消極的山ォ小噺モブ女目線いつの時代かは知らん。
ショウさんを待ってる山男。
@kurato0o
未亡人
がたんごとんと音がする。最近出来たというゴンドラに乗って、テンガン山の観光に来ていたわたしは、深い後悔と一抹の希望を抱いて座っていた。
私の故郷はそれなりに温かい土地だった。最近はポケモントレーナーになる子も増えてきて、街中は明るい活気に満ちていた。若い子が希望を語り、自分の足で道を切り開いていくこのご時世、大人たちは勿論拍手喝采で喜んでいる。昔はポケモンを遠巻きに見ているだけの時代もあったそうだ。そういう関係値や景色を見ていた老人たちはそれはもう嬉しいだろう。このシンオウ地方は特にそうであったらしい。私は、期待に溢れた若者の顔を見ながら働くのが嫌になって、ポケモンとも人とも仲良く生きてこれなかった自分の人生がほとほと嫌になって、ひとり旅に出たのだけれど、出来るだけ遠くという意志だけでここまで来たら、観光地と呼ばれる場所はみんななんだか古臭いというか、ポケモンと一緒に生きることを美徳として語ろうとする場所ばかりで、なんだか余計に疲れてしまった。最後にテンガン山に登って、明日には帰ろうと思っていた。ぼんやり計画を立てるのは良くなかった。天気は大荒れで、なんとか乗れたゴンドラだったが、中にいるのはわたしと、外を一心に見詰める大男のふたりだけだった。
無言の時間。ごとごととおしりごと揺れる室内。
ちらりと横目で男を見やる。
彼は、非常に美しい人だった。
褪せたような金髪をひとつに纏めて結んで、ぼうっと外の景色を眺めている横顔はすっと高い鼻梁が目立っていた。瞳に色はなく、疲れ切ったような表情で、それこそときめきとは無縁のような空っぽの目をしていた。薄い唇は結ばれたまま、流れゆく白い景色をまるでこの世の終わりかのように見守っていた。
彼はわたしだ。
胸の内で、仄暗い感情がそう呟いた。
人生になんの期待も希望もない、そんな男。きっと、彼もくたびれている。この世界に。
それは直感であって、理性なんてものはひとつもない感覚だった。
ただ、この辺獄で、まるでわたしは旧友か、久しぶりに会った幼馴染を見付けたような、そんな錯覚に陥った。
ごとん、ごとん。
一面の白。雪に覆われた体表。
変化なんて微塵も感じさせない雪景色は、都会の変わりゆく様に疲れたわたしたちを癒そうとしているのかもしれない。
ごとん。
ゴンドラが大きく揺れて、山頂付近に停まる。
男は動かなかった。
わたしも動かなかった。
まるで縫い付けられたみたいにその場から動けなかった。
「……さみしいですか」
ふと、わたしの口から出た言葉はそんな物悲しいものだった。
男は機械的な動きでわたしの方を、目線だけで追った。横顔は美しいまま、彼は一瞬で興味を失くしたのか、また外の景色を見やる。
答えのない問い。
それは自分自身に投げ掛けたものだったのかもしれない。或いは女の性なのだろうか。
この男が何を考えて、こんなにも疲れているのか知りたいと思った。
停止したゴンドラ。
会話のない空間。
男の横顔は無感情で、今にも息を止めてしまいそうに見えた。
「ひとりですか?」
わたしは次いで尋ねた。
男はじっと遠くを見詰めたまま、ええと低い声で答えた。掠れた声はわたしの耳によく馴染んだ。
「ずっと?」
「……ずっと」
ここから降りたら、降りてしまったら、彼はこの白くて冷たい雪の中に埋もれて、そのまま消えてしまうのだと思った。
わたしもです、そう返事をしようとしたとき、男がぼそりと呟いた。
「待ってる…………」
虚ろな瞳が、そう言った。
すっと身体から熱が引くのがわかった。
理解するより先に、その空気感にぞっとした。
男の呟きは、囁かれたもので、どこか遠くに向けたものだということだけが直感でわかった。わかってしまった。まるで人ではないかのようだった。この世に置き去りにされた思念のようなものが、美しい男の皮を被って化けて現れたかのようだった。それほどまでに彼の一言は空虚で、実がなく、苦しさを感じさせない透明なものだった。
わたしは慌ててゴンドラを駆け降りて、慣れない雪の中を走って、いつの間にか神殿のような場所に辿り着いた。それがかの有名な槍の柱だと気付く頃には恐ろしさは軽減していて、一呼吸置いてから帰るしかないと来た道を戻った。またあのゴンドラに、幽霊のような男がいたらどうしようと思ったが、彼の姿はどこにもなかった。この山奥で、道もひとつしかない中、どこへ消えたというのだろう――…。
わたしは考えるのをやめた。
次の日、わたしは故郷への道のりで、あの美しい男を思った。あれは本当に存在した人物だったのだろうか。疲れ果て、慣れない過酷な土地で見た幻覚かなにかであったのかもしれない。
そう思うことにした。
シンオウ地方の雪は、今も降り続けている。