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焼き尽くされた、氷の心

全体公開 人魚姫ドラヒナ 9502文字
2025-05-15 07:07:07

続きもので書いている、人魚姫ドラヒナのお話です。この話(食い違う思い https://privatter.net/p/11394569 )からそのまま続いています。
人事不肖の魔女と入れ替わりに、やって来たヒナイチ姫とロナルド王子。魔女としての正装を纏って、氷笑卿と対峙します。やっと、師匠とのいざこざも終わります。
師匠が誘拐した女性を救出し、帰路につくサンズ姫のシーンを追加しました。

2024/03/11に上げました。

Posted by @kw42431393

 「でもヒナイチ姫、ロナルド王子。」
 「大丈夫だ。坊やは、危ないからな。帰っていた方がいい。」 
 「ありがとうな、いつも見張りしてくれてよ。」

 ヒカリキンメダイの子供を帰すと、俺はヒナイチとドラルクの寝室に向かう。もう既に、氷笑卿とやりあっているみたいだな。
 開けっ放しの玄関。やって来た俺達を止めようとする、あの子のただならぬ様子。
 何より、深海の環境に慣れつつある俺達でも、冷たい海水温
 「あ少し、待ってくれるか?」
 「何だよ、こんな時に。」
 「少し服装を直す。シャチで慌てて来たからな、ローブが乱れてしまってあと、化粧も少し落ちてしまったんだ。」
 廊下にある鏡を覗き込むヒナイチを、俺はつくづく見直した。
 ドラルクが寝たきりになって、急にこいつは大人になった気がする。
 以前のこいつなら、こんなに落ち着いて身繕いなんかしない。
 俺とサンズ姫は、『ドラルクを助けられるなら、あいつが望む人魚姫を辞めてもいい』と言い切った時の顔を知っている。だから、俺達もギリギリまで足掻いたんだ。そして、今日、それが実行されるんだ。
 その師匠の気持ちも、分からなくはないけどよ。ここまできて、邪魔されてたまるもんか。

 「ドラルクが縫った、正装だっけ?似合ってるぜ、それに『今回』に限って、丁度いいな。」
 太陽を象徴する様な赤いローブに、尾鰭の色に合わせた爽やかな黄緑色のドレスを纏ったヒナイチは、いつものクッキーを頬張っている姿とは、似ても似つかなかった。
 ドラルクは、弟子になったヒナイチの二つ名を『太陽の魔女』にしようと思っていたらしいので、猶更、こういうデザインになったんだろう。
 まぁ...別にメンダコでもないのに、フード部分にフィンや斑点模様がついてたりするのは、さすがというか。
 魔女の会合で、主張したかったんだよな。『将来の私の妻です!』『彼女にちょっかいを出すと、承知しないよ!』って。
 うん。こういうの、シンヨコにもいるから慣れっこだけどよ。
 何より『魔女とお揃いだ!』と、ヒナイチが気に 入っているって聞いたから、何も言わねえ。そして

 『この計画が終わったら、薬指に付けてあげるって、渡されたんだ。綺麗だな。』

 そう言ってサンズ姫に見せていた、ドラルクの蝋印を象った紫の指輪は、今、ヒナイチの薬指で輝いている。辛かったよなこんな状況だから、その左手はサンズ姫が作った義手だ。ドラルクが嵌めたんじゃなくって、自分で嵌めたものだ。
 氷笑卿と対峙して、もう一つの契約を勝ち取る為に。自分を奮い立たせる為に。
 
 「お父上達との契約の方が大きかったが、あれは 『将来、義理の娘になる』相手だからこそ、贔屓目に見て貰えたんだ。今回は、そうじゃない。私達と出会わなければ、今でもドラルクは 『躊躇いなく、人魚の 肉を食べていた魔女だった』だろう。『弟子が情に絆されたせいで、死に瀕している』と恨まれていても、 おかしくないんだ。」
 剥がれたコンシーラーから、血色の悪い肌が覗く。昨日から一睡もしていないし、大量に血を失ったからだ。
 せめて、お前の肉を使った不老不死の薬を煮詰めている間だけでも、休んで欲しい。
 そう思っていたんだけど緊張してたんだよな、眠れなかったらしい。 
 魔女の正装で挑むのは、悪い顔色を隠す為であり、虚勢でもあり演出でもあるんだ。
 
 「終わったな。じゃあ、行こうぜ。」
 「あぁだが、暴力はダメだぞ。ドラルクを抱えて逃げようとしたら、抑えこむ程度だ。あくまで、『契約』をするんだ。使い魔達と共にロナルドは、私とジョンの護衛と証人になって欲しい。」
 「『契約』を拒否してゴネる可能性がある相手だから、揉めてんじゃねえか。俺達と一緒で。」
 こういう所は、ヒナイチも人間ではないんだな、とつくづく思う。彼ら人ならざる者達は、妙な規律に縛られる所がある。
 だから、俺達より強大な力を持ちながら、短命種の人間達に押されている所があるんだ。
 「だからこそ、だ。同時に、『自分は人間であっては、ならない』という想いに縛られている。うまくいけば、彼を縛る余地もあるんだ。」
 化粧を直していたヒナイチの顔が、こちらを向く。顔色を誤魔化す為に、目深に被ったフードから覗く、口紅とアイシャドウに彩られたその顔は、よく知っているはずの俺を畏怖させる何かがあった。だから...
 「どうしたんだ?ロナルド王子。」
 「腕を貸してやるよ。ドラ公ほど、優雅にエスコート出来ねえけど サンズ姫と結婚してから、ちょいちょいやってるから、マシにはなってるんだぜ。」
 「...ありがとう。」
 さっきから真っ直ぐ泳げてないの、知ってるぜ。じゃあ、覚悟はいいな?



 「離せ!貴様ら如きの指図など!!」
 「これ以上抵抗なさるなら、我々も強硬手段に出ますぞ!」
 「ドラルク殿を心配なさるなら、お引き取り下さい!」

 もうやめてヌ!これ以上、水温を下げないでヌ!!帰ってヌ!

 ヒナイチの手を引いて、廊下を進む。見えて来たドラルクの寝室の扉は開かれたままでジョンの泣き声に混ざって、ゴボゴボと争う水音に、怒鳴り声が聞こえて来る。
 そして、ベッドの傍らには、知らない背の高い男性に、ホウライエソや、オニキンメ、ヨコヅナイワシが噛みついている光景が見えた。
 「待て!氷笑卿!!」
 使い魔達を振りほどいた男の瞳が、飛び込んだ俺達を捉える。来る道中も水温が冷たかったが、このまま凍るんじゃねえかそう思うぐらい寒かった。
 何より、ツンと銅の匂いがするメンダコの血液の匂いだ。
 「ジョン!ドラルクは...!?」

 ヒナイチ姫!ロナルド王子!ドラルク様が...。

 いや、聞くまでもねえか。元々人魚の肉を切らした以上、環境の変化がこいつの命取りだったんだ。こんな部屋で、もつ訳がねえ。
 あいつから引き離さねえとそう思って、俺は懐の銃を...
 その時、ギシッとヒナイチの義手に力が籠った。やめろ、私に任せろそう言いたいのか?
 「むっ、貴様らは?」
 「おい、そいつから
 男の瞳が、赤く光る。どうする...先手必勝!

 「元イナ海国第1王女、深海の魔女の一番子ヒナイチと申します。お初にお目にかかります叔父上。」
 俺達が動こうとした、その先手を取ったのはヒナイチだった。
 一歩前に進むと、上品にドレスの端をつまんで、厳かにお辞儀をしてみせる。
 その姿は、優雅で妖艶で俺だけでなく、ノースディンさえ呆気に取られていた。
 「元...?叔父上?麗しい姫君よ 仰る意味が、よく分かりませんな?」
 「お父上からは、兄弟も同然の親友だと伺っております。ならば、深海の魔女に嫁入りした者として、叔父上と呼ぶのが筋でしょう?ドラルクから、聞いておりませんか?彼の足が握りしめている契約書をご覧ください。私達の、執念が実ったその証拠を。」
 ヒナイチが指さした先に、ドラルクの触手が握りしめた契約書が、勝利を宣言するかの様に輝いていた。



 嫁入りだと?逆上せた弟子の、妄言だと思っていたのだカズサ王が弟子を協力させる為に、妹を餌にしたものだと。
 この姫君も本気だというのか?明るい豊かな珊瑚礁を捨てて、暗い深海を選んでも構わないと?
 表層のしかも、広大な領海を有するイナ海国の王女、ヒナイチ姫の噂は聞いている。
 ドラルクは、9年前に好奇心から珊瑚礁に向かい、その際に起こった事件で人魚の肉が特効薬になり得ると確信した、そのきっかけとなった王女だ。
 普通の人魚より、より血が濃く、それ故に効果があると...元々、その目的で迎え入れた獲物だったはずだ。

 『一体、何を考えている?その娘は、契約で縛った上で喰らうのではなかったのか?』
 『あの子と共にいたいのです。彼女と同じ、日の当たる世界に行く為に、足を洗いますあちこちでつまみ食いしている貴方には、分からないでしょうね。』
 木乃伊取りが木乃伊になったか調べれば調べる程、カズサ王は喰えない男だ。
 『ドラウスから聞いたぞ。陸と海を繋げるだと?お前は、人間達がこちらに土足で入ってきた時、どうなるか...分かっているのか?奴らが、お前を利用していると考えないのか?』
 『その弊害を予測し、未然に防ぐ為シンヨコ王国を通じて、陸の魔女達の協会、淡水、山岳の人外達とも協議しているんですよ。邪魔しないで貰えます?利用しているのは、私も同様です。』

 当初は、それでも黙っていたのだ。 休む事なく奴らと動いているドラルクは、これまでで一番充実していると、言うのだから。
 しかし、人魚の肉を喰い尽くし、明日をも知れぬ身となったのに契約さえ完遂すれば、諦めがつくと言い出した。自分の死を受け入れても構わない、と。
 『ヒナイチ姫に頼んでみては』との、ドラウスの勧めに本気で怒って、実父を叩き出したと聞いている。日に日に衰弱していく息子の姿に、苦しんでいる親友を見て私は、黙っておれなくなった。
 それに...私が知っているドラルクなら、どうにかして人魚の肉を手に入れようとしただろう。奴らから引き離し、冷静になれば、死の淵から生還すればまた、生に執着するに違いない。   
 人魚の肉も用意してやれば、もう身を危険に晒す真似はすまい。そう思って起こした行動だった。

 『貴方は、私の邪魔をしたいのですか?』

 そのつもりはない。ただ、そんな事に命をかける考えが、理解出来ないだけだ。



 「叔父上...?」
 目の前の少女を見る。目深に被ったフードで、顔はよく見えない。上玉の美少女ではある。だが、違和感があった。
  弟子の好みは、知っている。もう少しあどなくて、小動物の様な娘が好みだったはずなのに。

 「その指輪は...?」
 姫君の薬指で光っているのは、かつて、ドラウスに諭して持たせた蝋印を象った物だ。竜の直系しか、身に着ける事が出来ないはずの...
 「ドラルクに貰ったものです。彼が兄と交わした契約さえ完遂できれば、私は他国に嫁入りしなくていいと深海の魔女の元に、嫁入り出来るのだと。やっと、身につけていいのです。あと、これも見て頂きたい。私が兄と交わした契約書です。彼が握っている契約書と、ほぼ同じ内容です。私達の望みは、元々同じものだったのだから。」
 彼女が差し出した契約書は、オレンジ色に輝いていた。『深海の魔女の一番弟子』を名乗るだけあって、魔力の気配が、弟子によく似ていた。中身を確認する。
 この契約書の内容が、本当であるならば
 「おいドラルク。契約書を渡せ。赤毛の姫君の言った内容を、確認する必要がある。」
 「ヌヌヌヌ!」
 「...。」
 だが、触手は契約書を握って離さない。意識は完全にないのに、反抗している様に見える。さらに力が籠って、隙間から覗く事も出来なくなった。
 タコの足は死んでからも、意志がある様に行動する。そこまで、カズサ王との契約に執着していたのか?
 「おい!」
 「アハハ、仕方ないなぁ。魔女、頑固なんだから。」
 その時、目の前の姫君が無邪気に笑った。軽やかに堂々と、私の前を横切ってドラルクの前に浮かぶ。 骸骨の様な頬を挟んで、弟子の鼻に口づけを落とした。
 「ドラルク...私だ。分かるか?帰ってくるのが遅くなって、ごめんな?」
 耳元で囁くヒナイチ姫に気づいたのかシュルリと8本の足が、彼女を絡めとり、迎え入れた。
 嬉し気にそれらの歓迎を受けて、頬擦りをする姫君の姿は多くの女性を見て来たはずの私ですら、 神々しいものに感じられた。人間共と近しい、軽薄な表層の者なのにただの弟子の逆上せではなく、姫君の方も本気だったのだと、信じるしかなかった。
 そして、一つの触手が彼女の前に契約書を差し出した。真っ先にこれを見せあって、喜びを分かち合いたい相手は、貴女だと言わんばかりに。
 「ヌヌイヌヌヌ。」
 「ジョン、よく頑張ってくれたな。 足糸を外してくれ。そのままじゃ、苦しいはずだ。」
 「ヌン!」
 「俺も手伝うぜ。おい、 おっさん。何、突っ立ってん だよ。あと、もうちょっと水温上げてくれや。」
 背後の青年が、私を押しのけて弟子を寝かしつけるのを手伝う。人間に対して恨みを持ったまま、深海に来た私にとって、彼らは弟子に相応しくない奴らだっ た。
 しかし、少なくとも彼らは...。
 「さて、お待たせした。叔父上。悪いが時間がない。ドラルクの命は、あまりもたない。 だから、この場で貴方と契約を交わしたいのです。 ロナルド王子、ジョン、そして、使い魔達もいるのは都合がいい。 証人となってくれるか?」
 「おう、そのつもりだぜ。」
 「承知いたしました。協会の者として、見届けさせて頂きます。」
 振り返ったヒナイチ姫は、再び 『魔女』に戻っていた。いいだろう、ただ一つだけ釘を刺しておく。
 「叔父上は、やめて頂こう。ある理由で、弟子にも『ノースディン師匠』と呼ばせているのでね。」
 「そうなると、私は貴方を『お爺様』と呼ばなければいけませんね。それで、構わないならば。」
 思わず、ブッと噴き出す。何故、そうなるのだろうか。
 「私が『師匠』と呼んでいいのは、ドラルクだけです。 契約書にもちゃんと書いてあります。 私は、貴方の孫弟子に当たるのだから、『お爺様』でしょう?」
  「...ヒナイチ。お前のそういうとこな。ドラルクが聞いたら、大喜びしただろうよ。」
 あぁ、分かった。いつかは、彼女を私に会わせる必要がある。ヒナイチ姫に『ノースディン師匠』と呼ばせたくなかったのだろう。
 「...ノースディンでよい。」
 「では、ノースディン。私が貴方に要求したい事は、竜子公とも相談した内容です。国交を開け、とまでは言いません。ただ、今回の計画で多くの者達と資源が 動きます。手違いで迷い込んでくる者、来訪する者もいるでしょう。その場合、彼らを排除する事なく、保護・案内をして頂きたいのです。」
 「...それだけ、ですかな?」
 私が誘拐した人魚の女性に関して、言われると思っていたのだが。
 「貴方がドラルクに食べさせようと、誘拐した女性ですか?それなら...フフ。」
 そこで、ヒナイチ姫は微かに笑った。ドラルクは、私が勝手にした事でこの計画が潰れる事を危惧していたのに、何故、この娘は余裕でいられるのだろう。
 「貴方が知らないのも、無理はない。私の親友このロナルド王子の妻、サンズ姫は優秀なくノ一です。とっくに盗み出されて、何も分からないまま親元に帰っているでしょう。」
 「な、何!?そんなはずは!!」
 「これで貸しが一つ増えましたね?戦争の火種を消して差し上げたのですから、感謝して頂かなければ。 あと、私達だけで構いません。 北海を通る時に優遇して頂きたいのです。 彼を『生き返らせた』後、そして、私と彼が婚姻を結んでから彼の治療薬を作る為に、私達は蓬莱島に向かいます。北海を横断した方が、近いのです。これが、私が望む内容です。対価に、貴方の大事な弟子を必ず救ってみせます。不満がなければ、こちらにサインを願います。」
 ヒナイチ姫が、羽ペンとオレンジに光る契約書を渡してくる。
 待て。この娘は、『ドラルクの治療薬を作る』『生き返らせた後』と言った。どういう事だ?
 「...少し分かりかねる事がある。ヒナイチ姫、フードを上げて頂けるか?」
 嘘をついているとも思えないが、この娘の本性ではない気がする。
 だからこれならどうだ?
 それでも、仮面を被り続けられるだろうかドラルクの為に。
 「氷笑卿!!魅了はおやめ下さい。違反行為ですぞ!!」

 ヒナイチ姫、そいつの目を見ちゃ駄目ヌ!

 キィィィ...と微かな音が部屋に響く。使い魔達が身構えるだが、目の前の姫君は堂々とフードを脱いだ。
 「大丈夫だよ、ジョン。今日のヒナイチは、最強の魔女様なんだ見せてやりたかったな、ドラルク。 お前の弟子の晴れ舞台をさ。」
 「そういう事だ。皆、心配するな。それに、相手と会話する時はちゃんと、目を見ないとな。」

 こ、これは!フードの下から現れたのは脂汗を流して、化粧が剥がれ落ち、隈で縁取られた鬼気迫る姿だった。
 それでも、私は意志の強い翡翠の瞳から目を離せない。私自身が、逆に魅了にかかった様な
 「サメは、血の匂いに敏感なはず気づかなかったのか?ドラルクの事で、頭がいっぱいだったんだな?それに、この部屋はドラルクが吐いた銅の匂いで満ちているから、無理もない。そうとっくに『切れていた』んだ。麻酔がさぁ、ノースディン!早くサインを!!私もそんなに持たない!」
 ガシャン!と音を立てて、私の目の前に叩きつけられた 、姫君の左手これは!?
 「ぎ、義手だと?」
 「はぁはぁドラルクが、命を賭けて『私と共にいる事を願った』様に、私にもその覚悟がある。友人夫妻は、『同じ状況なら、自分だってそうした』と言って、私の為に義手を作り、私の肉で不老不死の薬を作り、今もこうして動いてくれている。貴方が嫌だ、と言っても絶対に契約はして貰う。」
 チラリと、ベッドで昏睡している弟子を見る。ベッドテーブルには、チェックの途中らしいパスポートが散らばっている。
 ギリギリまでかつての悪事を精算し、ヒナイチ姫の隣に行きたかったのだろう。
 何故、9年前に出会った人魚姫にそこまで命をかけるのかその理由が、分かった気がする。

 『惚気ですがね。ヒナイチ姫が魔女として一人前に なったら、『太陽の魔女』という二つ名をつけようと思うのです。私が焼き尽くされても構わない。そう思わせる価値がある、お姫様です。』

 そうかもしれない。いつも女性には、敬意のポーズで手に口づけぐらいするのだが、この少女にする気になれない。弟子が言う様に、自分が焼き尽くされてしまいそうな気がする。

「分かった。貴女の心に添う様にしよう。これから、 国に戻って国交も考えておこう。ところで、ヒナイチ姫。ドラルクにどうやって、貴女の肉を食べさせるつもりかな?」
 弟子は、ヒナイチ姫にかすり傷もつけたくなくて、 こんな姿になったのだ。
 最愛の姫君が、片手になったと聞いて、正気でいられるだろうか?
 「アハハ、気遣いは不要だ。それも含めて、これから彼とも契約を結ぶつもりだからな。どんな経緯があったとはいえ、『サインした』事実があれば、ドラルクは後悔もしない。恨む事は絶対ないドラルクに魔術を教えたのは、貴方だ。聞くなんて、おかしいぞ?」
  あぁ、そうだった。領主としての生活の方が長くて、忘れていたのかもしれない。
 「契約は絶対だ頑固なドラルクを出し抜く為に、ロナルド王子とサンズと私は、ずっと準備してきたんだ。」
 「あー、師弟揃って頑固だったな。どんだけ、影でヒナイチとジョンが泣いてたと思ってんだか。ったくよ。」
 「ヌー。」
 彼らになら、弟子を預けても大丈夫だろう。
 私は、太陽の魔女の契約書に躊躇いなくサインをした。



 『おい!見つけたか!?』
 『分からん。それに、すばしっこい奴だ。ユメザメがそんなに早く泳げる訳がないのだが。』
 『おのれ。残念だが、これ以上は無理だ。領海を超える訳にはいかん。』

 はあはぁざ、ざまーみろですよ!伊達に、サンズちゃんだって鍛えてる訳ではねーですからね!
 北海からの追手が引き返していくのを確認して、隠れ身の術を解きます。
 今のサンズちゃんの姿は、黒くて目の大きなユメザメの姿から、ピンクの尾鰭を生やした人魚の姿になっているはずです。
 だから、彼らから逃げられたのです。深海に生きる者で、俊敏に動ける者はあまりいないのだから。

 「ひょうしょうきょ
 弱弱しい声に、横に抱えた人魚の女性を確認します。
 ドラルクを生き延びさせる『薬剤』として、魅了の術をかけられたヒナイチの遠縁に当たる伯爵家出身である女性は、無造作に氷で封をされた荷箱に押し込められていました。奴にとっては、粗雑に扱って当然な『モノ』でしかなかったのです。
 でも氷化の術から解けた、閉ざされた瞼からは
 「ヒナイチと一緒で、男を見る目がなさ過ぎですよ。今度は、ちゃんと見極めやがれです。」
 ハラハラと、涙が零れていました。
 人ならざる者達は、執着心が強いものです。ヒナイチも、『人魚の肉を狙って、接触してきたとは知っていても』ドラルクに想いを寄せたのです。彼女ほどでなくても、血が濃い令嬢は術をかけられたとはいえ、その想いを割り切れるのでしょうか?
 「まぁ、仕方ねーです。とにかく、親元へ帰るんですね。」
 彼女を抱えて、上へ上へと上昇します。漆黒の闇が少しづつ明るくなっていって、サンズちゃんを勇気づけてくれます。その光はコホン。その光は、親友のヒナイチを連想させてくれたからです。
 「それにしても、やりますね。ヒナイチ。」
 頭に付けた、ヒトデの髪飾りに手をやります。いつもは、ヒナイチが身に着けている髪飾りですが、それには

 『なあ、これを持っていってくれ。サンズニャン。』
 
 出発間際に渡された『これ』は、温かそうなオレンジ色の光を宿していました。彼女の魔力が宿っているからです。
 『もしかしたら、役に立つかもしれない。ドラルクから魔法を習った私の力は、彼に少し似ているんだ。少し離れているけれど、私は氷笑卿の孫弟子に当たる。鍵や結界の解除にも、一役買ってくれるかもしれない。』
 一役どころかでしたよ。氷を融かすのに時間はかかりましたがそうでなければ、物理的に壊すつもりでした。大騒ぎになって、逃げきれたかどうかも怪しかったと思います。

 鮮やかなサンゴ礁を通り抜けて、人魚通りの多そうな、海草に覆われた柔らかな岩棚に彼女を寝かせます。
 そろそろ、帰郷目的の元人魚達・元人間達が、シャチやイルカを使った定期便に乗って、ここを通るはずなのです。彼らに任せておきましょう。
 「う、うぅ。」
 「じゃあ、サンズちゃんはおさらばしますよ。まったく、ひでー目に遭いました。」

 尾鰭を思いっきり、打ち振って再び、サンズちゃんは深海へと向かいます。
 深海の魔女ドラルクの別宅がある、水深200mの岩場へと
 「そろそろ、奴と決着がついてるといいんですが。」
 警戒の強い北海の兵達の目をかいくぐり、人魚の令嬢を抱えて逃げ、表層まで来たのです。さすがに、疲れました。本来なら、再び体に負担を強いる、深海に行きたいとは思わないのですが

 「今、行きますからね。ロナルド王子、ヒナイチ、ジョンくん癪に障りますがあのタコにも。」
 ただ、会いてーです。ただ、無事と喜びを分かち合いたいのです。
 これまで生きて来た中で、一番楽しい、充実した毎日をくれた最愛の人と友人達に。
 


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