カルみと(CP要素薄め)
モブドロイドによる暴力描写あり
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
「……迷った…」
薄暗い地下の通路にて、神無はぽつりとそう呟いて頭を抱えた。
その日、神無はいつも通りスパローの地下にある縞斑の私室へ向かっていたのだ。
いつもはアサギリに部屋まで案内してもらう神無だが、その日はリトの実験によってスパローの機能がダウンしており、アンドロイドたちはその復旧に追われていたのである。
神無も手伝うと申し出たけれど、アサギリはすでにある程度落ち着いているから問題ないと返した。
それならせめて自力で部屋に行くから案内については心配しないでほしいと告げて道を歩き出した神無は、そうしてひとりで歩くうちに道を間違えてしまったらしい。
「うわぁどうしよ、先輩に連絡するか……?」
咄嗟にサングラス型コンピュータに手を伸ばす神無だが、何も掛けていない目元でその指が空振る。
自身のサングラスには録画機能が存在する上に、指先一つで外部と簡単に連絡が取れてしまうため、スパローにいる間は彼らへ配慮して外すようにしているのだ。
縞斑から求められたことではない自主的なものだが、なんとなく連絡を躊躇ったのはきっと、迷ったから迎えに来てほしいと素直に言えない弱さも含んでいた。
「うーん……たぶんこっち?」
細い道に辺りをつけて進んでいく神無だが、ますます薄暗い通路に出た上に付近にはアンドロイドたちの姿一つ見当たらない。
おそらくアサギリの言った通り、動ける者たちは全て復旧活動に追われているのだろう。通りすがりのアンドロイドに声を掛けることすら出来ず、神無は自力で道を進まざるを得なくなる。
「……ここ……だったか…?」
全く見覚えのない廊下に出た神無は、ずらりと並ぶ扉の前でますます首を傾げた。
どこかの部屋に人かアンドロイドが居たら、そこから縞斑に直接現在位置と救助を出してもらおう。恥を呑んでそう考えた神無は、一番手前の部屋の扉をそっとノックして声を掛けた。
「ハロー、ちょっといいか?」
扉の向こうから返事はない。
この辺りの通りには人の気配が一切なく、無人なのだろうかと首を傾げた神無は試しに扉のノブをそっと捻ってみる。
「わ、わっ」
とびらは意外にもすんなりと開いた。
思わず前のめりに部屋の中へ足を踏み入れてしまった神無はふと、がしゃんと重たいものが崩れる音を聞いて慌てて顔を上げる。
「ごめん!なんか崩し…て……」
部屋は小さな居住スペースだ。おそらく、スパローのメンバーにそれぞれあてがわれた場所なのだろう。
神無の謝罪の声が尻すぼみになってしまったのは、部屋の奥に広がる光景がいやに鮮やかな青色をしていたからだった。
言葉を失った神無を、怯えた様子で重たい機械の体をびくりと縮こまらせていた青の瞳が瞬きひとつなく見やる。
「っ……人間?」
おそるおそる尋ねるそれは、傷だらけのアンドロイドだった。
四肢は辛うじて繋ぎ合わせてあるが、剥き出しの腹には大きく凹んだ傷と剥がれた皮膚が目立っている。
破れたシリコンの隙間からは体内が覗いており、その青々とした色が薄暗い地下室にぼんやりと浮かび上がっていたのだ。
立ち尽くしたまま応えない神無のことを不気味に思ったのか、アンドロイドはキッと彼を睨むと部屋から追い出そうと声を荒げる。
「ここから出ていけ!!」
「ひ、」
小さく息を呑んだ神無は、足が竦んでその場から身動きが取れなくなっていた。
部屋を開けてしまった謝罪も、自分は敵ではなくボスである縞斑を探していたという言い訳も出てこない引き攣った喉は、浅い呼吸をすることで精一杯だ。
神無のアンドロイド嫌いは、ディーノやアサギリ、レミなど知り合いのアンドロイドであればある程度改善されつつある。
だから油断していたのだろう。目の前でブルーブラッドを滲ませる、人と同じ姿をした敵意に満ちた存在に、当時のトラウマが一斉に吹き出して神無は言葉を失った。
「早く!出ていけと言ってるだろ!!」
固まる神無に焦れたアンドロイドは、彼を部屋から追い出そうと歩み寄って腕を掴む。
そのアンドロイドに攻撃の意思などなかった。おそらく人に傷つけられて逃げ出したのであろうアンドロイドは、自分のテリトリーから人間を追い出したかっただけなのだろう。
しかし、皮膚シリコンが剥き出しの手のひらに腕を掴まれた神無は冷静な思考を一切合切置き去りにして、ぶわりと体を這う恐怖に従って動いてしまったのだ。
「触るなっ!!」
悲鳴を上げた神無は、反射的にその手を振り払って両手を前に突き出す。
本来ならその程度の抵抗でアンドロイドの重たい体が揺らぐことなどなかったが、欠損した体ではバランスを取ることが困難らしく、彼はぐらりと傾いて尻もちをつく。
がしゃんと再び重たいものが落ちる音が室内に響き、その拍子にアンドロイドの体からいくつかのパーツが音を立てて散らばった。
その音を聞いて我に返った神無だが、彼が慌てて謝ろうとするより早く、アンドロイドは神無に強い憎悪の表情を向ける。
「……お前も、アイツと同じなんだな」
「あ、ぁ……」
殺意と憎悪に染まるその瞳に射抜かれた神無の体が強張り、言い訳を紡ごうとした喉は引き攣って動かなくなった。
アンドロイドは拳を固めると、そんな固まる神無に向かって勢い良く振り下ろす。それを避けた神無は、反射的に目の前のアンドロイドに掴みかかるとそのアンバランスな体を押し倒した。
「は……っ!はぁッ……はぁ…!」
「離せ!触るな人間!触るな!」
アンドロイドの上に馬乗りになった神無は、何も考えられない真っ白な思考を刑事として体に染みついている護身術に全て任せてしまった。
固定した足の下で暴れるアンドロイドを見下ろした神無の顔から、ますます血の気が引いていく。
殺される。死にたくない。
それなら、殺される前に壊さなければ。
そんな生存本能の赴くままに、神無は握った拳を振り下ろす。
アンドロイドは、自身に襲いくる衝撃と散らばる破片にくぐもった悲鳴を上げた。その反応は人間のそれに良く似ていて、より一層恐怖を煽られた神無は夢中で拳を振り下ろす。
「た、すけて……たすけて、だれか」
暴力の隙間でアンドロイドが呟いた。
震えるその声が耳に届いた神無は、ふと我に返ってぴたりと拳を止める。
いつの間にか拘束が乱れて自由になっていたアンドロイドの両手は、神無に反撃することなく自分を守るように覆っていた。
その指の隙間から覗く怯えた瞳は、両親と幼馴染を一度に失ったあの日の夜の自分に良く似ている。
目の前のアンドロイドは自分と同じだ。相手に壊されることに怯えて、壊されるくらいなら壊してしまおうと自身の身を守るために動いただけで、決して神無個人に恨みを持っているわけではない。
「ぁ……おれ、は……」
このアンドロイドにとって神無はきっと、自分を害した主人と同じ暴力的な恐ろしい存在となってしまった。
ブルーブラッドに染まる両手を見下ろした神無は、自身の行いを振り返ってがくがくと体を震わせる。
目の前のアンドロイドを壊したところでそれは何の解決にもならない。むしろ、彼のテリトリーに立ち入って先に攻撃を仕掛けたのは神無の方だ。
謝らなければならないのに、怪我の心配をして、すぐにニトに修理を頼まなければならないのに、震える神無の体はうまく動かない。
固まる神無を見上げたアンドロイドは、その沈黙を隙だと思ったらしく渾身の力を込めて身を起こす。
「ッ、ぅあ…?!」
視界が反転して床に倒された神無の上に、今度はアンドロイドが馬乗りになった。
慌ててそんな彼を上からどかそうと背中を膝で蹴って暴れる神無だが、痛みを感じない彼にはそんな攻撃など些細なものだった。
「お前みたいなやつらのせいで……!!」
怯えた憎悪の瞳が神無を見下ろす。
呟いたアンドロイドは両手を伸ばすと、神無の細い首を押さえ込むようにして力を込めた。
「ぁ、く……!は……ッは、ぁう……!」
首を絞められて呼吸が封じられた神無は目を見開くと、その拘束を解こうと必死に抵抗する。
首を押さえる手を両手の爪で何度も引っ掻くが、その指先が青色に染まるばかりで力が緩む気配はない。
我を忘れたアンドロイドは、神無の動きを止めることしか考えられなくなっていた。自分の行う行為が招く『止める』とは『殺す』であることすら、今の彼には判断ができなくなっていたのだ。
「は……ぁ、あ"……っ、ぁ、」
神無の思考が少しずつ霞んでいく。
助けを求める術を失った両手は、ぱたぱたと力なく床を掻くだけとなっていた。
あまりにも自業自得な結末だ。自分を殺したあとのアンドロイドが、せめて縞斑たちに責められないことを祈るばかりである。
薄れゆく意識の中でぼんやりとそう考えた神無が目を閉じたそのとき、部屋の扉が勢い良く開かれた。
「神無ちゃん!!」
聞こえた声に、途切れかけていた意識が微かに繋ぎ止められる。
部屋に飛び込んできた人物の正体に驚いたアンドロイドが、手に込める力をわずかに緩めたことも味方したのかもしれない。
「ボス……」
呆然と呟く傷の増えたアンドロイドと、その下に組み敷かれて首を絞められる神無を一目見た縞斑は、この場所で何が起こったのかを正しく理解して顔を歪めた。
「神無さん…!」
「っ、待ってアサギリちゃん」
咄嗟に腰の拳銃へ手を伸ばそうとしたアサギリを手で制すると、縞斑は慎重な足取りでアンドロイドの前へ歩み寄る。
「……その子を離してやってくれないかな」
「でも、こいつは……ぼくを、」
震えるアンドロイドの手に力はすでに込められていないが、神無から離れる気配はない。
神無が抵抗したり縞斑が攻撃をしたら、おそらくアンドロイドはその手に再び力を込めるつもりでいるのだろう。
浅い呼吸の神無が辛うじて意識を繋ぎ止めていることを確かめると、縞斑はアンドロイドの青く汚れた手に自らの手を重ねた。
「彼が君を傷つけたことは俺からも謝る。怖がらせてごめん」
「……、」
「けど決して、この子はかつての君の主人とは違う。むしろ君と同じだよ」
「ぼく……と…?」
おそるおそる視線を落としたアンドロイドは、神無が自分を見上げる瞳に強い怯えの色を宿していることに気がつく。
自分と同じ色をしたそれに彼が戸惑っていれば、縞斑は重ねた手にそっと力を込めて神無の上から退かすように促しながら言葉を続けた。
「君が人間のことを怖いと思うように、この子は君たちのことが怖いんだ。……どうか、分かってあげてほしい」
最初に神無に触れたのは自分からだった。
部屋に侵入した人間を警戒していたアンドロイドは、声を荒げて乱暴に神無の腕を掴んだことを思い出して小さく息を呑む仕草を取る。
あのときの神無に攻撃の意志はなく、ただ触れられたことが恐ろしくて振り払おうとしただけなのだろう。
壊される前に攻撃をしなければと動いたアンドロイドだったが、神無もまた同じ恐怖を抱えて襲い掛かったのだと彼の中でようやく誤解が解けた。
「………ごめん…なさい、」
アンドロイドの手がゆっくりと神無から離れる。
項垂れた彼の頭を労うように撫でた縞斑は、背後に控えていたアサギリを振り返り声を掛けた。
「アサギリちゃん、彼をニトのところへ」
「承知しました。さぁ、行きましょう」
頷いたアサギリは、落ち込むアンドロイドの手を取ると努めて優しい声を掛けながら部屋を出ていく。
その足音と気配が完全に遠ざかったことを確かめると、ようやく縞斑は倒れた神無の心配を優先することが許された。
「神無ちゃん、神無ちゃん大丈夫?」
「けほ…っへいき、ごめ……っ」
「……ごめん、迎えに行くべきだったね」
神無がいつまで経っても部屋に来ないことを不審に思った縞斑は、アサギリに連絡をしてスパロー内の監視カメラから彼を探したのだ。
すると彼は、縞斑の部屋に向かう途中で道を間違えてアンドロイドの居住フロアの中でも特に人間の立ち入りを制限している場所に迷い込んでしまっていたのである。
「げほっ…げほ、おれが…こわがらせたの、わるいから」
「それは……いや、こればかりはどちらが悪いとかの話じゃないよ」
この場所は、特に心身に傷を負った自己破壊の危険があるアンドロイドたちの療養フロアなのだ。
彼らは主人に暴力を振るわれ、その恐怖から変異した個体が多く、まだ縞斑以外の人間にはほとんど心を開いていない。
慌てて駆けつけた縞斑だが、すでに神無はそんなアンドロイドと接触して互いにパニックを起こしてしまったあとだった。
こんなことになるならスパローの入り口まで神無を出迎えに行くべきだったと後悔した縞斑が謝れば、神無は目を伏せてふるふると首を横に振る。
「俺が突き飛ばして、殴って……怖がらせた。せっかくここで、落ち着く場所を手に入れたのに」
腕を掴まれたことは事実だが、先に暴力という手段を選んでしまったのは間違いなく神無だ。
どちらが悪いという話ではないと諭された神無だが、それでも自分には確かな非があると認めていた。
「……彼が落ち着いたら、一緒に謝りに行こう」
「…………うん」
申し訳なさそうに眉を寄せて俯く神無の頭をぽんと撫でた縞斑は、以前に比べた彼の確かな成長を労う。
そうして縞斑は、振り下ろして自分まで傷ついてしまった神無の手の治療へと意識を向けることにしたのだった。
終