@xxxyueyunxxx
その日、ランフォードは久し振りに魔界から並行世界に来ていた。傍らにはジェフの姿もある。ジェフに出逢えるのも久方振りだったので、喜びはひとしおであった。
空に目をやると、降るような星空が広がっていた。これは魔界には無いもの。いつ見てもその輝きには、心奪われる。
「今日も空がきれいだね、ジェフ」
「……ああ、そうだな」
心ここにあらず、と言ったような返事が返ってくる。そのジェフの声は、空の輝きに魅せられている、といった雰囲気ではなかったので、ランフォードの心はざわめいた。
そっとジェフの横顔を見やると、その表情はどこか暗い。いつも澄んでいるシトリンの瞳には、たまに見られる絶望の色が濃かった。
「ねえ。――何かあったのかね、ジェフ?」
「……別に、何にも無い」
「何も無いのなら、君はどうしてそんなに痛そうな顔をしているんだね? 私は君に、そんな辛そうな顔をしてほしくないよ」
ジェフから返事は返ってこない。重い沈黙が、その場に落ちる。
「ねえ、ジェフ。私では、ずいぶんと頼りないのかも知れないよ。でもね。――君のことが大切だという気持ちは、誰にも負けていないつもりだよ。君は何が恐ろしいのだね? 何を恐れているのだね? ふたりでわかち合えば、負担がなくなるとまではいかなくとも、軽くなると思うのだよ」
ランフォードはジェフの前に立って、必死に訴えた。どこか、遠くを見つめている大事なひとに。
――風が吹き抜けていく。さあっと、音を立てて。私では、駄目なのだろうか――? ランフォードが次の言葉を探していたら、ジェフがランフォードと視線を合わせた。
「……ランは、俺様の得意な魔法を知っているな?」
「知っているよ。――暗示に幻覚といった、精神に作用する魔法だよね」
ジェフの魔法の実力は、凄まじく優れている。その実力は、ランフォードなど足元にも及ばない。使えない魔法は存在せず、魔族の中の三大実力者として名前が挙げられるほどの存在なのだ。
「それが、どうかしたのかね?」
「……修練を積めば積むほど、得意な傾向は顕著でな。……だが俺様は、それが嫌なんだ」
「――どうして?」
「……俺様の、最もなりたくない存在と、全く傾向が同じだからだ」
ジェフの手が震えている。ランフォードはその大きな手を包みこんだ。大丈夫だよ、と守るように。
「あいつと同じことを、俺様はするかも知れない。……それを思うと、恐ろしい」
「大丈夫だよ。それが誰なのか私はわからないけど、君は君だ。同じことは、しないと思うよ」
「それでも、あの力をもって唾棄すべきことをした存在を、俺様は知っている! 俺様にもしものことがあって、そんなことをしたら……」
ランフォードは今にも泣き出しそうな顔をしているジェフを、そっと抱きしめた。落ち着かせるように、そっとそのほっそりとした肩を、叩いてやる。
「……ラン……」
「何だね、ジェフ?」
「……もしも俺様が、その力で非道な真似を働くようになったら……お前の手で、終わらせてくれると約束してくれるか……?」
終わらせる。――その言葉の意味に気付いたランフォードは瞠目する。
「お前になら、任せられる。俺様が道を誤ったら、どうかその手で、終わらせてくれ……」
ジェフの声が潤んできている。ランフォードはひとつはっきりと、頷いた。
「わかった。――君がそんな風になるとは思えないけれど、もしものときは、必ず私が君を止めに行くよ。でも君もひとつ、約束してくれないかね?」
「――何をだ?」
「私は君も知っての通り、破壊の力に特化している存在だ。その分野だけは、君の実力をも凌いでいるからね。――私が何かの間違いで、破壊の力を悪用して、魔界を支配しようとしたり、この並行世界に手を出そうとしたりするかも知れない。そのときは、君がその手で終わらせてくれると、約束してくれるかね?」
それは、ランフォードもずっと心に引っかかっていて、心許なく思っていたこと。――ジェフになら、安心して全てを任せられる。
「……お前が、そんな過ちを犯すとは思えないがな……」
「それを言うなら、君の方もそうだよ」
「――分かった。承知した。お前が過ちを犯したときは、俺様がこの手で終わらせてやると約束しよう」
ジェフの身体の震えが止まっている。もう、大丈夫だろう。そっと身体を離すと、ふたり並んで空を見上げた。
「――お前を止めるのは、なかなか大変そうだ」
「それを言うなら、私もだよ」
ランフォードは隣に立つジェフと、手を繋ぐ。おい、と口にはしたが、ジェフもその手を離そうとはしなかったのであった。