カルみと 庇う話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
さむい。手足の先から温度が失われていく。
そんな不気味で、静かな寒気に呑まれる。
「ぅ……」
無意識にそれに抗った神無は、重たい瞼をゆっくりと持ち上げた。
ぱちりとどうにか瞬きをする彼は、全身の感覚がやたらと鈍いことに気がついて首を傾げる。
四肢が重たくてたまらず、どれだけ力を込めても体はぴくりとも言うことを聞いてくれない。
辛うじて動く視線で彼が辺りを見回していると、そんな自分を覗き込む見覚えのある姿があった。
「…せん…ぱ、い……?」
「神無ちゃん……」
自分のことを見下ろす縞斑の顔は、今まで見たことがないほど青ざめている。
不安そうな彼がときおり逸らす視線の先を辿った神無は、彼が両手で神無の脇腹を強く押さえていることに気がついた。
そこに滲む赤色をしばらくぼんやりと眺めていた神無は、麻痺して正常な痛みを伝えてくれない朧げな思考を回すことを放棄して縞斑を見上げる。
「おれ……どうなったの?」
「……撃たれたんだよ。腹に一発」
「…………もうむりっぽい?」
「いいや。けど、早くしないと血が足りなくなる」
案外冷静に自分の状況を尋ねる神無に、縞斑もまた淡々と返事をして圧迫止血を続けた。
どうやら、念の為に着ていた防弾チョッキを貫通して腹に穴が空いているらしい。奇跡的に当たりどころが良かったため即死は免れたようだが、我ながら運が悪いことだと神無は苦笑いを浮かべる。
「あはは……せんぱいは?けがしてない?」
「……俺より君だろ」
神無の言葉に縞斑が眉を寄せて顔を顰める。
今のは失言だっただろうか。相変わらず曖昧な思考で自身の壊滅的な言葉選びの下手加減を憂いていれば、神無を見下ろした縞斑がぽつりと小さく呟いた。
「…………なんで庇った?」
神無が怪我を負った理由は、縞斑に向けられた攻撃を庇ったからだ。
拳銃を向けるアンドロイドの姿と、それに背を向ける縞斑の姿を前に、声を掛けるより先に体が動いてしまったのである。
縞斑を突き飛ばして射線から外した神無は、その代償に自らが射線に躍り出て相手の弾丸を腹に受けてしまったのだ。
あんなことをしなければ神無は怪我などしなかったのに。それがなければ自身の命が失われていたと分かっていながら自然と責める声色になってしまう縞斑を見上げた神無は、珍しく萎縮せずに小さく笑って見せた。
「んー……なんでだろ、すきだから?」
「は……、」
「せんぱいが、おれのこと……きらってるのはしってるよ?けど……そんなこと、どうでもいいっておもったんだ」
残される側の気持ちも、苦しみも、それが自分の自己満足に過ぎないことも、誰より神無が分かっている。
それでも足を止めることができなかったのは、縞斑に伸ばす手を諦めることができなかったのは、彼が好きで、好きで、好きでたまらなくて、失いたくなくて。
「……いきて、ほしいから」
重たい腕に懸命に鞭を打って持ち上げた神無は、縞斑の頬にそっと触れた。
彼の体温を心地良いと思うのはきっと、自分の体温が失われかけているからなのだろう。
触れたところから赤く汚れてしまう彼の頬を見上げた神無が、少しだけ申し訳なさそうに笑って手を離そうとした。
ところが、それより早く縞斑の手が神無の手のひらを捕まえる。
「……ちがう、」
「せんぱい……?」
「違うよ、嫌いなんかじゃない。……そうなれないから、ずっと拒んでたのに」
神無の恋心に、縞斑はずっと前から気がついていた。
同時に胸の奥で覚えたその感情が、神無と同じ形をしていることにだって気がついて、その上で見ないふりをすることを選んだのである。
いつ死ぬかも分からないこの場所で、互いの愛を確かめ合うなど愚の骨頂だ。大切なものを失うことの苦しみを知る縞斑だからこそ、神無を傷つけるその時のことを恐れてしまった。
「……俺が逃げたせいで、」
これはきっと、自分の臆病が招いた結果だ。
あの時神無と正面から向き合っていたら、この結末は変えられたのかもしれない。
そんなないものねだりに縋ることしかできない縞斑が強く唇を噛んでいると、神無の震える指先が縞斑のそれを解くようにちょんと触れた。
「……きらいじゃ、ない?」
「っ…………そうだよ。むしろその逆だ」
「そっか……よかったぁ……」
嫌われていなかったことに安堵した神無が笑う。
その笑みが苦痛に歪むまでの間を少しでも引き延ばしたくて、縞斑は麻痺したように全く回らない頭で必死に言葉を探す。
「……あんみつ」
「え……?」
「あんみつの……美味しいお店があるって、ちょっと前に話したの覚えてる?」
「…せんぱいの、おすすめの?」
「そう。元気になったら案内するよ」
振り絞って出てきた言葉はこの状況にそぐわない間抜けなものだったが、その言葉は神無の意表を突いたようで、彼はぱちぱちと目を瞬かせた。
今は少しでも生きる気力を繋ぐきっかけが作れたらそれでいい。そう願った縞斑は神無の手を強く握ると、叫び出しそうになる不安を飲み込んで言葉を続けた。
「なんでも好きなだけトッピングしていい」
「……、」
「全部俺が奢ってあげる。その日だけはディーノちゃんも説得して、甘いものをどれだけ食べても良い日にしてもらおう。だから……だから、」
声が震えて仕方がない。情けない嗚咽が漏れてしまわないように堪えるその状態は、縞斑が思うより長続きしなかった。
「……これで終わりにしないで」
「せんぱい……」
「俺に応える時間をくれよ」
このまま言い逃げをするつもりでいた神無は、握った手のひらにぽたぽたと落ちる温かな雫を見上げて目を細める。
きっと彼のことをたくさん怖がらせてしまった。無事に目を覚ましたら、ちゃんとまっすぐ向き合って謝らないといけない。
「……なんでも、いいの?」
ところが、今の神無の重たい体では長い言葉を紡ぐことはできそうになかった。
だから代わりに、縞斑の言葉を繰り返し呟いて声が届いたことを彼に伝える。
「あぁ、好きなだけ乗せていいよ」
「ばななとか……ももとか?」
「いいね。一緒にしょっぱいものも頼もうか」
「ふふ……たべるの、とまんなくなるかも……」
伏せていた顔を僅かに持ち上げた縞斑は、小さく鼻を啜るといつもよりも下手くそな笑みをくしゃりと浮かべて見せた。
その笑顔の方が好きだと言ったら、彼はどんな顔をするだろうか。少しだけ気になったけれど、あいにく神無の重たい体は命を損なわないために休息を欲しているようだ。
うとうとと落ちていく瞼を懸命に持ち上げた神無は、眠りにつく自分を不安げに見下ろす縞斑の手を小さく握り返して笑う。
「やくそく、ね」
目を丸く見開いた縞斑が腰を折った。
その直後、冷えた唇に温かいものが触れる。
それが何かを確かめるより早く、神無は泥のような眠気に身を任せて目を閉じた。
意識が闇に溶ける刹那、遠くからサイレンの音と仲間たちの声が聞こえたような気がしたのだ。
終