@itou_888
穏やかな鳥の鳴き声、は聞こえないものの、昨夜ようやく達成できた数日ぶりの逢瀬。そうして迎えた誰にも邪魔されない朝は、否応なしに五条を浮かれさせる。緩んだ頬のまま、未だすやすやと腕枕で眠る親友を見つめた。
鍛えあげられた首周りの筋肉と、しっかりとした骨とが生み出す鎖骨の窪みさえ愛おしい。ぢゅッと吸いついて鬱血痕を残したことは許して欲しい。もしかしたら呆れられてしまうかもしれないが、今の五条は全力で浮かれぽんちだったので、多少のことでは揺るがない自信があった。
ぢゅッ、ぢゅッ、と健康的な張りのある肌へ跡を残す。ふと悪戯心が生まれた五条はかけられていたタオルケットの下にまで手を伸ばした。ほんの数時間前まで五条の手の内にあり、また五条の全てを翻弄していた身体だ。際どいところにもキスマークつけちゃお。怒られたって、それもまたイイなんて迷惑なことを考えながらタオルケットを捲った瞬間、絶句した。
「なッ」
中途半端に上体をあげたまま身動きがとれない。わなわなと手が震える。
「なんっ、なんじゃこりゃーーッ」
「っ、敵襲か!?」
耳元で叫ばれ、高位の呪霊を呼び出しながら跳ね起きた夏油の身体。
「なんだ。なんにもないじゃないか」
下着だけを身につけ、欠伸をしながら綺麗に割れた腹をかく夏油の、その腰あたり。
「お、おまっ、こ、こ、こっ」
「どうしたんだ。鶏の真似?」
「ちげーわ! どうしたはオマエだろ!? なんだその腰!」
震える指で示す先には、まるで化け物が腰をわしづかみにしているかのような大きな手型がついていた。いったい、誰がこんなことを?
「悟しかいないだろ」
心なしか耳を赤く染めて口を尖らせる親友は、ひいき目マシマシで言わせてもらうが、かわいい。まあ、カッコいいと評価されがちな夏油を、かわいいなんて思えるのは五条の特権なのでそれはそれでいいのだが、よくないことが目の前にある。
「い、言えよ! こんな酷い状況になってんなら!」
「ええ?」
よっこいしょ、と立ち上がったことで日の光を受けた身体は白く輝き、比例してどす黒い手の跡が際立つ。そりゃあ、キスマークを残したいとは思った。けれどそれは、かわいらしい戯れのつもりで、一日も経たず消える愛の印を楽しみたかっただけだ。この手型のように消えるのに数日かかりそうな、ともすれば暴力の印にも思える痕跡を残したかったわけじゃない。
いっそグロテスクな手型に血の気が引いた。浮かれていた気分など彼方である。夏油の反応からして、今回が初めてではないのだろう。
様々な感情が渦巻き、徐々に俯いていった五条の顎がそこそこの力で持ち上げられた。
「ぃでっ」
「あのなあ、悟ぅ」
カーテンの隙間から漏れる光が夏油を包み、寝起きでぱやぱやとしているアホ毛を照らす。そんな親友は賢しらな顔つきのまま、片手で持ち上げた五条の顔を覗き込んで続けた。
「私たちは強い」
「え? あ、うん」
「単純な力だって、かなり強い。そうだろう」
趣味・特技を格闘技と公言する夏油は勿論、触発されるように体術に力を入れ始めた五条だって怪力の部類に入るだろう。だから、こうして夏油に痛々しい跡をつけてしまった。
無意識のうちに眉間に皺を寄せていたらしく、空いた手で優しく擦られた。夏油はこんなに加減が上手いのに。次は尖らせた唇をつままれる。むにむにと遊ぶように動かされたあと、ちゅっと軽く口付けをされた。
「今さら、何を気にしているのか知らないが、お互いさまだよ」
「オマエは力加減上手いじゃん」
「そう思ってもらえるのは嬉しいが、事実は違う。悟って風呂に入る時は鏡を見ないのかい」
「鏡ぃ?」
追いたてられるように立たされ、洗面台の前まで連れていかれた。お互いに下着だけ身につけた姿だ。しゃんと立って、と促されるまま並んで立つが、やはり夏油の腰周りに忌々しい手型がついている。付けたのは自分なのだが。
「ほら、後ろ向いて」
「なんだよ。分かっ……うわ」
「悟は気づいていると思ってた」
後ろを向き、鏡を振り返った先。五条の腰に痣のようなものがある。オートで発動する無下限呪術によって、外からの攻撃は通らない。けれど選別はできるため、親しい者からの接触を許している場面もあった。それはかつての担任であったり、同級生であったり、親友の夏油だったりするのだ。
「え、これってアレじゃん。傑が大好きホールドしてくれた時のヤツじゃん。だよな? この辺りがふくらはぎで、コレが踵の痕だろ?」
「大好き…… いやまあ、そうだよ。だから、悟だけが私に痕をつけているわけじゃないし。それに、力の強い私たちが、こう、加減できなくなるほど夢中になった印みたいで、その、そう悪くないなって思っていたくらいなんだけど、気づいていなかったのか」
鏡越しに眉を下げた夏油と視線が合う。離れようとした熱を掴まえて勢いよく抱き込んだ。
「気づいてなかったけど今気づいたし、痕残るのも全然問題ないし、これからもよろしくな」
「なんだそれ」
くつくつと笑う振動が触れ合う素肌を伝わって心地よい。ちらりと横目で鏡を見れば、自分と夏油の腰に残る痕。つい先程まで後悔の印みたいなものだったそれは、夏油の言葉を経て愛の印になっている。最高だ。見せびらかして歩こうかな。そんな考えが伝わったのか、反転術式で治していいんだよ、と腰を撫でられた。
「んなことしねーって。どうせ放っておいても治るし、なんなら治る前にまた大好きホールドしてよ」
「嫌だよ。というか、私、それやってる意識があんまりないんだ。いつも終わってから、悟が着替えているのをぼんやり眺めている時に見つけるくらいで」
「……なんかさ」
「なんだい」
「それってエッチだね?」
鼻の先が触れ合いそうな位置で囁けば、ぽかんとした表情を浮かべた夏油がおかしそうに笑う。あまりにも笑い過ぎて目尻に涙なんて浮かべるものだから、ちゅっ、ちゅと吸ってやった。
「あは、おかしい」
「そんなにおもしろかった?」
「面白かったというか、当たり前だと思って」
少し低い位置から僅かな上目遣いをする夏油が続きを話そうとしている。これはきっと、よくないことを言おうとしている、という予感がした。よくないわけではないのだが、局所的によくないのだ。特に、脳と腰。
「だって、エッチなことをしているんだからね」
「ああ〜」
「なに、って、うわっ」
「あ〜〜」
「ちょ、悟!」
「傑くん、ベッドにご案内の刑ね」
「はあ? ははっ」
油断している夏油を横抱きにして洗面所から離れる。寝室に向かい、ゆっくりとベッドの上に下ろしてやれば、するりと長い両脚が腰に巻きついた。
「望むところだ」
「あはっ、もー、最ッ高」
夏油の瞳に、凶悪な表情を浮かべている五条が映る。どこまでも五条を喜ばせてくれる親友の唇に、加減なく噛みついた。
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