ質問。今の説明の中では、確かに殺す理由が無いわけで無いことも分かった。でも、いくら縛られている状況とはいえ、警察のご加護の中で詐欺行為を続けられるんだったら、あんたらにとってもプラスやないの?」
なぜコイツらの中で解決をしようとしないのか、その理由までは分かった。しかしそもそもこの手を切り離す意味が分からない。暴対法のしまりがきつくなる中で、安全にしのぎを得れるのであればそれに超したことが無いと思うのだが……。もしかしたら、私達を利用しているだけの可能性も捨てきれない。別にダークヒーローを気取る訳では無いが、腹に一物を抱えているようであれば私達に何かしらの危害が加えられる可能性もある。全て吐き出させる必用もあるだろう。住職が私に聞き込みをさせているのはその部分もあるだろうし。
「俺たちは極道なんていってるが、正直今やっていることは汚ぇ犯罪をちょこちょこやっているだけだ。でもな、矜持はある。アイツは今やっている詐欺犯罪をより大きくし、母子家庭やら貧困家庭やらをはじめとした、弱者の立場になりやすい気質のやつらに牙を向けるように言ってきたんだ。いろんな手当があると誘い込み、そして破滅へと向かわせる。そんなことをしてまで、俺たちはしのぎを得たくねぇ。だが、堅気様に迷惑をかけているくせにどの口がと思うかもしれねぇが、家族も守りてぇ。もうやるしかねぇんだよ」
「そ……」
全貌が見えた。そして恐らく彼の言葉に嘘は全くないとは言わないが、汚いことをしたくないという部分は本質であろうことも理解できた。私個人としても、そこまでふざけたことを警察という肩書きを使ってやろうというのであれば気にくわない。殺すのに何のためらいもなさそうだ。
「その依頼引き受けとく。三日以内に確実にやるから」
「はえぇな。こういうのはターゲットの動向を調べるもんじゃないのか」
「そういうやり方もあるけど、別に丁寧にやることだけが仕事や無いからね」
「そうかい、にしてもアンタがそんな約束して仕事をやる方はたまったもんじゃ無いんじゃないのか?」
「え?」
「ん?」
その言葉に何を言っているのかと眉を寄せると杉内も不可解そうに声を上げてくる。
しばらくの間互いに何を疑問に思っているのかという疑問が生まれ無言の時間が訪れる。その間に杉内の勘違いに思い当たる。
「あぁ……なんか勘違いしてるようやけど、やるのもアタシだよ」
「うぇっ? てっきり情報収集のねぇちゃんか何かかと思っていたが。アンタが?」
心底驚いたように変な声を上げる杉内。せっかく今までぼそぼそと喋っていたのにとも思うが、まぁ、周りのカラオケの音に比べればたいした音では無いので大丈夫だろう。
「信用できないなら、試してみる?」
「……いや、やめておく。人を見かけで判断しちゃいけねぇってのはよく分かっているから」
アタシをじろりと見下ろしてから両手を挙げて反抗するつもりが無いことを示してみせる。もちろん、アタシとしても下手に誰かへ暴力を振るいたいわけでは無い。そもそも流石にある程度武道の心得もありそうな男と真っ正面でやり合いたく等無い。
「それに、俺は今回の件が無事に終わったら詐欺については責任をとるつもりだ。五体無事で居る必要がある」
「そう、いいこと聞けた」
「そうかい。じゃあな……仕事の遂行を祈っている」
「えぇ。それじゃあ」
杉内が出て行くのを待って私は腕を組み、今回の計画を練り上げる仕事を始めた。
アニメや漫画では例えナイフで刺されようが、金属バッドで何度殴られようが立ち上がり抵抗するそぶりを見せるが、現実では一発貰えば痛みをはじめとした身体の異常で動けなくなる。つまるところ、殺害において最も効果的なのは不意打ちにて仕留めることだ。ましてや相手はある程度武術を学んでいるであろう警察なのだからなおのことである。
「今夜、決行するのですね」
荷物のチェックをしつつ、状況報告を住職に終えたところで最終確認が行われる。
海外のダミーサーバーを経由しているせいかいつ聞いてもこのソフトを使っての会話は音質が最悪だ。
「えぇ。三日以内にするとも約束してますし。早急に対策した方がいいのは確実な男ですから。まさか、この期に及んで殺すな、なんていわんでしょう?」
「それはあなたが判断することです」
ということは、煮ろうが焼こうが私の好きにしていいようだ。そもそも、もし殺さないというのであれば、それはきっと死よりも恐ろしい拷問を行う必用があると言うことであろう。残念なことに私にその技術はほぼ無いのできっとやり過ぎて殺してしまうということはほぼ確実だ。
必要最低限にまとめた荷物を持ち上げる。
「気をつけて」
「お気遣い、感謝いたします」
ピッと電源を切ると私は止まっていたホテルの窓から飛び出す。こうすることでエントランスの監視カメラには写らず中で過ごしていたというアリバイ作りにもなり得る。まぁ、どれだけ調べようが私の犯行が世間にバレるような事は決して無いだろうが、念には念を入れてだ。
夕日に照らされる街をすり抜けながら目的の場まで急ぐ。ターゲットに勘ぐられないように細心の注意を払いながら進み、事前におびき寄せていた港近くの倉庫に到着する。
どのような都市でも探せばおあつらえ向きな場は残っているものだ。ましてや今回は裏に暴力団組織が絡んでいる。そいつらの縄張りとしている場所を聞けばすぐに見つかった。
「お早い登場だな」
先に到着していたらしい杉内が話しかけてくる。当初は巻き込むつもりは無かったがいくつか安全なプランを練っているうちにこれが一番確実であろうということを思いつき協力を仰いだ。ただし、演技がかってしまうとそれはそれで何があるか分からないのでプランは最小限にしか伝えていない。
振り向きざまに杉内の鳩尾を狙い拳を入れる。
「がはっ」
続けざまにハイキックを入れて頭部に怪我を負わせて、終いに首の付け根を狙い昏倒させる。油断をしていたこともあるのであろう、杉内はすぐさま意識を手放して地面に寝転がる。
「まぁ、あんたらがやったことの罰の一つやと思って、受け入れて」
そもそもがコイツらはたくさんの人間に迷惑をかけているので殴られたところで文句も言えないだろう。
テキパキとロープで簀巻きにした後、倉庫に放り投げる。後はメインターゲット、広中を待つのみである。
古くさい倉庫は破棄された物なのか中途半端な荷物がたくさんあり、妙な雰囲気が漂っている。うっすらと積もる埃もそれを演出しているが、ここでも過去にたくさんの人が働いていたような形跡が残っている。今現在、この倉庫がどのように使われているのかはわからないが、どうせ今回のようにろくな事に使われていないのであろう。
時間をチラリと確認してから身を隠す。そうして過ごした10分後、倉庫の扉が開かれる。
――――広中だ。
手元のナイフを強く握りしめる。殺気を最小限にとどめて奴の動きを見守る。
「おい、杉内。なんのようだ?」
コツコツと倉庫の中に入ってくる男。写真で見るよりもふてぶてしさがあふれているのは不機嫌な様子がくみ取れるからであろうか。
「杉内……? おい、杉内?」
真ん中で転がっている杉内を発見したららしい。焦ったような声を上げて駆け寄る広中。その背中は無防備だ。
音を立てぬようにそれでいて素早くその背中に急ぐ。
「何があっ――――たぁ?」
グサリと背後から一刺しする。ぶくぶくと背中にまでついた脂肪はきっと多くの人を苦しめてせしめたお金からできたものだ。その脂肪が彼を守らんとばかりにナイフの侵入を拒もうとしてくる。
しかし、何かを喋らせるよりも早くもう一本のナイフを取り出して次は確実に殺すために肝臓あたりを狙い定めて突き刺す。音にならない音を出しながら血を吐き出す広中。返り血を最小限にとどめるためにナイフを突き刺したまま離れる。
広中はそのまま倒れ伏しぴくりとも動かなくなる。
「ごほごほっ……容赦、ねぇな」
「……起きてたんだ」
「ついさっき、な」
杉内がよろよろと立ち上がりながら応える。こちらこそ容赦なくたたきのめしたつもりだったのだが案外早い立ち直りだ。今回は別に問題なかったがここは次回以降の反省点として打撃の訓練も積んだ方がいいのかもしれない。
「俺を囮にしてってことか?」
「まぁね。ただ、殺すだけ。それならばこんなことはしない。だけども広中との関係性が分からないようにしつつ、とか色々オプションがあったからね」
「お気遣いどうも。それで、これからはどうしたらいいんだ?」
「広中の処理はそっちで適当に。海でもいいし、山でもいいし、粉々にしてもいい。処理方法は任せる。それはそっちの方が得意だろうし。それでアンタは広中の仲間に何者かに襲撃をされたと言う。その後は任せるけど、責任をとるって言ってたんだから警察に自首して。自首の理由は、広がりすぎた詐欺を取りやめ上の団体に迷惑をかけないようにするため、とでもしといたらいい。広中の仲間には広中不在の今、このまま詐欺を続けることが困難になった、とでもいえばいいと思うし」
「なるほどな。俺たちがゲロら無ければ広中の汚職も分からない。そしてそれをt盾に脅されることも無い。もしかしたら怪しまれるかもしれないが……俺も襲われていることを考えると言い訳は立つか」
ぶつぶつとなにやら思案する様子の杉内。ただし、ここから先は杉内の仕事だ。私には関係ない。ただ殺せばいいだけのところをある程度お膳立てしてやったのだから残りは任せることにしよう。
「ま、後はあんたに任せるから」
「分かった。今回の報酬は言われたとおりの場所に振り込んでおいた。確認しておいてくれ」
「それもアタシの仕事じゃ無いから」
お金に関しては興味が無い。まぁ、今回は極道組織だしそれなりにふっかけていることであろう事は想像に容易い。あの狸じじぃならいくらでも足下を見ることであろう。
アタシは手を振って彼らを残して後を去った。