@fu_re_re_ra
《ひとつ火浮かぶ〜宵に咲く刃〜》
「目を悪くするぜ」
ふらり、と彼女の私室に入り込んだ鶴丸国永が、暗がりに白くぼんやりと浮かび上がった。
気配も無く足音も無い不意の来訪者に、彼女はふと顔を上げて小首を傾げた。
彼女は月の無い夜闇の中、虫の音を聞きながら、のんびりと書を開いていた。日記を書き付けた紙のようだった。
「なんだか目が冴えちゃって」
「おいおい、一つ火で見るのは刀達だけにしてくれよ」
「? 鶴るん?」
謎かけのような鶴丸の言葉に、彼女が意味の分からなそうに首を傾げた。
鶴丸は闇の中、白裾を払って、縁側に座り込んだ。ゆったりと手招いた鶴丸に、彼女は素直についてきて、隣にすとんと腰を下ろした。
「ああ、きみはキリシタンだものな、古事記や日本書紀はあまり馴染みが無いかい? 古い神話に在るんだが、一つ火で物を見るのは、些か不吉な行いなのさ。闇に良くないものが浮かび上がるからな」
雪より白い指先をくるりと宙で丸く降って、鶴丸はそう智慧を授けた。
「闇にあかりを灯す暗がり刻を、火点し頃とも呼ぶな。逢魔が時の別名さ。つまり、暗闇に灯火を一つだけ点す行為は、本来見えぬはずのナニカと出逢いやすい刻限を、自室の暗がりに招くということなんだ」
百物語は聞いたことがあるかい?
あれも灯りを一つ一つ消して、九十九の物語の最後にひとつ火にするだろう。
ああいうのは、よくない。
そう鶴丸は、軽やかに警句を与えた。
「だから、油に火を灯すなら、灯篭は複数用意するといい」
「そうなんだ、知らなかったや。ありがとう、次からそうするね」
「明日、畑仕事の前に、ちょいと蔵を漁ってみるとするか。ちょうどいい灯篭の一つや二つ、どこかしらに眠ってるだろうさ」
ふと鶴丸は、軽やかに回る口を閉ざして、夜に浮かび上がる金色の視線を、ゆっくりと彼女へ向けた。
「けどな、刀を鑑賞する時には、一つ火で見るのが基本なんだ。複数の明かりで別々の方向から照らすと、刃文が綺麗に浮き上がらなくなるからな」
逆に言えば、ろうそくの弱い光でも刃文が美しく浮かび上がるのは、古くから名刀の条件と言われるぜ。
鶴丸はそう口にしながら、夜闇のかすかな明かりの中
白木の床に片手を置き、ぎし、と音を立てて距離を詰めた。
一つ火だけが照らす、星無き暗がりの中。
夜闇に白く浮かび上がった鶴丸は、美しいかんばせを笑みに染め、悠然と微笑んだ。
どこか蠱惑的に、艶っぽく、あでやかに。
まるで、彼女の視線を独占するように。
耳朶に囁くような距離で、鶴丸は口許に笑みを払った。
「だから、一つ火で見るのはオレたちだけにしておいてくれと言ったのさ」
「じゃあ、眠れなかったら、またお話し相手になってくれる?」
「もちろん」
夜に降り立った鶴は、そう静かに微笑んだ。
ひどく無垢で幼なげな振る舞いの主人は、鶴丸が美しくあでやかに微笑みかけても、ただ嬉しそうに、いとけなく喜ぶだけだった。
「まあ、今はオレが居るからいいが、その内、本丸の護りを固くする刀も呼ばないといけないな」
夜鶴は徒らに主人を試すのをやめて、再びさらりと適度な距離を取り直すと、少し思案げにしながら、ゆるりと顎を擦った。
「仮に一つ火を点せども、余計な鼠一つ入り込む隙も無い。そんな強固で綻びの無い場所にするために、な」
そうして後に、この本丸に一番始めに降り立った御神刀が、大太刀の石切丸だ。彼は本丸の霊的護りを担当している。
闇に潜むモノを祓い、病を斬る強い力を秘めたこの刀は、現世でくすしを営む主人の特殊な出自を耳にすると
「そうか、なら私ときみは、同じということになるかな」
と柔らかく微笑んだという。
キリシタンが故に、審神者が身に付けるべき神道の礼儀作法に疎い彼女の特殊な経歴も、穏やかに許容しながら。
この本丸では、鍛刀の際にいささか不思議なことが起きる。
彼女が呼び求めた刀は、一度の試みで必ず来る。それは、単に指名した刀剣男士が来るという域を超え、求める性質を兼ね備える刀までもが、祈りに答えて必ず降り立つという意味だ。
「ああ、今思えば、石切丸が誰より最初にやって来たのは、道理だったかもしれないなぁ」
盃を傾けながら、鶴丸が思案げにそう口にした。
石切丸は長く神社に奉納され、病を斬る御神刀として祀られてきた古い刀だ。
そして彼女は医術師の身。彼女もまた、病を祓う者だ。
「自分と共通点を感じられるような刀を呼べれば、きっと良い結果に繋がると、物吉貞宗の時に彼女に勧めたのは、オレだからなあ」
「光栄だよ」
石切丸は、鶴丸が優しく傾けた徳利を静かに受け取りながら、こくんと清酒で喉を潤した。
「私はね、鶴丸さん。この本丸に呼ばれてから、不思議と己の存在に矛盾を感じることがほとんどないんだ。だからとても息がしやすい」
石切丸はそう穏やかに語った。
「戦の只中にあって、彼女は医術師であることに揺るがない。敵を斬る刀剣男士、病を斬る御神刀。どちらも、切り分けて考えなくて良いことなのだと、彼女と居ると自然と実感するんだ」
石切丸は、飲み干した盃を、かつんと置いた。
「在りたいように在ればいい。人も物も」
そうして、顔を上げると、鶴丸へと柔和に微笑みかけた。
「鶴丸さん。きみは、どう在りたいんだい?」
「さて、どうかな──……」
盃をゆらりと揺らして、鶴丸は夜空を仰いだ。
彼女の居ないまま更けていく月夜を。
蝋燭の一つ火で、夜にも鮮やかに美しく浮かび上がるのが名刀の条件なら。
刀剣男士とは皆等しく、夜闇に浮かぶ化生のモノだ。
しかしどうにも、彼女は日向の匂いがする。
輝く太陽の下で笑い、月明かりの下で祈るその姿からは
かすかに血の匂いはしても、それ以上に、清らかな消毒液の匂いが立ち上る。
そんな、人斬り道具を従えてなお
戦の只中にあって変わらず誰かを救うことを是とする
綺麗すぎるままの彼女を──……
どう扱うべきか
鶴丸国永は、実のところ、今もまだ考えあぐねている。
to be continued