さめしし。ワンドロのお題「夢」「団欒」で書きました。かずにき一家公認の、そこそこ長くつき合っているさめしし。ある人達に会うために、その場所へ向かっているお話です。
知らないうちに得ていたものと、ここから始まる未来。
@5_bluedaisy
団欒、ってモノがわからない。
そんなことをしてくれる家族は、オレにはいなかったからだ。
「……でもお前は、当然のようにそうしてきたんだよな」
隣を歩いている村雨は、ちらりとオレに視線を遣ってから前を向いて答えた。
「そうだな」
淡々として、落ち着いた声だった。苛立ちも、突き放した感じも全然無い。
でも、手にしている紙袋がかさり、と不規則に音を立てた。オレとは反対側の手で、村雨が紙袋を持ち直したのだ。中身は焼き菓子だと言っていたから、大して重たいものでもないのに。
つまり、コイツも多少は身構えている。緊張している。
逆にそれで少し安心できて、オレは言葉を続けた。
「お前にとっては普通のことでも、オレは夢に見ることすらできなくて……オレにとっては本とか映画とか、そういう作り物の中のモンなんだよ、家族の団欒ってヤツは。だから、これからそれが普通になるって言われても、ピンとこねぇだろ。それは仕方ねえだろ」
「あなたにとっては、そうだな。それは理解できる」
村雨の声音は、変わらず平静だった。でも歩きながら、深紅の瞳が今度はちゃんとオレを捉えてくる。
「だが獅子神、思い出してみてほしい。あなたは既に、私と共に何度も兄の家を訪れた。兄嫁とも、甥や姪とも一緒に楽しく過ごしたし、折々のケーキの作成はもはやあなたの独壇場と言っていい。それは十分に団欒を体験していることになるだろう?」
「……でもオレは、家族じゃねえから」
「もう家族も同然だと、何度言えばわかる。マヌケ」
呆れたような口調だったが、声には温かさがこもっていた。
そのまま村雨は、そっとオレの背中に触れた。スーツのジャケットとシャツ越しに、しなやかな指先の感触が伝わってくる。
ここ路上なんだけど、という恥ずかしさはあったが、村雨の気持ちはありがたかった。
「いつも言っているだろう。あなたは、もっと自信を持っていい」
オレの背中に手を当てたまま歩きながら、村雨は言った。
「だが今のこの状況では、あなたの不安と緊張が高まるのは仕方のないことだとも云える。だから、心配なことがあるなら、今のうちに全て私に話せ」
「村雨……」
「時間が必要なら、どこか店に寄って休んでいこう。あちらには私の仕事の都合ということにして、遅れる旨を伝える」
「いや、それには及ばねえよ」
オレはきっぱりと首を横に振って、そこは否定しておいた。
「せっかく休みの日に時間作って頂いてるのに、それはさすがに申し訳ねえって。遅刻して行くほうが、緊張しちまうし」
「そうか」
「こうやって、少しゆっくり歩いていくだけでいいから。まだ時間、大丈夫だろ?」
「問題ない」
村雨は頷くと、微笑んだ。
「では、あなたの不安でも愚痴でも、気にせず思う存分に語るがいい。私はそれを聞いて、受け止めよう」
「……楽しそうだな、お前」
オレが苦笑すると、村雨はにまりと笑みを大きくして胸を張ってきた。
「当然だろう。夢にまで見た時が、もうすぐ訪れるのだ。そして何も問題なく上手くいくことを、私は確信している」
「そうだと、いいけどな」
「大丈夫だ、獅子神。実際に会って話せば、あなたにもすぐ分かる。だからこそ、彼らの前で要らん卑屈を出さないためにも、今ここで言いたいことは言っておけ」
「わーったよ」
少し歩調を落とすと、村雨もそれに合わせてくれる。まだ背中に触れたままの指を感じて歩き続けながら、オレは思いつくままにポツポツと、いろいろなことを話した。
過去のこと、今のこと。恵まれた村雨の家庭環境を、どうしても羨んで、僻んでしまう気持ち。
もう家族も同然だと何度村雨が言ってくれても、一希さん達が家族ぐるみで仲良くしてくれていても、それでも消えない不安。
オレは、真っ当な家庭を知らない。あたたかい団欒なんて、縁が無い。
だから、一希さん家で楽しく過ごさせてもらっても、いつも何処か心の底で怯えていた。何も知らないオレが、ヘマをしてこの場をぶち壊しちまったらどうしよう、って。
こんなに温かく迎えられているのに。未来への扉が開かれているのに。
素直に進めず、自分は違うと尻込みしてしまうオレ自身が、誰よりも過去に囚われている。
親なんて当てにならない、自分ひとりの足で進んでやると決めて、ここまで這い上がってきたはずなのに。大切な一歩を踏み出せない、自分の臆病さが情けない。
そんなことを、とりとめもなく話し続けた。
「大丈夫だ、獅子神」
村雨は何度もそう言いながら、ずっと聴いてくれた。
「あなたはちゃんと、その一歩を踏み出している。私と生涯を共にする約束をして、こうして今歩いているのだからな」
「……そーゆーもんか?」
「そうだ」
有無を言わさない力強さで頷くと、村雨は真面目な顔になってオレを見た。
「それから、あなたは自分が団欒を知らない、と言うが。私はそうは思わない」
「え?」
驚いてオレが立ち止まると、寸分違わないタイミングで村雨も足を止めた。
背中に触れていた手が、そっとオレの右手を握ってくる。
「あなたは真経津や叶や天堂たちを迎え入れて、楽しく過ごしているだろう。美味しい料理を作って食べ、皆で遊び、笑顔で語り合う時間を共有している。それは、あなたが選んだ者たちとの、あなたの団欒だ」
「村雨……」
「家族という形態、血筋の繋がりのみに拘る必要はない。あなたはあなたの親しい者、近しい者達と、大切なひと時を積み上げてきたのだ。だから獅子神、それを誇れ。あなたは、素晴らしい」
「……っ」
不覚にも、目元が熱くなって。
オレはぎゅっと目をつぶって、湧き上がってくるものを堪えた。
右手を握っている村雨の指が、優しく手の甲を撫でてくれる。そんな風にされたら力が抜けて、涙に負けそうになっちまうのに。
——でも、嬉しくて。
「お前、なぁ……」
ようやく動揺を抑えつけてから、目を開けて。
何とか笑顔を作って、オレは言った。
「これからって時に、何つぅコト言うんだよ。今ホントに泣いちまったら、どんな顔して会えばいいんだか」
「気にするな。あなたは泣いた後の顔も美しい」
「そーゆー問題じゃねぇっつーの! 初対面だろ⁉︎ 礼儀ってモンがあるだろーが!」
オレが怒鳴ると、村雨はにやりと笑った。
「泣かなかったのだから良いだろう? それより、もう行くぞ。今から普通に歩いて、ちょうど約束の時間に着く頃合いだ」
「……そうか」
「大丈夫だ、獅子神」
またそう言って、指先を絡められた。
「私は賭事に強い。あなたも知っているだろう。今日の会合も、必ず勝つ」
深紅の瞳が、楽しげにオレを覗き込んでくる。自信たっぷりの、力強い光。
この眼に、こいつの強さに、どれほど救われてきただろう。
でも今日は、助けられてるばかりじゃダメなんだ。
これからの、オレたち二人のコトを明らかにしに行く日。
未来のための、大切な一歩を踏み出す日なんだから。
「賭けじゃねーだろ、これは」
言い返して、絡められた指を握った。
路上だから恥ずかしいとか、そういう事を言ってる場合じゃない。
「ちゃんと振る舞って、認めてもらう。それだけだ。オメーに恥はかかせねぇよ」
「頼もしいな」
「だから……よろしく頼む」
「ああ、勿論だ。獅子神」
さすがにここでキスは出来ないけれど、互いに眼を合わせて、にっと笑った。
「さぁ、行こう」
「うん」
オレたちは少し足を速めて、残り少ない目的地までの道を歩き出していった。
* * * * *
予定の時間どおりに、オレたちはその家の前に着いた。
堂々とした門構え。塀の上から覗く、手入れのされた庭木。豪邸というわけではないが十分立派な家で、品のある落ち着いた佇まいだった。壊れたり無くなったりせずに、きちんと年月を重ねられたもの。それゆえの馴染んだ感じ、ある種の風格が漂っていた。
御影石の表札に彫り込まれているのは、黒々とした『村雨』の二文字。
ついに来た、と武者震いをしていたら、そんな感慨に浸る暇もなく、村雨がさっさとインターホンを押していた。スピーカーの声に私だ、と短く応じて、オレを振り返ってくる。
「おまっ……ちょっとは間とか緊張とかを大事にしてくれよ!」
「来るまでに散々味わっただろう。ここまで来たら、早い方がいい」
「いや、あのなぁ……」
ぶつぶつ言っていたら、すぐに門扉の鍵が外れる音がした。すっと開けて中に向かう村雨に続いて、オレも敷地内に足を踏み入れる。
玄関の扉は、中から開いた。
「おかえり、礼二! 敬一君も」
「兄貴」
「一希さん」
満面の笑顔で出迎えられて、思わず頰が緩む。一希さんも同席するとは聞いていなかったけれど、いてくれるなら心強かった。
「仕事で遅れるのではなかったのか」
「いよいよ敬一君が挨拶に来るっていうのに、そうも言ってられないだろー? ちゃんと何とかしてきたから、大丈夫だって」
「……で、父さんと母さんは」
村雨の言葉で、一希さんが振り返るのと同時に。
奥から、その人たちが姿を見せた。
オレは玄関の中を一歩進んで、姿勢を正した。失礼のない程度に視線を合わせてから、丁寧にお辞儀をして、しっかりと言葉を発する。
「初めまして。獅子神敬一です」
もう、緊張はしていなかった。
オレはオレが身につけてきたものを、堂々と示せばいい。
村雨と一緒に育んだたくさんの時間、ずっと大切に想う気持ち。
それを、ちゃんと伝えるんだ。
型通りの挨拶が済み、穏やかな声で上がるようにと告げられて、一希さんが笑顔で促してくれる。先に靴を脱いだ村雨が、いつもどおり視線でオレを招く。よくやったと言わんばかりの得意げな、嬉しそうな微笑みを浮かべて。
そうしてオレは、もう夢じゃない団欒に向かって、軽やかに一歩を踏み出したのだった。