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花が咲く頃に ォョ

全体公開 ォョ関連 40 4728文字
2025-05-15 05:02:11

気が向いたら続き書く。
現時点で珍しくバッドエンド。

Posted by @kurato0o

花が咲く頃に



春は苺が美味しくて、夏は西瓜が美味しくて、秋はなんでも美味しくて、冬は寒くて一緒にいましょうと、夕暮れに向かって微笑んだ人がいた。



「ウォロ、ちょっといいか」
背後から声を掛けられて、男は長い髪を翻して振り返った。
「はいはい!ジブン今日のノルマは達成したので残業はしませんよ!」
人差し指を立てて振りながら、男、ウォロはいつものように笑ってみせた。ウォロの属しているイチョウ商会の上司であるギンナンが、わざとらしく溜息を吐きながら平手を振ってみせた。
「違う違う。言伝を頼まれて」
「それも拒否しまーす!どうせいつもの内容でしょう」
「まあ……そうなんだが……
否定をした手で顔を覆うギンナンに、ウォロは鼻を鳴らした。
「いい加減なことを言うものですよね。ヒスイの土地が悪いんじゃないかとはよく言ったものです。誰よりそのヒスイの土地で無心で働くように仕向けておいて、不都合が起きたら土地の所為とは」
「そう言ってやるな。色々あるんだろう」
ギンナンはやれやれと言った様子でそのまま腕を組んだ。ウォロも首を振って、与り知らぬといった具合に肩を落とした。
「どうせなら有益な情報提供をしてほしいものです。皆、英雄頼みで生きてきたつけが回ってきたのですよ。甘んじて受け入れてほしいものです」
「そういうわけでもないだろうよ。純粋に、心配なのさ。皆、彼女が」
「まあまあ、そういうことにしておいてやっても良いですよ。いずれにせよジブンは聞き入れませんし、解決策のひとつも提示できない無能なギンガ団には渡しません」
「はあ……。まあ商会は中立でもなんでもない。好きにすればいいよ」
ウォロははい!と元気よく返事をして、帽子の鍔を下げた。
足早に帰路に着く大きな背中を見送りながら、ギンナンは深い溜息を吐きながら眉間に皺を寄せた。ヒスイに生きる者はひとりとして、不安を覚えていない人間はいないだろう。それはそれとして、日に日に蒼白くなっていく男の姿に、言葉にしないまま一抹の不安を抱えていた。



「ただいま戻りました」
一室に、ぼやんとウォロの声が響く。出て行く前と全く変わらない部屋の様子に重苦しい気持ちになる。ふうと一息吐いて、ウォロは靴を脱いだ。
「まだお休みですか?あまり寝ると起きた時大変ですよ。色んな意味で」
重たいリュックを下ろしながら、部屋の奥の布団に向かって声を掛ける。そこには静かに横たわった少女が、落ち着いた呼吸で眠っている。
「ショウさん」
返事はない。すうすうという寝息も、ようく耳を澄まさなければ聞こえない。
「起きてくださいよ」
布団の傍に立って、そう呟く。
彼女、ショウが眠り始めて、もうすぐ半年が経つ。
ショウは今も夢の中にいる。傍に座って、男は前より白くなったショウの顔を覗き込んで、疲れたように笑った。



「ウォロさん、一緒に住んでみませんか?」
穏やかな風が吹いている日だった。偶然凍土の地で出会ったショウは、依然と微塵も変わらない外見で、屈託なく笑っていた。はあ?と怪訝な様子を隠しもしないウォロを歯牙にもかけずに、ショウは風に攫われる髪を押さえながらそっと笑った。
「春は桃が美味しいんですよ」
「なんだって?」
「春は苺が美味しくて、夏は西瓜が美味しくて、秋はなんでも美味しくて、こんな風に雪でいっぱいのヒスイは……冬は寒くて……だから、一緒にいましょう」
ショウはそう言いながら、野性のリオルがてちてちと歩いているのを崖の上から見下ろして、ふふっと声を漏らした。かわいいと呟く声は、普段通りどこか抜けている、子供っぽいもので、ウォロは胡乱な視線を投げかけていた。
「美味しいものはずっとあるんですよ。春からずっと、冬は鍋なんかいいですね。あたし、気付いたことがあって、美味しいものはいつ食べても美味しいんだけど、やっぱりひとりで食べるより誰かと食べる方が美味しいんです」
「イモヅル亭に嫁入りでもしたらどうだ」
「言うと思った。誰でも良い訳でもないんですよね。大好きな人と食べると、もっと、もーっと美味しいんだよ」
陰険な態度のウォロに、ショウはあっけらかんとしていた。夕暮れが凍土の白を焦がすように迫っている。彼女の頬が赤いのが、夕陽の所為なのかどうかはわからなかった。
朗らかに微笑む彼女はヒスイを救った英雄というより、あどけない年相応の少女の姿をしていた。
彼女がウォロを振り返って笑う。
「飽きたら出て行けばいいじゃないですか。一年くらい、お試しに」
軽やかにそう言って、ショウは目尻を垂らして微笑む。
ウォロはじっとりと彼女を睨んで、考えておきますと言った三日後に、コトブキ村にある彼女の宿舎を訪れたのだった。



あれから、何度かの春が来て、何度かの冬が来た。彼女は言った通り、春には大量の苺を買ってきたし、冬には寒い寒いとわざとらしく騒ぎながらウォロの側面にびったりとくっついて、腕の中でにししと悪戯っぽく笑っていた。ウォロは何度か長らく家を空けたりもしたし、飽きたと言ってみたり、彼女の物品を勝手に拝借したりと狼藉を働いたりもしたが、その度にショウはそうですか、じゃあまた気が向いたらねと手を振ったりするものだから、なんとなく腹が立って数週間もすれば戻ってきたし、勝手にくすねたものがあれば大人しく差し出して返したりもした。ショウはいつも穏やかに笑っていて、ウォロさんまだいるの?なんておかしそうにしていた。そのくせ、どこに行くにもウォロのことを夫ですなんて嘯くものだから、村の人間はふたりが婚姻関係にあると信じて疑わなかったし、ウォロのような出自の者でも仕方がないかくらいの温度感で迎え入れていた。そうして過ごしていくうちに、コトブキ村で暮らす自分というものが自然になってきて、まああと何年かしたら出て行くか。そんな程度に考えるようになった。
そんな時だった。
眠ったショウが、起きてこなくなったのは。

最初はそういえばいつも忙しくしているものな、とか、まあショウのことだからそういうこともあるか、くらいに考えていた。英雄と呼ばれる、空から落ちてきた少女だ。何が起きても仕方がないというか、受け入れられる。さほど気にせずに、寝ているショウに行ってきますと商会の仕事に出て、帰ってきてもまだそのままになっているショウを見て、ウォロは流石にと思って彼女を揺り動かして起こそうとした。彼女は起きなかった。
一日、二日、三日……。一週間経っても、彼女は起きなかった。
一週間、二週間……。一か月経っても、彼女は起きなかった。
「どうして」
ショウの頬に触れる。熱を伴って、彼女の頬がこけることもなかった。ギンガ団の総力を駆使して彼女を調べたが、彼女が健康状態を保ったまま、本当に寝ているだけだという結論に至るまでそう時間はかからなかった。あまりに起きない彼女を、もっと医療の発展している別地方に送って一度診てもらおうというのが、ギンガ団の答えだった。
ウォロはそんなことは無意味だと知っていた。別地方出身であり博士という立場のあるラベンだけが、どちらとも言えないと頭を抱えていた。
ヒスイの土地は、大雨が降りにくくなっていた。大大大発生だとかいう、少女が追い込まれていた謎の現象も大人しくなっていた。時空の歪みはぱったり起こらなくなってしまった。
彼女にしか対処できなかった事案は、彼女の眠りによってひとつも問題にはならなくなってしまった。
これが神の御業でなくて、なんだというのだ。
ウォロは何度も崩れ落ちた神殿を訪れたし、ギラティナに声を掛けたりもした。過去の文献を何度も読み漁って、まだ見ぬ象形文字がないかヒスイを練り歩きもした。
どこにもショウの眠りの解決策はなかった。
コギトもお手上げだというように肩を落としていた。
「待つしかなかろう」
彼女はそう言った。
「我らが悠久を過ごすように、あの子もそうなったのかもしれない。眠ったままというのは、些か、……退屈だな」
まるで他人事のように言っていたが、それ以上に言えることもないのは、流石に理解できた。



「お花まだかな」
ウォロの膝の間に、膝を抱えて小さくなったショウが、窓の外の雪を見て呟いた。
「桜?」
「うん」
ウォロはショウの手掛けた図鑑の走り書きを解読しながら、外を見ずに尋ねた。ショウは頷いて、商会から買ったというばかでかい毛布でふたりを包んで、こてんとウォロの胸に頭を預けていた。普段きっちりと結んで、ほっかむりまで被っている頭は今は何も纏っておらず、まん丸い後頭部がぐりぐりと押し付けられる。
「眠いのか?さっさと寝たらどうです?」
「ウォロさん寝る?」
「この文字が何か分かるまでは寝ない」
「あたしが読めないのにウォロさんに読めるだろうか……
そう言って、思い出したようにくすくす笑う。
「春になったらお花見いこ」
……花なんて見れるだろう」
「歩きながらとかじゃなくて、桜を見に行くの。ちゃんとお弁当とか持って行って。お酒も持ってったっていいよ。ゆっくりお花見るのがいいの」
「そういうもんです?」
「そういうものです」
眠くなったのか、ショウはこしこしと目元を擦りながらそう言った。
「春はまだ先ですけど」
「先だから約束しておくんじゃないですか。それで、この寒さを乗り切るんだよ」
そう言うと彼女はウォロを見上げて、へらりと笑った。
「まあ……。覚えていたら」
「約束だよ。絶対見に行こうね」
ショウがごろりと胸の中で体重を更にウォロに傾ける。おい、ここで寝るなと小突くと、ここで寝たいのと彼女は言った。
桜は、まだ見に行けていない。



「アナタなのだろう、アルセウス」
真っ暗な部屋の中で、ウォロはひとり呟いた。
「ショウさんが眠っている原因はアナタ以外に考えられない。様子も変わらない。そもそも、ショウさんは歳を取っている気配すらなかった。ショウさんを変えられるのはアナタくらいのものだろう」
ショウは穏やかに眠っている。まさか傍で自分の首を絞めようと目を血走らせている男がいるなんて気付いていないようだった。
「どうして?なんでこの人ばかり……。ワタクシでは駄目なのか。どうして彼女ばかりがアナタに選ばれる。どうしてワタクシには与えられない。今も、彼女はアナタに近しいところにいるのだろう?どうしてこんなにも違う。ワタクシはずっとアナタに会うべく行動してきたというのに、どうしてヒスイの者でもないこの女が選ばれる」
怨嗟の篭った声にも、彼女は微動だにしない。
今、自分が彼女の息の根を止めてしまったら、彼女は死んでしまうのだろうか。
「どうして、どうして…………
彼女の頬に触れる。
温かい。
生きている。
でも起きない。
ウォロを見て笑うことも、困ったように怒ることも、冗談のように好きだと言うこともない。春になったら桜を見に行くと言った。約束だと言った。
「嘘吐きはオマエの方じゃないか…………
ウォロの髪が彼女の頬に掛かる。くすぐったそうにころころと破顔一笑する彼女が懐かしい。自分から懐に飛び込んでくるくせに、いつだって歯痒そうにしていた。
…………かえして」
彼女の額に自分の額をくっつけて呟く。
「かえして」
彼女を自分に返してください。
祈りは届かない。
いつだってそうだった。
それなのに祈るしかない。祈らずにはいられない。
彼女が隣で笑っている。
そんな夢さえ最近見ない。
「かえして、ワタクシの――
少女は、まだ、目を醒まさない。


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