カルみと
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
橙色の微かな灯りに包まれた寝室に、二人分の穏やかな寝息が響く。
光に照らされるニトとリトの健やかな寝顔を見守った神無は、軽く二人の頭を撫でるとそろりとベッドから抜け出して寝室の扉を閉めた。
「ふぅ……これでよし、と」
呟いた神無がそっと扉から離れたとき、廊下の奥からふたつの足音が聞こえたことに気がついて彼は顔を上げる。
暗がりから姿を現した縞斑とアサギリは神無の顔を見ると、ちらりとそばの寝室に視線を向けてから声を顰めた。
「二人は寝た?」
「うん。もう大丈夫だと思うよ」
神無の返事を聞いた縞斑は軽く頷くと、すぐそばの私室へと彼を手招きする。
ここで話をして子どもたちを起こしてしまったら大変だ。こくりと頷いた神無はアサギリと共に部屋の中へ足を踏み入れた。
部屋の明かりをつけてジャケットを脱いだ縞斑は息を吐くと、改めて神無に向き直ってお礼の言葉を告げる。
「ただいま神無ちゃん、寝かしつけ頼んでごめんね」
「おかえりだらだら先輩、アサギリ。仕事なんだから仕方ないだろ」
「助かりました。本当にありがとうございます、神無さん」
その日の夜、神無は縞斑から連絡を受けてスパローを訪れた。
なんでも、スパローのリーダーである縞斑と、その補佐であるアサギリで向かう商談の時間が夜にずれ込んでしまったため、ニトとリトが寝るまでそばにいてやって欲しいと頼まれたのだ。
最初は緊急の連絡と聞いて何事かと思った神無だったが、明日も非番であるため快く引き受けることにしたのである。
「温かい飲み物を淹れてきます」
「ん!ありがとアサギリ!」
縞斑からジャケットを受け取ったアサギリは、丁寧に会釈をするとここから少し離れたキッチンへ歩いていく。
その背を見送った神無がソファに腰を下ろせば、縞斑も向かいの席へ腰を下ろして息を吐いた。
今回の仕事について、神無は詳細を聞かされていない。おそらく刑事である神無が聞くのは都合が悪い案件なのだろうと納得した彼は、他の話題を探して口を開くことにした。
「いつもあんな感じ?」
「いや……ときどきかな。今夜は特にひどかったから、ふたりぼっちにしておけなくてね」
神無がスパローを訪れた時、二人の目には真っ赤な泣き腫らしたあとがあった。
普段の二人は自室で大人しく眠るらしいが、時々キョウのことが恋しくなって、そのまま寝付けなくなってしまうのだ。
神無の前では涙を見せなかった二人だが、縞斑とアサギリが居ない夜はたいそう寂しかったようで、寝付くまでずっと神無に寄り添っていたのである。
「……ふたりにとって、キョウは大事な兄ちゃんだったんだよな」
そう呟いた神無は、俯いてきゅっと唇を噤む。
あの事件で自分さえ馬鹿なことをしなければ。そんな後悔の言葉を懸命に飲み込んでいる彼を見つめた縞斑は、やがて神無の頬を軽く指先で押した。
「むぃ、」
「またややこしいこと考えてるでしょ」
「それは……」
「……まぁ、謝ったりしないあたり成長かな」
自分のせいだと謝罪することで救われるのは自分だけで、周りの選択まで蔑ろにする行為であると正しく理解したらしい神無のつむじを見下ろして縞斑は口を開く。
「あの子たちは君を恨んだりしてないよ」
「……だからなおさら、苦しい」
「いっそ恨まれた方が気が楽って?」
「そりゃあ……そうされて当然のこと、したし」
縞斑がため息を吐けば、目の前でぽつぽつと話していた神無がびくりと肩を揺らした。
「本当に君は愚かだなぁ……」
「愚かって言うな」
「だって君、俺が恨んでるって言ったら傷つくんだろ」
尋ねた途端、神無がより一層震え上がる。
こんなにも他人に嫌われることを恐れているというのに、好かれるということはもっと恐れているのだからまったく生きづらい。
おずおずと伺うように視線を持ち上げる神無の怯えた瞳を見つめた縞斑は、思わず小さく笑って首を横に振って見せた。
「例え話ってだけ。恨んでないよ」
「……ほんと?」
「もうあの件は終わったことだし、あれから君はちゃんと変わろうとしてる」
事件のあと二人で巻き込まれた山での騒動は、神無にとっては不幸だったが、縞斑にとっては神無に強い信頼を寄せるきっかけとなった。
彼はあの日の弱い自分から変わろうとしている。過ちを過ちと認めて前進している人間のことを蒸し返して貶すほど、流石の縞斑も捻くれてはいない。
「次に同じことは起こらないと信じてるから」
「それは……うん、もう大丈夫」
「ならそれでいいよ」
頷く縞斑が自分を恨んでいないのは、神無も肌で感じている。もう同じ過ちはしないと信じてくれていることも伝わっているし、事実二度とあんな不祥事は起こさないと自分に誓ったつもりだ。
けれど時折、背負った半分がどうしようもなく重たく感じることがある。
このまま潰れて倒れてしまうのではないかと怯えたとき、素直に縞斑に頼って良いのか躊躇う程度には、まだ自分は彼に何もしてやれていない。
「……俺に出来ることってなんだろう」
一言断って先ほどから煙草を吸っていた縞斑は、その言葉を聞いて顔を上げるとぱちりと目を瞬いた。
灰になっていく煙草を眺めた神無が、アサギリに一日一本と言われて大切に吸うと言っていたのに良いのだろうかと首を傾げていれば、縞斑は驚いた様子で声を上げる。
「今日してくれたじゃない」
「……え?」
「君がいなかったら俺の大切な仲間たちは安心して眠ることができなかった。神無ちゃんにしか出来ないし、任せられなかったことだよ」
縞斑が神無を呼んだのは信頼の証だったのだが、どうやら本人にはうまく伝わっていなかったらしい。
ぱち、ぱちと遅い瞬きをしていた神無は、やがて縞斑の言葉を飲み込みきれずに首を横に振る。
「そんなこと……」
「俺にとっては『そんなこと』なんかじゃない」
「…………、」
「だから、ありがとうね」
頼りにしてるよ。と言った縞斑は、思い出したように煙草を咥えて笑って見せた。
そうして紫煙を吐いた彼が短くなった煙草を灰皿に押し付けて顔を上げれば、目の前の神無が必死で泣くのを堪えていることに気づく。
「なんで泣くかなぁ」
「先輩は俺のこと、まだ完全に信頼してないって、おもって、」
「信頼してないやつにこの場所は教えないでしょ」
「そうだけどぉ……」
堪えきれなくなった神無は、ずびずびと泣きべそをかきながら気弱な声で自身の不安を吐露する。
そんなまだ若い彼のことを慰めるように頭を撫でていれば、部屋の扉が開いてトレーにコーヒーとココアを乗せたアサギリが顔を出した。
彼は泣いている神無と慰める縞斑を交互に見たあと、把握したというように小さく頷いて縞斑へと向き直る。
「マスター、また神無さんをいじめたんですか」
「いじめてないよ……というか、まるで一度いじめたみたいな言い方しないでくれる?」
「先輩いつもいじめてくる……」
「えぇー……」
分が悪いと苦笑いを浮かべた縞斑は、ぽんと神無の背を叩くとアサギリから受け取ったココアを彼へ手渡した。
泣きじゃくる神無の機嫌を直すにはきっと、アサギリが作ったクリームたっぷりのココアが一番だろう。
終