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退屈な神さまと壊れない子ども

全体公開 75 9333文字
2025-05-13 07:47:48

【必読】五夏/神さまパロディ/神さま悟と訳ありな傑

かつて子どもの日だったので
趣味趣味の趣味

Posted by @itou_888

色のない髪の童子:ものすごいパワーを持っている。力加減が好きじゃない

黒髪の童子:見た目の割りにませている。色のない髪の童子よりも頭一つ分背が高い

化け物:化け物

**

 一柱の神がいた。童子の姿で生まれた神は、その気質もまた童子のようであった。
 快、不快を行動の指針とし、ある時は山を一つ消し飛ばしたし、またある時は湖を作り出したりした。
 出来ないことはないと豪語する神に誰もが傅き、その通りだと褒めたたえた。讃えられるごとに神の力は増し、支配領域が広がる。そして、とある里の近くまで神域が伸びた。



 なんの変哲もない、どこにでもあるような里だ。富んではいないが、貧しすぎるわけでもない。箱庭のような穏やかさを持つ、特筆すべき点のない里である。
 神は退屈だった。昔作った湖を日上がらせても良かったのだが、そこでとれる魚が食える程度には美味かったので別の暇つぶしを探すことにした。故に、里まで足を伸ばしたのだ。
 里の近くには強力な化け物が住むと聞く。そいつを相手にひと暴れしようと考えた。なんでも化け物は挑んできた相手をぺろりと平らげてしまうらしい。どんなデカブツなのだろう。

 生まれ持った力を振るうのは、快い。化け物退治の前に人の営みでも見ておくかと気まぐれに訪れた里で、神は一人の子どもと出会った。
「おい。この辺りに化け物が住んでるだろ。案内しろ」
「ええと。君は、どこから来たのかな」
 神よりも頭一つ分背の高い子どもは、怪訝そうな表情で振り返った。角度によっては紫やら金やらに見える黒い瞳と視線が合った瞬間、神の背筋にびりびりとした電流がはしった。理由は分からない。けれど、不快ではなかった。
「オマエ、何だ」
「それはこちらの台詞だよ」
 親指の背で参ったと言わんばかりに眉間をかく子ども。この子どもと暇つぶしをしたい。思った時には体が動いており、逸る気持ちのまま子どもの手首を掴んでいた。ただの人間に対して、加減もせずに力を込めてしまったと気づいた時には遅かった。しかし。
「痛いよ。力の加減を知らないのかい」
 うっかり。ついうっかり、力を込めて手首を握ってしまったというのに、子どもは壊れていなかった。並の人間ならば、手首から先がねじ切られていただろう。信じられないといった表情を隠さず、頭のてっぺんから足の先まで、まじまじと見つめる。
 そもそも、神は自らの力の出力を弱いものに合わせて調整するのが苦手だった。正確には、調整できるのだが、何故自分がわざわざそんなことをしなければならないのか、理解できなかったのだ。だから、やらない。
 そんなこんなで、いつもの癖でありのままの力を奮ったにも関わらず、子どもは平然としていた。しび、と頭の先まで痺れるような感覚に襲われる。
 コイツは何だ。ぞろり、と額が割れてもう一つの目が現れる。青空をとろとろになるまで煮詰めて、荒く砕いた宙を混ぜたような、蒼の玉。人に擬態する際には隠していた本来の瞳が瞬くと、子どもはため息をついた。
「ああ、そういう。分かったよ。汲んできた水を家に置いてくるから、それまでいい子で待っていてくれ」
「は?」
 呆気にとられるとはこのことか。
 映るもの全てがひれ伏す神なる瞳に見つめられたというのに、子どもはぽんぽんと気安く頭を撫でて去っていった。
 三つの瞳がきょとんと丸くなる。自然に振り解かれた手を頭へと動かし、優しく撫でられた感触を思い出していた。

 子どもは存外すぐに戻ってきた。言われた通りにぼんやりと待っていた神を見て、少し驚いたような反応を見せていたが、結局は何も言わずに手を引いて、里から離れた雑木林まで連れていった。ところどころ手のひらが硬くなっているが、子どもらしい丸みを残した温かい手だった。
「ええっと、君がただの人ではないことは分かるよ。目的があるのかな」
「は、いや、え?」
 声をかけられてやっと、ここまでされるがままだった自らに気づく。驚いて、握られたままの手と子どもの顔とを見比べた。
 混乱している神に、子どもは持ってきた握り飯を差し出す。
「君が何を食べるのかは知らないけれど、新しい米で握ったんだ。きっと何よりも美味しいはずだ。食べてみるかい」
……うん」
 言われるがまま、手頃な岩に腰かけて二人で握り飯を頬張る。やたらと美味く感じるのは何故だろう。これまで食べてきたどの捧げ物よりも美味しいと思えた。
「腹は満ちたかな」
 子どもの問いかけに頷く。すると、安堵したような表情で子どもは繋いでいた手を離した。途端に、隙間風が吹いたような寒さを感じる。それは、突然知らない場所に裸で放り出されたような感覚に似ていた。
「それじゃあ、今日はもう帰りな。もうすぐ暗くなるし、そうするとこの辺りには化け物が出るからね」
「それだよ!」
 離された手の名残惜しさを振り払うように神は立ち上がった。
「俺はソイツと暇つぶしをしに来たの!」
「ええ……
 夜になれば現れる、と子どもは言った。神は、美味い握り飯の礼に化け物を追い払ってやってもいいような気分になっていた。そんなこと、今までやってこなかったが、人間とは与え与えられを繰り返して生きていると聞きかじったことがある。真似事くらいはしてやっても構わない。
 それに、どうせ近いうち、この里は神域に呑まれる。そうなれば不浄の化け物など、はなからいない方がやりやすい。
「その化け物と暇つぶしをしたら帰る?」
「帰る」
「じゃあ、約束するかい」
 適当に頷いた神の前に小指が差し出された。意味が分からず首を傾げると、子どもはその小指を神の小指に絡めて歌い出した。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます。指切った」
「オマエ……
 きょろりと再び現れた第三の目が小指を見つめる。
 縛りだ。神を相手に、この子どもは破ることのできない縛りを結んでみせた。これが異常事態だと、神には分かる。ただの子どもが、このような真似をできるはずがない。
 強ばった表情の神をおいて、子どもは天に手をかざした。
「おいで」
 めき、と音をたてて空間に裂け目が生まれた。
 人間たちが、逢魔が時と呼ぶ時間帯。太陽が沈み、空が暗くなる頃。まだ薄らと赤い色を残した空が裂けて、深い闇が顔を覗かせる、その奥。
──ォオオン……ォオン……
「本当に、」
 神の領域には存在しえない、禍々しい化け物が姿を現した。
 その身に触れる尽くをみな腐敗させるかのようなおぞましさ。不浄。悪鬼。穢れの根源。こんな平穏な土地に存在していいはずのない醜悪。
 それが、子どもの一声をもって空を割り現れたのだった。
「本当に、オマエは何なんだよッ!」
 血湧き肉躍る興奮に、神は歯をむきだし吠えながら力を奮った。

 曰く、化け物を使役できるのだという。
 子どもはそう言った。噂になっている大食いの化け物に関しては知らないが、それ以外の化け物に関しては子どもが支配下においているらしい。
 聞けば、この辺りは昔から化け物が多く生まれる土地だったのだそうだ。子どもは物心着く頃からずっと身近に化け物の存在を感じながら過ごしてきたのである。
「だから、君が人ではないことにも驚かなかったんだよ」
 満身創痍になった化け物を、再び空間の裂け目へと戻しながら子どもが笑った。
 流石に化け物と並べられるのは気に食わないが、それよりもどうやって化け物を使役しているのかが気になる。方法を教えろとねだると、そこで初めて嫌そうな表情を見せた。
「この辺に大食いの化け物がいるって言っただろ。ソイツを使役してみろよ」
「本当にこの辺にいるの? 私、ここ一帯にいた化け物は全部成敗したと思うけど、大食いの化け物なんていなかったよ」
「全部?」
「うん」
 おどろおどろしい沼地や、枯れ木ばかりの雑木林を連れ立って歩きながら会話を続ける。暗い道の途中で鮮やかに色づいた木の実を食べては、また会話に花を咲かせた。
「じゃあ、俺が住んでるところから離れたところに行くぞ。そこなら、神気にビビって逃げた化け物もいるだろ」
「そこって結構遠い? 明日じゃだめかな」
 子どもは世話になっている家で炊事や掃除を任されているようだった。そんな些事でこちらの誘いを断る相手がいるなんて、これまでならば考えられなかった。不快ではあるが、飲み込めなくもない。すっ、と小指をたてると、子どもは嬉しそうに小指を絡めて、また明日と笑った。

 ところ変わって山中である。神は日が昇ると同時に里の近くで子どもが現れるのを待った。
「早いね」
「そっちもな」
 里の外から声をかけてきた子どもは、いくつかの山菜が入った籠を背負っていた。
「この時間なら、獣も寝ているんだ。彼らを不用意に怖がらせる必要はないだろう」
「あっそ」
 子どもの頬についた泥を指で拭ってやる。たいそう驚いた表情をした子どもであったが、神の手が汚れているのを見るや否や、懐から手ぬぐいを取り出して丁寧に拭い始めた。
……オマエ、手が熱いな」
「そう? 君の手はひんやりしてる」
 暫く互いの手を握りあっていたが、子どもが炊事をしてくると言うので、神は静かに背中を見送った。

「すごいねえ」
 神はもちろん宙を飛ぶことができる。家事を終えた子どもを引っつかみ、悠々と飛行し始めた。神を見て感心したような声をあげる者は多い。聞きなれたはずなのに、妙にくすぐったい気持ちになった。
「君は一人で飛べるんだ」
「まあな」
 降りたったのは荒れた滝にほど近い岩場だった。
 ここにはかつて人間たちに信仰されていたものの、神の誕生と共に記憶から忘れ去られた"もどき"共がいる。ちょいちょいと動きを鈍らせて、子どもが使役するまでを観察すれば、いい暇つぶしになるだろう。
 少し離れた位置にある岩の上で胡座をかき、やってみせろと促した。
 子どもが心得たように動き出す。足どりはしっかりしているから、このような場所を歩くことに慣れているのかもしれない。ぼんやりと眺めていると、神の背後から件の化け物が現れた。
「あー、はいは……
「危ないッ!」
 神の力を取り込めば、また地上や天空で返り咲けると思っている馬鹿は多い。だから、いの一番に神が狙われた。意外性もなにもない展開に小指一本で対応しようとしていた神の身体が揺れる。正確には、血相を変えた子どもに引き寄せられ、そのままの勢いで場所が入れ替わった。
 そうして。
「い゙っ」
 そうして、子どもの身体が大きく切り裂かれた。
 鈍く濡れた音をたてて倒れるまでが、嫌にゆっくりと見える。ほとばしる鮮血は昨日食べた木の実のように赤い。吹き出した勢いのまま、ばたばたと神の頬に降り注いだ。
 時間にしてどれくらいだっただろう。空を飛ぶ烏が一度羽ばたくほどの間に、化け物の半身と背後にあった山二つが大きくえぐれた。もちろん、神の力によってだ。
 忘れ去られたとはいえ、かつては崇められていた存在である。化け物に身をやつしてもまだ生命力は他よりも強いらしい。もがれた半身から瘴気を孕んだ液体を垂れ流し続ける化け物にとどめをさそうとした神の指が、真っ赤に濡れた手によって握り込まれた。
「だめだよ」
「離せ」
「君が見たいって言ったんだろう」
「はあッ!?」
 この子どもは何を言っているのだろうか。神がいつ、子どもが傷つく様を見たいなどと、そんなことを言ったというのか。怒りのあまり血走った瞳を見ても、やはり子どもは怯まない。
「この化け物を成敗するところを、君に見せてあげる」
「ぁ……
 神は。神は、神ゆえに信じるものを持たない。神とは信仰される側の存在であり、信仰する側ではないからだ。けれど今、この世に生じて初めて、恐怖を覚えた。化け物の咆哮に合わせて轟々と唸る風に黒髪をあそばせ、二本の脚で灰色の岩を踏みしめ、身体にできた交差する傷口からだくだくと赤い血を滴らせながらも笑う子どもを見て、生まれて初めて恐れおののいたのである。
「君が弱らせてくれたから、あともう少しだよ」
 子どもが化け物に手を伸ばす。
 そんなことはもういい。早く傷の手当てをしないと、本当に死んでしまう。子どもを喪ってしまう。声を出して体を動かし、その行為を止めたいのにできない。縛りのせいだ。昨日、別れ際に結んだ縛りが、神を身動きできないように絡めとっている。
 薄く笑みをはいた表情で化け物を見つめる子どもが一歩踏み出す。すると、死に体でもなお神に一撃をくらわせようとしていた化け物の動きがとまり、残った瞳でじっと子どもを見つめた。
 ひび割れて腐り落ちそうな爪が乗った指が、迷うようにして子どもの伸ばした手に近づく。やめろ、やめろ。その子どもに触れるな。縛りを破ろうとする度に、己の力と同じだけの重さが全身にかかる。渾身の力で神が一歩踏み出そうとした時、子どもが口を開いた。
「おいで」
 しゅるり、と呆気ないほど簡単に、化け物の姿がほどけていく。みるみる間に煙のように形を変えた化け物は最終的に金を混ぜた黒い玉となり、子どもの手のひらに乗っていた。その玉をころりと両手に転がした子どもは、一瞬だけ表情を歪めると、覚悟を決めたとでも言わんばかりの勢いで飲み込んだ。
「っん、ぅ……ぉえー……
「馬鹿野郎! 何してんだ! 吐け!」
 途端に動けるようになった体をがむしゃらに使って近づく。近づけば近づくほど血の匂いが濃く香る。神は指摘されるまで、子どもの肩を掴んだ自らの手が震えていることに気づかなかった。
「大丈夫だよ」
「んなわけあるか! オマエ、こんな」
「ほら見て」
「は……
 小さな指が示す向こう。つい今しがた半身を削り取ってやったはずの化け物が完全な状態で存在していた。心なしか安定した気の流れをして、従順に控えている。
「これが君が見たいって言った成敗。ちょっとは、ひまつぶしに、なっ、た、かな」
「っおい!」
 話しながら倒れ込む小さな体を咄嗟に支える。普段は熱いほどの身体が急激に冷えていく。生命の源である血が流れ出ているからだ。一定以上を失えば確実に子どもは死ぬ。死んでしまう!
 神には他者の傷を治すことができない。そんな権能は必要なかったからだ。自分だけが強くて、それだけでよかった。だから、零れ落ちていく生命を前に、小さな手を使って必死に傷口を抑えることしかできない。そういう権能を持つ同胞を知っているが、そこへ連れて行くまでに生命の炎はもつだろうか。
 ふと、思いついたことがあった。傷を治すことはできなくとも、力の元を流し込み続けることはできる。一か八か。神は子どもを強く抱きかかえると、薄く唇を開く。それから、二つの影が重なった。



 そよそよと吹く風が中庭から縁側を通り、い草の香る室内へと入り込む。名乗らぬ訪問者は清潔な布団に横たわる子どもの髪を揺らしては、ほどけて消えていった。
「死ぬところだったぞ」
 普段は人間として生きている同胞が煙管をふかしながら言った。子どもの傷は、同胞によって癒されている。彼女が言うのは、神がやった行いに関してだ。
「ちゃんと加減した」
「へえ?」
 面白そうに笑った同胞が揶揄するように続ける。
「力加減なんて、できないのかと思ってたよ」
「やればできるって言ってんだろ」
「これまでやらなかったのにね」
 それ以上答える気がないので、立てた膝に顎を乗せてそっぽを向いた。神がやったのは、子どもの身体に自らの神気を流し込むという行為だ。流れ出る血の代わりに生命を繋ぐものとして使わせるつもりだった。
「人間に神気は毒だよ。分かってるでしょ。この子どもだったから耐えきれた」
「じゃあ問題ねーじゃん」
 舌を出して肩を竦めた神に、大きくため息をついた同胞は、それから、と胡乱げな視線を向けてきた。
「なんかデカくなってない? そこの子どもと同じくらいの年頃に見えるんだけど」
……
「そうかそうか。君もついにね」
「なんだよ」
「別に? やることはやったし、退散するか」
 同胞は煙管をくわえたまま器用に笑ってから、部屋を出ていった。残されたのは未だ眠っている子どもと自分だけだ。他に何者もいないと分かっているが、気配を確かめてから、膝と手を使ってずりずりとにじり寄った。
 顔の前に手をかざす。息をしている。胸の近くに寄ると鼓動が聞こえた。
「生きてんじゃん。はは、生きてる」
 何故だか愉快な気持ちになって頬をつついていると、さすがに子どもが目を覚ました。ぱち、と瞬き、こちらを視界に入れると不思議そうな表情をした後に笑う。
「助けてくれたんだ」
「まーね、って言いたいところだけど、俺がやったのは正確には応急処置。古い仲間が傷を治してくれた」
「へえ」
 子どもが手を伸ばすので近づいてやる。髪をぐしゃぐしゃと撫でられたあとに頬をもちもちと触られた。されるがままの姿を見て子どもは何とも嬉しそうだった。
「なあにすんの」
「いや? ねえ、君、名前は」
「名前なんてねえよ。俺という存在があるだけだ」
「私にはあるよ」
「そりゃそうだろ。だってオマエは……オマエ、まさか」
 自分に触れている子どもの手をとる。どう見ても人間の手だ。額にある瞳をもってしても事実は変わらない。神の脳内で様々な事柄が巡り始める。
 そもそも、どうして神域は里の近くまできて広がるのをやめたのか。子どもが世話になっているという人間を一度も見ないのは何故か。人間には不相応なほどの力を持っているのは、調整したとはいえ神の神気を受け入れられたのは。
「昔に人としての名前をもらったんだ」
「だから、人間になったって?」
「そうだよ。あの里の人たちに恩返しがしたかった。魔の物に身をやつした神々を取り込むのってあんまり楽しくないんだ。それが私の権能だったし、放置していれば神々も周りに住む生き物にも害が及ぶだろう。だからこれは意味があることなんだって続けていたけれど、ある時にね、すごく親切にしてくれた人間がいた」
 あろうことか、化け物を飲み込む姿を見ていたにも関わらず、その人間は気遣うつもりだったのか、自らが食べるはずだった握り飯を渡してきた。自分の里でとれた新しい米を握った。神様が他に何を食べるのかは知らないが、きっと美味しいと思う。そう言って貧しそうな身なりの人間は貴重な食べ物を分けて寄越した。
「美味しかったよ。その気持ちが何よりの栄養になる。暫く交流は続いて、里に招待されることもあった。そうして名前をもらった。いい人たち、いい場所だったんだ。けれど、段々と生まれる子どもの数が減って里は寂しくなっていった。私にはどうしようもなかった。そういう権能を持っていないからね」
「それで、あの場を自分の神域にしたって?」
「うーん。神域にするつもりはなかった。結果的にはそうなってしまったけれど。彼らは別のものを信じていたんだよ。私は彼らの信仰対象じゃなかったわけだ。それでも、誰もいなくなった里に、放置されるだけの灰をそのままにすることもできなかったからさ」
「人として生きてどうする。すぐに終わりが来るだろ」
 握っていた手がもぞもぞと動いて、神の手を上から包み込む。あの、紫にも金にも見える瞳でのぞき込まれると、言いようのない感情が身のうちで荒ぶった。
「君は、この数日を私と過ごしてどうだった。少しは楽しかった?」
……うん」
「じゃあ、それでいいじゃないか」
 まるでこれこそ真理であるように笑うので、本当にそれで良いような気分になってきた。握り込まれた両手の温かさに誘われるようにして口を開く。
「オマエの名前は」
「傑だよ」
「すぐる……
「なんだい」
「傑、俺も名前が欲しい」
 ぽかんと間抜け面をさらす傑に近づいて少し開いた唇に自分のものを重ねる。今度は神気を流し込むためではなくて、もっともっと近づきたくて、心地よくなりたくて、なって欲しくて重ねた。けれどそれでは足りないと感じ、せっかく半身を起こしていた傑をもう一度布団へ横たえさせて、至るところに唇をくっつけた。一方、大人しく口付けを受け止めていた傑は、布団に縫いとめられている自らの手と手首を抑えているこちらの顔とを見比べて、力の加減ができるようになったんだねえ、と呟いた。
「いいよ。君に名前をあげる」
「本当?」
「うん」
 近づけていた顔を離して、傑から音が紡がれるのを待つ。
「さとる」
 そしてついに発された音は寿ぎとなりすっかりと俺を作り替えてしまったのだった。
 私に名前を付けてくれた人達が信じていたものにあやかってね、と由来を話す傑には悪いが、きっとどんな名を貰っていても俺は同じように祝福を受けたと感じただろう。
「俺はさとる」
「うん、そうだよ。悟」
「傑」
「なんだい」
「違うだろ」
「ああ、はいはい。なんだい、悟」
「ははっ! 傑!」
「えっ、あ、ちょっと」
 込み上げてきた感情を発散するかのように傑に抱きつく。どれだけ力を込めても壊れず、仕方がないと言いたげな表情で背中に手をまわされる。それが何よりも得がたいことなのだと、自分たちだけが知っていればいいと思った。



 一柱の神がいた。ある時から神の側には一人の子どもが並び立つようになった。童子の姿をしていた神は子どもが育つのに合わせて姿を変えた。
 長い時が過ぎ、神と同じ髪の色になったかつての子どもが、人としての命を終えようとした。神が床に伏せる相手の耳元でお願いごとをすると、それは仕方がないなと言いたげな表情で受け入れられる。二つの影が一つになった。
 暫くして、箱庭のように穏やかだったとある里が神の神域になり、二柱になった神たちは、人間が計り知れないほど永い時を共に過ごしたのだった。

**

色のない髪の童子改め「悟」:ものすごいパワーを持っている。力加減は相変わらず好きじゃない。傑に神気を流し込んで人として生きるのをやめてもらった。感情が増えるにつれて姿を変えられるようになった。今は人でいうと三十代くらいの見た目

黒髪の童子改め「傑」:元々人間ではなかったので見た目の割りにませているようにみえた。色のない髪の童子よりも頭一つ分背が高かったのに今は抜かされている。里に居た人間が彼らの言うところである成仏をしたので、その生を終えようとしていたが、友人がお願いごとをするので神様らしく叶えてあげることにした。今は人でいうと二十代後半くらいの見た目

化け物:化け物。神と同じく、人間がいる限り存在し続ける

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