さめしし。2025年GWのweb企画「美味さめしし」(主催:へそ様@DasonHen)で書きました。一緒に瓦そばを食べているさめししです。
前にお土産で作って食べるお話を書いた( https://privatter.net/p/11183839 )ので、今回はその後にお店を訪れた設定で書きました。お店は「元祖瓦そば たかせ」。本店は山口県の川棚温泉ですが、さめししには門司港店に行ってもらいました。
この後二人でレトロ観光したり、海峡渡って水族館に行ったり、夜景見たりしながら美味しいものいろいろ食べるはず^ ^ (初出:2025/04/30)
@5_bluedaisy
海峡に臨む、レトロな雰囲気が売りの観光地。港町の市場のような設えで遊覧船の波止場に沿って並ぶ、数々の土産物屋や飲食店。
早めの昼食時に首尾よく目当ての店にすべり込んだオレと村雨は、運ばれてきた料理を目の前にして、同じ趣旨の言葉を発していた。
「……瓦だ」
「瓦だな」
立ち昇る白い湯気、じゅうじゅうと麺が焼ける音。
それは二人分の麺と具を載せているのが、普通の皿ではなく熱く焼けた瓦だからで、黒光りする瓦は湾曲した凸の面を上に向けて、持ち運び用の厚い木板に置かれているのだった。麺も、その上の具もすべて、瓦の描く緩やかなアーチの上に器用に盛られている。
「オレさ、写真よく見てなかったんだけど。てっきり凹んだ面に盛ってあるのかと思ってたぜ」
おそらく長年使い込まれてきたのだろう、表面の細かな凹凸と焦げ具合がもはや鉄板のような風合いを醸し出している瓦を、オレは感心しながらしげしげと眺めた。
正面の席で、村雨がくすりと笑みをこぼす。
「それだと料理に手を伸ばした際に、高くなった縁の部分に触れて火傷をしかねない。盛り付けの美しさも、こうして凸面に載せる方が勝っているだろう」
「あぁ、そっか。そーだな」
「そんなことより、食べるぞ。腹が減った」
「待てよ、写真くらい撮らせろって」
早くも割り箸を持ち上げた村雨を慌てて制して、オレは湯気を上げ続ける瓦そばに向けてスマートフォンを構えた。
瓦そばの麺は若草色をした、いわゆる茶そばで、その上に細切りにして炒められた牛肉と錦糸卵がたっぷりと盛られている。さらに小口切りの細ねぎが散らされて、海苔とレモンの輪切りが重ねられていた。レモンの上には円錐形に整えられた紅葉おろしがちょこんと乗っているのが、小さな帽子みたいに見えて可愛らしい。彩りも赤、黄、緑、黒と揃っていて申し分なかった。
「獅子神」
オレが写真を撮っている間に、村雨はこちらに取り皿を廻して、割り箸も添えてくれていた。湯呑みのお茶も、いつの間にか注ぎ足されている。普段家にいる時は我儘放題で、甘えられるままにオレが何でもやってしまっているが、外に出るとそれなりに気を遣って動く(しかも手際もいい)のが、村雨の育ちの良さを感じさせるところだった。
でも、その眼は明らかに早く食べたい、と焦れている。オレは苦笑しながらスマートフォンをしまって、お待たせ、ありがとな、と応じてみせた。
「……では」
「いただきます」
手を合わせて、箸を割る。取り皿の椀を近づけて、重なっている麺と具を慎重に引っぱり出しながら取った。
つゆの入っている急須は、ほんのりと温かい。それを持ち上げて椀につゆを注ぎ、割り箸を持ち直して、麺と具をまとめて口に入れた。
「んー、美味い!」
ぎゅっと噛みしめて、思わず唸った。
風味のある茶そばと、炒めた肉の旨み。それに濃いめのつゆが絡まって、予想よりもインパクトのある味わいだった。遅れて錦糸卵のふんわりした甘さと、シャキッとした細ねぎの香りがやってきて、良い具合に口の中で味が混ざり合う。レモンの上に乗っていた紅葉おろしをちょっと摘まんで、取り皿の椀に落としてみると、さらに味わいが変化して、爽やかさの増したふた口めになった。
「つゆの旨みが結構濃いな。前にオメーが学会の土産で買ってきてくれたやつと、また違う味だ」
「製造元が異なっていたのだろう。あなたが作ってくれたあれも、この店のも、どちらも美味いが」
言いながらも村雨はするすると瓦そばを食べ続けていたが、取り皿の中が空になったところで、いったん手を止めて顔を上げた。
「そういえば、尋ねていなかったが」
「え?」
「一度作って食べているのに、また瓦そばで良かったのか? この辺りの名物なら、焼きカレーも有名だろう」
「あー、それは」
オレはちょうど持ち上げた麺を口に入れたところだったので、もぐもぐと噛んで飲み込んでから答えた。
「いっぺん自分で作っているからこそ、かな。本物食ってないのに見よう見真似で作ったから、どんなのか結構気になってたし」
「なるほど」
「実際見てみたら、この瓦とかびっくりしたしな。つゆの味に合わせて肉の味付けはこれくらいなんだなーとか、いろいろ考えることあって面白い。来られてよかったぜ」
「ならば、よかった」
村雨が笑って、また大きく麺と肉を掬い取る。紅葉おろしを落とし、レモンの輪切りも取り皿の椀に乗せてから、追加のつゆを回しかけた。
よどみないその手つきを眺めながら、オレも尋ねてみる。
「オメーこそ、他のモン食いたかったんじゃねぇの。これ、前に学会で来た時にも食ったんだろ?」
土産で買ってウチに持ってきたということは、現地で食べて気に入ったのだろうと。当然のようにオレは、そう思っていたのだが。
村雨は視線だけを上げてオレを見つめると、あっさりと首を横に振った。
「いや、前に来た時は、食べてはいない」
「は?」
驚くオレをよそに、村雨はたっぷりとつゆに浸した茶そばと肉を——ほとんど肉ばかりに見えたが——ぱくりと口に放り込んだ。
美味しそうに口を動かす村雨に向かって、思わずオレは身を乗り出す。
「や、でもお前、お土産で買って来てただろ? 食って気に入ったから、オレん家に持って来たんじゃねぇの」
「あれは、口実だ。あの頃はまだ、あなたに想いが通じていなかったからな……ああいった土産を携えて、料理してくれと言って持ち込めば、あなたは断らないだろうと思ってのことだ」
「え……は……」
オレが目を白黒させて固まっていると、村雨は箸を口元に運びながら、にやりと笑った。
「まあ、今となっては私たちは立派な恋人同士だ。あれも時効ということで、許してほしい」
すいと動いた箸先が、焼けた瓦の上の麺に伸びる。既に具の大半が無くなっていて、瓦に直に接していた茶そばの麺が、ぱりぱりに焼けているのが見てとれた。
焦げ色が付いて一部が茶色になった麺を、村雨が箸で掴む。でも、さっきまで普通にほぐれていたはずの麺は焼けた部分でくっついてしまっていて、ずずっと塊になったままで引っぱられてしまう。すぐに村雨も気づいて、箸先を入れて塊を分けようとしたが、意外としっかりくっついているようで手こずっている。残り少ないとはいえ、錦糸卵や細ねぎがまだ乗っていることもあり、力が入った拍子に具が飛び散るのを心配しているようだった。
「村雨」
オレは自分の箸を伸ばして、塊になった茶そばの片端をぐっと押さえた。
「こっち、オレが持っとくから。お前そっちから、ゆっくりほぐして」
「……わかった」
頷いて、村雨が慎重に箸を動かしていく。少しずつ麺を分けながら引っぱり、こぼれそうな具を取り皿の椀に受けて、肉の欠片を残さずに拾う。結構真剣な表情になっていて、それが可愛らしいなと思った。
瓦の上で麺を押さえる自分の箸先に、テーブルの向こうから村雨が麺を引く力が伝わってくる。家で作った時はそれぞれの鉄板に盛ったから、これは初めての経験だ。大皿を頼んでシェアするっていうのは他の店でもやったことがあるけれど、それともちょっと違う。
同じ皿から、同じものを食ってる、て感じが凄くする。
とても親密に、傍にいて、ひとつの同じことをしているという一体感。
オレはきっと、これからもこうして村雨とメシを食っていくんだろう。
いろいろな場所で、いろいろなものを。
ずっと、一緒に。
「……これでいいだろう。獅子神」
村雨が箸を引いて、顔を上げた。
どうぞ、という仕草をされたので、頷いて残りの麺を引き寄せる。きっちり半分になっているのが、村雨の真面目なところだった。
ぱりぱりに焼けた茶そばをつゆに漬けて、がぱりと口に入れる。焦げた風味が香ばしく、つゆの濃い味と絡まって、全然違う食感でまた美味かった。家のフライパンで焼いて鉄板に載せた時は、ここまでカリッとはならなかった。熱く焼いた瓦の蓄える熱は、それだけ凄いってコトなんだろう。
残りの紅葉おろしも入れてみようと思って視線を上げたら、早くも麺を食べ終えた村雨が、店員を呼び出すボタンをじっと見つめていた。
苦笑しながら、けしかけてみる。
「お前、うなめしも食いたいの?」
最初にメニューを見た時に、瓦そばと並んで載っている写真を、村雨がわりと真剣に眺めていたのだ。小ぶりの丸い木櫃によそわれた白ごはんの上に、タレでふっくらと焼かれた茶色の鰻が並ぶ様は、確かに美味しそうだった。よく混ぜて好きに薬味を加えたりして、最後は出汁をかけて食べるという説明が添えられていた。
深紅の瞳で、村雨がオレを見つめる。それから、こくりと頷いた。
「注文しても?」
「かまわねぇけど、一つでいいからな。お前、夕食は地ビールのレストラン予約したって言ってただろ。だからオレ、今は腹いっぱいにしねぇでおきたいんだよな」
どうせおやつも食うんだろ、とは言わずに飲み込んでおいたが、村雨には伝わったみたいだった。
「ではそうしよう。しかし、できればあなたにも、ひと口は味わってほしい」
「まあ、ひと口くらいなら」
「せっかく旅先で、美味しいものを食べるのだ。可能な限りすべてを、あなたと共有したい」
そう言うと村雨は、呼び出しボタンを押した。さっとやって来た店員にうなめしを注文してから、こちらを向いて微笑んでくる。
甘やかなその視線に、思わずきゅっと腹の奥が疼いた。
ずっと一緒に、いろいろなものを見て、食べて。
たくさんの想いを、熱を、共有していく。
村雨も、同じようにそう思ってくれてるのがわかったから。
決して手放さないと、伝えてくれているのがわかったから。
「……どうした、獅子神」
「うるせー、何でもねーよ」
ぼっと顔が赤くなっていくのが、自分でも分かる。照れ隠しで乱暴に答えながら、瓦の上に残っていたレモンと紅葉おろしを、まとめて取り皿の中に突っ込んだ。ぱりぱりに焼けた最後の茶そばを浸して、一気に口の中で噛みしだく。
「うぉっ、さすがに辛ぇ……」
「何をしている、マヌケ」
呆れた顔で村雨が、もう熱さのとれた湯呑みを差し出してくれる。礼を言ってお茶を飲み干したら、少し口の中がすっきりして、気持ちも整えられた。
「あのさ、村雨」
さっきは驚いて言いそびれたけど、オレまだ一つ、言えてないことがあって。
でも、村雨が片眉を跳ね上げて何だ、と問いかける前に、追加で注文したうなめしが運ばれてきた。観光地の名店らしく、オーダーを捌くのが速い。下拵えで出す寸前まで持っていける料理なのも大きいだろう。
「食えよ。食い終わってから、ちゃんと話すって」
「……わかった」
促すと村雨は、素直にうなめしを混ぜ始めた。
茶碗によそい、オレの分も少し取り分けてくれる手つきを眺めながら、心の中でつぶやく。
お前が土産で瓦そばとか持ってきて、オレに料理させては食って、泊まっていって。
オレがお人好しだから応じてるって、お前はそう思っていたかもしれないけどさ。
まさかと思ってたから言わなかったし、今さら言う日が来るなんて恥ずかしいけれど。
あの時にはもう、間違えようのないほどに。
オレはお前のことが、好きになってたんだよな。