6月発行予定の六騎士全コンビ短編集「断章・ゼクセン史」サンプル③
パーシヴァルとレオ。
@kazane_noname
長らく平穏だったアムル平原に戦火が灯ったのは太陽暦四七一年のこと。ゼクセンの商隊がグラスランドの地でリザードクランに襲撃された事件がことの発端となり、休戦はあえなく破られた。グラスランド側はこの襲撃事件を捏造と反論するも和解には至らず、ゼクセン騎士団には出撃の命が評議会より下された。
休戦が長く続いていたことにより初陣の騎士も多い中、ゼクセン騎士団は実戦で驚くほどの成果を挙げた。突出した技を持つ騎士たちの活躍と、その騎士たちを適所にあてがう策がはまり、騎士団はリザードクランとカラヤクランの連合軍を圧倒した。
しかし、グラスランドの戦士たちも当然押されてばかりではない。戦線の最前線、リザードクランの主力部隊とぶつかったのは、騎士団の中でも傑出した力を持つ重騎兵隊だった。小細工なしのぶつかり合いによる戦いは苛烈を極め、双方には多くの負傷者が発生した。
◆◆◆
煮えたぎるような右脇腹の痛みを堪えながら戦場から少し離れた岩場に身を隠したレオは、どさりと腰を下ろし、自分の背丈の倍はある岩に背を預けた。
深い息を吐き出す。その息は熱く、口内には鉄と血の味が充満して、大層気味が悪い。
「レオ殿、今、救護兵を呼び寄せています! 少しばかりお待ちを!」
「あぁ……」
駆け寄って耳元で叫ぶ部下の声が耳障りに感じるのは、ささやかな振動さえ傷に響くせいか。レオは負傷した右脇腹に手を添えたまま、苦悶の表情を浮かべた。
――油断した。リザードクランの主力部隊との戦いは互角かそれ以上の戦況で、歯ごたえのある相手との交戦には高揚感さえ覚えた。内なる血が滾る中、その隙を突いたカラヤクランの兵が、レオの懐に飛び込んできた。
リザードたちとの戦いに気を取られて防御が遅れ、一撃を許してしまってこの始末。致命傷までには至らないが、傷はそこそこに深い。手当てをせず放置し続ければ、命に関わる状態に陥ることを、体はなんとなく察していた。
「レオ殿、大丈夫ですか!
「ああ、救護兵はまだか!」
「伝令によると、蛮族たちの戦隊が邪魔で遠回りしなくてはならないらしい……」
「くそっ! つくづく忌々しい奴らめ!」
騒々しい部下たちのやり取りを、レオはぼうっと聞いていた。出血で血の気が引いたせいか、らしくもなく、頭は妙に冷静だった。
「……構わん、このまま出る」
「レオ殿、何を言うのですか!!」
愛用の斧を杖代わりにして立ち上がる。ふらつきはしたものの、両足を地に着けてみれば、立っていることはできる。動ける時間に限りはあるだろうが、もう一戦、連中を退けて部下たちを引かせるくらいの時間は稼げるだろう。
「レオ殿、お願いですから動かないでください!」
「いや、機は今だ。ここを逃せば戦況にも影響が出る」
「ダメです! これ以上動くと死んでしまいますよ!」
部下たちの制止する手が伸びて、抑え込まれる。いつもなら片手で振り払える腕が、振り切れない。それは彼らの意志の力か、自分の負傷のせいか。
猶予のない状態だと、部下たちの目にも映っているのだろう。しかし、待っていてはこの部隊はもちろん、後方に控えている部隊が挟み撃ちに合ってしまう。それはなんとしても避けなければならない。その使命感だけが、レオを突き動かしていた。
「……よし、誰か、ナイフに火にかけろ。傷を焼く!」
「なっ! いけません! そんな強引な!」
「血を止めなければ動けんのなら、強引に止めるまで。誰かナイフを貸せ!」
大手を振るって、今度こそ部下を振り払う。だが、騎士たちはその圧に押されながらも、レオに立ち向かうことをやめなかった。
「ダメです、止めてくださいレオ殿!」
「止めるな! さあ、傷を焼け!」
「そんなことをする必要はありませんよ」
先ほどから騒ぎ立てている部下とはまったく毛色の違う、涼しい声が差し込むように響く。
「お、お前は!」
なんだ、と見上げると、そこにはしなやかな軍馬と、傷ひとつついていない甲冑姿の騎士がひとり、佇んでいた。戦場では常に複数の騎馬兵で隊列を構成されているというのに、見渡せど見えるのは一騎のみである。
「パーシヴァル」
レオは男の名を呼んだ。平民から一部隊の長を務めるまでに伸し上がった実力者。剣と馬術の腕は確かだが、常に冗談なのか本音なのかわからない言葉を操る捉えどころのない男だ。
「パーシヴァル、お前、なんで」
しゃがんでレオの傷の様子を探るパーシヴァルに、問いを投げかける。――そう、なぜ。部隊長を務める人間が単身で別部隊のもとにやって来るなど、あり得るはずがないのだ。
「ひとまず静かに。傷に障ります」
質問にも答えず、パーシヴァルは聞き取れるかどうか、というほどの声量で詠唱を紡ぐ。すると、差し出した右手から淡い青の光が迸り、レオの右脇腹に宛がわれた。
「傷が塞がっていく……!」
す、と体内に水の糸が巡るような清涼感に包まれる。麻痺しそうなほどの痛みも引いていき、いつしか傷ついた脇腹には温かな感覚が宿っていた。
まるで温泉に浸かっているような心地よさに、戦場でありながら眠気すら覚えてしまう。同時に、焼けつくような熱と痛みを宿していた右脇腹の出血は止まり、刃にえぐられた傷口も塞がっていた。
「こんなものですかね」
右手から光が消え、身をかがめていたパーシヴァルがすっと立ち上がった。
「応急処置ですが、この戦いを潜り抜けることくらいはできるでしょう」
「あ、ああ。助かった」
言葉も難なく発せられる。不快な血の味も口の中に残るのみで、腹部からせり上がってくることはない。
「では、私は持ち場に戻ります」
踵を返したパーシヴァルは、待たせていた愛馬をひと撫でし、速やかに馬上に跨った。まるで、風のようだ。
「待て。お前、俺を回復するためだけに単騎で敵陣を突っ切ってきたっていうのか!?」
「ええ、そうですが」
サラリと返される。それがさも当然かのような振る舞いに、自分の感覚がおかしいのかと錯覚してしまいそうになる。だが、実際におかしいのは奴の方だ。
「お前は部隊長だろう。部下たちはどうした」
「副隊長殿にお任せしています。戦場の経験は私よりずっと豊富な方ですから、笑顔で送り出してくれましたよ。レオ殿を絶対に救ってくれとも言づかっています」
「いや、それにしたって……めちゃくちゃな奴だ」
「ここでレオ殿が斃れるのは騎士団にとって最悪のケースです。勝てるものも勝てなくなる。だから、回復できる人間がやって来た。それだけですよ」
聞けばそのとおりの理屈を並べられるが、それが戦場で的確に遂行できるのなら誰も苦労しない。しかし、この男はそれを実践して見せた。しかも、こうも何食わぬ顔でだ。
――こうなることを、策を立てたペリーズやサロメはわかっていたのだろうか。だとしたら、騎士団には末恐ろしい人間ばかりだ。負ける気がしない。
途端に、自身の中に覇気が戻ってくる。今ならば、リザードクラン百人でも相手取れそうな気分だ。
「パーシヴァル、お前、酒はいけるか?」
「ええ、人並みには」
「ようし、この戦いが終わったら、蔵に入れているとっておきを開けてやろう」
既にその場から去ろうと手綱を握るパーシヴァルが、きょとんとしてレオを見やる。およそ戦場にはふさわしくない顔だが、それは瞬時に余裕めいた笑みに変わる。
「ええ、楽しみにしていますよ。ですが、まずはこの戦いを切り抜けなければ」
「ああ。――よし、礼と言ってはなんだが、お前の帰り道を確保してやろう。お前たち!
「はい!!」
一声をかけると、部下たちが鋭気を取り戻して隊列を組む。レオを先頭とした部隊はパーシヴァルの率いる部隊が交戦中の方角に向けて進路を定めた。
「ついてこい、パーシヴァル」
「ええ、どこへなりとでも」
馬上から降ってくる返事に深く頷き、レオは腹の底からの咆哮を上げる。地鳴りのような音を立てながら突き進む部隊の突撃と、縦横無尽に戦場を駆け巡り敵陣を翻弄する一騎の騎馬の活躍を機に、ゼクセン騎士団は更に戦意を高め、その戦いの優勢を保ち、防衛線を護ることに成功した。
その様を戦場で目の当たりにしたグラスランドの戦士たちは、「鋼鉄のような騎士たちと疾風のような騎馬にしてやられた」と畏怖を込めた感想を仲間たちに語ったという。