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作戦会議

全体公開 幻水 9 3154文字
2025-05-29 21:28:35

6月発行予定の六騎士全コンビ短編集「断章・ゼクセン史」①クリスとボルス。

 ブラス城の窓から外の様子を見下ろしたボルスは、数刻前から変化のない地上の光景に軽く嘆息した。
「まったく、サロメ殿不在のタイミングを狙ってくるとは、奴らも考える」
 窓の外の眼下に広がるのは、ブラス城の入り口の前に整然と隊列を組む百騎ほどの騎兵部隊。当然、ゼクセンの騎士たちのものでない。
 馬上の兵士は統一された鎧は纏わず、いずれも肩と胸のみを覆う、無骨な装いの男たちばかり。現在、膠着状態にある隣国のティント共和国が雇った傭兵部隊である。
「タイミングは偶然かもしれんが、痛いところを突かれたな」
 腕を組み、同じく窓を見下ろすクリスはやれやれと首を振る。
 ブラス城の作戦室に詰めているのは、団長のクリスと六騎士のボルス、そして、参謀見習いの騎士とボルス直属の部下の四人のみ。本来ならば、この部屋の主とも呼べるのは副団長のサロメなのだが、現在は首都ビネ・デル・ゼクセに出払っていて留守中だ。
 テーブルの上に広げられているのは、ブラス城の簡易的な地図と、その上に載った木製の駒。現状を示すように、いくつもの駒が城に向かって並べられている。
 視線を窓からテーブルに移したクリスが、うーんと唸りながら、つぶやく。
「私の体ひとつで片がつくのなら、今すぐ出て行ってもいいんだが」
「それだけは絶対にやめてください!!」
 ボルスが声を張り上げる。参謀見習とボルスの部下も前のめりにぶんぶんと首を振り、拒否の姿勢を見せた。
 ――突如として現われた彼らの要求は「ゼクセン騎士団長クリス・ライトフェローの投降」。目的が団長の身柄そのものなのか、その右手に宿る真の紋章なのかは図りかねるが、どう考えても素直に従って良い結果に結びつくとは思えない。
「騎士団長の投降は無条件降伏と同じ! それ以前に、クリス様を危険な目に遭わせるなど!」
「すまない、冗談だ」
 ボルスをはじめとした周囲の騎士たちの反発の大きさに、クリスはたじろぎ、「ちょっと和ませようとしただけなんだけどな」と気まずそうに笑んだ。
 ――ゼクセンの領土を狙うティント共和国とは既に何度か剣を交えているが、依然としてその本気度合いは読めない。今回の突然の進軍も驚きや焦りよりも疑念が募り、その裏にある真意を探る必要がありそうだ。――だが、それはさておき。
「しかし、どうしたものかな。籠城には当面耐えられるが、民たちも不安がっている。少しばかり遠ざけたいものだが」
 再び、クリスはテーブルの地図と駒に視線を落とす。
 ブラス城のグラスランド方面の門は内側から固く閉じている。人の往来が盛んな道ではあるが、民の安全には変えられない。しかし、ブラス城が開けた交易ルートとして名所化している今、このままではゼクセン内の物流に支障が出てしまう。
「どうしたものか」
 クリスの投降の要求以降、ティント側の動きはない。傭兵たちの装いからしてこのまま攻め入る気はないようだが、もしかすると、門を塞いでゼクセンの物流を鈍らせるのも目的のひとつかもしれない。だとすれば、相手の思うつぼだ。
「せめて、出入り口の確保はしたいところだが……ボルス、何か良い策はあるか?」
「え、俺ですか?」
 クリスが何となしに尋ねると、ボルスはきょとんと不意を突かれたような面持ちで返した。
「サロメがいないんだ。ここはみんなで知恵を絞るしかない。何かアイデアがあれば聞かせてくれ」
「うーん……
 再び窓の外の敵部隊を眺め、ボルスは深く唸りながら思案する。眉を顰めて目をつむり、頭の中をこねくり回すが――やがて、諦めたように息を吐き、首を横に振った。
……だめだ、俺が先陣を切って突撃する方法しか思いつかないです」
 ボルスはお手上げ状態で落ち込む。参謀見習いと彼の部下も良策が浮かばず、俯いて己の無力を嘆いた。
「ああ、私も同感だ」
「へ?」
 間の抜けた声で、三人がクリスに視線を向ける。苦境の中にも関わらず悠然と構えるクリスは、テーブルの上の駒を軽くつまみ、配置しながら口を開いた。
「弓兵隊が上から威嚇をしつつ、今いる兵たちで突撃して追い返すのが一番だろう。弓はあくまで威嚇だが、攻めの姿勢を見せるなら兵を城内に引かせ、矢の雨を降らせる。確か、オオタカの紋章を宿している兵が何人かいたはずだ」
「さ、さすがにそれは……
 参謀見習いは団長相手に恐縮しつつも「無謀だ」と言い淀み、重い空気が漂う。しかし、クリスは落ち込んだ空気を一蹴するように言い放った。
「無謀かもしれないが、私とお前ならば可能ではないか?」
「えっ……
「お前ならば」と声を向けられたのは、他の誰でもない、ボルスである。ゼクセン騎士団で無双の剣の腕前を持つ「烈火の剣士」。その威光は名実ともに隣国に名を轟かせ、脅威となっている。
 ボルスは呆気に取られたような顔でクリスを見やるが、団長の表情は凛として変わらない。
「クリス様、ですがやはりこの策は……!」
 周囲の騎士たちがにわかにざわめく。しかし、クリスは先ほどのように「冗談だ」と訂正するでもなく、あっけらかんと言い放った。
「私とボルスで先頭に立ち、門を開けると同時に突撃して敵陣に穴を開ける。あの数ならばあとは各個で前線を刺激して散らしてやるといい。きっと、蜘蛛の子を散らすように逃げて行くだろう」
……そうですね」
「ボルス様まで!」
 しばらく沈黙を保っていたボルスが同意を示し、参謀見習いとボルスの部下は更に悲鳴を上げた。
「幸い、城内に待機している兵は元気のいい奴らばかりです。俺たちが風穴を開けたあと、長槍を持たせて突いて追っぱらってやれば、いけるかもしれません」
「ああ、いい考えだ」
「いや、おふたりとも!」
 部下たちの動揺を完全に置き去りにして、クリスとボルスはすっかりやる気満々で肩を回している。
「よし、ではやってみよう。外の彼らも、そろそろ待ちくたびれて気が抜けている頃だろうしな」
「はい! さっそく準備をしてきます!」
 ――と、ボルスが意気込みたっぷりに踵を返したところで、作戦室の扉が静かに開いた。
「ただいま戻りました」
 ドアの先から現われた人物に、参謀見習いとボルスの部下が抱き合って歓声を上げた。
「さ、サロメ様ー!!」
 ふたりの九死一生を得たかのような涙声が響く。まるで戦で勝利をした瞬間のようだ。室内に入るなり目に入ったその光景にサロメは面食らったが、すぐに表情を正した。
「サロメ、戻ったのか」
「ええ、間に合って良かったです」
「ああ、そうだな。良かった」
 心なしか、クリスの声は少し残念そうだ。その口ぶりに、サロメは少し探るように顔色を覗く。続いて、ボルスにも目を向けるが、彼もまた、パッとしない表情だ。
……まさか、ふたりで突撃してどうにかしようと思っておりましたか?」
「え、いいや?」
「そんなことは、全然」
 歯切れ悪くつぶやきながら、ふたりはふい、とそっぽを向く。その動作があまりにきれいにシンクロしていたもので、サロメは思わず苦笑してしまった。
「まあいいです。立て直しはここから。策を考えましょう」
「はい!!」
 参謀見習いとボルスの部下のはつらつとした声が明るく響く。先ほどまでの狼狽っぷりとはえらい違いだ。
 クリスとボルスは釈然としない気持ちを抱えつつ、しぶしぶ作戦立てに入り直すことにした。
……いい作戦だと思ったのに、残念だったな」
「本当に。ちょっと悔しいですね」
 ぼそぼそ、と言葉を交わすふたりにサロメは生暖かい思いを巡らせつつも聞こえない振りをした。そして、帰路の最中で練り上げた策を示し、無事にこの窮地を乗り切ることに成功したのだった。


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